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#13出逢い

▼出会い


 再び、時間は前後する。

「では、父上行って参ります」

 囚われの身となった、カイト皇子の事態を知り、フェンディ皇子はこの時が来たとばかりに身支度を済ませ、既に客間を離れ、庭へと赴いていたハザウェイ王に声を掛ける。

「気をつけて行ってこい。そして必ず戻って参れよ!」

「必ずカイト皇子を救い出し、戻って参ります。それでは!ハッ!」

 さっそうと馬を操り、フェンディはカイト皇子が捕らえられている『キリアートン』を目指し数十人ばかりの供を連れて旅立った。

 それは粉雪が『チラリチラリ』と舞う朝であった。


「ここから二手に別れよう」

『キリアートン』という国に何の面識もない一同は、まず周りの地形を知る必要があると、この場所で一度調査をする事にした。

「では、わたくしは東の奥のこの辺りを見て参ります」

 簡略化された地図を見ながら、フェンディの片腕の一人、マーチンはそう言った。

「ふむ。ならば、私はこちらの北側への道を行くとしよう」

 同じく片腕の一人、ユールが言う。

「フェンディ皇子、偵察となれば少人数の方が宜しいかと思います。四方に別れて、四、五人の部隊で行動致しましょう!」

 その言葉に合意したかのように、

「皇子の身の回りが手薄になり、少し心配かも知れませんが、その方が、『キリアートン』の連中には気付かれにくいでしょう」

 従者リオンと、メイトが同意したように頷く。

 メイトは、それを頭に入れて、

「我が部隊がフェンディ皇子の援護に回ります。皇子、宜しいでしょうか?」

 メイトは、女だてらにこの部隊の大将をやってのけるほど剣と弓を使いこなせる女傑である。浅黒い肌に、黒くてこざっぱりとした髪。まさしく闘うが為に生きているといった感じだった。

「宜しく頼む」

 話は決まり、実行に移される。

「それでは!」

 各隊は、この場を立ち去ろうと馬に跨る。

「メイト、フェンディ皇子の身を頼むぞ」

「心配するな。判っている!」

 各隊の者達は、メイトにそれぞれ声を掛け目的を果たそうと四方に散って行った。

「では、我が部隊も行きましょう!」

 そして、フェンディと共に前進して行くのであった。


 フェンディの部隊は、『キリアートン』の地の西に位置する森の中を進んで行った。

 朝から降っている雪が木々の根に積もり、砂漠化の進んだ『サリバーン』の民にとって、この慣れない道を苦労しながら進んで行った。

「寒いな……」

 フェンディは吐く息の白さに『サリバーン』との気候の違いに少し根を上げそうになっていた。

「皇子、この布を……」

 すぐ後ろを歩くメイトが、フェンディのその様子に気付き、予備に持っているという布を差し出した。

「メイト?」

「わたくしが余分に持って参ったものです。遠慮なさらずお使い下さい」

「すまぬ。素直にそうさせてもらおうか」

 ふと、メイトの馬に積まれている荷物を窺った。が、そんなものは無さそうだった。メイトの嘘が…心に染み入る。

「この辺りはまだ、開拓していないようだな……木々を切り倒した形跡がない」

 そして、話を本題に戻す。

「『キリアートン』の国王グェインの計らいでしょうか?」

 そのことに、答えるメイト。

「あり得るな。もともと山賊をやっていた人間だと聴く……地の利を持ってこのようにしているのだろう」

「そのようですね」

 そんな会話を交わした後、黙々と五人の部下達を連れたフェンディは、西の地から少しずつではあるが中央にある『キリアートン』城へと歩を進める。次第に風が強くなり、降り積もる雪の深さで馬を操れない程になっていた。

「ここからは歩きだ。各自馬を連れて足下を取られないように進め!」

 フェンディが皇子として、そして、この部隊を率いる者として指示する。

 しかし、視界を遮るように吹雪くこの『キリアートン』の領地。

 自国『サリバーン』の中で育って来た者達にはこの国の気候に付いて行くだけで精一杯だった。

 こんな木が多く覆い立っているのに、顔や頭に冷たい雪が叩き付ける。風と共に運ばれて来るのを腕で塞いでは歩き続けた。


「このままだと、『キリアートン』に着くまでにこごえ死んでしまうな…何とかこの雪だけでも、止んでくれればいいのだが……野宿する訳にも行かないし…」

 余りの風土の違いに、流石にフェンディは根を上げてしまった。

「フェンディ皇子……ほらっ。あそこに小屋があります!少し休みましょう」

 誰も住んでいないであろう様子の小屋がメイトの視界に入った。丸太を簡単に組み立てただけの小屋である。

「すまない。そうしよう」

 フェンディ皇子の目にも入ったらしく、一行はその小屋目指し足を運んだ。そこに着くのに半刻の時間を掛ける程雪は深くなっていた。

「誰も住んではいないのだな……もし誰かいるようだったら、直ちにその者を切らなければならない……」

 小屋の前まで来たフェンディの一行はドアの前で中の様子を窺った。

「この時期こんな所にいる者などいないでしょう…もしもの時は、わたくしがこの場を受け持ちます」

「わかった。任せる」

 背の低い屋根からは痛そうな氷がぶら下がっていた。どう見積もっても誰もいないであろう小屋だ。確かに人の動きがない。

『ガラリ』とこの小屋の戸が開けられる。

 中は暗く人の気配が感じられなかった。と言うより、生活感がないと言った方が正しいのかも知れない。

 奥にもまだ戸があるようだ。

『ギシリ』とフェンディは一歩踏み入れる。

「誰かいるのか?」

『シーン』と静まった部屋の中からは、物音一つ聞こえなかった。

「良かった、誰もいないようだ」

『ホッ』と息を付く。

「中に入ろう」

 五人の『サリバーン』の者違はその小屋に足を踏み入れた。それにしても、暗い。

「明かりを…誰か火をともせ!」

「承知しました」

 そう言って一人の男が火を熾す。運良く近くに乾いた木切れを見つけそれに点火した。

 少し明るくなった部屋の中。辺りの様子がぼんやりとではあるが、そのおかげで判るようになった。

 使われていない炊事場。埃を被っている。

「ひどいな」

 自国の様式とはまるで異なったこの様子に、少し戸惑いを感じた。

 『サリバーン』の様式はもっと広々としているし、屋外食といった感じだ。

「フェンディ皇子、これを……」

 と、食器の山をメイトが差し出す。

「これは、まだ新しい……まさか誰かがここを使用していると言うのか?」

 その言葉に、一同が『スッ』と身構える。視線は奥の部屋へと向けられた。忍び足でフェンディはその戸の前まで立った。そしてそろりと戸を開きかけた時、

「誰?」

 という声が返って来た。

 今まで誰もいないものだと思ってきたにもかかわらず、その声を確かに聴いたのであった。

フェンディは惜し気も無く『ガラリ』という音をたててその部屋にのりこむ。

「メイト!誰かいる……」

「なんですと!」

 少し部屋の中の空気が動いた。そこには確かに人がいる気配が漂った。それは何とも僅かな気配。

「可哀想だが、お主の命を頂く!」

 明かりのない部屋の中、その気配を頼りにフェンディは剣を引き抜き襲い掛かった。

『ザクッ』という手ごたえだけが感じられた。

「な、何を!」

 それが、布を切っただけで人の感触ではない事に気付いた。

「これでは……火を持て!」

 配下の一人が明かりを戸の近くまで持って来る。幽かに火に翳された中に見た者は、虚ろな目でこちらを伺っている。

「どなたか分かりませぬが……ボクは何も致しませぬ」

 落ち着いた声が返って来る。

「そなたに姿を見られた。それが不運だったのだ!」

 引き抜かれた剣は、薄暗い部屋の中逆光の光を受けて『キラリ』と弧を描く。それが、その主の眼前まで落ちて来た。それなのに、ピクリとも動く様子が見られないその主にフェンディは気づいた。

 顔面寸前『ピタリ』と止まる刃。

 悲鳴さえも無い静まり返っている部屋の中。

「もしかしてお主…目が見えぬのか?」

『ビクリ』とも動かないその様子に驚く。

「はい。見えません」

 返って来る答えにフェンディは、なぜか胸をなで下ろした。

「目も見えないのに、こんな所で何をしている?」

 なぜかこんな言葉を返してしまった。

「見えなくとも、大体の事はできるから」

 意表を付いた言葉。

「メイト、この者の顔を見たい。火を!」

 差し出される松明。

「お主の名前は?」

「カイル。カイル・ラ・シュメールと申します」

「何!」

 フェンディは思い出していた。確か、目を負傷したということで、自らの姿を国政に出した事のない親戚がいるという事を聴いたことがある。フェンディにとって、初めて会った親戚に当たる者。

「カイル殿なのか?」

 フェンディは愕然とした。もう少しでこの者を切っていた所だったからだ。

「しかし、カイル殿は『キリアートン』のグェイン国王の手で……」

 そう聴かされたからこそ、カイト皇子はたった独りでこの地に赴いたはず。

「これは一体…どう言う事なんだ?」

 フェンディはただ立ち尽くすだけしか出来ない。次の言葉が出てこないのだ。

「それは、ボクにも判らない。どうやら助けられたようです……一体どう言う意図でこのような事になったのかは判りませんが……確かにボクはこのように生きております」

 落ち着いてカイルは話す。

「あの、グェイン王によって……か?」

 噂にしか聴かない国王の名前。

「そうです。それも、彼の者が一日に一度訪れるんです。この小屋に……それも朝早く」

「なんと、ここにグェイン自身が来るのか?」

 驚きを隠せない。

「ところで、あなたは?」

「名乗るのが遅れました。わたくしは、『サリバーン』のフェンディ・ラ・シュメールです。つまり、あなたの鳩子に当たる者です」

 丁寧にお辞儀をする。

「あなたが、フェンディ皇子で?噂には聴いておりました。お会いできて光栄です」

 と、カイルは右手を差し出した。

「このような所でお会い出来るとはこちらこそ光栄です。そして、無事なお姿である事も」

 二人は手を取り合いながらこ度の事を話し合った。


「カイトが…いえ、カイト皇子がこちらに来ていると?なんとおろかな事を!」

 カイルはこの事を批難した。

「カイル殿が捕らえられた事で、『エストラーザ』との……三国不可侵を訴えに一人で交渉しに出向かれたのですが…残念な事にそのまま拉致されたのです」

 その言葉に、沈黙するカイル。

「しかし我が国にあるこの書状を…グェイン国王の署名を、持って参りました」

 それを見せようとカイルの前に突き出す。しかしカイルは依然として黙っている。

「これでもシラを通すならば、いっその事全ての兵を持ってしてもカイト皇子を奪還致す所存です……この事は今はまだ誰の耳にも入れてはおらぬ事ではありますが……」

 フェンディは、密かに静かな闘志を燃やしていた。

「それは少し待ってもらえませんでしょうか?フェンディ皇子……」

 カイルは少し考える様子を見せた。そして先を話す。

「グェイン国王の署名はきっと何の抗力も持たない物だと思われます。というより、持たないのです!」

 何を言うのかとフェンディはカイルの前にねじり込む。

「しかし、確かにこのようにハッキリと署名されております!」

「申し訳ない。ボクは目が見えませんのでそれを確かめる事は出来ませんが……それを書いたのは、前国王のグェインだとしたら…いかが致します?」

「何を莫迦な……」

「グェインは…」

 とカイルが言いかけたが、フェンディはその言葉を聴かず自分の意を唱えた。

「カイル殿、もしもそうだとして、『キリアートン』としての国王が、この条約を破ると言う事は、前国王だろうが、現国王であろうが、国としての威信に関わる事であります。決してこの書状を無効にする事などは出来ますまい!」

「フェンディ皇子…」

 カイルは言葉を詰らせた。

「あなたは、グェインに助けられた事で情が移ったのではありませんか?今は『エストラーザ』……つまり、あなたが生まれ育った国の危機なのですよ!」

 カイルはフェンディの言葉を聞き、この自分の中に隠された何かが生まれい出ようとしているものに気付く。

「確かに、フェンディ皇子の言う事は正しい事です…が、しかし、この書状を持ってしても、グェイン国王はきっと、承諾して話を聴く事はありますまい。そして只の戦乱を招く事になってしまう!それでも、あなたはこの書状を持ってグェインに会われると申されますか?」

 カイルはなぜか話せないでいる。グェインの事を……

「もし、この書状が無効で、グェインの思うまま、戦乱を招く結果になっても、このフェンディは、立ち向かいます!」

 フェンディは思っていた……ついにその時が来ているのだと。

「あなたは、それをお望みなのですね……」

 カイルは眩くように言った。

「そうなのかもしれない。以前より考えてきた。我が国『サリバーン』は、国土の広さでは三国の中では一番かも知れない…しかし、生活する民の苦労は三国一です。もし適うのであれば、『エストラーザ』の豊かな土地を分け与えて頂きたいぐらいだ」

 心にある本音を隠す事なく言う、フェンディの身が揺らいだ。

「その豊かな土地を得るためにも、戦乱の世になってもかまわないと?そう申されるのですか、フェンディ皇子!そう望まれて、敢えて『エストラーザ』を餌にすると申されるのですね?!」

 カイルは見えない相手を見据えて怒鳴っていた。

「もしそうであると言うならば、カイル殿はどうなされるのですか?」

 フェンディは、真剣に問うた。

「もし戦になれば我が国の力ではきっと叩き潰されてしまうのは必死……確かに、あなたの国の力が必要になります。まずこのボクはこのような身。国王となられるカイト皇子が捕われている今、指揮するのは誰にも出来ない…しかし、戦いで得られる物は只の虚しい力のみが支配する世の中……ボクはお勧めしかねます」

 それだけ言うと、カイルのロは堅く閉ざされた。

「ならば、やむなく承知したとわたくしは取って良いのですね?」

 フェンディは、さらに続ける。

「この、無血で国を奪い取る事がグェインの策略だったとしても、わたくしはやはり既に流された血をもう平和なものだとは思っておりません」

 フェンディの目は既に遠くの未来を見据えている。

 見えないまでも、カイルにはそう感じ取っていた。

「あなたは、国のために戦いを望んでいるようだ。それを止める事はボクには出来ません。既に、避ける事の出来ない運命の輪が回リ初めている限り」

 この言葉を肯定の意と取ったフェンディは、

「メイト!このお方を今から『エストラーザ』に送り届けてくれ」

 と、戸の前に控えているメイトに呼び掛けるフェンディ。しかし、

「申し訳ありませぬが、ボクはここに残ります」

 と、カイルの口から意外な言葉が出た。何故そんなことを?その言葉に、

「カイル殿!それは如何なる事だ?このような所にいると言うのは、みすみす『キリアートン』側の人質としてこの待遇を自ら受けいれると言う事だ。何故そんな事をむざむざと!」

 フェンディは、入ってきたメイトの前に立ち上がった。座っていた椅子が軋む音が響く。

「ボクはこのような身。この『キリアートン』の地から逃れるとしても只の足手纏いになる。それに、ボクが今一番グェインに近い所にいる者だ…それなりの覚悟は出来ているさ……できれば、グェインの手の中で何かを操る事もできる……」

 何だか、心にもない事を言っているかのようで、カイルは少し身を引いた。

「それでは何か策が有るとでも言うのですか?できれば話して頂きたい」

 関心ごとに耳でも傾けるようにフェンディは、カイルの言葉を待った。

「策などない。ただ……」

「ただ?」

「あの者の心に住まう物の正体がはっきりすれば…あるいは、戦をせずとも済むかも知れない……と思ったまでです」

「心に住むもの?……そんなものでこの状況が良くなるとでも思っているのですか?笑止!」

 フェンディは立ち上がったままカイルを見下ろす。

「カイル殿は、このままここに滞在するそうだ。メイト構わぬ!」

 フェンディはカイルを背にし最後に訊いた。

「今晩はすまぬが、隣の部屋を借りる。グェインは朝、いつ参る?」

「明けの六つには参リます」

「分かった、それまで申し訳ないが宿としてお借りする。では!」

 そういうと、『ガラリ』という音を残しフェンディはこの部屋を後にした。

 明け五つ前にはフェンディの一行はこの小屋を後にしていた。いっさいその痕跡を残さずに……

 そしてただ運命の輪は回り続けていた。


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