#26涙の軌跡
▼涙の軌跡
「昨夜の奇襲は上手くいったようであるな?」
グェインの顔が少しほころんでいるかのようであるのが皆にも伝わっていた。
「ハッ。カイト皇子の首こそはとれませんでしたが、敵が、辺りに火を放ってくれたおかげで四方に散って行ったようでございます」
アラン大将が、謁見の間で、事の次第を伝える。
「これで、敵の数も半減したであろう。それに、伝令の出し方も変わって来る。動きづらいであろうな」
「十数部隊に別れてしまっては、集まるのに一日を費やす事でしょう」
「敵の物資も昨日の戦闘でそろそろ尽きてきている事でしょうな」
宰相メイディンが口を挟んで来る。
「あんな所に腰を落ち着けているんですから当然ですよ」
弓隊長のモランが言葉を紡ぐ。
「事の次第は分かった。これからの行動を逐一観察しておけ。また何か考え付き、行動を起こすやもしれん。心しておけ!」
それを告げると、昨夜も寝ずに居たグェインは、寝所へと足を運んだ。
「それにしても、あの敵のクルトと言う者は、敵ながらあっぱれであったな」
「と申しますと?」
「カイト皇子を逃がす算段後、一歩もオレの足を前に動かす事かせなかった」
アランが、褒め言葉を漏らすとは、よほどの人物だったのであろうと、モランは話に聞き入っていた。
「最後には、この才レの肩ロに傷さえこさえて行きやがった」
甲冑に血が滲んでいるのが見て取れた。
「取り逃がしたのですか?」
「残念だが、余りに火の回りが速く、戦う所では無かった」
モランそれはそれはと言った風に、
「それは残念でしたね。カイト皇子の側近であれば、名だたる騎士であった事でしょうに」
「そうだな。再び会い見える事を楽しみにしているよ」
「この度はお疲れ様でした」
「それじゃ」
マントを翻しアランはその場を去った。
残されたモランは、その後ろ姿を見届けはしたものの、直ぐさま自分の配下のもとへと足を運んだ。
「お目覚めかな?カイル殿?」
昨日の事をもう忘れたのか、自然に振る舞って来るグェインにカイルはあっけに取られていた。
「女性の寝所に不躾なのではございませんか?」
カイルはそんなグェインに嫌みたっぷりに返してやった。
「戦況報告など如何かな?」
相変わらず、薬師の手ほどきを受けた目の布はカイルの目を覆い隠していた。
「戦況?」
「昨夜、あなたの寝静まった頃の事だよ。我が勢は奇襲を掛けたのだ」
「奇襲?」
テーブルへと足を運ぶカイル。その足取りは『フラフラ』としていて、危なっかしい。
「そうだ。高台は火の海で、早朝の雨が鎖火させてくれたが、焼け跡は見るも無残なものだ」
「高台と言うと、カイト率いる……」
カイルは確か。と頭を巡らせていた。
「そうだ。三千近い兵がその半分になっているだろうな。そのうえ、塵尻に分断されては、この先苦労する事だろう」
「カイトは?皇子は無事なんでしょうね!?」
「死体の中にはカイト皇子らしき者は居無かったらしい。無事であろう」
片肘を付き口元をゆがめている。その姿は、カイルには勿論見えないが、楽しんでいると思った。
「カイト皇子は、この雨の中、森を彷徨っている事だろう……少数の部下を引き連れて」
「……もう止めにしてくれませんか?これ以上の血を流す事は無意味です」
カイルは憤りを隠し切れなかった。
「いいや、それは無理と言うもの。敵が降参しない限り、この戦いは続くのだ」
「なんと無意味な!」
「そう思うのは勝手。しかし、敵国は『エストラーザ』や、『サリバーン』の連中は、少なくとも無意味だとは思ってやしない。そう、自国の誇りを懸けての戦いであろうから……」
「皆、誇りなどののために命さえ投げ出すと言うのか!」
「所詮、平和主義のそなたには、男のロマンなど解からない」
「解かってたまるものか!」
両腕で、テーブルを叩く。そんなカイルを見つめながら懐から一本の剣を取り出す。
「この剣をそなたに差し上げよう」
と、グェインは、簡単な装飾の施されてあるダガーを、カイルの手に握らせる。
「カイル殿。そなたが、この剣をどう扱うか見届けさせて頂こう。今ここで、切り掛かっても結構。自害して頂くのも結構。それがどう使用されるのか、オレは見てみたい」
その言葉に、鞘を引き抜くカイル。
「そんなに、ボクがどう行動を起こすのか興昧がありますか?」
半分まで引き抜いた所で、その剣を鞘に戻しながらカイルは問う。
「そうだな、最後にはどういう行動をするのか?言葉と行動……それに興味が有る……」
暫くの沈然が、雨の音でかき消された。
「分かりました。これは預からせて頂きます。前にも言ったようですが、きっと、これをボクが使う時は、あなたを切る時だと言う事を覚えておいて頂きたいですね。きっと後悔しますよ!」
「ははは、その時を楽しみにしているぞ!」
そういうと、カイルの頭に手を乗せてからグェインは立ち上がった。
「きっとお前には、無理だな!」
カイルの胸の内、怒りと、憤り、情けなさが一気に込み上げていた。
言葉で頭で心で……このグェインを殺したい程の憎しみを抱いている。しかし、人を殺す事。それは、もしこの目が見えたとしても決して出来ない。そう、魂のどこかで解かっていた。それを見すかされている。読まれている。どこかで、警報が鳴っていた。
―ボクは、根っからの憶病者だ!―
覆われた布の下から一筋の涙が流れてきた。
それは、自らの愚かさの証であるんだとここに来て改めて知ったのである。




