#23緑色の瞳
▼緑色の瞳
水しぶきの音が聴こえる。それは新緑の中。雄大な青空を従え、オレは城近くの泉で水浴びをしていた。
「気持ち良い〜!」
光り溢れる中、水しぶきはその光を浴びて『キラキラ』と光っていた。
その泉の淵で、静かにカイルは素足を浸している。
「どうだ、カイル!足が付く所までなら入ってみないか?」
オレの言葉にギョッと驚くカイル。
「いいよ。ボクは……」
遠慮するかのようにカイルは答える。
「遠慮するなって!オレが手を引いてやるから…気持ち良いぞー!」
そう言うと、オレは、カイルのいる所まで泳いで来る。
「本当に良いてばっ!」
ただ遠慮しているんだとばかりに思い、オレはカイルの手を取り、泉の中まで引きずり込む。
「ちょっと、カイ……」
拒絶する間もなく、滑り込むかのようにカイルは肩まで水に浸かっていた。
「いつもオレが泳いでいるのを待っているだけじゃつまらないだろうが!」
と、言いかけたオレは、カイルの様子を顧みた。
「カイル?」
そんなカイルの様子がおかしい。衣服のまま引きずり込んでしまった。
「そんなに嫌だったか?」
無言のままであった。頭まで被った水が滴り落ちている。
「ごめん……悪ふざけし過ぎた」
オレはしょんぼりと肩を落とす。
「でも気持ち良いだろ?」
そうやってオレが宥めているのにカイルは黙っている。何もそこまで怒らなくても。
「わかったよ。悪かったって!機嫌直せよぉ」
どうすれば良いのかに困ったオレは、そう言いながらカイルの手を引き陸へとあがった。
しかし、カイルは、オレに背を向けて座り込んでいる。
「どうしたんだ?本当にそんなに嫌だったか?」
しぶとく謝っているにもかかわらず、カイルの機嫌がなおらない様子なので、オレは頭を抱えていた。
「いいから、こっち見ろって!」
手を取り振り向かせようとするオレ。
その手を振りほどこうとするカイル。
余りにも尋常にないカイルの行動に、オレはついに怒りを覚え始めていた。
「何だよ…そんなに拒む事ないじゃないか……」
言った後に表情を無くした。
「お前……」
胸元を押さえているカイル。そこには少し膨らんだ胸元が、濡れた衣服の上から覗いていた。
「……女……」
ただ、カイルの緑色の瞳が揺れていた。
ここで、『はっ』とオレは目を醒ました。
戦場で仮眠を取っていたオレは、岩影で跳ね起きる。まるで、思い出の中に真実の一コマを見た気分であった。
―夢?―
いや、これはきっと事実なのだ。
まるで見た事のあるそれは、実際、己の中の大切な何かである事だと言う事をおぼろげながらにも悟った。
―オレの中に、この世界の何かを思い出しかけている―
何と言う事であるのか?
事実、記憶喪失と言う病症の縁に立っていたのは誠の事であるのか?
それさえ、何が真実か分からなくなっていた。
しかし、こんなにもカイルの事を思っている自分は、異常な程である事は前々から悟っている事ではあった。
―オレの中で、沸き上がっている感情―
これを押さえる事が出来ない。
―カイルが女?―
なればこそ、こんなに心配している?
―もしかしてオレは……―
頭の中で言葉を無くした。
あの時、カイルは言った。
『全て忘れてくれた方が良いのかも知れない』
―オレはもしかしたら?―
この世界に来る前のこと…
そんな覚えのない事に、引き込まれている想い。それは、気付かぬ内に、行動としてにじみ出ていたのかも知れない。
―オレが知らないオレは、カイルを愛していたのかも知れないというのか……?―
頭の中で響き渡る音。
まだ明けない夜。
独り静かに起き上がっていたオレは、再び眠りに付く事さえ出来ず考えていた。
振り返る記憶に有る過去。
今まさに自分自身の悩みの種である全てがここに来て明らかになりつつあったのである。
「薬師をお呼び致しました」
メイはそう言うと、ベッドに横になっているカイルの元に、薬師を呼び寄せた。
「ところで、そなたの症状はいかがなのでしょうか?」
分からない事ゆえに薬師は尋ねる。
「幼少の頃、毒で目をやられたのです」
「毒で?」
「弓に細工してあったようで……実際どう言う物であるのか分かりません。ただ、私の視力は暗闇か陽の当たっている場なのかを判断する事は幽かに出来る程度でございます」
そう言いながら、半身を起こしカイルは簡単ながらも答える。
「それは難儀な事でございましたな」
気の毒に思った薬師は、それだけ言うと、何やら薬草を取り出し煎じはじめる。そのなんとも言えない薬の臭いが部屋中に充満し始めた。
「今さら効くかどうかは分かりませんがこの解毒剤を作りますので、目に当てておいて下さい。決してはずさぬ事」
そう言うと、布にその薬をしみ込ませカイルの緑色の瞳に軽く押し付け、布で巻き付ける。
「もう暫く安静にして下さい。言っておきますが、必ず効く物だとは努々思われない事でございます……」
それだけ言うと、片付けを済ました薬師は速やかにこの部屋を後にした。
その後、暫くすると、
「一先ずあたしの仕事は終わりましたゆえこのまま引きあげます。何かございましたらお呼び下さい。それでは夕食の時に参ります」
と言い残すと、メイもこの部屋を後にした。
残されたカイルは、体を起こしベッドの端に腰を下ろした。
瞳に施された布が熱い。
この日まで一度たりとも外界を見た事などなかった。
もちろん、初めから期待などはしてはいない。
でも…もし見えるようになる奇跡を願わざるおえない期待。
少しでも、見えるようになるのであれば、これほど嬉しい事はない。と今まで心の奥に仕舞い込んでいた想い。
今まさにその先に来ている。
しかし、それは悲惨な光景を見なくてはいけない状況下。
―……これは見えない方が幸せなのか?―
カイルは考えていた。
―光が、宿る。その瞬間は、実は闇なのかも知れない―
カイルは再び床に横になった。




