#4収穫祭
▼収穫祭
次の日は収穫祭を締めくくる最後の日であった。
収穫祭は一週間にも渡る長い日を経て、各人々の心に情熱と安らぎを与える。
この日はその中でも一番の好天気で、宮殿の若人に活気を与えていた。
そして朝早くから、陛下を従えて多くの者達が一同狩りをする平原で顔を並べている。
「本日は、誠に記念すべき日となりましょう」
と、陛下に各従者達が唱える。
それは、『カイト皇子』の初めての狩りの日でもあった為であった。
そして、『エストラーザ』の誰もがこの事に注目していた。
「カイトよ、今日のこの日はお前の初舞台ともなる。どんな舞台にしてくれるか楽みにしておるぞ」
「はい、父上。頑張ります!」
元気な返事をするカイト皇子に、軽く笑顔を見せ、それを合図に陛下一同それぞれの獲物を捜しに四方へと散って行った。
「カイト皇子、ボクがお供いたします」
そう進言したのはカイルであった。
「お前は?」
「カイルです」
「わかった。ついて参れ」
この時初めて会いまみえた二人はまだ幼い六歳と五歳の少年であった。
「この辺りで捜してみよう」
「はい、承知いたしました」
そういうと、カイルは獲物のいそうな場所でおびき出すかのごとく、辺りを馬で駆け回る。
『バサリ』という物音を立てると、鳥がはばたく音と共に羽根が辺りを舞い散った。
「カイト皇子!」
その瞬間を見のがすことなく、カイトの引いた弓は、その鳥目がけ一直線に矢が放たれた。
『キィー』という叫び声をあげて落ちたその鳥は、見事、カイトの矢が射止めていたのである。
「お見事です」
「なんてことはない。カイルのおかげだ。さあ次へ行くそ!」
「はい!」
二人の呼吸はなんとも言いがたく華麗な旋律を描いていた。
次々と現われる獲物を追い落としては、土産のネタとなっていく。
幼い二人には楽しい事この上なく、草原での狩りは、何時の間にか、北の地への入りロの森へと足を運んでいた。
暫くして、その事に気付いたカイルが、
「カイト皇子、この地は危のうございます。ここは一度引き返した方が宜しいかと思われます」
危ない地帯に入るとカイトを促す。
「なあーに。なんて事ないじゃないか。それに、こっちの方が獲物はたくさんいるしな!」
カイトは勝ち誇ったかのように次の獲物を探そうと躍起になっていた。
この北の地の領地には、蛮族と呼ばれる民族が住んでると聞かされていた。その民族は、狩りを主にした食料で生計を立てているだけに、いたって獰猛な種族であると伝えられているからだった。そしてこの地の至る所に、そのための罠が張られていることも知られていた。
「カイト皇子、いけません。今すぐここを出ましょう!」
「どうした?あんなこけおどしの噂を信じているのか?それとも、腕に自信がなくて、恐れおののいているのか?それなら今すぐカイル。お前だけでもこの地を後にするがいい!」
カイトは、言っても後に引きそうにない。
「そう言うわけには参りません……分かりました。ではお供いたします!」
さっそうと馬に乗るカイル。
「別に無理する必要はない。恐ければこのまま立ち去れ!オレ一人でも大事ない!」
ほとんど意地の張り合いをしているかのようだった。
しかしカイトが馬の背を叩く、その時だった。
一瞬、森の奥から『キラリ』と閃光が走ったのを感じ取った。それと同時に馬の嘶きが響き渡った。
その事に瞬時気付いたカイルは、
「カイト皇子っ、危ない!」
そう叫ぶと共に、カイトの前に馬を走らせその光の前に身を投じた。
「うわっ」
荒れ狂う馬から落馬するカイト。
「うっ」
『カツーン』と、背後で音がした。
呻き声をあげ、『ズルリ』と馬から落ちるカイル。
「何事だ!」
落馬して腰を打ちつけたのだが、ただならない呻き声に急いでカイトはカイルの傍に行き抱き起こしたのである。
「カイル!」
「カイト皇子……御無事……ですか……?」
目を押さえて苦しそうな呻き声をあげているカイルに慌ててカイトは、
「何を言っている。オレは大丈夫だ。カイル……そなた…目を……目をやられたのか!」
背後を振り返ると、一本の矢が木に刺さって揺れている。
「カイト皇子が御無事で何より……」
「莫迦!そんな事言ってる場合じゃないだろう!オレの馬に乗れ!今すぐここを立ち去る!」
抱きかかえるくらいなんとかなると思えるくらいカイトは自分を責めた。そして自らの馬にカイルを担ぎ上げカイト自身も馬を跨ぎカイルを前に乗せ今来た道を戻る。
「すぐに主治医に見てもらう。今しばらく辛抱しろ!」
カイルとカイトを乗せた馬は、北の森を後に宮殿へと向かった。
それから暫くの間カイルを運び込んだ部屋からは誰も出て来る事もなく、静まり返った宮中は事の重大さを感じさせ『ひしひし』と周りをも包み込んでいた。
そこに陛下がカイルの部屋から現われたのである。
『コツリ、コツリ』と足音が廊下中に響く。
「カイト、一体何があったのだ?」
「父上……」
カイトは全ての事の次第を包み隠さず話した。軽はずみな自分の行動の果てに、罪の意識があったからだった。
「つまりは、お前の我が儘で、カイルは負傷したと言う事だな」
「はい。そうです。すべて、オレの責任です!」
『ピンッ』と張り詰めた緊張した空気。
「お前はこれから先、お前の義兄、カイルの目となって、行動を共にしろ。それが、私からお前に課す罰だ!」
そう言い残すと陛下はその場を後にした。
「……承知しました」
当然の処置に頭を抱えた。
まさかカイルが、第二皇子としての自分の義兄である事など今知ったという自分の情報の少なさ。これ程自分の身を疎んじ、落ち込んだことは今の今までなかった。無頓着な上に軽はずみな行動。それら全てに自らの反省点を幼きながらに感じた。
それから、半時も立った頃主治医がカイルの部屋から顔を覗かせた。
「カイルの容体は?」
瞬時立ち上がり、カイトは駆け寄った。
「傷は大した事はないのですが……ただ、矢に毒が塗られていたらしく…それが『北の森』独特の物で、この地でとれるものではないようです。せめて解毒剤になる物が何であるのかが分かれば……治す事も可能なのですが……実に残念なことです……」
その言葉には威厳さえなくて……次の瞬間主治医を押しのけて、カイトはカイルのいる部屋に駆け込んでいた。
ベッドに横たわっているカイル。それを見て一瞬言葉を詰らせたが、意志を決め、駆け寄る。
「済まない。許してくれ……あの時力イルの言う事を素直に聞いていれば……カイル!オレのせいでお前の身にこんな事が起こるなんて事はなかったのに……!オレ、早く解毒剤を手に入れてきてやる。だから……」
カイルの手を取り悲痛な声をあげるカイト。
「カイト皇子?そんなに気に病まないで下さい。ボクはあの時、当然の事をしたまでなのですよ。それより、皇子に大事がなくて良かった……」
あくまで、カイトの事を気に掛けて来るカイルの様子がなんとも印象的で、周りの従者達は悲しみに声をあげた。
「オレの心配はもういい。自分の心配をしてくれ!先程父上と話をした。これからは、オレがお前の目になる。いつもお前の側にいる。だから安心しろ!」
「カイト皇子?…有り難きお言葉でございます……」
この先、約束通り、身辺の事以外のカイルの世話は、カイトが行う事となった。
何処に赴く時も共に行動をするようになった。
カイルが母を訪れる時も、散歩をする時も共に行動した。
表向きな行事に出席できないカイルに後ろめたさを感じる事もあったが、それでも、自分が犯してしまった罪に打ち勝とうと自分を向上させる目的に合わせて行事に参加する。
そんな日々がカイトが十五の歳になるまで続いた。
しかし、それが、カイル自身の重荷になっている事をカイト自身考えてもみない事であっただろう。
そして現在。運命の日がやって来たのである。