#27嵐
▼嵐
待望の三日目は、嵐であった。
斜めに降りしきる雨は全てを叩き潰そうとする程に痛い。
この分だと夕刻の合図に、狼煙さえ上げられないかもしれない。
もう一日、日を待つ方が無難であろうか。と、東に位置したこの場所でその時を待っているハザウェイ王は考えていた。
しかし、この天候を利用するのはいかにも部合が良い。
「ハザウェイ王よ、この天気は今だけの物です。夕刻には晴れるでしょう」
こう言ったのは側に控えたマーチンであった。
「そうか。それは誠に部合が良い。時に、水嵩は普段の倍だ。これは、なんとも言い切れない程の好都合だ。ここに来て諦めるなど勿体無い。天は我らに味方した!」
昨夜、カイト皇子の軍が、『キリアートン』の奇襲があった事は報告済みであった。
ここは、この夕刻までに、隊を復興してもらいたいものである。
密偵ハイルの伝達だと、ほぼ、三分の一の者達が復帰していると言う伝達であった。
「こちらの準備はほぼ完了しております」
「わかった。今は時を待て!一気に形成を逆転してやるぞ!」
ハザウェイ王の勝利への準備は心に決まっていた。
「大丈夫か?」
オレは各兵に声を掛けて回った。それが今の俺ができること。
「この天候だと、夕刻までには上がる見込みは有る。皆、疲労している身で申し訳ないが、ここは一つ頑張ってくれ!」
刻一刻と流れる時の流れが、流れ行く雲の様子で今は刻まれて行く。
「クルト、よく無事で!」
オレはクルトの姿を確認すると、迎えるように肩を抱き合った。
「カイト皇子こそ。一時はぐれた隊をよくここまで召集して下さいました」
「何、こうして、皆が生きていた事を確認するのが、一国の皇子としての使命だ。それに…… なんだか、嬉しい。命の貴さを今、実感できている事が何よりのオレの生きている証のようで……」
「皇子……成長なされましたね」
「そうか?実はオレもそんな気がしてる」
少し照れくさい気がしてオレははにかんでいた。
「ははは」
その榛子にまだ幼い表惰を見た。とクルトは、笑い声を上げた。
「後は時間の問題だ。皆、疲労が並みの物では無い」
「立て続けに奇襲を受けたのですから。それは仕方有りません。それに、皆分かっております。後に引けない事くらいは」
「そうだな……」
分かってはいても、こう天候の悪い状況の上に疲労が重なると、人間精神的に参ってしまうものだ。
時に、志願兵などに関しては、鍛え抜かれた体とは言えない。心配にもなるというものだ。
「皇子は休まれたのですか?」
「ああ、少しはな。でも、体力的に疲れていても精神的に休む事はできないもんなんだな」
ほんの一時間そこらの唾眠で目が覚めてしまう。
「クルト。お前は休んだのか?」
「え?ええ……」
「その様子だと、休んでいないな!」
オレは思わず声のトーンを落として威圧してしまった。
「分かりましたよ。少し休んでおきます」
「よし。聞き分けが良いやつだ。ここで休んでいろ!オレは、もう少し先を見て来る。できる限り味方の兵を捜して来るさ」
「お気をつけて」
オレは、木々の影から足早にその場を離れた。
少しでも休める場所をと、『キリアートン』城の街道の近くの森に潜むように陣を張った。
雨は木の葉の茂りでそのカを弱めるためでもある。
―この作戦。天よ見守り下さい!―
オレは心から天に願った。
一方、西に位置する城の周りを取り囲んでいたフェンディ皇子一行は、城壁の兵に気取られないように、密かに秘密の抜け道を探し当てていた。
それは、この道が罠である事はかくも承知であるかのように、ただその側に陣を張る事だけにとどめていた。
「フェンディ皇子、如何致しますか?」
メイトは、降りしきる雨に対し布を被る事で遮り、静かに辺りの様子を伺いながら、フェンディに問う。
「これは罠だ。それを承知で夕刻の号令と共に一気に攻め込む。今はそれを待て!」
「罠で有っても、この地より攻め込みますか?」
「少しの動揺が命取りになることは分かっているだろう?きっと、紛れ込む事ができる。それを待つのだ!」
「承知致しました。ならば、わたくしが先頭に立ちます!」
「メイト?」
「何、心配はございません。皇子は後ろに控えていて下さい。約束でございますよ?」
重ねられる瞳。それで全てが決まった。
「……わかった。お前に任す!ただし、一歩も引き下がるなよ。オレはお前をおぶさる事なんて出来ないのだからな!」
フェンディは、顔を背けてメイトに伝える。
「……ええ、分かっておりますよ。フェンディ皇子」
一瞬であったがメイトの頬に赤みがさしていた。
降りしきる雨は一時雷雨をも伴う程荒れていた。
しかし、この流れる雲の様子だと、あと半時もすれば、青空を覗かせるであろう。
そして、勝機を掴む!
誰もが、そう確信を持って今は静かに息を潜めていた。