#14今日という日
▼今日という日
昨夜の事が嘘のように雪は降り止んでいた。外から聴こえる静かな水音がカイルの耳に届いた。
カイルは、ベッドから起き上がり大分慣れてきたこの小屋から外に出てみた。外は冷たい空気を運んで来るそれを肌で感じていた。
「おはよう」
誰もいないこの森の中でカイルは挨拶をした。まるで毎日の日課のように。
暫くすると、雪を踏み進んで来る足音を聴いた。カイルには、それが一体誰なのかを聴き分ける事ができるようになっていた。自信に満ち溢れるその足音。
「カイル、大分慣れたようだな」
聴き慣れつつあるグェインの声を聴く。
「ええ……そのようですね」
そう答えると、それ以上の会話は今此処ですることでも無い気がし、背を向け小屋の中に入った。
「今日の飯を持ってきた。食え」
グウェインは何処で狩りをしてきたのかも知れない鳥を炊事場に置いた。
「肉は嫌いか?」
目の見えないカイルに死んだ鳥を脚を掴んでグェインは問う。
「嫌いではございません」
それが見えていないカイルは、どういう状況かただ想像するだけで、頭をもたげて椅子に座る。
「ということは、好きでもないと言う事か?さすが、血を好まない奴だな」
笑って、グェインはまな板の上でそれを捌き始めた。
『ゴリゴリ』という、骨を切り捌く音が耳に入り、カイルは顔をしかめながらも静かに椅子に座っていた。
そして昨夜の事を思い出していた。
「昨日の夜、我が国『キリアートン』に『サリバーン』からの使者が来た。『エストラーザ』のカイト皇子を返して欲しいとのことだった……お主の義弟をな」
と、わざとらしく今まで隠し通してきた事をカイルに言う。
「お主の弟は、莫迦者なのか?たった一人で我が国にやってきて、先に遣いを出した者達を戻せと申してきた」
「ええ……昨夜この小屋にも『サリバーン』の者がやってきました。その事を聞きましたので知っております」
「ほう、して、そなたは何故その者達と共に逃げなかったのだ?」
グェインは、『カイル』がこうして生きていると言う事を『サリバーン』に知られても驚く事もなく、ただ、逃げもしなかった事だけを間うた。
相変わらず鳥を捌く音だけがやけに響く。グウェインは手を休めるつもりは無いみたいだった。
「グェインという者の事が知りたかったからです」
するとグェインの手が一瞬だったが止まった。
「何故ボクを助け、しかもこのような事までしてボクを生かすのか?」
再び動きだすグェインの手。
「それは前にも申したではないか。只のオレのエゴだと……そんな事で逃げ出さなかったのか?お主も莫迦だな」
『はっはっはっ』とだけ笑っている。その心中をカイルには計り知れない。
「そんな莫迦者達ばかりが『エストラーザ』にいるとするならばいずれ滅びる。そして、我が国『キリアートン』の世が来るだろうな……」
カイルは黙ってグェインの言葉を聴いていた。
「国を支配するのは、優しさだけではやっていけないのだ!時には冷酷非道な事も必要だ!」
「ボクはそうは思いません」
カイルは反論した。それは間違っているとそう信じているからである。
「民に平穏な世を送ってもらう事を第一に考える事こそ、国王に必要な事だと思っております。そのためにも強くなる」
母ミレディーの言葉を思い出していた。
グェインは近くの鍋らしき物に捌いたばかりの鳥を放り込み、火を熾すとその上に鍋をかける。
「だから莫迦なのだ!」
炊事場から離れて囲炉裏に鍋をかけると藁の上にあぐらをかくように腰をおろしながら答えるグェイン。
「民に平和を教えると、その上にあぐらをかき、それが当然なんだと思いはじめる。しかしそんなものはなんの役にも立たない只の腰抜けだ。この意味がお主には分かるか?」
鍋の中をかき混ぜながら訊き返す。
「分かる訳ない。戦いは何も生み出さないから……」
「生み出すも何もない。手に入れるのみだ!未来を……」
「…未来を手に入れる?」
合点がいかない。
「そうだ。運命はこの手に掴んでこそ初めてなし得るのだ。決まった道などない!」
力を込めたグェインの言葉は、全てを可能にしてしまうような、そんな勢いがあった。
「グェイン、あなたが望んでる世界とは一体どんな世界なのです?」
その質問に、グェインは黙った。少し考えているようだった。
「このオレの欲しい世界は、果てしもなく広い世界の征服だ。その為には誰にも邪魔はさせない。こんな小さな国一つではなく、世界あらゆる国の頂点を目指す……それがこのオレの夢だ!」
そこはかと漂って来るグェインの野望。
「それは、全ての国を支配すると言う事なのか?」
グェインはカイルの質問にに戸惑うことなく、平然とそれが当然と言うかのように、相変わらずかき混ぜている。
「決まっているだろう。オレは、たった三つの国の頂点を狙っている訳ではない。特に、『エストラーザ』から出ている船はありとあらゆる国を行き来していると聴くではないか……まずそこからオレは前に進むつもりだ」
「……」
カイルは、この男の何がここまでの野心を駆り立たせているのだろうか?と言う事だけが脳裏を駆け巡っていた。過去への反逆?
「この夢を、あいつには果たせない。そう思った……だから才レは今ここにいる」
そう言うと、グェインは器を用意してそれに温めた鳥肉とそのスープを注ぎカイルに渡すため立ち上がりその部屋を離れた。
「まだ熱い。気をつけろ」
そう言うグェインの言葉は普通に優しかった。
「カイトはどうしている?」
それを受け取り、カイルは尋ねた。
「今は、地下の一室に閉じ込めている。今日には、『サリバーン』の者達がやってきて救い出そうと動き始めるだろうな」
「どうする気だ?」
「あいつは、大事な人質だ。そう簡単には引き渡すつもりはない。ただし、ある一つの申し出が有れば別だがな!」
「ある一つとは?……まさか、『エストラーザ』を支配下にできる承諾か!」
静かに時が流れて行く。
「決まっている。その通りだ」
グェインは平然とベッドに腰を掛けながら答える。
「それはない。『サリバーン』の者違が承諾をするはずはない。ましては、戦いを招くだけだ!」
微妙なカイルの動きで、ひざの上に置いた器が揺れる。
「『サリバーン』の者達だけではないだろう……『エストラーザ』自身も兵を上げて来る…それがオレの望んだ道だ」
「そんなに戦いたいのか!」
カイルの左手の握りしめた拳が、『ガタガタ』と揺れ始めた。そんなことは許せない。
「オレは、生まれてこのかた戦う事だけを仕込まれてきた。そんなことは当然だ!」
余りにも違う境遇の二人。
「グェイン、キミには心の安らぎは必要ないのか?戦いばかりに気を絞り続けていながらも……平穏でいたいと言う願望というものには?」
「そのようなものは、ない!」
言い切ると、腰を上げた。
「今日という日は、きっと最大の祭りだ。カイル、明日の朝を楽しみにしているんだな……それじゃ、また来る」
それだけ言うとグェインは、この陽の当たらない部屋を後にした。ただ、残されたカイルの小さな影のみがそこに残されていた。




