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#24夜明け

▼夜明け

 

 清清しい朝は、変わる事無く訪れる。

 一体昨日とどう違うのか?それさえ疑問なカイルであった。

「おはようございます。ジャスティ様」

 メイが社交辞令のように挨拶をする。

 ここは、昨日から使用しているカイルの部屋。シンプルで、『キリアートン』独特の石レンガで囲まれている。

「本日もまたよい天気でございますよ」

 と、唯一ある窓の閉ざされていたカーテンを開く。

 しかしその様子など、明かりの加減でしか見当も付かないカイルは、

「おはよう。それは良い事ですね」

 とだけしか答えられない。

「本日は、グェイン国王不在のため、あたしが全てお世話をさせて頂きます」

 カイルの前で一礼する。

「少し風に当たりたい。外に連れ出して頂けますか?」

 この動きのない部屋に居ては、気分も優れない。それも、既に戦乱の火蓋が切っておとされている今なればこそである。

「結構ですよ。外の空気を吸うのは体にもよろしい事でしょうから…ただし、お先に朝食を召し上がってからですよ」

 そういうと、食卓に手を取って案内してくれた。


「三千の兵より、二干の兵が戻ってきたのか…」

 第一の門の近くに引き返してきた兵を迎えながら、グェインはモラン率いるその隊を眺めていた。

「敵は五千の兵を動員していて、なるべくこちらの披害を避けたためでございます」

「して……敵の被害の程は?」

「五千の半分はしとめた次第でございます」

「まあ、妥当な所だな」

 その言葉に反してグェインの表情は竪い。

「少し兵を休めろ。また、タ刻に奇襲を仕掛ける。準備は怠るな!」

「承知致しました」

 それだけ伝え終わるとグェインは第二の門へと足を向けた。

「国王も、寝ずの番をしている。それでもオレ達の帰りを待ち望んで下さっているのだ!それに報いるため立ち上がろうぞ!」

 モラン大将は、そう言って味方の兵を煽っている。

「城壁の外で不穏な動きはないか?」

 各城壁の場にグェインは赴いて情報を聞きに回っていた。

「今の所はまだ何も!」

 アラン隊将以下の兵はロ々に言う。

「ならば良い。これからも辺りの様子に気を配れ。よいな!」

「はっ。もとより承知してございます!」

 そして立ち去る。


「グェイン国王。少しお休みになって下さい」

 メイディン宰相は、そんなグェインの行動をたしなめるように進言した。

「なあに、心配するな。戦線に立っている訳ではない。本当だったら、オレが全て取り仕切っていたい所だ!」

「お気持ちは分かります。ですが、今は一国の王であらせられます。その自覚を少しお持ちください!」

 そうは言われるものの。野生の魂がグェインを掻き立てているのである。

「ところで、女を匿われてとか聴きました……国王は一体何を御考えなのですか?」

 早くもメイディン宰相の耳に入ったらしい。

「気にする事では無い。只の退屈しのぎだ」

 その言葉に、何を真迦なという風に、

「あれは、『エストラーザ』のカイル皇子ですね。生かしていらっしゃったのですか?誰の目をも誤魔化したとしても、この私の目は誤魔化しきれませんぞ!」

「それがどうしたという?大した事ではないぞ。捕虞が一人増えたまでだ」

「捕虞の待遇とは思えませんが?」

「邪推な事を聞くな。オレが気に入っている。只それだけだ」

「…目を不自由にしていると聞きますが、一体この『キリアートン』に何の得が有ると言うのです?!」

「人質にはもってこいの人物だ。しかも上玉のな!」

「確信あっての事なのですね?」

「当たり前だ」

「それならば、お言葉に従います。しかしもし、災いをもたらすとなれば、この私が黙ってはおりませんぞ。心して置いてください!」

 そう言うと、メイディン宰相は一足先に城の中へと立ち去る。


―災いだと?あの者にそれだけの器量などありはしない。只の玩具だ……―


 グェインは、再び城外を視察するために辺りを見て回った。

 城外は簡素な木々を取り巻くだけで、何の変哲もない。が、遠く木霊する木を切る音。

『カツーンカツーン』

 一瞬何事かと思う。

「おい、あの音は?いつから鳴っているのだ?」

 近くに控えている兵に声をかける。

「昨日からでございます」

「………」

 何か考えるように腕組みをするグェイン。

「におうな……」

「すみません。一昨日から風呂に入っていませんもので……」

 そんな事を聞いているのではない。と思ったが、

「気をつけろ。何かの前触れになるかも知れない」

「はっ?」

「見張りを厳重にしろと言ったんだ!」

「はっ。心得ました」

 この時グェインの頭をかすったのは、まぎれもなく、これから先の末路への一つだったのは、言うまでもない事であった。

 その木霊は、三日三晩に続き聴こえるのであった。


「まあ、縞麗!」

 庭を歩いているカイルとメイ。

 冬の『キリアートン』の肌寒い風に誘われて、二人は庭を歩いていた。

「こんな所に春蘭が!春も近付いてきているんですね?」

 そう言うメイは一房花を取りカイルの耳に挿す。

「お綺麗ですよ。ジャスティ様」

 少し照れているのかカイルは顔を赤らめながら答える。

「ありがとう」

 少し香りの強い花のようでその臭いを楽しむ。そこに聴き覚えの有る足音を聴いた。

「慣れ親しんできたのかな?ジャスティ殿」

 その足音を聴いた瞬間、それが、グェインのものであると確信した。

「まあ。グェイン国王。こんな所に足を運ばれるなど、お珍しい」

 メイは、その姿を見て感嘆の声をあげる。

「ええ。メイ殿が、お誘い下さったんです。外は良い陽気のようですね」

 皮肉にも軽く挨拶をかわす。

「薬師に、治療してもらったらしいな」

 カイルの目を見てその様子を感じ取る。

「ありがとうございます。しかし、治るか治らないかは、期待せぬように忠告を受けました」

「時が経ち過ぎておるからな」

 一度治るといった手前、

「そのようです」

「それより、グェイン国王お休みになって下さいよ……みな心配されているのです。国王が、ここぞという時に寝込まれでもしたら困りますから!」

 メイは、力強く忠告をする。

「分かっている。メイ、お主の言いたい事は、メイディンのロからも聴かされたわ……」

 頭をかきながら、答えるグェインの様子は余りにも年相応の普通の少年のようであった。

 カイルにはその姿を見ることは出来ないが、声色が優しく感じられた。

「良く似合っているぞ……ジャスティ」

 なんとも形容しがたい様相のカイルを見ながらグェインは少し照れくさそうな声色でカイルに語る。

「ええ、メイが取ってくれたのですよ。似合いますでしょうか?」

「似合っている。本当に…」

 カイルは少し違和感があるものの、グェインのロからも聴かされる言葉に嘘がない事は感じ取っていた。

「何だか変な気持ちですよ」

 カイルは未だ少し顔を赤らめていた。

「西の空に、雨雲が立ち篭め始めた。早く城内に入れ、一雨来るぞ」

「あら、本当。さあジャスティ様、お手を……」

 そう言うと、メイはカイルの手を取リ城内へと向かった。

「オレも少し休む。ジャスティ、話したい事が有るオレの部屋へ来い」

 その言葉をメイは聞き入れ、カイルをグェインの部屋に導きその場を離れた。


「宰相のメイディンが、お前の事に気付いた。なるべく城外に出る事は控えてもらいたい。まあ、縛り付けるつもりはオレはさらさら無いから気にしてはいないのだが、我が国の士気に乱れが出ては困る」

「ボクは、『エストラーザ』の者ですよ。そんな事気になどしてはおりません」

「敵なのは承知の上で言っている」

 グェインは、椅子に腰掛け対峙しているカイルを傍観しながら答える。

「もともと、オレのエゴで、助けたのだから、何も困る事など起こりはしない事は重々承知の上だ。しかし、あまり自由に動かれたら、人質として匿っているオレの身が怪しまれてしまう」

「本当はそんな事などどうでも良い事なんでしょう?」

 心の内を読まれた。が、グェインは動じずにカイルに告げた。

「お前をこの城に招き入れた道筋を『サリバーン』の連中は血眼になって探し当てる事だろう。いや、既に見つけているかもしれぬ」

「罠を張っているんですね」

「そのような事は、もう既に分かり切っているからな。敵も注意している事とは思うが、隙あらば何か策を考えて行動に移すであろう」

「女でこの身の上。もう、助けなど送る事は無いでしょうに……」

 カイルは、思っていた。それが当たり前であると。

「いや、カイト皇子はそんな事考えてはおらんであろう」

 しばしの沈黙。

「カイトは、カイト皇子は、ボクがこんな身で有ったとしても確かに助けようとするかも知れませんが、『サリバーン』の者がそうやすやすと危険をおかししてまでボクを助けようと動くことは無いでしょう」

 動じずに答える。今動じてしまったら、何か策を講じてやって来る『サリバーン』の者達に立つ瀬が無い。

「本当にそう思っているのか?」

「あの時逃げなかったボクの事など気にもしてはいないでしょうから……」

「……」

「そんな事より、篭城を決め込んだのですか?」

 戦場に赴いているはずのグェインが今ここにいる事が疑問であった。

「我が国の城壁を破って来る事などできはしないであろうからな」

「甘いですね」

「何を?甘い?」

 語尾を濁らせるグェイン。

「物資は余り有る程に豊かなのだ。後は日にちを置いて敵の物資を減らして行けば事足りる。そこに、付け入って一気に国境を越えて叩き潰すのみだ」

「なるほど。そう言う事ですか」

 カイルは今ここにいるグェインの考えを知ってしまった。

「本当に上手くいくのでしょうかね?」

「決まっている。オレを見くびるな」

「見くびっていたりしませんよ。ただ、『エストラーザ』や『サリバーン』の事を甘く考えているようですから忠告しただけです」

 ここで、『キリアートン』を卑下してみる。

「ふんっ。まあいい。奴らの戦力のなさは、分かっている。後は、奇襲しか無い事。うちの千の兵力に三千近い兵力を持ってしか太刀打ちできない様じゃ、たかが知れている」

 その言葉をグェインは何とも思っていないらしい。自らの兵力を過信しているのかそう告げた。いや、勝てると確信を持っているのだろう。

 カイルの鼓動は高鳴った。

「既に血は流されたのか?」

「ああ、高台の地でな。ぶざまなもんだなぁカイルよ。たかが弓隊にやられているようじゃ、言葉もでないぞ」

「……ボクはここで一体何をしているんだろう?この目さえ見えていたら戦いに出て…」

「そう望んでも詮方なきであろう?この地で、己を恨むが良いわ」

 足を組み換えるグェイン。

 打ちふせられたカイルの様子を楽し気に眺めていた。

「これからが楽しみであるよな。カイル?」

「楽しくなど無い!今ここに剣が有ればお主を切り捨てられるのに……」

 カイルの手が小刻みに震えていた。

「笑止。もしお主の目が見えていようと、そんなに容易く切れる事など無いわ!」

『わはははは』と、高笑いするその声があたりに響く。

「もしできたら?その口をへの字にしてくれる!」

「待っているぞ。楽しみにな!」

「……」

 怒りのためこれ以上話したく無いと思ったカイルは、腰をあげた。

 それを合図に、

「メイ!ジャスティ殿が、部屋に戻られるそだ。手を貸してやれ!」

 グェインは立ち上がり、扉を開いて手を打ちメイを呼ぶ。

「それではごきげんよう。ジャスティ殿」

 カイルは、グェインの手を振り払いドアが有る方へと歩いて行った。

「今の言葉、覚えておいて下さいね!」

 捨て台詞のつもりだった。

「ああ、覚えておいてやろう!」

 しかし、返ってきた言葉は、自信の有る言葉だった。


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