誕生
あっと言う間に、もう100キロの持ち寄り日となった。集会場所も2箇所に分けられて、大羽数に対処する為、おおわらわであった。天気予報によると、明朝は、絶好の天気で、数秒、或いは、コンマ数秒の白熱した接戦が展開が予想される。とにかく早く帰って来た鳩をいかに帰舎させ、打刻するかが、勝利の分かれ目だろう。そして・・明朝放鳩された鳩は、実に脅威の分速によって記録されるのであった。少々追い風の高気圧が影響して、その一番の帰舎は、例の仔鳩であった。放鳩時間、6時20分。そして、香月が打刻したのは、7時6分であった。全く予想も出来ぬ展開のこのレースは、10分までに3羽。数分置かずして、次々と栗の一群が帰舎したのだった。
「早い・・恐ろしく早い・・」
香月は感じた。例の仔鳩の分速は2000メートルを下るまい。その3分後の3羽にしても・・。いつもなら香月鳩舎の頭上を通る鳩群は全く見えなかった。僅かに15分前後に50羽程の集団が通過はしたものの、帰舎コースは、香月鳩舎より山際を殆どの鳩は取ったと思われた。香月自身、この100キロレースに優勝と言う確信を持った。過去のレースでも、一直線の帰舎コースを辿るなら必ず、香月鳩舎の真上を通過するのだ。山あいのコースを辿れば、それだけ、タイムが遅くなる。しかし・・シューマン系との配合の一群が、相当なレベルである事を彼自身が予想しては居たが、例の仔鳩は生まれ月から言えば、春に、間に合うか合わない2次の若鳩・・これ程の実力を秘めて居たとは・・香月は身震いした。そして同時に・・まずい・・そう思った。優勝すると、愛鳩雑誌には、血統図を掲載しなくてはならなくなる。そして、その事は、仔鳩の将来、自分の競翔にとって、どのような話題を巻き起こしてしまうかも知れないのだ。奇跡の超銘鳩の実仔を公表してしまう事への大きな不安が・・。そこへ全鳩帰還した時間に、川上氏から電話が入った。




