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#9裏切り者

▼裏切り者


『キリアートン』への道のりはまさに長く険しいものであった。

 オレを乗せた馬の息があがって来た頃、近くに流れる川の元で休憩をとっていた。

「よしよし、お前もよく走ったな」

 今まで自分を乗せていた馬に思わず礼を言う。

 実は道中、『エストラーザ一』と『キリアートン』との国境で一度休憩をとっていた。


―ここでもう一度休憩をとっておこう―


 そう決めたオレは、正直かなり疲れていた。体は覚えているとは言え、初めて馬に乗ると言うのに、この長く厳しい道を行く事になるとは……


―大分冷え込んで来たな―


 朝、城をたったのだがもう夕暮れだ。ここから先、どれだけ冷え込むのだろうか?そんな事を少し考えた。


―しかし、自分もよく決断したな―


 この見知らぬ世界で、右も左も判らないと言うのに、供一人連れずここまでやって来ていたからだ。

 一応地図らしき物を持ってはいたが、そうは役に立つ物でもなかった。きっと誰も『キリアートン』へと足を運ぶ者がいなかったのであろう事をそれを見て実感した。

「さてと、急がなければ。日が沈んでしまう」

 呟くと、馬を跨ぎオレは『キリアートン城』へと動き出す。

『キリアートン城』に到着するのはそれから、二、三時間後の日も暮れた頃であった。


 目の前には重厚な門が目の前に立ちはだかっていた。

 周りには、城を守る兵が見下ろすかのように立っている。

「我は、『エストラーザ』のカイト皇子である!直ちにこの門を開け!グェイン国王にお目通り願いたい!」

 オレは馬を降り、辺り一面に響き渡る声で開門を要請した。

 その『キリアートン』の兵は本当なのか?と訝しく何やら話をしているらしかったが、暫くすると、

「開門ー!」

 と号令を出して、城内にオレを招き入れる。中にいる兵が、オレの周りを取り囲むように集まって来た。

「カイト皇子、こちらヘ!」

 中で一番格が上であろう兵が先導する。暫くすると、もう一つの門が見えて来た。

「『エストラーザ』のカイト皇子が参られた。開門願いたい!」


―なんと厳重な守りだ―


『エストラーザ』の城の事を思い起こす。緑溢れる平野に、このような門は無い。有るのは、背の高さほどの門。


―それだけグェイン国王は警戒心旺盛な人物だと窺えるな―


 相対した時の事を思い描いていた。


―どう切り出すか、もう少し考えておかなければ……―


 第二の門を潜り終えると狭くはあるが開けた街が、眼前に広がった。

 こうして、『キリアートン』の街に入り三十分後には、国王のいる広間へと導かれていったのである。


 暫くすると、奥の扉が開いて待人が現れる。

「これはこれは、カイト皇子よ。よくお越し下さいましたな」

 体格の良い少し隙湿な黒い面影を宿したグェイン国王の第一声はそう悪いものではなかった。が、気は抜けない。

 漆黒の髪をしたグェイン。その表情は、何かを判別するかのようにオレを眺めていた。

「グェイン国王よ、この度のこの申し出、どう言う事であるのか説明を頂きたい!」

 厳しい面持ちで、オレはグェイン国王に進言する。

「ははは、カイト皇子よ、何もそう目くじらをたてなくても良いではないか?」

 まるで楽しんでいるかのように笑うグェインに『むっ』としたオレは、

「グェイン国王よ、笑って言える事ではないぞ!カイル及びその従者三人を返して頂こうか!そして、三国間の不可侵条約を破った件についての、返答をお聴かせ願う!」

 既に頭に血を上らせたオレは話の神髄に言い及んだ。

「不可侵条約?はて、そんなものを結んだ覚えはないが…」

 とぼける気か!オレは余計頭に血が上った。

「何を莫迦な事を言っている!ここにその訴状を用意して来た。御覧頂こうかな!」

『エストラーザ』に有ったその書状を突き付けた。

 そこには、確かにグェイン国王の調印があった。

「これでもまだシラを切るおつもりか?」

 グェインの横顔に笑いのしわが走る。

「あははは、このようなもの無効だ!」

 大げさに手を広げると、高笑いをはじめ、腕を前に伸ばし、オレを指差した。

「何?」

「そんなことより、何故わが国の申し出に背いたのだ?確か、初めに、第一皇子を遣すように伝えたはずであるが?」

 そう言うと、もう片方の手に握っていたのであろうか?ゴロゴロと言う音とともに何かが転がってきた。

「!」

 それが五つの首である事に気が付いたオレは、一瞬後ろに身体を反らせてしまった。

「!」

「驚く事はない。裏切り者の末路だ。裏切り者には死を。我が国の教えだ!」

「まさか……」

 そう、まさか。

「我は調印などしてはおらん」

 そういうと、立ち上がり、その中の一つの首の髪を掴み持ち上げる。

「この者が勝手にした事だ。我が弟のな!」

 そう言うとその首をオレの前に放り投げる。その首を見詰めオレの脳裏を掠める様に出て来た言葉は、

「まさかこの他の首は……」

 オレは立ち上がった。

「そう、お前が返して欲しがっているカイル第二皇子と、その供の者達だ」

 吐き気が起こってくる。このようなものを見るためにオレはここに来たわけではない。

「うっ……」

「そなたも裏切り者のためにここまで来なければならないとは…御苦労な事だ」

「ば…莫迦な……」

 相対するグェインとオレ。考えの違いと言うものをそこはかとなく感じ取った。

「それとも、偽者を遣わすよう言ったのは、カイト皇子そなたの意向か?ならばそれこそ問題だな!」

 オレの周りに豪傑な兵が取り囲んだ。

「問題?」

 ぐっと我慢していたオレの表情は崩れていたに違いない。

「国の事を考えてした、カイルの行為が問題だと言うのか?それともそれを許したこのオレの行動か!」

 まったく後先考えないオレの発言は、自らの災いを招いた。

「カイト皇子!」

『ハッ』と気がついた。

「そなた、今なんと申した?」

『ニヤリ』と笑うグェインの顔がオレの前に突き出された。

「この度のこの考えを、そなたは許したのか?」

 シマッタとばかり下を向くオレに、

「それならば、話しは早い!」

 周りの兵はグェインの指図の通り動いた。

「カイト皇子を捕らえよ!」

 このことが、『エストラーザ』の国民の耳に入るのは、翌朝の事であったのである。

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