#28最期の決戦
▼最後の決戦
次第に弱くなる雨足は、霞の中ゆっくりとハッキリとした視界を映し始めた。
空は、今まで重圧の黒雲が淡味をかもし出し、ついには虹をも東の空に従え、晴れ渡った。
ハザウェイは、森の木の影から、日に一度開かれる水路を眺めつつ、今かと時を待っていた。
そして、城壁に立っている兵が合図を出すその瞬間を見逃さなかった。
「今だ!」
隠されていた三日三晩切り倒していた木を上流と、下流に投げ込む。
そのため、逆流を含むいつもに増した水が一気にその水門めがけて流れ込んで行く。
激しく流れ込む水は、大きな音をたて、城壁にぶつかった。すると、今日の今日まで崩された事の無かったであろう、その城壁が一気に崩れ落ちたのである。
「今だ!突撃!」
各部所に控えていた兵千余名が、その水流を泳ぐようにして、突入したのである。今まで城壁の上に居た兵は、崩れ落ちる壁と共に落ちて行く。
「うわ!!」
幅、十メートルもの穴が開いたその壁は、今崩れる音と共に、破壌されていた。
「狼煙だ!合図だ!兵をあげろ!」
正面の門を見上げている形で今かと待ち望んでいたカイト皇子一行は、一気に門下へと走リ込んでいた。
門の上では、東の城壁に気を取られていた兵が慌てふためいているのが視界に入ったが、そんな事二の次と言うかのように、
「打ち落とせ!そして、門をこじ開けろ!」
千にも足らない兵ではあったが、皆気持ちを一つにしてこの場を盛り立てる。
その思いが叶ったのか、第一の門が大きな音と共に開かれて行った。
その様子を唖然と見下ろしていた敵兵はそうはさせるかの勢いで、弓を打ち放つが、既に開かれた門は『エストラーザ』及び、『サリバーン』の兵を飲み込んで行っていたのである。
「うわ!!」
逆に、打ち落とされる兵。次々と、門下へと降り落ちて来る。
第一の門を潜ると、壊された東の水門の一部がむき出しになっているのが確認できた。
そこから、膝上までにも及ぶ水が流れ込んでいた。
第二の門は簡単に打ち落とせた。というより、見張りの兵が既に打ち落とされていたのである。
そして門を開こうとする。
「カイト皇子!水が……」
門から水がしみ出していた。
「少し待て。この門は、内側に開く仕組みになっている。今、中は……」
押しても引いても門は動こうとしない。
流れ込んできている水が、押し止めているのだと悟った。自然の力と言うのはかくも恐ろしいものであるのだと、痛感した。
「フェンディ皇子!」
「メイト!皆、行くぞ!」
「はい!」
今か今かと待っていた西側でも、ついに動く。
あの隠された隠し通路。底の前で待機していた。
遠く東の果てで、轟音が鳴り響いていた。
その中、五百の兵が列を作るかのようになだれ込む。
暗い一本道。しかし、メイトの目にはすぐにその道より、ぼんやりとした光を感じ始めていた。
進む途中、何人かの兵にぶつかるが、勢いで次々と切り倒して行く。その上をなだれこんでいく『サリバーン』の兵達。
程よく進むと、二つの道に別れていた。
「メイト。お前は左の道を行け!オレは右の道を行く!」
すかさず指示を出すフェンディ。
「承知致しました!」
ここで二手に別れることとなった。
一度も足を踏み入れた事の無い道。少し湿気を帯びた道は、足下を救われそうになるがそんな事を気にもしないで一気に駆け込んだ。
―どっちが、正しい進なんだ?―
下調べをしておけば良かった。と、心の中で思いもしたが、今さらそんな事を思っても詮方なき事である。
フェンディが進んで行った道は暫くすると蝋燭のともった石畳の通路に出た。
―これだ!―
確信を持って進んで行った先には明るい広けた部屋へと出る。そしてその先には、辺りを包み込むほどの慌ただしい悲鳴が沸き起こっていたのであった。
オレは時を待っていた。しかし一向に、門は開かれない。
逆に、漏れ出て来る水の量が増した。
「危ない!カイト皇子下がって下さい!」
ハッとしたクルトが叫んだ。
その刹那、『ドーン』と言う音と共に、城壁の一部が崩れ落ち始めたのである。
「皇子!」
一気に水がオレ及びその配下を飲み込むかのように流れ込んでくる。
「うわー!!!」
という、人々の叫び声が沸き起こる中、只無我夢中でオレは逆流の水の中を泳ぎ切っていた。
暫くすると、水嵩は減り、流されなかった兵は、二の門の中へと腰まで浸かった体を前へと進んで行く。
「クルト!!無事か!?」
「ええ、何とか。数十名の兵が流されたようですが……」
「仕方ない。オレ達は前に進むぞ」
「はい!」
オレ達は、向かい合ってお互いに頷く。
「カイト皇子!」
遠くからオレを呼ぶ声が聴こえてきた。
「ハイル?」
「御無事で何よりでございました」
「心配掛けて済まない」
「これ以上の水は流れ込まないよう、東の地で、対処致しております故、今は御辛抱下さい」
「わかった。お前には本当に色々迷惑を掛けたな」
「そのようなお言葉……もったいない」
「では、これより城内に攻め込む!!」
「はい!」
流れに負けないように、下半身に力を込めてただひたすらオレは足を動かした。
その姿を見る者は、皆思った。これが、これからの『エストラーザ』を担っていく男の姿であるのだと。




