#19戦い
▼戦い
明朝、火災を鎮めた頃、兵を集めた『エストラーザ』と『サリバーン』の一行は、国境近く に陣を張った。
「総勢三千足らずのこの軍勢をよく一晩でここまで集められたものだな」
オレは宰相ケルトに囁きかけた。
「国の一大事、皆その事を承知しているのです。中には志願して雇った兵もいます」
「愛を感じるな」
自国愛とでもいうのであろうか?そして、今こそ力を!
「今一度、忠誠を誓え!」
オレは慣れないながらも皆に誅す。
「我らが国の繁栄を。そして、永遠の輝かしい勝利を!」
この言葉に皆が沸き立った。
「ハザウェイ王、フェンディ皇子。この戦は私達だけの戦いではない、貴方達の未来をも賭けた戦いになる。それを承知でここまで来た……もう、後戻りは出来ない。ありがとう」
オレは脇に控える二人に敬意を表すかのように一礼をした。
「それでは、作戦を実行に移す。各陣、配置につくように!」
号令と共に各陣は己の使命を果たすかのようにその場を散って行った。
オレ率いる兵は正面南の坂を目指して歩をすすめる。
ハザウェイ王率いる兵は東を、フェンディ皇子率いる兵は、一度辿った事のある西を目指す。
この晴天の下、各々勝利を導くための行進がついに始まった。
食料を運ぶための兵は十分に備わっているようで、今は遠征をするにも充分な程である。
それでも、今は、先の事など判らない戦が事なくして済む事を望むだけである。そして、勝利を持ち帰る為に。
「カイト皇子!」
脇に控えていたマクベ大将が、馬をオレの側に寄せて来た。
「気付いておるか?」
オレは周りに悟られないように返す。
「人数は少ないものの、足の速い者達が、木々の聞を伝い確実に我々の足取りに合わせ潜んでいます」
「今は捨ておけ。何かの算段があるのであろう…その内しっぽを出して来る」
「承知致しました」
マクベがゆっくり下がっていく。
密かにこちらの動きを観察してきている。
―きっとこの先の少し開けたところで陣を引いている事だろう―
一度辿った事のあるオレの記憧の中にその場所が見えていた。
―その場で体制が崩れないようにしなくては…―
オレは無い頭でその算段を考えていた。
開けたその丘は、見晴しの良い場所だ。狭いこの山道での対戦よりきっと立ち回りが可能な場所だ。
伝令をオレの前を往くトールに言付け、前線の歩兵達の今一度の体制づくりを敢行した。
次第に近付いて来る丘。
オレの胸の内は鼓動をより高まらせていた。
しかしその後、オレのその考えは的中した。
「うわーーーーっ!」
前線から悲鴫があがって来る。
敵の弓隊が、矢を射かけて来たのである。
「落ち着け!なるべく多くの者よ、丘の中央まで歩をすすめろ!弓隊より前ヘ!」
見た所、三千人に近い敵の兵力。そして確実な戦力は我が軍の数にまさるとも劣らないと言えよう。
―地に不利なのは覚悟の上の事。だが、それ以上にこの場を有利に事を進める事。それが先決だ!!―
押し寄せて往く大軍。暫くして、馬隊がその前戦を突き抜けるかのように追い込みを掛けてゆけるだけ先を進んで行った。
「カイト皇子!前線は大分疲労をきたしてはおりますが、このまま一気に畳み掛けましょう」
クルトが進言してきた。
「それはクルトにまかせる!オレも今考えていた所だ!」
オレの周りにいる騎馬隊は、今こそという風に駆け出して行った。そして数人の兵は、槍をたずさえオレを守るかのように控えていた。
「これで、五分五分になった」
開けた丘での戦闘は程なくして、終結を迎えようとしていた。
それは、オレ率いる『エストラーザ』の勝利であった。
しかし、その兵の半分がその攻防により痛い打撃を受けていた。数的に有利であったはずの兵力が、地の利をもった『キリアートン』の戦力に苦しめられた結果が今ここに顕著に表れていたのである。
「今日の所はここまでであろう…これからこの地に陣を引く。できる限り負傷した兵を休ませろ」
オレは全ての隊に伝令を遣わせる。これ以上の兵力を今日のこの日に全て使い切る事よりも、少しでも『サリバーン』の動きに合わせた戦いに賭けていた。
―フェンディ皇子の動向は逐一報告が来る事になっている…今はそれを待とう―
オレはじっくり考えていた。カイルを生かしているグェインが使っていたであろう抜け道。それを利用し、城内からこの厚き壁を開けて中に攻め入る瞬間。これが全てのチャンスになるのだということを。
―しかし、グェインはこの事までをも見通しているのではなかろうか?―
何よりも得難いチャンスだと思わせておいて、絶望の底に叩き付ける。これはあり得ない事ではない。
―あの王ならばやりかねない―
周りに無残にも転げている敵国及び我が軍の死体を見回しながら、オレは脳裏にその事がちらついてならない。
ただ、今はフェンディ皇子そして、ハザウェイ王の連絡を信じ、体を休めること。その他なかった。
「今日は、あの日のような天候でなくて良かったな」
フェンディは、数騎の兵を率いて山中を歩いていた。
フェンディが率いる『サリバーン』の一行は、途中数十部隊に別れ西の斜面を散策するかのように歩いている。
「確かにこの天気だと足取リは速いのですが、その分見通しが良すぎて、敵に見つかる恐れがあります。気を引き締めて下さい、皇子!」
「分かっているさ、メイト…それだけじゃない、敵のこの狩猟用の罠、これにも注意を払わなければならないのだからな」
と、言ったその瞬間、木の根に張られた罠をまたいで越える。
そろそろ、あの小屋の近くまでに差し掛かっているだろうと、辺りに目を光らせながら進む…が、いまだその小屋は見えてはこない。
「そろそろのハズだが…」
「そうですね。足取り的にはあの日の天候を考えれば有ってもおかしくはないのですが…」
メイトが相槌を打つように返す。
一部隊を率いるフェンディ皇子の言葉は正しい。とでも言うかのように頷くメイトは、優しい声色をもちながら鋭い視線を辺りに投げている。
メイトは、フェンディの三つ年上の女性で、フェンディ付きの近衛兵として参列するだけの実力を持つ男顔負けの大将である。
髪は短く切りそろえて剣を構える姿は艶やかな風情で人を魅了させる程美しかった。
「この作戦…上手くいくとお前は思っているか?」
作戦をたてた当の本人がこんな事を言うのはどうかと思う。がしかし、心無しある事を心配していた。
「カイル殿の事ですね…」
メイトは、その心配の真髄を見事当てて来る。
「……」
黙り込むフェンディ。
「今は信じる他有りません。あの方が味方である事を…」
フェンディの中で、渦を巻いているのはこの事だけであった。敵国グェインの足元にカイルが跪いてしまっていると言うのであれば、この作戦は成功し得ない。
我々を城中に引き込み、その足を止められたのでは、成り立たないのである。
「カイル殿を信じるしかない…か」
ひたすら歩き続ける一行。
その先に、暫くするとあの夜の小屋が視界の中に映り込んできた。
「一先ず訪ねてみるか」
そういうとフェンディはその小屋へと足早く進んで行った。
東の地を散策するように歩いていたハザウェイ王は、川に沿った細い道をフェンディ同様何部隊かに別れて移動していた。
この川は上流にいくほど深みを増した緑色をたずさえて流れていた。
「この川の水はどうやら『キリアートン』の主水になっているようで、時間が来ると城内に流れ込んでいるようです」
と、一度この地を訪れたマーチンはハザウェイにその旨を申したてる。
「時間になると?」
「そのようです。常に外敵からの侵略を気に掛けているのではないでしょうか?」
「ふ〜む」
「しかし、一つ面白い事に気付いたのですが…」
「なんだ?」
良案と目されたその策を聴いてみたい。
「その時間を利用して、流れ込む水嵩をいつもの倍にすれば城内に被害を持ち込む事ができるのです。つまり、水攻め」
「なる程…」
「これに乗じて、城内に忍び込む事も可能なのではないかと」
「しかし、それをするには、この川の流れを一時せき止めなければなるまい?」
「その事なのですが……」
と、マーチンは静かにハザウェイの耳元で語る。
「ふむ、面白い。ならば合流地点で作戦会議を開こう…あと、この事をハイルに伝え各陣に報告する手はずを整えるように!」
ハザウェイは、この事をマーチンに告げる。マーチンは、連絡するための狼煙を上げていた。
東と西の盲点を見つけだしたこの戦いの火ぶたはすみやかに切って落とされようとし始めた。
しかし、この事を知らないカイルは未だ『キリアートン』の城中にいる。
そして全くこの時は、カイルにとって、これが悲劇の始まりだとは気付く由もなかったのであった。




