#6エストラーザ
▼『エストラーザ』
カイル皇子と、供の従者三人が囚われの身になってから早半日が過ぎていた。そして、それを伝える使者がやって来たのは夜半過ぎの事であった。
「残念ながら『キリアートン』を騙す事はできなかったようですな」
宰相ケルトは頭を抱えていた。
「どこかに、我が国の事を見ている間者がいるのではないでしょうか……そうでなければこうあっさりと見抜かれますまい」
皇子カイトを欠いた会が、ここ宰相の狭いお香がかった一室で行われている。
「しかしこの事をカイト皇子抜きで話されてもいかがなものでしょうか……?」
皇子の側近、クルトがボソリと呟いた。
「カイト皇子に内密に事を進めるのは、やはりこれからの『エストラーザ』にとって不運を招く事になるやも知れませんぞ」
同じく批判の声を発するカイトの従者、トール。
「しかし、今カイト皇子の耳にこの事が入ったとなれば、カイル皇子奪還の戦が勃発することこの上ない。ただでさえ、カイト皇子はこの話に一番に反論を唱えた。しかしこの平和な国に、戦をする部隊を育てている時問などないではありませぬか?」
と宰相ケルトがこの申し立てを遮る。
「確かに、今、記憶さえも失くされている不安定なカイト皇子の耳に入ったとなれば、自ら動く可能性だってあり得ます」
困ったものだと一同頭を抱えた。
「せっかくのカイル様の行為がすべて水の泡」
「どうするものか……」
「ここはカイル様に犠牲になってもらうのが、一番の良案なのだが……」
「この国のためにか……それも致し方ない」
「しかし、この国を守るための算段がその後あるのでしょうか?」
とは、カイトの従者クルトの言葉。
「『キリアートン』のことだ、黙ってはいないだろう」
「ふむ。それはあり得る」
周りの者達は、またしても頭を抱える。
「やはり、一度カイト皇子に意見を求めましょう」
クルトがケルト宰相に言葉を繋ぐ。
「そうするのが一番かも知れぬな。どちらにしろ、国の一大事。できれば、陛下も御一緒していただければいいのだが……」
だが、その頼みの綱の陛下は末期の病床についている。意見を求められる程の余力がない。
「明日、議会を開く。皇子にその旨を伝えて参れ」
結局この決断を出した、が、しかしこの状態を向上するための算段を思い浮かべる事は出来ないだろうと、宰相ケルトの頭にはあった。
翌日。この議会の重圧の中、カイト皇子はさっそうと現われ、事の次第を聞き入れた。
「だから言ったんだ!ああ……なんと言う事だ……」
そんなにオレの心の中の義兄と言う存在では無いというのに、何故かあの時のカイルの後ろ姿が脳裏を掠めた。
「『キリアートン』の国王グェインという者は、非情に残虐な性格をしているそうだな」
「はい、一代にして国一つを統治した男で、年もまだ若いそうです。碓か、カイト皇子と同じ年ではなかったでしょうか……」
一貴族がそうのたまった。それに対し、
「さて皇子、いかがいたしましょう。こうなった以上、一刻の猶予もございません」
いらぬ事を……とでもいう風に、これからの事をどうするべきか?それを求めて宰相ケルトは促す。
「このままでは、カイル様共々我らの国は崩壊いたします」
事態の重さにオレ自身頭を悩ませた。
―オレには荷が重すぎる……誰か良い知恵を授けてくれないだろうか……―
などと、一言も発せられない自分に腹立たしさを感じた。そんな時ふと思い出した。
「確か、我が国と他の二国は、契約を交わしていると聞いたのだが……」
「確かに。一度我が国『エストラーザ』『キリアートン』『サリバーン』の間で、五年前不可侵条約を締結しております…ですが、一年程前からこの条約に反する輩が現われて参りました」
「それに対して、国は何をしていた?」
「……」
「黙っている所をみると、明らかに、何の処置も施していないのだな!」
その言葉に、宰相ケルトが、
「しかし皇子、それらの者達が出入りする通行手形には、何の偽装もございませんでした。何かを成すにもこの国の手形がある限り法には触れません」
と、少し自嘲ぎみに答える。
暫くの間周りにざわめきが起こっていた。
「しかし、今回の事は確かに侵略を受けているのだぞ!ならば、ここはもう一度三国間で話し合いをすべきではないだろうか?いやそうすべきだ!」
オレの言葉に静まり返る厳格な会議室。
「直ちに、二国に使者を出してこの『エストラーザ』にて話し合いを持つように伝えよ。これは我が国の皇子にして国王となるカイトの意志だ!さもなくば、オレ自身『キリアートン』へと出向き、グェイン国王と会い見える。それが嫌であれば直ちに行え!以上!」
そう告げると、オレは複雑な気分で席を立った。
その昼、直ちに各国に伝令が回った。『サリバーン』からは、その夜に使者が現われ受諾の返答を返して来た。
しかし『キリアートン』からは次の日になっても返事をよこす気配がない。
もう一日待つ事に決議は固まった。が、次の日になっても『キリアートン』からはとうとう使者は訪れなかった。
「期限切れだ。明日、オレが直接話をつけて来る。供は不要だ。グェイン国王の意志を直接訊きに参る。よいな!」
そうして、三日目の朝、オレは『キリアートン』へと旅立った。それが、この後とんでもない事のはじまりになるとも知らずに……




