#15夢であったなら・・・
▼夢であったなら……
暗闇の中で、オレはただ水の音を聴いていた。石に弾ける水の滴る音。
それは、光のないただの暗闇の中、それを一人でその音だけを聴いていた。
そうしていると、何となく自分がだんだんおかしなことに感じられてくる。
―何故オレはここにいるのであろうか―
そう。ただそれだけを考えていた。
幸せな日々を過ごしていたはずだった。それなのに……
これが只の夢で、明日になれば何もかも嘘であったと言うのであればどれだけ良いであろう。
大分、慣れてきていたこの闇の中、四方を積み重ねられたレンガの石の壁に囲まれ、身動きもとれない。今にも狂いそうな気分だった。
声に出して叫んでみたい。そんな心境である。
それでも、一度、『サリバーン』の間者が訪れてから少しだけ勇気が出たのかも知れない。
時の感覚が失われてからも必死で意識を保とうとしていた。そんな事を考えていた時、遠くで鍵が開く音が聴こえてきた。
暫くすると、人の気配が感じられた。
「カイト皇子、出ろ!」
声と共に、四方の壁の一部から幽かな光が差し込んできた。
淡い光。甲胃を身に纏った、『キリアートン』の兵が扉を開いたようだった。
「どういうことだ?」
その兵に問う。しかし何を訊いても答えは返ってこなかった。
沈黙の中、オレはその兵の後を歩いた。手首に架せられた錠が歩く度に、『ジャラジャラ』と音をたてる。空腹のため、足下がふらついていた。それでもそう見せないために、しっかりと地に足をつけて歩こうとした。少なくとも、ぶざまな姿を見せたくはなかった。
そんなおり、
―カイト星子……カイル皇子は生きておいでです―
幽かではあったが、耳もとに流れ込んできた声。
―詳細は申し上げられませんが、御安心下さい―
その声が、以前に聴いた者の声であった事に気付くのにそう時間は掛らなかった。
―カイルが生きている?―
暗い地下道を捗きながら、オレは嬉しい知らせなのに困感していた。
―フェンディ皇予が確認されました。確かにカイル皇子でございます―
再び聴こえてくる。
いったい何処から聴こえて来るのであろうか?前を歩く兵に視線を送るが何も気付いていないようだ。
―それでは、これにて失礼致します―
そういうと、その声は二度と再び聴こえる事はなかった。
オレは考えていた。
―オレが見たあの首は偽者?グェインによる或る仕掛けだった?―
そう思うと、一気にカが湧いた。
暫く歩くと、立ちふさがる扉の前に来ていた。その扉が開かれる。すると眩しい光が瞳に流れ込んできた。眩しくて架せられた両腕でそれを退けた。ようやく慣れてきた時、眼前に温かな光を感じていた。外は昼間であった。
「これより、『サリバーン』の一行に会って頂く。こちらへ……」
促されるままカイトは歩いた。狭い廊下をひたすら歩いていた。
「グェイン陛下、カイト皇子をお連れ致しました」
あの日捕らえらえられた場所。
オレはハッキリと憶えている。屈辱を感じたあの場所だ。
「こちらに……」
そう促すグェイン。
オレはグェインの座しているその椅子の側へと導かれ歩いた。
「このようにカイト皇子は預からせて頂いております。何かございますか?」
グェインの隣に導かれてやって来たカイトは、中央のその言葉を掛けた者の方を見た。
銀髪の年頃がオレと同じくらいの青年が跪きこちらを見上げていた。
青い瞳が印象的に見つめて来る。それが、『エストラーザ』を出る前に会った事がある、フェンディ皇子だと気付くのにそんなに時間は掛らなかった。
「フェンディ皇子!」
考えるより先に名前がロから言葉が漏れ出した。
「これで御安心下さいましたかな?」
グェインは、フェンディにそういうと微笑む。
―餓死するかと思う待遇をしいておきながら何をヌケヌケと―
オレは思った。
「ところで、この書状でありますが」
フェンディは、グェインの前に突き付ける。
「その事ならば、こちらのカイト皇子にも申し上げたが、無効な物。わたくしのサインではないのでね……」
その言葉を待っていたかのように、フェンディは答える。
「しかし、『キリアートン』としてのサインでもございます。これはどう考えても違反されたもの……すぐにでも撤回致して頂かなければなりません。そして、カイト皇子を今すぐに解放して頂きたい!」
真実味の有る言葉がグェインに向けられて発せられた。
「ほう。確かに、『キリアートン』の物でありますな……しかし、そのサインを書いた者は、この国で既に処刑されております。我が国の裏切り者として」
片ひじを付きながらグェインは、高い所から見下ろしているかのようにゆったりとした仕種でフェンディの言葉を軽くかわす。
「それでは、申し上げます。既に血は流された。この状況を見て、誰もが思うであろう。『キリアートン』は、『エストラーザ』及び、我が国『サリバーン』を敵とみなし反乱を起こしたと!それでも宜しいのですね?」
静かに、そして、熟のこもった言葉で威圧するフェンディ皇子。
「そう取られるのでしたらそれでも結構、今より戦いを決行すると言うのであればそれも構わぬが。立場上不利なのは、そちら側なのではございませぬか?」
相変わらず、落ち着き払っているこの一国の王に、フェンディは底知れない恐ろしさを感じていた。初めて逢い見えたこの男。噂以上だ……今ここを引かない限りダメであろうと考えたフェンディは、
「それでは申し上げます。明朝より我が国及び、『エストラーザ』は、この国『キリアートン』に対し宣戦布告いたします。なればカイト皇子を解放して頂きます。それだけの事で戦況が乱れると有れば、『キリアートン』も大した事ないと認めますが、いかがなものでしょうかな?」
言葉に対し『ニヤリ』と笑うグェインの表情は言い尽くせない程不気味であった。
「そう来ましたか……それでは、我が国の威信に係わる。分かり申した。カイト皇子はお返し致しましょう」
辺りにざわめきが起こる。国の威信と有っては、それをグェインに強いる訳には行かない。
「本来ならば、裏切りの行為を働いたのは、そちら側であると覚悟しておいて下され。申し出に偽りの皇子を差し出し、あまつさえ、その事を認めておられたのですから……このカイト皇子は!」
そう言うとオレを解放するように兵に申し立てた。
『ガチャリ』と手枷が外れる。
「カイト畠子!ご無事で何よりです」
と、フェンディは開放されたオレに向かって、自らの手を差し伸べた。その手を取る。オレは少しだけ安心と言う物が心に芽生えたが、その反面、これからの事を考えると不安が残る。
「では、約束通りこれより我が国『キリアートン』は、『エストラーザ』及び『サリバーン』に全面的に戦いを挑むことをこの場にて言い渡す。よいな、覚悟しておれよ!」
そういうと、グェインは立ち上がると、マントを翻し奥へと下がって行った。それを追うかのように宰相のメイディンがイソイソその後を追った。
「メイト下がるぞ!」
フェンディが腕を横に差し出すと、『サリバーン』の一行と、オレはこの場を後にした。




