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#30勝利の果てに

▼勝利の果てに


 喚き立てる城内は混乱の渦と化していた。

 立ち向かって来る兵は、一時立ち止まりながらもオレはなぎ払って行く。

 女や、兵で無い貴族の者達は逃がす。そのつもりでこの城内に入ってきた。

『パシャパシャ』と辺りは水の弾ける音と泣き叫ぶ声で他には何も聴き取れない程であった。

「そろそろ、謁見の聞だ」

 オレは足早にそんな事を考えながら走っていた。

 暗い通路を右に曲がる。

 そこにあの時の光景を見た。が、実際に捜している姿は無い。

「カイト皇子!グェインが居ません!」

「一体何処にいるというんだ!」

 ここにいると踏んだオレだからこそ、一早くこの場に赴いたのである。

 しかし奴はいない。


―城の奥か?王ならこの場にいるのが当然だろう!―


 悔しい気分に陥る。

 その時、頭の端に嫌な思考が流れた。


―カイル!―


 この時のための人質だったのかとばかりに、しまったと言う表情を浮かべ、階段を駆け上がる。

「グェインはこの奥だ!」

 確信を持って、オレは走った。


―確かあの時、グェインはこの扉を開いて奥へと下がった!きっと、この奥に居る!―


「卑怯ですね……グェイン王ともあろう者が!」

 フェンディは、この場に及んで人質を取ってまで引きこもっているこの王に不様な姿を見せてくれるなと言いたかった。

「何とでも言え!この者が、カイル皇子である事は、そなたも知っているであろう」

 グェインは、鼻で笑っていた。

「知っている。本当は王女である事も」

「ならば早い、邪魔だ!そこをどけ!道をあけろ!」

 グェインは、前に進むために足を一歩踏み出した。

「弱りましたね。ここであなたに逃げられては困る。しかし、カイル殿を殺されても困る……」

 フェンディは、グェインの行動を静かに見守っていた。

「フェンディ殿!ボクの事は気にしないで下さい!ここで死ぬこそ本望です!」

 カイルはそんな心遣いは無用とでも言うようにフェンディに伝える。

「そう言う訳には行かないんですよ、カイル殿。私の使命は、あなたをお助けする事なのですから!」

「しかし……」

 カイルは戸惑っていた。

「しょうがないですね、グェイン国王。あなたの言う通り、この場を引き下がりましょう」

 フェンディは道をあける。

「悪く思うなよ」

 グェインは、フェンディに背を向けないようにこの部屋を出て行った。

 その後を追うフェンディ。

 再び渡り廊下に出る。

 西の空は血のような赤い夕日色で染まっていた。

 そして流れ込むその光は、三人を赤く染め上げていた。


『バタパタバタッ』

「カイルっ!!」

 そこに、オレとクルトが走り込んで来た。

「これは、これは、皇子様のご到着でございますよ……カイル殿?」

 静かにグェインは皮肉を言った。

「カ、カイト?」

「無事だったのか、カイル!」

「そう言う雰囲気ではございませんが?」

 と後方からフェンディが水を差す。

「卑怯だぞ、グェイン!その手を離せ!そして降参しろ!」

 オレは無意識的に叫んでいた。一陣の風が吹き抜ける。揺れる髪が、幽かに頬を撫でて行った。

「もう、勝敗は決まったも同然だ。潔く負けを認めろ!」

クルトが追い討ちをかけるかのように言い放つ。

「まだこの戦いは終わってはいない。カイル殿の身は、我が手に有るそして、我が命も!」

「何を言っている。未だそんな事を言っているのか?いいかげん周りを見ろ!こんな状況下で、何が出来るというのだ!」

オレはこの道を来る途中に見た光景が、未だ目に焼きつけていた。


―こんな莫迦げた戦いはこれで終わりにしたい―


「周りはどうあれ、オレはまだ負けを認めてはいない!」

グェインの瞳には未だ宿る野心が火をつけていた。

「民の事を考えない王など……オレは認めない!お前の考えている世界は、ただの屑だ!」

「言ってくれるな……カイト皇子?」

それでもグェインは怯む事がない。

「ああ、いくらでも言ってやるさ!屑には屑なりのけじめをつけうって事をな!」

 静かに時は流れていく。

「喚かないでくれるか?頭に響く」

「判らない頭に言って聞かせてるんだ!そのくらいよく聞いておけ!」

 うんざりだとでもいうように、グェインは首を捻った。

「ならばわかった。いいから、どけ。決着をつけよう!」

「決着?」

「こんな所でか?」

「何を莫迦な。王としての決着をこんな所でつけられるか。王座に来い!」

 オレは王座と言う言葉で理解した。

「わかった。ならばこちらも尋常に勝負する。だから、カイルを離せ!」

 その言葉に、グェインの手からカイルが解き放たれた。

「グ、グェイン……」

 カイルは弛んだその手から抜け落ちる。そして、その主を仰ぎ見るかのように見えない目でその方を見た。

「誰も手出しをするな。これはオレと、グェイン王との一騎討ちだ!」

 そう言うとオレは、今来た道を引き返した。

 フェンディ皇子に手を引かれたカイルは途中、

「すみません。フェンディ皇子」と声を掛けた。

 カイルが心に決めた事。

「申し訳ないのですが、この瞳に巻き付けられた布を取りたいのです。ほどいていただけませんか?」

 少し屈む形で膝を曲げた。今、今見なくてどうする?でも見えるのか?

「……承知しました」

 それは、ゆっくりと取り外されていく。

 暫くすると、真白い世界は少しずつ形有る像を成し、今、カイルに奇跡が起こった。

「……見える……」

「えっ?」

 フェンディは不思議そうにカイルの後ろ姿を見下ろした。

「お手をありがとう。ここからは独りで歩けます。御迷惑おかけ致しました」


 あの時から十年の月日が経っていた。

 十六歳の冬。初めてみた光景。

 それは、忘れもしない金色をした髪のカイトの成長した後ろ姿。そして、初めて見る漆黒の髪の色をしたグェインの後ろ姿。それは、望んだ光景であったのか?


―ボクは…やはり悲劇を見なければならない運命にあったようだ―


 五人の後ろ姿が夕日に飲まれ黒い影となり城内へと消えて行った。


 城内は、未だ水が引かない状態であった。そして、光の無いこの部屋は暗闇のようである。

「何故窓をつけない?」

「暗いのが好きだからだ」

 オレへの答えは、ごく個人的理由であった。

「今、蝋燭に火を灯して回る。この薄晴がりになんともドラマチックであるかな。どうだ?残った方が、この火を吹き消すってのは?」

 グェインは『ニタリ』と笑っていた。

「悪趣味な演出ですね……でも悪くは無い趣向だ」

 売り言葉に買い言葉。オレは暫くの間、グェインの行動を待った。

 四方には、ゆうに五十本もの太い蝋燭が壁掛けられていた。

「これで少しは明るくなったのでは?」

「まあな」

「それでは参ろう」

「よし」

 両者は自らの剣を引き抜く。

 オレよりひと回り太い剣が蝋燭の明かりでギラつく。

 細みの剣を持ったオレの剣は鋭利な光を放っている。

「はっ!」

『カキーン』

 重なり合った二つの剣は押し合いをし始める。

 すると、一度『ヒュッ』と退いたオレは横っ跳びにグェインの腰めがけて剣を走らせる。

 しかし、その魂胆を見抜いたグェインは、上からその剣を押しとどめる。

 白と黒のマントは、その度に舞い上がる。

 どこかで見た光景だとオレは思った。


―この感覚。あれは…―


 押しとどめられた剣を素早く引く。

 そして間合いを取る。

 緊張と、これまでの疲労の為か額に汗が伝う。『ジリジリ』と足が忍ぶ。

 それから、下段に剣を構える。

 振り上げられる剣。再び辺りに金属音が鳴り響いた。

 その交わった剣がオレの右頬を掠めるように引き抜かれた。

『ツーッ』と一筋の血が滴り落ちる。

「力では勝てんぞ?」

「言われなくともわかっている!」

 どう見積もっても小柄なオレが力で勝てるとは考えられなかった。


―機動力を生かさなければ、負ける―


 オレは、再び間合いを取った。

 再び下段の構えから剣を振り上げると見せ掛けて、剣を突く構えで突進した。

 それは、グェインの胸目掛けた太刀筋であった。が、上手く弾かれた。


―夢で見た光景だ。でもあの時は……―


『パシャーン』と水しぶきが上がる。

 足をずらす。その度に足に纏わり付く水の重みを感じた。

 遠くの方で、人のざわめきが聴こえてくる。

「なんだ、何をやっているんだ?」

 男達の声であった。

「あれは、カイト皇子!」

「グェイン国王!」

 散り散りになっていた者たちが、今再びこの地に戻ってきたのである。


「フェンディ皇子、御無事でしたか!」

 メイトが安心したという表情で声をかける。

「ああ」

「これは何を?」

「二人の尋常の勝負だ」

「良いのですか?」

「構わない。これで全てが終わるのであるのだから」

「えっ?それは……」


 辺りに見物者が現われて、気が散る。ついには煽る者達まで出てきた。

 オレは、今まで静かに打ち合っていたのが、その人々の勢いと共に剣の呼吸を短く保ち始めた。

『キーン。カキーン』

 激しく打ち合う両者。


―確か外から見ていたはず―


 息が上がり始めた。小回りを利かせて動き回っていただけに息が持たない。


―そしてあの続きは……―


 気づいた時には左腕にも傷が付いていた。吹き出している血。

 しかし痛みなど感じない。生きるか死ぬか。その瀬戸際で、緊張感だけで精神力が続いている感じであった。

 ここに来るまでに費やした体力は並外れたモノだ。

 しかし気力だけでこの場は保っている。

 汗で手の平が滲み、今にも剣を落っことしそうだった。

 絡んだ剣。『ギリギリッ』と音を立てている。

「そろそろ限界か?カイト皇子!」

「なにを……!」

 と弾き飛ばすように剣を引いたつもりだった。

「あっ」

 しかし、不幸にも剣は…オレの剣は、手許から吹き飛んだのである。

「これで最後だな!楽しかったよ。カイト皇子!」

 そう言うと、剣を拾おうとしたオレ目掛けてグェインの剣が真直ぐ振リ下ろされた。

「うっ!」

 と身構える。

『ガキーン』

 しかし、降り下ろされた剣がオレの頭上で止まった。


「カ…カイル?」

 オレの頭上に鞘を抜かないダガーを両手にしっかり握りしめたカイルが立ちはだかっていた。

「カイル殿。これは二人の尋常な戦いだ!邪魔は為さるな!」

 グェインは静かな闘志をたぎらせていた。

「至極承知しています。しかしこの勝負、ボクは敢えて間に入らせて頂きます」

 剣を下ろすグェイン。

「そのダガー。今ここで使用すると言うんだな?」

 その言葉に、

「いいえ。違います」

「なぜ?オレを殺したい程憎んでいるんだろう?良い機会ではないか!」

 片腕を腰に当て、一息つく仕種をするグェイン。

「ボクには、あなたを殺す事は出来ません。それはあなたも御存知のハズ……」

「では、何故この場にシャシャリ出てきた。邪魔だ!どけ!」

 片手でカイルを引き剥がそうとする。

「ならば、ボクを今ここで切り捨てて下さい。あなたに殺されるのでしたら男として生きてきた甲斐が有ったというもの」

 しつこく抵抗するカイル。

「……カイル。どけ!」

「いいえ、僕はここを退くつもりはございません!」

 対峙する二人。

「カイトを殺す前に、ボクを殺してください!一度はあなたに助けられた命です。これも運命だと思っていました。運命の輪からは逃れられないのだと。しかし、抵抗してみる、自らが決めた生き方をする事で逆らってみる決心が出来ました!」

 カイルは叫んでいた。

「戦場で死ぬことが出来る。こんな嬉しいことは無い。さあ、切って下さい!」

 そのカイルを仰ぎ見ていたオレは、立ち上がりその手を引き寄せた。

「カイル!退け…お前は見ていれば良い!」

「カイト?」

「まだ立ち上がる元気が有るのか?カイト皇子様?」

「ほざけ!」

「カイトこの剣を使って!」

 と、握りしめた剣をカイトに渡した。

「えっ。こんな物で奴を倒す事なんか…」

 焦る。ありえない事だった。

「違うよ。この剣でボクを殺しなさい」

「な、何を莫迦な!」

「ボクはね、『エストラーザ』に戻る資格など無い。ならばこの地で葬って!」

「……何を言って……」

「国に返ればボクは嘘偽りの皇子を演じていた罰を受けなければならない。そうなる前に殺して!ここで死ぬ方がまだましだ!」


 沈黙が訪れた。それはオレの心に深く重く。


「…で……出来る訳ないだろ……このオレに……」

 オレの手が震えていた。

「でもやらなければいけないんだよ。君の手で!ボクのこの命を奪わなければ同罪になってしまうんだから……」

 カイルの瞳は落ち着いて澄んでいた。そして今確かにオレを見ている。

「大切な者を守るのって、本当に難しい事なんだって、今痛感したよ。ボクにとって、誠の弟のように思って育ってきたカイトと、自らのエゴだと称してまでボクを救ってくれたグェイン王。ボクにとったらどちらもかけがえのない大切な者だ」

「……カイル皇子」

「……カイル」

「どうする?どちらがボクを殺してくれるの?今更人一人殺す事くらい、簡単なことなんだろう?だったら、早く殺してよ!」

「……」


「ハーイ。ちょっとストッブ!」

 この緊張感を崩したのは、『サリバーン』のフェンディ皇子であった。

「これは『エストラーザ』の皇子カイト殿と、『キリアートン』の王グェイン殿の尋常な対決だ。カイル殿の入る余地などないでしょう?素直に戦わせれば良いのです。違いますか?カイル殿?」

「そうですね。しかし、ボクは、見ていられない……どちらにも死んではもらいたくはない……だから……」

「止めに入った……というのですね?しかし、それは止められるものではない。もう多くの者が犠牲になった。それは我が国『サリバーン』の者達をも巻き込んでいるのです。ここで決着をつけてもらわなければならない。それが、一国を背負う者達の定めなのです」

「ですがこの対決が何の幸せを招くのですか!?これで負けた者たちはまたその恨みをぶつけ再びの戦を生むのです。そんな事はあってはならない!」

 そして、一息つくとフェンディは続けた。

「カイル殿?あなたは私的な感情で動いてる。これは政治なのです。負けた者が、勝った者の支配下になる。強い者こそがその栄光を勝ち得るのです。御理解下さい」

「では、あなたは勝った者につくと言うのですか?それとも、カイトが負けて『エストラーザ』の報復を考えると言うのですか?」

「それは、この戦いが終わってから決めることです。今の私はただの傍観者であるのですから」

 何とも客観的な言葉。

「ならば、この『キリアートン』の今の姿を御覧になって、復興する余地を与えられると言うのですか?『エストラーザ』の味方をしていて負けたらその民を囚人扱いして……新たな国を創ると言われるのですか?そんなのは余りにも酷い仕打ちではありませんか!」

「カイル殿……」

「どうして、もう一度三国の平和協定を結ぼうと誰も唱えないのです!?このまま同じ三国で元のように、平和な世にしようと考えないのですか!」

「……もう、歴史は動いてしまったのですよ。それを変える事は出来ない事は分かっているはずですよね?カイル殿?」

「ああ……」

 崩れ落ちるカイル。その瞳には止めどもなく涙が溢れ出していた。

「だからあの時、私の配下、メイトと共にお逃げになっていればよかったのです。賢明なあなたなら分かっていたはずだ。自らの祖国『エストラーザ』と、少しの間でも身を寄せてしまい情が移ってしまう『キリアートン』の両方の国をその手で天秤に掛けてしまう事を!」


 静まり返った広間。その広間にまたフェンディの言葉が流れる。


「しかし、グェイン王よ!一つ聞きたい事が有る。なぜ、先程、カイル殿を人質に取った時、剣を只構えているだけだったのですか?どうみても、壊れ物を扱うようなあの身のこなし……必要な剣先は何処を向いていたのでしょうね?」

 話の鉾先は、いきなりグェインへと向く。

「……何が言いたい?」

「茶番だと申し上げたのです。あなたは、カイル殿に剣を向ける事などできはしない。ましては、既に負けをも認めていた……つまりは、カイル殿を人質に取るつもりなど、いっさい無かった」

「……」

「あなたも、私情を挟んでの戦いをカイト皇子に挑んでいる。違いますか?」

「何の事だか、さっぱり解からないが?」

「不思議だったから訊いたまでですよ」

「何も不思議ではない」

「そうですかね?今となってはもう、国の事などどうでもいいのでは有りませんか?」

「そんなはずある訳がないではないか!」

「そうですかね?ここで一つ言っておきますが、私は、もしあなたが勝ったとしても『エストラーザ』側に付くつもりです。私情を挟んでいる者には用は有りませんから……」

「フェンディ皇子?」

 思わぬ事を聞いたとオレは驚いていた。

「これでも、人を見る目は有るんですよ。私には。さて、お引き止め致しまして申し訳有りませんでした。続きをどうぞ?」

 ざわめく観衆。


「フェンディ皇子!あんな事を言っていいのですか?」

 メイトが囁く。

「もう決着は付いている。我が国は『エストラーザ』を支援する。『キリアートン』は滅びの道を転がって行くまでだ」

「しかし、あのカイト皇子が勝つ確率は無いに等しい……」

「メイト、もっと洞察力を身に付けた方がいいぞ。カイト皇子は勝つ。『サリバーン』は『エストラーザ』を支援する」

 そう言ったフェンディの横顔は自信に満ちていた。


 改めて再開された二人の戦い。

 脇に退くカイル。もう、誰にも止められない。

 オレは、先程落とした剣を拾い上げ、再び力強く握り直した。

 向き合うカイトとグェイン。

 重ねあう剣は光を取り戻していた。

 それをはね除け、オレはグェインの背後に回り込む。そうはさせまいと振り向きざまに剣を降り下ろすグェイン。

「カキーン」

 受け止められる剣。


―この戦で死んで行った民の分もオレは……―


 カイト皇子の背中にはオーラを見た気がした。思わず退くグェイン。


―なんだこいつ、先程より……―


 オレの足は、素早く動く。再びグェインの背後に回る。

 斬り付けては撥ね付けられる剣。その繰り返しが、もう何度となく繰り返された。


―オレは、勝たなきゃダメなんだっ―


 その繰り返されていた剣が、ついにグェインの脇に刺さったのである。

 吹き出す血飛沫。


「うわー」

 その瞬間、歓声が上がった。

 オレの剣がグェインをしとめたのである。

 そして、倒れ込むグェイン。

「オレの勝ちだな。グェイン王よ!」

 その姿を静かに見下ろしながら言う。

 そして沸き立つ『エストラーザ』の兵達。

 その横を、カイルは走り込んでグェインを抱き起こしていた。


「首を落とせ!こんなナリを兵に見せたくはない!!」

 それを無視するかのように、宣言するグェイン。

 しかし、オレは、その事を否定した。

 四方に取り巻かれた蝋燭の火。初めの予告通りオレはそれを吹き消して回る。しかし最後の一本にさしかかり、吹き消す事を止めた。

「何のつもりだ?カイト皇子!一思いに殺せ!!」

 グェインはカイルに抱き起こされながらも床を這いずるかのような仕種でオレを見上げた。

「その傷はそう深いモノではない。直に血も止まる」

「なぜだ……」

「お前も一国の王なら、この荒れ果てた地を再び建てなおせ。生きてな!!」

「……」

 黙って聞いているグェイン。

「カイルと共に……」

「……カイト……」

 見上げるカイル。その先には、偉大なる王となる姿を見た。


「カイルよ、お前は今日より『エストラーザ』の第二皇子ではない。何処へなりとも去れ!只今をもってこのオレにより国内追放の処分を下す。『キリアートン』でも『サリバーン』でも好きな所に移住するがよい……でも、オレは……お前を心からいつまでも兄だと思っている事に変わりがない事は……覚えておけ……」

 それだけ言い残すと、オレは、暗闇になったこの広間を兵達と共に後にしようとした。が、

「言い忘れる所だった。『キリアートン』の王よ。その傷が癒える頃、今度こそ本当の不可侵条約を締結したい。必ず、一週間後には我が『エストラーザ』にお越し頂きたく思う。待っているぞ!」

『ギーッ、ガチャン』と、扉は閉ざされた。

 ただ一本の蝋燭の火のみのこの広間は暗闇に閉ざされる。


 残されたグェイン、カイル、そして、その他の『キリアートン』の兵や侍女たちは、横たわる自らの国王を取り囲んでいたが、直ぐさま薬師を呼び寄せようと動き始めた。

「カイル殿。完敗だな……オレの」

「そうですね、ボクもカイトに愛想をつかされました……」

「これで良かったのか?お前は……」

 今まで剣を握っていたその手で、カイルの髪を撫でる。

「ええ。ボクの国はこの地です。あなたさえ良ければ……」

「何を言う。できれば、この地に留まって欲しい。オレと共に、二人で……平和な国を創ろう」

「……はい。グェイン国王」

「そういえば、いつまでも、カイル殿じゃなんだなあ。ジャスティという名で良ければもらってやってくれないか?」

「素敵な名前です。ボクも、いえ、私も言葉遣いに気をつけないといけませんね」

 にこやかな笑顔が二人の間でかわされた。

 それはまるで、暗闇から明るく灯る『キリアートン』の明るい未来を暗示しているようであった。


「カイト皇子、本当にこれで良かったんですか?」

 道すがら、フェンディは問いかけた。

「……」

「あなたも本当は、カイル殿を……」

 だけど、言葉をはばむかのようにオレは言う。

「これで良い。オレは『エストラーザ』を担う皇子だ。帰還したら、戴冠式をも迎えなければならない身だ。それに……」

「それに……?」

「弟だと思われていたんじゃあ……な」

「よし!帰ったら、祝賀会でも開きますか?」

 励ますつもりでフェンディは、他の兵と、オレを見る。

「いいな、それは!」

 周りから歓声が上がった。

「ところで、我が妹がカイト皇子の事を気に入っているんですが……いかがです?今度お会いになって頂きたいんですが……」

「そうか?会ってみるのも良いな」

「本当ですか?喜びますよ!」

「それじゃ、祝賀会にでも参加してもらうか?」

「おっと、気が早いですねえ」

 次第にその声は遠ざかって行く。


―カイル……幸せにな……―


 オレは、心の中で小さく呟いた。

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