#7グェインとカイル
▼グェインとカイル
栗毛色の髪に白い肌。
そして、穏やかな緑色の瞳は今も忘れる事が出来ずにいた。初め、天使が自分の傍に舞い降りたのかとも思えるくらい、それは印象的であった。
実の所『キリアートン』の国王グェインにとってカイルは命の恩人であったのだ。それは未だ、この地方が国として成り立たない頃の話。グェインが山賊として、『エストラーザ』や各地を荒らしていた時の事であった。
仲間の一団を従えて南下していた際、自ら張っていた狩猟用の罠にかかって、負傷してしまったグェインは、暫く、仲間とはぐれて敵から身を隠しつつ山を俳徊していた。
「くそっ。こんな時になんというドジをオレは……」
身に纏った衣服を切り裂き、その布を負傷した足に巻き付ける。
―こんな時に敵にでも見つかったら厄介だ―
ただただ、そんな事を考えていた。
そんな折、足下から声が聞こえて来た。
「カイル!そんなに遠くに行ったら危ないよー!」
まだ年端も行かない同じ年齢くらいの少年の声であった。
―ちっ……なんて事だ、見つかるわけには……―
そこに、『ガサッ』と、目の前の草を分け入る少年が目に入った。
栗毛色の長い髪を後ろで一つに束ねた少年だった。自分とそう年が変わらないのではなかろうか?いや?少し年下か?
「大丈夫だよ。この辺リは慣れてるから!早く母上に薬草を届けたいんだ!」
そう言うと、足元に生えている薬草を手探りで探している。
「確かこの辺りに多いんだ。あとね、傷口を癒す薬草もあるんだよ。さっきカイト転んで怪我しただろう?ちょうど良いから一緒に探してあげる!」
草場の陰になっているグェインの姿は見えないらしい。とそう思い込んでいた。
「あれっ、そこに誰かいるの?」
息を潜めていたはずだった。それなのに気づかれた?
「変だな?なんだか気配がするんだけど……」
―目が見えていないんだ……―
と気付くのにさほど時間はかからなかった。
『ガサッ』
と小さく葉が擦れる音が響く。
「声を出すな!」
グェインはカイルの腕を取りその二の腕を後ろにまわし身動きがとれないようにした。
「ここにはお前だけがいるのか?」
と、声のトーンを落とし、小声で訊く。
「…ううん。ボクともう一人、ボクの弟がいるんだ」
『ギュッ』と握りしめられたその手の力が抜ける。
「お前、目が見えないのか?」
と切り返す。
「うん、見えないんだ。幽かに光を感じたりはするんだけど…….」
「そうか…悪いが弟君に、こちらには来ないように言ってもらえないだろうか?」
突き付けられた剣を背中に感て、事を察したカイルは、
「カイトっ!悪いんだけど、母上の所に戻って!半刻もすれば戻りますって伝えて来てくれないかな?ボク、もう少しここで薬草を摘みたいんだ!」
とっさに機転を利かせたらしい、それとも何か?カイトなるものに危害を加えさせないためか?
「なんだ?そんなに摘んでもまた一週間後に来るんだぞ。余っちまう!良いから早く帰ろうー」
不審に思ったカイトは『ガサガサ』と音を立ててこちらにやって来る。グェインは、この後の事を考え、剣をよりきつく握り締めた。
「わかってる。もう少しだけだから!良いから気にしないで、先帰っていて!ボクもすぐ帰るからっ……」
少し上ずったかも……ともカイルは思えたが、
「わかったよ。それじゃあ気をつけろよ〜慣れてるとはいえ、いろんな所に怪我する要因があるんだからな〜」
しょうがないなと言う声色を残して『ガサガサ』と音を立てながらその場からカイトは去っていった。
「ふう……」
カイルは息をつく。
「取りあえず一息つけるな……」
グェインもその事に少しだけ安堵を感じたのかもしれない。いや、この者を囮に逃げることくらい出来たはずなのに、負傷した脚でそこまで融通は利かないのも事実だ。
「ねえキミ、どこか怪我をしてるんじゃないの?」
先程からこの場所を立とうとしないこの者の行動に疑問を持ったカイルは問う。
「見せて。と言っても見えないんだけど。ちょうど、傷ロに当てるための薬草を摘んでいるんだ。少しは善くなるかも……」
カイルは籠からその薬草を選別し、取り出した。
グェインは、ためらいながらもこの少年の言う通り、傷付いた脚を見せた。
「かなり、傷ロが深そうだね……」
巻き付けている布から滲んだ血がべっとりとカイルの手の平につく。その感触で判った。
「早くお医者様に見てもらった方が良いよ。この辺りって、狩りをするための罠が多く仕掛けられてるらしい。僕も以前その罠に掛ってしまったんだ」
と、何故だか悲しく微笑むカイルに、そうなのか。と少しだけ納得した。
「知っている……所で、お前はこの辺リに住んでいるのか? 」
グェインは。柄にも無く他人の事に興味を持ち訊いてしまった。
「母上がこの近くの山荘に身を寄せてるんだ。それで週に一度ボクがこっちまで足を向けている」
「目が見えないのにか?」
少し疑問に思ったグェインは問いかけた。
「弟が……と言っても義弟なんだけどね…彼が、力を貸してくれてるんだ」
見えない目でこうかな?と先ほど巻こうとした布を外して薬草を傷ロに刷り込むように当てた。
「イツ……」
「ごめん。本当は、この葉を摩って傷口に当てるのが本当なんだけど…今のボクの手ではこれが精一杯なんだ……」
傷ロを塞いで、新しく自分の衣服の右裾を口で引き製きその箇所に巻き付ける.
「はい、できたよ。これで少ししたら傷ロも少し楽になる」
そこにあるであろう。その少年の顔に徹笑みかけた。
グェインは戸惑うしかなかった。
「あ、あり……がとう」
普段言葉に出して言った事もないので、ぎこちない言い方になった。
「お前の名前……なんて言うんだ?」
さっき叫んでいた少年の名前で知っていたはずなのに、自らが訊いておきたかった。
「名前?ボクの名前はカイト。カイト・ラ・シュメール。君の名は?」
その名を聞き、戸惑ったように答える。
「オレの名はグェイン。グェイン・マイル・ド・キイル。お前とは、また会う機会がありそうだな。行って良いぞ。次会う時は……」
その先が言えなかった。
しかし、緩んだ腕から離れたカイルはそのまま振り向く事なくその場を立ち去って行った。
運命とは、かくも残酷なものだろうか?『エストラーザ』の血筋の者に助けられる事になるとは……
しかし、時は流れていく。ただ一定の方向にだけ。
運命は変える事が出来ないのである。それはこの地方に語り告げられたものであった。
そんな事を思い出し、グェインは、溜め息をついていた。
「どうなされた。グェイン国王?お珍しい」
宰相のメイディンは意外なこの国王の様子にそう言葉を投げかけてしまった。
「本日、カイト皇子自らが参るそうです。これで我が国が『エストラーザ』を手中に治めたも同然ですな!」
勝ち誇ったかのように言うその顔はほころんでいた。
メイディン宰相も、この国を建てた時グェインの側近くで仕えていた将校で、今では宰相の位にもなっていた。年もグェインとさほど変わらない。若くして実に優秀な宰相であった。
「今年の冬への貯えはどうだ?」
珍しくも国内の事を訊くとはどうした事か?メイディンは、疑問に思ったが、
「今年も例年になく守備は上々です。陛下が心配される事は何一つございません」
「そうか……」
グェインはそっけなく席を離れた。
「暫く一人になりたい。席をはずしてくれ……」
この時のグェイン国王の心中など何一つ掴み取れなかったメイディン宰相は、
「承知致しました」
とだけ言ってこの場を離れて行った。
この広い講堂に残されたグェイン国王は、もう一度座につき頭を抱えていた。
この国で、圧倒的力を有する残虐な王ともあろうべき姿とも思えない程……それは余りにも小さい姿であった。




