#17もう一人の自分
▼もう一人の自分
燃え盛る炎の中。泣き叫ぶ子供の声が辺りのとどろく。
オレが『エストラーザ』に到着して半刻も立たない頃のことであった。
宮殿の東に位置する街より出火した火のため、辺りは騒然としていた。
まだ、何も口にしていないオレは、連日の衰弱のため動きもとりづらく、足取りも重かった。が、この惨事に動かない訳にも行かなかった。
「カイト皇子!出火したのは東の外れの国境近くです。今、消火のため、村の長オーエンが中心となって活動しております」
「そうか、御苦労」
―『キリアートン』の奴らだな―
確信を持ってオレは思った。
―早くも、行動を起こしてきたか―
「オレも後で行く。取りあえず上手く鎮火する事を第一としろ」
そういうと、肩に力が入った。
「カイト皇子、少しお休み下さい」
ケルト宰相は、疲れ果てたオレに優しく声を掛けたが。そう言う気分になれるはずなど無かった。
「何、こうしていると少し気分が、落ち着く……それに、一国の大事に休んでなどおられん」
ここで今自分が出来る事など限られる。幽囚であった時に自分の存在意義を考えたが、今の子の世界が自分のいる世界だ。夢などでは無いのだから。
「では、せめて食事だけでもとって下さい。見ている私達が困ります」
チラリと視線を流す。心配している周りの者達の視線が痛い。
「わかった……そうさせてもらおう」
軽く食事をしたオレは、再び広間にある椅子に座る。目の前には、『サリバーン』のハザウェイ王と、フェンディ皇子がすでに控えていた。
「カイト皇子、この度は御無事で何よりです」
「とんでもない。そなたの息子フェンディ皇子のおかげで今ここにいる事が出来るのです。こちらこそ、有り難く思っております」
オレはフェンディの方に目配せをし礼を言う。
「どうやら、カイルの方も生きているとのことらしいが、その事を詳しく聞きたい」
そう言うと、顔を上げてフェンディはその経緯をオレに伝え始めた。
「では、カイルは、そなたの助けを退いたと言うのか?」
オレの声に、周りでざわめきが起こる、
「カイル殿には、何か策があるようでしたので、敢えて、その意見を尊量致しました。これで宜しかったのでしょうか?」
一度、フェンディはカイルの事の処置に付いてカイト皇子に訊いておく必要があった。
「カイルがそう言ったのであれば……それは仕方ない事だ。フェンディ皇子が気に病む事ではない」
そういうと、オレは少し考え込んでしまった。
「して、これからの事なのですが……」
と、ハザウェイ王は、先の事を安じてオレに進言してきた。
「既に、戦いの火ぶたはきって落とされたのです。如何なる手段を用いて『キリアートン』を攻略するのかを考えなければなりません!」
「火付けが行われてしまっております。事実を曲げる事も出来なければ、この城内に、『キリアートン』の者が紛れ込んでいる事も考えられます」
フェンディがその先を列ねた。
「そうです。今すぐにでもこれからの対処を練らなければなりません。できれば、会議を開く必要があります」
ケルト宰相も同意見で参列した。
「分かっている。ならば、会議室を設ける」
そう言うとオレは、力強く立ち上がり会議室を案内した。
「こちらが『キリアートン』の城への地図となります。ほとんどと言って、何処を通って行っても木々の中で、開けた道は南から抜けるこの道一本です」
探索も兼ねての奪還作戦だったと、テーブルに広げられた紙切れにあるのは自分が扱った物より少しだけマシに感じられた。
「一日歩き回ってみたものの、地の利を考慮された防御が引かれており、さすがに簡単には突入する事が難しいと言うほかありません」
フェンディが、その地図を見ながら答える。
「ただ、カイル殿がいたのは、この辺り(西方面)で、グェイン自ら足を運んでいるともなれば、この辺りに隠し通路なるものがあるのではないかと、そう確信ができるのですが……何ぶん、私のカではその際、探し出す事は出来ませんでした。今一度、わたくしの密偵が情報を集めております」
フェンディは言うと、一礼をして一旦話すのを止める。
「きっと、グェインの事だ、ここ以外にも多数の抜け道を作っていることであろう。その散策をしてみる事は良い事かも知れぬ」
ケルト宰相がその後に続いた。
「今一、謎に包まれた国でありますな『キリアートン』は……物資の運び入れなども、独自の方法をとっているらしく、こちら側から覗く事は出来かねました」
そう言う宰相の言葉は、余りにも意表を突かれた今回の出来事だとでも言うかのようであった。
「戦をするに十分な食料の貯えは、取りあえずの所安定はしています。ただ、我が国の兵力が足りるのかが問題です」
『エストラーザ』の、兵を管理するマクベ大将が、答える。
「その件でしたら『サリバーン』も、協力致します。兵として、五千は出せます」
フェンディは自分の持ち部隊について話し始めた。
「何?いつの間にそれだけの兵を?」
国王ハザウェイは驚いていた。
「何事も、備えあれば……ですよ。父上」
我が息子の言葉の威厳を一瞬心強く感じられた瞬間だった。
「面目ない。それでは、我が国も募れる兵をすぐ準備致します」
そう言うと、マクベ大将はこの場を後にした。『エストラーザ』の沽券に係わるからであった。
「では、我が国『サリバーン』も、翌朝までにはこれだけの兵を用意するように致さなければなりません。この事に関しては、メイトに頼む。それでは具体的な話をして行きましょう」
メイトが下がったところでフェンディは話を元に戻した。
「どういう風に戦陣を組むのか?だな」
オレはきっとそこに行き着く話だろうと感じたとおり答えた。
「そうです。出来れば、無駄に血を流すような戦いは避けたい。ならば、地の利を利用できないように、平たい丘に誘い出すような戦いをしていくのが無難です。あと、グェイン国王をしとめる事が第一目的だとすることです」
フェンディは自分の考えを、すらりとロに出して答える。
「此度の戦の火ぶたを落とした元凶は、彼自身。他の者達はただそれの傀儡と言った所でしょう……独裁的な国に近いのですから。ただし、そのために、すこぶる敵の力は強いはずです。その点は十分注慧しておかなければなりません」
そして続ける。
「基本的に、この場所を拠点に敵を燻り出す事。きっとそう簡単には誘いには応じない事と思われますが、一番有利に立つ筈と思われます」
と指されたのは、『キリアートン』と、『エストラーザ』の国境に面する場所。
「確かにここであれば、少し開けた場所だし動きもスムーズにとれる」
『フム』というふうにケルト宰相が同感する。
「そして、もう一つは、この場所。北回リで、木々が茂っており実際に動きをとれるか分かりませんが、ここからの進出をなされると、対応する者がいなければ『キリアートン』側に問題が出る所であると推測されます」
その地点は、カイルの母が住んでいる所の近くであった。
「実際、攻められると困るであろう場所と言うのも考えておかなければなりません。不意打ちで、焼き討ちにあうのはたまりませんからね……」
そこで、
「では、この反対に、焼き討ちをすると言う考えは如何でしょうか?」
ケルト宰相は一案を講じた。
「敵は、やや、山頂に拠点を構えております。いわば、籠城を決め込んで来る事も可能性としてあります」
「それは名案です。しかし、あの場所にはまだカイル皇子もいらっしゃるのではありませんか?それに、必要以上に山を焼き払って行くのは、感心できません。国土のほとんどが木で覆われているのですから」
フェンディの言葉にそれもそうであると言うようにケルトは捻った。
「なるべく、火は使わない方向で考えて行きましょう」
フェンディは、まるでこの場を取り仕切っている。
オレは考えていた。この者を敵にまわさなかった事だけは、確かな勝利への道なのではないだろうかと、少し、自分の力のなさというものを感じつつも……
そして、引き続き会議は続けられて行く。
「では、カイト皇子。このような感じで話を進めてはきましたが、何か異存はございませんか?」
「いえ、この方法で行くのが一番良い策だとオレも思う。なれば、今少し体を休めこの策に順じた方法をとって行く準備をして欲しい。では会議はこの辺で終えよう。みなのもの、大儀であった」
締めくくると、会議は終結した。
「現地での細かい算段はその時に……」
と、フェンディは言い残しこの場を去って行った。
―目まぐるしい……―
とオレは感じていた。
今でもこの状態が本当の自分の姿であること事態が、夢でない事を悟ってはいるものの、未だ慣れない。
何やら深い海の底、重いヘドロが足に巻き付けているかのようである。
―オレは、もう一人の自分の世界に紛れ込んでしまったのか?!?―
と、SFじみた事を考えては頭を抱えた。が、違和感と事実が確実に交わり始めていた。
―もう、この世界で生きて行くしかすべはないのだろうか?―
これから先に起こりうる全ての事が悪夢にしか成りえないこの状況。それを今、両手の天秤に掛け量ろうとしている悪魔の姿が脳裏を過ぎった。
―もう考えるのはよそう。疲れた―
オレは短い眠りに就く。
この日は何の夢を見る事もなく、深い眠りに就いた。そして朝はこれからの始まりであった。




