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#5キリアートン

▼『キリアートン』


 冬の『キリアートン』は、秋の終わり頃から肌寒い風を呼ぶ。木々は冬模様。針葉林の山がまた寒そうな季節を告げてきた。

 農作物を、切り開いた土地で刈り入れる事より、山に実る茸や、木の実などを収穫して生活を成り立たせていた。

 冬における狩猟はそう簡単には望めないので、秋の終わりになるまでには、食料となる獲物達を狩り取っては生計を立てていた。

 この国は、もともと、『エストラーザ』に住んでいた者達の中から出没した山賊が作った国で、七年前にこの当時の棟梁であった八歳にも満たない少年が一代で築いた国でもあった。そして今、この地は十五歳になったばかりのその少年によって統治されている。

『キリアートン』の国王の名はグェイン・マイル・ド・キイル。国内でこの男程残忍な者はいないとまで称されるほどに、恐れられている者だ。

 この男の命令に従わないと、辺リは血の海と化す。噂では有るが、それほどまでに凶暴な国王であるようだ。

 この国王の独裁政治に、恐れをなした者達は、一目散で山を駆け下りた。が、すぐ見つけだされ、裏切り者の烙印を押される。

 烙印を押された者は、一生陽の目を見た事はない。

 それ程この男の国を統一するカは絶大で、それは日を追うごとに顕著に現われていったのである。

『エストラーザ』に賊を送り込み、第一皇子を差し出すようにとの使者を送った事は、すべてを手に入れようというグェインの野望のはじまりである。戦えば、必ずと言っていい程『キリアートン』に勝敗はあがる。そこを無血で手に入れようとしたのは、珍しくこの王らしくない采配であると言えよう。


「グェイン国王、この度の使者。これはなんとした事か?」

 宰相メイディンは余りに急なことに王に詰め掛けた。

 この男はグェインにとって信頼出来る配下の一人である。

「無血で国の一つを手に入れる。これが我が考えだ。何か不満でもあるのか?」

「不満などございません。只、国王らしくない方法をとっているので疑問を持ったまでです」

『チラリ』と様子を伺っている。

「しかし……『エストラーザ』は、この要求を呑むのでありましょうか?もしかすると、変わりの者を立てて来るかもしれませぬ」

 グェインは、考えている事など分かっているとでも言いた気に、

「そうだろうな」

 と軽く答える。

「そうだろうな…とはどう意味ですか?まるでそれを確信しているかのような……」

 訝しげな顔でメイディンはグェインに向けた。宰相らしくない表情だった。

「それを望んでいるのだ。そうすれば、この上なき楽しみが増えるというもの。偽りの皇子。そんなものをよこすとは何事だ……とな」

 舌なめずりをして答えるグェインの様子にただならぬ冷や汗が額を伝う。

「グェイン国王。初めからそれを目的に……?」

 グェインは何を今更分かり切った事を…とでも言うように足を組み直す。

「それで、どうなんだ。皇子をこちらによこすつもりが『エストラーザ』にあるのかどうなのかわかったのか?」

 グェインの少しイライラしたような様子に、

「明け方、使者が帰って参りました」

「して……如何なる様子だ?」

「承諾を得たようです」

「そうか、して、皇子はいつ?」

「半刻もすれば、従者三人を引き迎れてやってくるそうです」

『ふむ……』と考えるような素振りを見せるグェイン。そして一つ咳払いをすると、

「これより正装をする。侍女を部屋へよこせ!」

 座を離れマントを翻した。

「承知致しました」

 それだけ言うと、宰相メイディンは、グェインとは反対の方へと歩き始める。

「国王が正装されるそうだ。早く用意をいたせ!」

 そう言いながら、この部屋を後にした。


『コツリコツリ』と踏みならすグェイン国王の靴音が広間中を響かせてやって来たのは、

カイル第二皇子が到着して暫くしてからであった。

『エストラーザ』と比べ狭い広間のその奥。二、三階段を上った所に王座はある。少し暗い広間で、少しかび臭い臭いが鼻に付く。周りは、騎士と言うには程遠い豪傑な男が、鎧を身に纏い左右カイル達一行を囲んでいる。

 暫くすると、右奥の扉から国王と宰相が現われた。

 カイルの目にその姿は映らないが、靴音で想像するだけは出来うる事であった。

「そちらにいるのが、『エストラーザ』の第一皇子であるか?」

 宰相メイディンがまず声をかける。

「いかにも、私が皇子カイトでございます」

 広間に響き渡る声高いカイルの声。

「間這いなく第一皇であるか?」

 もう一度訊き返す。

「間違いございません。われこそ第一皇子でございます」

『しーん』と静まり返る広間。本当に皇子自ら出向いているとは信じられぬと言った感じだった。

「グェイン国王と申されましたな。我が皇子をいかがなさるおつもりでしょうか?これは、契約違反と言うものではありませんか?我が国との不可侵条約は『サリバーン』を合わせた三国間で結ばれております。さすれは、今すぐわれらを解放して頂きたくございます」

 カイルの従者の一人、サハンは恐れ多くも第一皇子にこの申し出は不可解だとグェイン国王に詰め寄る勢いで。

「そんな規約はたった今破棄する。皇子……そなたはカイト皇子ではない!このグェインの眼を欺こうとは笑止干万!」

 その言葉に周りかざわめいた。

「それは、どう言う根拠で申されるのでしょうか?私は第一皇子力イトに相違ございませんが!」

 物おじもせず、一歩も引かないカイル。ここで引いたら、グェインの思う壺だと悟った。

「恐いもの見たさで参ったか……それも一興」

 グェインは、カイルの前まで歩みでた。そして、カイルの顎を引き上げるようにして詰め寄る。

「お主がカイト皇子でない事は下調べ済みなのでな。判っておるのだよ」

 再び謁見の間にどよめきが走った。

「よくその見えない目でやって来られたものだ。カイル皇子。褒めて遣わすぞ。しかし、約束の皇子ではない。これこそこちらの申し分に逆らった証拠!」

 グェインは、カイルの端正な眼前に分厚い腰の剣を引き抜いて押し付けた。

 それに怯む様子を見ることは出来なくとも感じ取る事ができるとおくびも見せないカイル。

「この者どもを引っ立てい!」

 そうグェインは言い及ぶと、直ちに周りを取り囲んでいた従者どもが四人を捕らえた。

 すれ違い様、グェインは、カイルの怯える事もしない横顔を冷静に見据えた。


―少しも変わらないな……―


 目が見えない恐怖。この者にはそんな事はなんと言う事でもないのであろうか……と、グェインは心中思ったのである。


「ただちにもう一度使者を出せ!偽者の皇子に三日の猶予だけ与える。それを過ぎれば、彼の者の命保証しないぞ。そして今すぐ平和な世を続けたくば、今すぐ考えを改めるんだな。とそう伝えてこい!」

そう言うと不敵に笑いながら身を翻し奥へと去っていったのである。

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