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#3カイル

▼カイル


 緑が色濃くなるそんな時期に産まれた(カイル)は、宮殿の端の暗い部屋で産まれた。

 母が陛下の側室であったため、正室である妃の目に触れないようにとの配慮であった。

 正室にはまだ子供ができず、その事が特別な意昧で重荷となっていたのである。

 しかも産まれたのが男の子という事であれば目も当てられない。

 カイルの母は野心や派閥争いというような『ドロドロ』とした世界を好まない穏やかな性格で、それは、今この宮廷内にいるような人とは思えない程に……

 しかし、生まれた子の事はすぐに宮殿中に広まった。

 その事で、正室派の者達から次々と迫害を受け、ついには精神的に参ってしまったのである。

 それから程なくして、気の弱くなったカイルの母は、陛下の断わりを受け、この国『エストラーザ』の宮殿を後にする事となったのだ。

 もともと宮廷の外で育って来た彼女にとっては、少しの心の安らぎになるであろうとの配慮でもあった。

 しかし、ただし一つの条件がかせられた。

『カイル』は宮殿にて育てる事。

 まだ産まれて間もないカイルにとって、母の手から離されて育てられると言うことが、どれほどの悲しみを背負う事となるであろうか?生まれたばかりにその事は考えられないにしろ、その後は?

 乳母をたて、カイルはその場に残り母のみ宮殿をたった。それは粉雪の舞い散るそんな季節だった。

 しかしその一年後、正室に男の子の『カイト』が産まれたのである。

 陛下は、内乱を恐れこの子を第一皇子とする事を旨に、ひとまずの内憂になる因子を取り去ったのである。


これがカイトとカイルの由縁である。


 カイルが第二皇子としての道を歩き始め、数え年、五年の月日を経た頃、周りもこの皇子の不幸な待遇を思い、母に会いに行く事の承諾を得ようと陛下に意見をもちかける者が後を立たなくなった。

 その頃。陛下自身も、成長して行く利発なカイルの姿を見るにつけ、いたたまれない気持ちを日々募らせていた。

 それは正妃が目に入れても痛くないというほどに可愛がっている第一王子のカイトを見てきたせいでもある。


「カイルよ、週に一度は、母に会いに行く機会をやろう」


 そう言った陛下の顔を、カイル自身幼いまでも心に焼きつけていた。


―ボクは不幸なんかじゃない。こんなに愛されているのだから―


 年端もいかない少年の心は純粋で、一種の悟りでもあった。


 そして今でも覚えているこの時の母の悲しき姿。

 カイルを手放してからの母ミレディーのやつれ果てた姿が訪れた簡素な家のベッドの上に横たわっていた。

「母上!」

と、駆け込んで捕らえたミレディーの手は痩せ細った骨の固まりで……心労のみがこの姿を作り上げたのだという事を、周りの侍女たちより知らされる。

 カイルにとっても、周りの侍女達にとってもそれはかなり居た堪れないものであった。

「ミレディー様!カイル様ですよ!」

 そういわれる事で初めて目を開いた。ミレディーの生気の無い瞳。

 そこに映り込んだ自分の姿が彼女には一体どんな風に届いているのだろうか?

 カイルは今の自分を見て欲しいと願い、そして顔を覗き込んだ。

「母上!カイルです!父上の承諾を得て、週に一度母上のもとに通っても良い事になりました!」

 未だ小さいその手で、母の骨張った手を握り締めカイルは告げる。

 しかし、母の声を未だ聴いていないカイルは恐る恐る母の骨ばった顔を見詰めながら、

「母上も、ボクに会いたかったんだよね……これからは欠かさず来るから、だから早く元気になって、そしてこの手でボクを抱き締めて!」

 その時母の顔にかすかな紅が差したように思えた。

「カ……イル?」

 弱々しい声だが、カイルの耳にはハッキリと届いた。

「ミレディー様!」

 普段、声もろくに出す事がなかったのであろう……周リの者達は嬉々として喜んだ瞬間でもあった。

「ほ、本当に、カ・イ・ルなの?」

 細い手に力がこもる。

「私の、カイル。大きく……なったのね……」

「はい」

「ごめんなさいね……私の心がもっと強かったら……お前と一緒にいてあげられたのに……」

 周りから喜びの声と、嬉し泣きをする者の声があがった。

「心配しないで、ボクの事は。みんな良くしてくれてるよ。だからほらっ。母上も早く元気になって!」

 ミレディーの頬に一筋の涙が伝う。

「ありがとう。大丈夫だから。カイルに会えるんだもの……一刻も早く元気にならないとね……?」

「母上!」

 感動の対面をきっかけに週に一度『蒼の日』が来る度にカイルは母の元を訪れる事となった。そしてそれと共に、ミレディーの容態も見る見ると善くなっていった。

 三週間もする頃には一人で起き上がって辺りを散歩するまでにも回復していた。


 そしてこの日も、カイルは母に会いに城下の家までやって来ていた。片道歩いて三十分程もかかるという険しい道のりをモノともせず、一途に通っていた。

 この国『エストラーザ』は、北から東を山。西を砂漠と言う風に囲まれる緑の多い平野に位置した国であった。

 農作物は、豊かな大地に恵まれて育つ。その、少し下った南には海があり他国との貿易を糧に商人の街としても栄えていた。

 ミレディーのいるここは、今はまだ統治はされていない。後『キリアートン』よりの、北に位置する山のふもとにあり、気候は『エストラーザ』の温眼なものよりやや厳しい。

 いつしか季節は、秋になっていた。

「母上!見て下さい」

 ミレディーの前に差し出されたのは、裏の林の中で見つけて来た野草類であった。

「これって、この時期にしかとれない薬草なんだって。母上、これを飲んでもっと元気になって下さいね!」

「まあ、カイルったら泥だらけになって……ありがとう。そうさせてもらおうかしらね。ふふふ」

 カイルは、会いに来る度に元気になっていくミレディーの姿を見ては嬉しくってたまらなかった。そんな二人を、周りの侍女達も暖かく見守っている。

「カイル様。あなたがお越しになるので本当にミレディー様、見る見る善くなられておりますよ」

 その言葉に、

「そんな事無いよ。ボクだけの力なんかじゃない。みんなが母上を元気づけてくれてるからだよ!これからも母上の事よろしくお願いいたします」

 と返す。

「そんな、とんでもございません。カイル様からそんな言葉をいただけるなんて……私どもはなんと幸せ者でしょうか……」

 その言葉を聞いては、カイルの身を心から案じた。

 本当なら、母子共々同じ場所で育って良いものを……何故に神は、こんな運命の元にこの二人を投じたのか……その事を呪いさえする。それほど、侍女達の目に二人が不憫で仕方なかったりした。

「カイル。お城では今、どんな事をしているの?」

とミレディーはいつもながらにカイルの近状を問う。

「はい。今は収穫祭の真っ只中で宮中も慌ただしくなっているんです。だから、その準備のお手伝いをしています」

「そう、もうそんな時期になったのね」

 と、遠い目をする。

 簡素な小屋の窓辺から屋根の上の小鳥のさえずりが聞こえて来た。のどかなひととき。

「母上はいつもどんな事をされていたのですか?」

 真直ぐなカイルの視線に戸惑ったようなミレディーは、暫く考えるように目を閉じた。

「そうね、いつも祈っていたわ。来年もまた今年のように豊作でありますようにって」

 目を閉じて言ったその目蓋は少し思い出に耽っているかのように揺れていた。

 その様子をカイルなりに受け止める。

「母上、明日は猟に出て来ます。昨年、初めて行ったのですが、上手くしとめられませんでした。どうやら狩りは苦手のようです。何だか動物違が可哀想な感じがして……弓が上手く引けないのです」

 と頬に手を掛けミレディーの事を見た。

「優しい子。でもね、人はそうやって狩りをして、今まで生きてきたの。私も動物の命を簡単に奪ってしまうのって好きではないわ。それでも生きていくための糧になるのだから、その子違も本望なの。カイルも少し強くなりなさい。そうすれば、守りたいと思ったものを守れる強い人になれるわ。お父様のように」

 そっとカイルの手を取る。

「お父上のように?」

「そう、あなたのお父様。陛下も心優しい方なのですよ。でも、一国のため、守る者達の為に、強くなる事を選んだ。とても強くて優しい方……」

 細いミレディーの手に力がこもる。

「母上!ボクも母上を守るために強くなる。だから明日の狩り、一番をとれるように頑張る。きっと次の碧の日には、いい話を持ってやって参りますね」

「ええ、楽しみにしているわね」

しかしこんな会話が楽しく出来るのが、この日で最後になろうとは夢にも思わない出来事が待ち受けていたのであった。

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