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「本。」  作者: にゃあ。
3/3

2檸檬

檸檬


「なんか昔を思い出すなぁ。」

と私はため息交じりにつぶやいた。


 少しずつ夏に向かい蒸し暑くなる。今日も今日とて雨が降る。

「あーもうなんで雨ばっかなのよう!」

口をとがらせて真知子は怒る。

「しょうがないでしょ、梅雨なんだから。」

今日は私の下宿先のアパートで真知子とまったりしている。今日は午後から私も真知子も授業がなく、雨が降らなければどこか遊びに行こうかと約束していたのだ。しかし、午前の授業が終わるころには雨が降ってきたので、今この状態なのだ。

「何か飲む?」

「のむのむー!」

「そういえば、この前店長から少し紅茶もらったんだけどそれでいい?」

コーヒーほどでないが、店長は紅茶にも詳しい。「カフェ マリアンヌ」にもメニュー数は少ないものの、メニューに並んでいる。

「うん。それでいいー。」

真知子は私の大きな猫型ビーズクッションを抱き枕にし、ベッドの上でごろごろしている。茶葉に熱湯をかけるとセイロンのいい香りが部屋に広がる。3分待つんだっけ。その間に机の上にお菓子と砂糖とポッカレモンを準備する。ティーカップなんてオシャレなものがないので、かわりにマグカップに紅茶をそそぐ。

「できたよー。」

「さんきゅう。」

机に紅茶を運び、真知子とゆっくりする。

「あ、ねぇ、ねぇ、まちこ。この人知らない?」

〝北川 本″。本の貸出カードを取り出し真知子に見せる。

「うん?ハジメ先輩の次は〝北川″…何さん?」

「ごめん。私もこの名前、何て読むかわかんない。医療学部とかで名前見たことない?」

「うーん…そんなの人がいっぱいでわかんない。何?その人。」

「この人、私の借りた本の貸出カードで良く見かけるんだ。どうやらここの図書館で、本を結構借りてるみたい。だからきっと本好きなのかなーと思って、ちょっと気になってるの。」

紅茶を飲みながら答える。私は砂糖は入れない派だ。代わりに少しポッカレモンをいれてレモンティーにする。お店だったらスライスのレモンが出てくるところである。

「まぁ、よく本借りてるりんこがよく見かけるくらいなら、きっと本好きなんだろうねー。」

真知子はマグカップに砂糖を入れながら答える。まちこもポッカレモンを少し入れる。

「また、その人見つけたら連絡するね。」

「うん。ありがと。」

2人でレモンティーを飲みながら大学の授業の話や、学部の友達の話、バイトの話など楽しく会話をする。そういえば、〝レモン″と聞くと、梶井基次郎の「檸檬」を思い出す。檸檬を爆弾と見立てて、本屋さんの積み上げた本の上にそれを置き、その爆弾が爆発する想像をする、そんな話。なんだか、今日の雨でブルーになった気持ちを吹き飛ばしてくれそうな話だ。

「あ、そうだ。ねぇりんこ、病院にボランティア行かない?」

「ボランティア?」

「今度の夏休みのときに行くんだけど、ほら、大学付属の病院。夏休み中、小児科でいろいろお手伝いするの。」

大学の夏季休暇か。私が幼い頃お世話になった病院だけあって、昔お世話になった先生はまだいるだろうか、と少し興味がわく。

「うん、いいよ!なんか病院に行くのなつかしいし。」

「よし!じゃあ、また連絡するね。」

そういうことになった。


梅雨も明けるころ、真知子から、病院のボランティアについてメールが入った。そして、運の悪いことに、たまたまそのメールを先輩に見られてしまう。

「何?変なものでも食べてお腹でも壊したの?」

と笑われる。

「もう!そんなんじゃありません。ボランティアで病院に行くんです!」

「あっそ。そんなことより、俺のこと思い出したの?」

「思い出せなくてすみません!」

このどうでもよさそうな反応がむかつく。私はわざとらしく大きく頭を下げる。あいかわらず、私はハジメ先輩にからかわれている。ひーちゃんに見られたらまたなんて言われるかわからない。それにしても何でこの人はそんなにも私に自分のことを思い出せたいのだろうか。私が思い出せないことをいいことにからかっているとしか思えない。

学期末テストが終わればもう夏季休暇で、播磨先生の授業のテストももちろんあって気が抜けない。あんなに授業は楽しいのに、テスト内容は鬼である。図書館にこもって真知子やひーちゃんとしばらく勉強漬けの日々だ。

「もー、つかれましたにゃぁ。」

ひーちゃんが机にばたんきゅーしている。ひとつひとつテストが終わっていき、ほっとする。

「どっかの少女マンガみたいに、おつかれ!とか言って王子様がお茶でももってきてくれないかにゃあ。」

「なに言ってんの!お茶って!」

ひーちゃんは相当おつかれのようである。ひーちゃんの指先を見ると黒くペンのインクが付いていた。その指先を見て、

「そんなに勉強したの?」

と聞いてみる。

「いやーこれは、勉強もだけど、漫画を描くのが止まらなくてですなーあはは…」

さすが少女漫画家志望。

「そうなの!?テスト大丈夫なわけ?」

「えへへ…」

苦笑いのひーちゃんである。

「そういえば、描いた漫画ってどうしてるの?」

「それは、いろいろなところに応募してる!ちっちゃい賞とかなら実はとったことあるんだよね!」

と自慢げに話す。

「へー!すごい!今度見せてね。」

小さいとはいえ賞がとれるくらいなのだ。一度は見てみたいと思う。

「ぜひ、見ておくれ!」

えっへん!というかんじ。

 テストも無事に終わり、明日から夏季休暇だ。そして、その夏季休暇の初日から真知子が言っていたボランティアがあり、病院の小児科待合室で集合。今年の夏季休暇はバイトとボランティアとで忙しくなりそうだ。


朝、10時。ピンポーンと玄関のベルがなる。

「りんこおはよー!もう行ける?」

10時に一緒に病院のボランティアに行こうと約束していたのだ。その約束通り、真知子がやってきた。

「うん!行ける!」

玄関に向かい、靴を履き真知子と自転車で病院に向かう。ここから自転車で10分のところにその病院はある。朝から外はお日さまカンカン照りで、日ざしが強く、すっかり夏である。

病院に着き小児科へ向かうと、私たちの他にもう何人か学生が来ていた。ボランティア担当の先生に説明を受ける。週2回、のペースで午後3時まで、ボランティアに来てほしいということと、ここの小児科と、入院している子ども達について説明を受ける。挨拶をして、早速お手伝いをすることに。

「ここの子ども達はなかなか外に出られないから、楽しみも少なくてね。だからそんな子ども達の相手もしてほしいのよ。私たちも相手をしてあげたいけど、なかなかね。」

と看護師さんは寂しそうに話しながら、プレイルームというところへ案内してくれた。プレイルームでは、子ども向けのビデオが流れる、遊びのスペースになっている。となりには図書室がある。

「おまかせください!」

真知子ははりきっている。真知子は小児科についての勉強も兼ねてこのボランティアに参加することに決めたそうだ。

「みなさん、今日からしばらくの間、みんなと遊んでくれるお兄ちゃん、お姉ちゃんが来てくれましたよ。」

プレイルームで、看護師さんが手短に私たちを子ども達に紹介する。子どもたちは、新しいおもちゃがきたとういうような表情で、ちょっぴり嬉しそうである。早速プレイルームに入り、子どもたちと話したり、手遊びをしたりする。

「一緒にいて、子どもの様子で気になることがあれば教えてね。」

と言い残し、看護婦さんはプレイルームを後にした。

「なつかしいなぁ。」

プレイルームを見渡し、私が入院していたときとあんまりかわらない、と思う。なんとなく隣の図書室にも入って見ると、そこも、相変わらずで、机の位置や本棚の位置がかわることなく、静かな空間が広がっている。なんとなく図書室をみてまわっていると、

つんつん

後ろからTシャツを子どもにひっぱれた。

「ねぇ、おねえちゃん、これよんで!」

3歳くらいの男の子が私に絵本をもってきた。

「うん、いいよ!」

私はしゃがんでその本を受け取り、当時は大きく見えた机に2人で座り、本を読むことにした。私も小学校に上がるくらい前までは、入院中によく母に絵本を読んでもらった気がする。これにも懐かしさを覚える。その絵本を読んでいると、もうひとり、今度は女の子がやってきた。

「わたしもそれみたい!」

というので、一緒に3人で見ることにしたのだが、3人で机で見るには見にくかったため、椅子に座るのはやめて、座って読めるじゅうたんの場所へ移動した。そうして読んでいて、気が付くと、数人の子どもが私のまわりをとりかこんでいた。

「ねぇ、つぎはこれよんで!」

絵本が読んでもらえると知った子どもたちは、ひとつ本が読み終わるたびに私に本が読んでほしいとせがんだ。

「順番ね!」

といいいながら何冊か絵本を読む。そうしているうちに、すっかり時刻はお昼である。

「りんこー、昼ごはんだよー…ってなんだか大人気ね。」

昼食を知らせにきてくれたまちこはびっくりしている。続いて、看護師さんが子ども達に声をかけにきた。子どもたちは、一旦自分の病室へもどり、昼食とするのだ。私たちは、子ども達の昼食の準備を手伝い、そのあと、自分達も昼食とする。

「やっぱり、りんこが本好きっだってわかるのかねぇ。子どもの勘みたいな?」

と真知子は感心しながら弁当を食べる。ボランティアでの昼食は自分もちなのだ。

「うーん、どうだろう…」

昼食を食べていると、黒縁めがねをかけた、少し白髪交じりの髪をした男性のドクターが通る。あの人、ひょっとしたら…

「あ、あの、佐久間先生ですか?」

ちょっと自信がなかったが声をかけてみる。

「ん?君は…?」

佐久間先生と呼ばれた人物はふりむき、私をじっとみた。

「あの、昔、ここでお世話になった、高野厘子というものです。」

「りんこさん?…ひょっとして、よく図書室にいて昼寝をしていた子かね?」

「…はい、そうです。」

その当時、私は図書館でよく昼寝をしていて、看護師さんの他に、私を担当いていたこの佐久間先生にも、図書室で寝るならベッドで寝なさい、と時折声を掛けられていたのだ。私は照れ笑いをしながら頭を下げる。

「まだ、こちらの病院にいらしたんですね!あのときはありがとうございました!」

この先生が私を元気にしてくれたのだ、会えて本当にうれしい。当時も先生は黒縁めがねをかけていたが、白髪なんて1本もなかった。その白髪に時が流れたことを知る。

「その様子をみると、すっかり元気にやっているようだね。」

先生もどこかうれしげだ。

「そういえば、あの男の子はどうしたんだい?」

「男の子?」

「ほら、よく君が図書室で一緒に本を読んでいた子だよ。お母さんのお見舞いでよく来てた…」

ああ、そんなこともあったかも、と思う。

「さぁ、私、そのときのことあんまり覚えてなくて…」

「まぁ、昔のことだからね。そうかい、仲がよさそうだったから、知り合いか何かだと思っていたよ。」

少し思い出話をして先生と別れた。

 昼食も終わり、子ども達の昼食の片づけの手伝いをしてから、また子ども達の相手をする。

図書室で1番に私に声をかけてきた男の子が私の姿を見つけ、また本を持ってくる。この日私は1日中本を読んだ。

「ふう、おつかれ、りんこ!」

初日のボランティアが終わり、真知子も私もほっとする。

「今度はあさってだね。」

また真知子と一緒にボランティアに行くことを約束して、真知子と別れた。


今日もバイトがあるのだが、まだバイトまで時間があるので、大学の図書館へ借りた本を返しに行くことにした。一度アパートにもどり、バイトの用意と借りた本を持つ。

(そうだ、播磨先生に借りた本も返しに行こう。夏季休暇中だけどいるかな?)

そう思い、播磨先生に借りた本も持ち、文学部の棟へ先に行くことにした。夕方から雨が降ると予報ででていたので、折り畳み傘を自転車のかごに放り込み出かける。

 大学に着くと、平日なのに休日のように人はほとんどいなく、ちょっとさみしいようなそんな気持ちになる。いつもは自転車がはみ出るくらいの駐輪場もがらんとしている。夏季休暇中なので、食堂は閉まっていたが、大学内にあるコンビニはやっていて、何人か人が来ていた。私はお気に入りの紙パックのレモンジュースを買い、文学部へむかうことにした。文学部棟に着くと、休暇中だけあって正面の自動ドアは開いていなかったため、裏口へと回る。裏口は開いていた。誰か先生が来ているのであろうか。文学部の棟は5階建てで、最上階の5階すべての部屋はこの学部の先生の部屋になっている。いわゆる教授と呼ばれる先生方一人ひとりの職員室である。先生達の部屋はそんなに広くなく、6畳一間よりひとまわり狭いくらいであり、仕事をするには十分なスペースのように思う。エレベーターで5階にあがり、播磨先生の部屋まで行く。

「播磨先生、いますか?」

ノックをしてから声をかけると、中から姉御といいたくなるような歯切れのいい声が聞こえる。

「おー!いるよ。どうぞ。」

「おじゃましま…あ。」

おじゃましますといいかけて、ハジメ先輩が播磨先生の部屋の机でパソコンを開いているのを見て、眉間にしわをよせる。そして、ハジメ先輩は私に気付き、目が会う。他にもハジメ先輩の友達と思われる学生が2人机に座り、何やらレポートをやっているようであった。

「ん?何?あんたたち知り合いなの?」

コーヒーを片手に、播磨先生は私とハジメ先輩の様子をみて聞いてきた。

「まぁ、そんなとこです。」

ハジメ先輩が答える。

「そんなんじゃありません。」

と私が答える。ハジメ先輩に何か言い返されるのでは、と構えていたが、何も言い返されず、なんかちょっと拍子抜けした。いつもの先輩ならからかってくるはずだと思ったのに、なんかちょっと調子狂う。

「どっちなの?」

播磨先生は首をかしげている。そんなことより本だ。本を播磨先生に返してすぐに図書館行こう。この人にいつからかわれるかわからないし!

「先生、この本…」

先生に借りた本を差し出す?

「もう読んだ?おもしろかったでしょ!」

しばらく、借りた本について話をする。早くここを出たいが、本の話題で、播磨先生の話が止まらない。ちらりと後ろを見る。

「ああ、ごめん、人がいっぱいで。卒論の面倒見てるのよ。」

どうやら、ここにいる学生は播磨先生が卒論担当の学生らしい。播磨先生はちらと後ろ見た私にそう言って、高野も4年になったらやるんだぞー、と付け足した。

 結局、ハジメ先輩は友達の学生と話をしたくらいで、私に何も言ってこなかった。

(なんか、変なの。)

雨でも降るんじゃないの?なんて考えながら図書館へ向かった。図書館に着き、借りていた本を返し、また数冊本を借りた。図書館を出ると雨が降ってきていた。持ってきた折り畳み傘をかばんから出そうとしたがどこにもみあたらない。

(私のバカ!自転車のかご!)

自転車のかごに折り畳み傘を置いてきてしまった。バイトもあることだし、雨がやむのを待っていられない。走って駐輪場まで行こう。本がぬれないようにカバンをしっかりと締めて、なるべくかばんもぬれないように、胸に抱きしめるようにして少しうつむき加減に走っていく。

どん、

「あ、すみません。」

傘をさした人にぶつかってしまった。

「ん?高野じゃん。」

「あれ、ハジメ先輩じゃないですか。なんでこんなところに?」

さっき播磨先生のとこにいたじゃないか、と思う。

「俺、夜バイトだし。」

「そーですか。」

いつもの仕返しとばかり、どうでもいい返事をしてみる。

「ねぇ、カバンいいの?」

気付くと私の手の中に抱えていたカバンはなく、濡れた地面に私のかばんが転がっている。さっき先輩とぶつかったときに落としたのだ。

「よくありません!大事な本が入ってます!」

お前のせいだ!と思いながら、すぐにひろいかばんを手にする。私の大事な本がぬれてしまう。駐輪場まではもうちょっとあるし、ちょっと気は進まないが、傘をもう一本もっているか聞いてみよう。

「あの、すみませんが、傘もっていませんか」

「何?知らない人に傘借りるの?高野さんって。」

なんだそれ!さっき播磨先生の部屋で話したことをネタに、にやにやと笑われる。やっぱり聞いた私がバカだった。もう!本のためだ。

「播磨先生に言ったことは嘘です。ハジメ先輩と私は知り合いです。」

自分でもめちゃくちゃ棒読みだったと思う。ハジメ先輩はそう言う私を見て、ひと笑いした。

「もう笑わないでくださいってば!」

「はい、どうぞ。」

ハジメ先輩は自分がさしていた傘を差し出した。

「え?それ先輩の…」

普通、傘なんて調子よく2本ももってないだろ、と冷静にいわれる。

「なに?傘入らないの?」

「入ります!」

本がぬれないためだ、仕方ない。駐輪場まで傘に入れてもらうことになった。そういえば、こうして2人になるのも、あの朝の本横取り事件以来だな、と思う。思い出しただけでムカついてきた。というか、何話そう、気まずい。

「なぁ、あの本だけど…」

ふいに先輩が普通に話しかけてきた。あの横取り事件の本のことらしかった。しばらく先輩とその本の感想について、ああだ、こうだ話す。ちょっと楽しい。そうしているうちに駐輪場に到着する。

「どうもありがとうございました。また本の話ししましょうね。」

話が楽しくなって、ついそんなことをいってしまう。

「いいよ。」

「これ、よかったら飲んでください。お礼です。」

買ってきたレモンジュースを渡す。

「どうも。なに?今日は妙に素直だね。」

「!」

急に冷静になる。私は本のことでつい夢中になって気がゆるんでしまった。

「っていうか、自転車に傘忘れたの?」

とまたからかわれる。

「もう!うるさいなぁ!」

むくれている私をそのままに、じゃあね、と手をかるく振られ、先輩は去って行った。

(っていうか、『また本の話ししましょうね』って何言ってるんだ私!?)

冷静になって、あんなに嫌がっていた先輩じゃないか、と思う。なに楽しくおしゃべりまでしているんだ私!急にはずかしくなって、その場にしゃがみこんだ。「もう!本につられたせいだ!絶対に」と、ひとりでつぶやいた。

(はぁ、バイトいこ。)

落ち着いて折り畳み傘をひろげ、「カフェ マリアンヌ」へと向かう。途中、梶井基次郎でないが、先輩にあげたレモンジュースがカバンの中で爆発して、カバンがべちゃべちゃになればいい!と思った。


「こんばんはー」

「あら、りんちゃん。なんだか元気ないみたいね。」

気分がいまいちな私に気付き、店長が私に声をかけてくれる。

「ウワサの彼と何かあったの?」

心配しつつもその声はわくわくした様子である。お店のキッチンから「こら!りんこちゃんいじめないの!」とかおるさんの声がする。最近、ひーちゃんといい真知子といい、ハジメ先輩のことでからかってくることがあり、なんだかかおるさんが私だけの味方な気がしてきた、と思う。店長もここ最近は、ハジメ先輩のことばかり聞きたがる。学生がよくこの店に来るので、名前がばれると何かと店長から話が広がってしまうのではないかと思い、ハジメ先輩の名前は店長には知らせていない。

「何にもないですってば!」

あったけど、言わないでおく。かおるさんにはあとで話し聞いてもらおうかな、と思いながらバイトの支度をする。

「お、今日、高野ちゃんもバイト入ってたの?」

「あ、東条先輩、こんばんは。」

声をかけてきたのは「東条 隆」。文学部4年生、ひーちゃんの兄である。漫画家志望でないが、ひーちゃんと同じく絵がうまい。高校の演劇部で、いわゆる美術さん的なのをやっていたそうだ。背はハジメ先輩と一緒くらいであろうか、いずれにしても背は高い。実をいうと、ひーちゃんからのつながりで、この東条先輩にここのバイトを紹介してもらい、働くことになったのだ。

「元気ないの?」

店長との話を少し聞いていたらしい。

「そんなことないですけど、なんか最近いろいろあって…」

「ふーん、ま、なんかあったら相談しろ!」

えっへん!頼れる先輩にまかせろ!というかんじ。なんかこういうところひーちゃんと似てるなーと思う。東条先輩のその天然と言うか元気なところに癒される。私に一言残し、東条先輩はお客さんの注文を取りに行き、私も他のお客さんの注文を取りに行く。

 今日は、お客さんが少ないこともあってか、東条先輩と一緒に休憩をとらせてもらえた。店長おススメの豆で淹れたエスプレッソコーヒー付き。私も東条先輩もブラック派である。

「なぁ、なぁ、今年の大学祭の演劇、お前出ないか?」

熊沢大学、大学祭の目玉である演劇祭。各学部が対抗で演劇を行い、お客さんにどの劇がよかったか投票してもらうのだ。題材は、大学長と、各学部長とで決められ、その題材の内容は夏季休暇が終わっての1週間後に発表される。各学部の学生が有志で参加するもので、1位の学部には、演劇の参加者全員に景品が贈られる。その景品がけっこういいものであるため、みんなはりきって参加する。参加しなくとも1位になった学部には学部の全員に大学のロゴが入ったポケットティッシュがもらえる。参加人数は20名。増えすぎた場合には、参加希望した4年生が中心なって20名に削られる。4年生が優遇されるのは4年で大学最後の演劇であるからだ。ちなみに去年の景品は米一俵で、それを15人ほどの学生でわけあったそうだ。一人暮らしにはたまらなくうれしいものである。

「うーん…私、本は好きですけど、演じる方はどうなのか…あとは景品の内容によります。」

「景品か…また、一人暮らしに優しいものであってほしいねー。」

東条先輩も一人暮らしである。去年、東条先輩は演劇に参加したが、1位は取れず、おしくも2位であり、優勝を逃しているため、参加の意欲があるのだろう。

「ほんとですねー。」

それは納得である。携帯代にアパートの家賃代、大学の教科書代に、私の場合、本だって買う。お金のない学生に優しくあってほしいと切実に願う。

「あ、そうだ、東条先輩、この人知りません?」

思い出したように、お店の注文用紙の片隅に〝北川 本″の文字を書く。

「ん?…ああ知ってるよ!俺の高校の時からのダチだけど?俺らの学部にいるよ。」

「え!?ほんとですか!」

案外あっさりとその気になっていた人物が見つかるものである。聞いてみてよかった!

「この人、よく大学の本借りてるみたいで、本好きなんじゃないかと思いまして、一度会ってみたいんです!」

「ああ、あいつ本好きだから、お前と合うかもな!」

「じゃあ、今度紹介してくださいよ!」

わくわくしてきた。

「俺が覚えてたらなー。また大学いるときでもいいし、声かけてよ。」

「やったぁ!」

いろいろ話しているうちに休憩も終わり、また仕事に戻る。なんだかハジメ先輩のことでイライラしていたけど、東条先輩の話で一気に元気が出た!また明日からがんばれそうである。その日私はルンルン気分でアパートへと帰った。


それから何日かして、私はちょっとだけ実家に帰ることにした。

「おかえり、りんこ」

「ただいま」

久々に会う母に少しだけほっとする。しばらく大学での話や、実家で会ったことなどいろいろな話をした。しばらくすると、父も仕事から帰ってきて、久々の一家団欒である。かつて入院していた病院にボランティアに言っていることも話したり、図書館で本をたくさん借りていることなどを話したりした。

「りんこは、相変わらず本が好きだなー」

と父は感心していた。夕飯を食べて、自分の部屋に行ってみる。本棚には私の小学校・中学校・高校で読んだ本がずらりとならぶ。本棚をながめていると、

(あれ、このシリーズの本。1冊ない。)

入院中に私がお気に入りで読んでいた本だ。

(どこいったんだろう。一人暮らしするときにアパートにもってったんだっけ?)

そんなことを考えながら、その日は眠りに着いた。

 次の日、お気に入りの本をもってアパートへ帰ることにした。母に、もうちょっとゆっくりしていったら、と引きとめられたが、ボランティアやバイトのこともあるし、と思い、一人暮らしのアパートへ向かうことにした。母に、祖母からいただいたという桃を1箱お土産に持たせてくれた。こんなにたくさん食べられないし、真知子やかおるさんにも上げようと思う。


夏季休暇も中盤。何度か病院のボランティアに行き、ちょっと慣れてきた。

「ねぇ、まちこ、これってどうするんだったけ?」

「ああ、それね、えっと―――」

病気のことでの世話は看護師さんに聞いたことを医療学部で勉強している真知子がわかりやすく教えてくれる。あいかわらず、私は子どもと本を読むことに付き合って、連日はおおにぎわい、本に興味を持ってくれていることが本好きの私としてはとてもうれしい。絵本でもいろいろなものがあり、読んでいておもしろい。中には子どもだけでなく、大人にも向けたメッセージが込められていると思うものまであり、奥が深い。そういえば、昔ここで誰かに、実家に1冊なかったあの私のお気に入りのシリーズの本を貸したような…あの本どこいったのかな?家にないようだったし…。

その本は、魔女の女の子がほうきに乗って空を飛び、修行の旅に出かけて、いろいろな人に支えられながら、またその人たちを支えながら成長していく、そんな話の本である。私も空を飛んで旅をして、いろいろな人に出会ってみたい、なんてそのときは夢に思った。アニメの映画にもなっていたんだっけ。実家にその1冊以外全部あるのだが、どうにもその1冊がない。

「ねぇ、ねぇ――」

そんなことを考えていると、また子どもに声をかけられる。その本、また探そう。私のことだ、本だらけのあのアパートの部屋を整理したらでてくるだろう。

「ねぇ、おねえちゃんってほんすきなの?」

その女の子から頼まれた本を読み終わると、こんな質問をされた。

「うん、好きだよ。どうして?」

「なんか、ほんよんでるときのおねえちゃん、すっごくうれしそうだから!」

と無邪気な笑顔で言われる。自分では意識していなかったが、そんなうれしそうにしていただろうか、子どもの笑顔につられてこちらも笑顔になってしまう。

「そう?」

「うんうん!」

「わたし、おねえちゃんに、ほんよんでもらって、ほんすきになったよ!」

ほんとに?そうだったとしたら読んであげたかいがあるし、小さな本好き仲間ができてとってもうれしい。本好きと聞いて、大人しい人を想像する人が多いと思う、だけど、意外とそうでもない。私のかつての本好き仲間の中には、運動神経抜群の人もいたし、リーダーシップをとるような性格の人もいたし、私もどちらかといえば大人しい性格ではない気がする。この子もなんだかおてんばな性格をしていそうだ。私はその子と、あれやこれやいろいろな本について、話をしたり、お互いに好きな本をすすめ合ったりした。私は小さい頃に読んだ簡単な内容の面白い本を紹介し、小さな本好きさんはというと、おもしろいと思った絵本をいくつも紹介してくれた。子どもらしくて思わず笑顔になってしまう内容のものや、大人にもあてはまるメッセージのこめられた内容までいろいろであった。

 絵本といえば、私もお気に入りの絵本がある。あおむしがご飯をたくさんたべて立派な蝶になる話、主人公のねずみのチョッキがいろいろな友達にかしたせいで伸びてぶかぶかになってしまう話、猫が100万回も生きる話など、いいはじめたらきりがない。特に猫が100万回生きる話は感動もので、今でも読むと思わず涙を誘われる。時折、絵本にしろ、小説にしろ、こんな面白い話書くなんていったいどんな人なんだろうと気になることがある。もし会えるとしたらきっと、何でこの話を思いついたのか、どうやったらこんな素敵な話がかけるのか、とか、ずーっと本について話をしてしまうだろう、そして、そのまさに物語が生まれる瞬間を見てみたいものである。さすがに文学史の偉人には会うことはできないが…会えたらそんな楽しいことはない。

「もうすぐ、お昼ごはんですよー。」

 看護師さんが図書室にお昼を知らせにきてくれる。私も図書室にいた子どもに声をかけて病室にもどるように声をかける。図書室を出る際に佐久間先生に合った。

「あ、佐久間先生こんにちは。」

「やぁ、りんこさん。あいかわらず図書室が好きなようだね。」

「えへへ…はい。」

「図書室で子どもを昼寝させんでくれよ。」

 かつての私を思い、冗談交じりに笑顔で声をかけられた。佐久間先生は私が入院していたときのころからかわらず、小児科担当の先生をしている。お昼時になると子ども達の病室を見回り子ども達の様子を見ているようである。佐久間先生と別れ、最後に子どもが図書室に残っていないか確認をするため、もう一度図書室に入った。かつての私のようにどこかでお昼寝でもしていたら声をかけてあげなければ、と思う。図書室を見回ったところ、どうやら誰もいないようである。誰もいなくなった静かな空間で、なんとなく一人深呼吸をした。よくここでお昼寝もしたけど、その当時の病院の友達たちと本もよく読んでいた場所である。新しい本、古い本の匂い、そしてこの静かな空間が今も私を落ち着かせた。

昼食を運ぶワゴンのガタン、という音に気付き、私は図書室をすぐに出た。真知子と子ども達の昼食の準備にとりかかり、それが終わると真知子とお昼ご飯を一緒に食べた。

「ふーん、じゃあ、その子、りんこのおかげで本好きになったんだね。」

午前中にあったことを真知子に話した。

「うん!そうなの!でね、本の話たくさんしちゃった。」

私の様子を見て、

「本のことになると、ほんとうれしそうに話しするね、りんこ。」

まるで、彼氏の話をするようだ、と付け加えて言われた。それにしても、あの小さな本好きさんと同じことを言う。

「自分では、普通に話しているつもりだけどそう見える?」

なんだか他人が見る本好きな私が気になってしまう。

「うん。」

「そっか…。」

なんだかちょっとだけ恥ずかしい。

「別にいいんじゃない、好きなことに思わずうれしくなるのは普通でしょ。ま、りんこの場合、それがわかりやすいだけで。」

 まぁ、親友がそういってくれるなら自信?をもっていいのかな。好きなことなら夢中になってもいいよね!と心の中で開き直る。

 昼食が終わり、子ども達の食器を片づけると、私はまた図書室へ向かった。小さな本好きさんと、その候補生たちが私にまた本をもってやってくる。お昼すぎで、うとうとしている子どももいて、私もこんなふうだったのかな、と思い出に浸る。子どもたちが持ってくる本は、ヒーローものやお姫様が出てくる話に、時にはちょっと悲しい話、と思えばバカみたいな話など、どの本もなかなかおもしろくて、選ぶ子どものセンスもなかなかである。そんな話を順番に読みながら、1冊、1冊、子どもとともにその話の中へ入り込む。そして、また私は子どもに手渡された本を開き、その1行目を読み始める。

「これは、いまより、ずっと昔のお話です――」

本を読んでいると、となりのプレイルームからガタンという音がして、騒がしい声が聞こえる。嫌な予感がした。図書室の子ども達をその場に待たせ、そちらへ向かう。プレイルームには倒れた持ち運びの点滴と倒れている子ども。真知子もかけつけていて、佐久間先生や他の看護師に混じって必死に声をかけている。普通なら私もそこにすぐ加わっていいたと思うが、なぜだか私はその場に立ちすくみ、近寄ることができなかった。そうしているうちに、看護師さんに「高野さんは、他の子どもを安心させてあげて」と声をかけられた。倒れた子どもは佐久間先生の手に抱えられて、プレイルームを出ていく。私はとりあえずその言葉にしたがい、不安そうにしている子ども達ひとりひとりに「大丈夫だよ」と優しく声をかけていく。昔、私の入院中にもこんなことがあった気がする。


「なんか昔を思い出すなぁ。」

と私はため息交じりにつぶやいた。さっき休憩中に飲んだレモンジュースの酸っぱさがより昔を思い出させた。



2話目「檸檬」終了です。


駄文すいません。


読んでくださっている方に感謝です★


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