競翔
香月は、この理解ある優しい両親にも恵まれていた。
仔鳩を収容する鳩舎も2坪のスペースで建設中であり、いよいよ競翔家香月が誕生する日も近い。
季節は2月。仔取りには少し早い時期であった。芳川のバイクの後に乗って、この日も川上宅へ向かう香月だった。この頃は芳川も香月を送り届けては、又迎えに来ると言ったパターンで、川上氏宅へ一緒に入る事は無かった。
この日、川上氏は所用で出かけていて、30分程して帰ると言った伝言を香織にしていたようで、一人応接室で待っている香月だった。そこへ、ほとんど、挨拶程度にか口も交わした事の無い香織が入ってきた。茶と茶菓子を運んで来たのだ。美少女の香織は、父親の鳩狂いが少し嫌いでもあった。若い競翔家に時々、こんな意地悪を言う事もある。
「ねえ・・もしもよ?私が貴方の彼女だったとして、もう鳩なんか飼うの止めて!って言ったら止める?」
実は訪れる高校生の競翔家の中には、香織目当ての者も多い。口を揃えてその子達は言う。
「勿論、すぐ止めるさ!」
答えを聞くと、香織は即、同じ言葉を間髪入れずに言う。
「そう!貴方にとって、鳩ってそんな存在なのね?馬鹿見たい」
自分の父親は、自分がどんなに懇願したとしても、絶対鳩を飼う事を止めはしないだろう。何が楽しくて、何が面白いのか良く分からないが、とにかく自分の好きな事を中途半端でなく、信念を持ってやってる父親は好きである。そんな答えを聞くと、父親のやってる事が否定されるようで、無性に腹が立つのだった。罪な少女であった。
香織は香月の真向かいに座った。そして、香月の顔をじっと見つめた。真近で香織の大きな黒い瞳に見詰められると、香月の顔も赤くなった。




