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#18眠りの狭間

▼眠りの狭聞


 手を取られカイルは、『キリアートン』のグェインの部屋に導かれていた。

『エストラーザ』にはない簡素な寝室である。それは、部屋に入った瞬間、厳格な空気を感じさせる何かを感じたからであろうか。

 みな寝静まっているかのようで、カイルはこの不思議なグェインの行動と、主の考えを野放しにしている国の体制に改めて隙間風を感じた。

「安心しな。何もしはしない。今日はこの部屋を貸してやるからここで休め。明日の朝には、お前用の部屋をあてがうように伝えておく。何の心配もいらない」

「……何だか静かだ」

「侍女をこの部屋に入れるのは朝と掃除をする時ぐらいだ……滅多に入れるものではないぞ。感謝することだな。ま、実際その方がオレ的に安心するからな」

 素直な言葉だ。感謝と言うのは、少し違う気がするけれど。

「ベッドは貸してやる」

 何?それは。女だからか?

「それじゃあ……」

「オレは、そのベッドの寝心地が嫌いだからな……逆に清々する」

 と言うと、近くの椅子に腰掛ける。カイルは音だけで判断して、もうそれが当たり前なのだと思い、

「ありがとう」

 そういうと、ベッドに腰をかける。

「まだ気になるか?」

「えっ?」

「自分が本当は女である事をだ……」

「何故こんな姿でいるかって事か?」

「ああそうだ」

 グェインはまじまじとカイルを見ていた。

「今では慣れてしまって気にもならない」

 そう慣れてしまっている。何てこと無い。

「しかしよくそこまで、『エストラーザ』の者達を騙すことが出来たな」

「それは君だって同じだろう?」

 そう、似た生い立ちだった。

「それもそうだ。しかし、オレの場合は皆が承知の上だったからな」

「そうなのか……それでも、みんなはお前を選んだと?」

「かなり無理強いもしたがな」

 グェインは笑いを堪えながら答える。

「君の年で国王と言う事は……両親はもう?」

「あいつらは、とっくに御陀仏さ」

「まさか殺したんじゃ……」

「当たらずとも遠からずか?御名答!さっさと死にやがれって思ってたら、ぽっくりとな」

「……」

 その言い方はどうだろうと思う。

「それより知りたいもんだね。何故わざわざ男の格好をして偽っているのかを」

 興味津々に訊いてくる。

「人の勝手だ」

「つれないな……オレはとっくの昔に告白してるのに」

 それは無いだろうと言う感じで問いかけられた。

「……何が知りたいんだ?」

「カイル、君の全部だ」

 知ってどうする?得になる事などないだろうに。

「面白い事などない」

「そんなのはこのオレが決める事だ」

 一息つくように深呼吸をするカイル。別に話しても自分にはどうこう言う事でもないだろう。そう知られて困る事も無い。グェインがこれを餌に何か企む様に感じられなかった。だから、

「ボクも、君と同じ双子だったんだ」

 ボツリと咳くように話し始めた。


「まあなんと可愛らしい子なんでしょう」

 と、ボクを取り上げた人が言ったそうだ。

「もう一人産まれるようだぞ!」

「何!?」

「大変、なんて事でしょう不吉な…」

 しかもその子は逆子だった。

「大変だ、早急に取り上げないと母体がもたない!」

 それでも何とか母上はその子を産み落とす事が出来たんだ。

「この子息をしていない!」

 それは男の子でボクの弟になる子だった。

「泣かせるのよ、何としても!」

 母付きの主治医が逆さにして叩いたそうだ。それでも泣く気配はなかった。

「残念な事ですが、この子は天命を全うできずに逝ってしまわれた。主よ、この子の魂に平安 を……」

 そして、ボクが弟の変わりに男の子として育てられる企みが、一部で起こった。

「同じ性をもって生まれなくても、只でさえ双子と言う事で不吉なのに……第一皇子としての男の子が亡くなったとあっては……なんとも不吉だ」

「ならば偽りますか?この子を男として育てる……そんな事……私には出来かねますわ……」

 しかし母上は反対したそうです。只でさえ居心地の悪い宮廷で、正妻よりも先に子を授かった事で気持ちが弱気だった。

「大丈夫です。私達はミレディー様の御味方ですよ……決してばれないように育てます!」

 多くの者達そう言って話を納めていったそうだ。

「……分かりました。ならば、御任せ致します。この子に幸ある事を祈って……」

 結局母上はうやむやに、その事を承諾されたのです。


「男として育てられたボクは、この時第一皇子になった……カイトが産まれて来るまではね……しかし、話の成りゆき上、父上が第一皇子をカイトにした事が母上にとって良い事だった……母上は、この嘘がたまらくなっていたのだから」

「気が楽になったのか……」

 グェインが初めて口を挟んだ。自分と同じ境遇の者に対する言葉であろう。

「しかし、それまでの心労が重なって母上は宮殿を後にした。何かと側室のくせにと人々は豪語したんだ……初めから何も生み出す事のないものなのに」

「……」

「静かに生きていたい人で……優しい所を兼ね備えていた母を味方する人はとてもボクに優しかった。

 それだけがボクにも母上にも心のよりどころだった」

今でも感謝しているという、心の中の紐を解くかのような静かな表情がカイルの顔を綻ばせた。

「これが、ボクの秘密だよ。こうやって話すのは……これで二度目だ。初めて話したのはカイトだった」

 眠りの狭間に垣間見た安らぎのように気持ちが優しく揺れている。

 しかし今のカイトは、その事さえ忘れてしまっているから……

「お前は、カイト皇子を好きでいられるんだな……」

「好きだよ。義弟として考えた事はない。死んだ弟の生まれ変わりだと思って今まで接してきた……今のボクにとっては男として生きていた中で二番目に大切なもの。一番は母上だから……」

「もしカイト皇子が死んだら……お前はどうする?」

「ボクは狂ってしまうかも知れない」

 行き場のない感情。

「確か前に聞いたぞ。お前は大切な者のために強くなるんだと、それが狂ってしまうと言うのでは矛盾しているのではないのか?」

「大切な人がいなくなったら、強く生きていても仕方がないだろう?いるからこそ強くなれる!」

「オレは、自分のために強くなる。誰かのために強くなるのではなくて、自分自身のために!」

 反諭するグェイン。

「水掛け諭だ。何を言っても君には理解が出来ないんだ……ボク達の間にはかなりの距離がある。きっと平行線のままの」

「交わる事のない?」

「きっとね」

「……」

 もういい、というようにグェインは張り詰めた糸を解いた。そして、

「もう遅い、お前は休め」

 そうして灯された火を吹き消した。買うかな明かりが消えた。

「忘れるな。明日からは戦だ。お前の大切な者達の命が消え行くのだ。そして、それが今のオレのただ一つの楽しみだ!」

 グェインは捨て台詞を残してその場を離れたのであった。

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