表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「本。」  作者: にゃあ。
2/3

1学問のすゝめ

学問のすすめ



これは、私と本についての話である。



私、高野厘子は今すごく幸せである。

「いやー高野が手伝ってくれてすんごい助かるー。」

なぜかというと、私の大大大好きな本に囲まれているからである。今日は、私の通う熊沢大学文学部の播磨先生に頼まれて、大学の図書館の古本整理をしている。

「先生も見てないで手伝ってくださいよー。」

「はいはい。高野もいちいち本開かないで本棚にしまってねー。」

う゛。脚立の上に座った私を見上げてお気楽にへらへら笑われる。播磨先生は小柄で眼鏡をかけていてかわいい。女の私からもそう思う。学部の男子にも人気である。

「でも、うれしいです!ここってなかなか学生でも入れないところですよね!!」

「まあね。どっかのばか学生が大事な古い文献を汚されてもこまるしね。高野も気を付けてよ。2年生になったからって調子乗るなよ。」

「調子に乗りません!本は大切にしてます!」

すぐに言い返す。本は大切だ。

 播磨先生の手伝いが終わるともう昼食の時間であった。図書館を出て大学内の食堂につくと私の小学生からずっと一緒の親友、佐原真知子が席をとっていてくれた。

「もう。りんこ遅い!」

「ごめん。まちこ。」

真知子は、小学生のとき私が入院していて時々しか学校に来られなかった私を見て、よく声をかけてくれ、遅れた授業のことも教えてくれた。私がにこにこ笑っていられるのも真知子のおかげだと思う。

「ね、まちこ、なんで髪切ったの?」

「またその話?それ去年も言ったよね。大学デビューってやつよ!」

真知子は高校生の時、髪を伸ばしていた。それが去年、大学生になって髪型がばっさりショートヘアになっていたのだ。

いつも何でも一緒の真知子だったのに、突然、大学生になると同時に髪を切ったのだ。ほんとは何かあったんじゃないか、とも思ったが、真知子も何も話さないので、私も特に突っ込んで聞くことはしない。

「だってまちことおそろの髪型できなくなっちゃったじゃんかぁ」

「なにかわいいこと言ってんの!また髪のばしたくなっちゃうじゃない。」

高校生の時はよく一緒にポニーテールをしていた。私は今も変わらず、というか小学生の時から髪型はポニーテールだ。そんな他愛もない話をしているうちに昼食時間は終わり、次の授業へと向かう。真知子は医療学部で棟が違う。授業が終わってからの約束をし、食堂で真知子と別れた。


文学部のある棟に向かう途中、一人の男子学生が話しかけてきた。

「なぁ、おまえって高野厘子?」

「え?はい、そうです。」

条件反射ではいと返事をしてしまう。私より背も高く、ちょっと地味目で年上の先輩のようだ。

「何年?」

「2年です。」

「え?2年なの?」

そう言われたあと、そうかそうかと笑われた。

なに?なんで笑うのこの人?人のこと初対面で笑うなんて、なんて失礼なの!と思う。

「じゃあね。高野さん」

私に軽く手を振りそして私が向かっている文学部へと去っていく。思わず

「文学部―!?」

と叫んでしまった。



熊沢大学。医療学部が有名な総合大学で、近くに付属の病院がある。私が幼い頃お世話になった病院である。小高い丘の上にあり、上の階から見える景色はなかなかいいもので、町が一望できる。私がこの大学に決めた理由は単純で、本が好きだからである。大学の図書館が4階建てで、この辺では一番大きな図書館だ。医療が有名なだけあって、医療に関する文献が多く所蔵されているためだろう。本好きの私としてはこの大きな図書館がたまらなく魅力的。真知子はといえば、医療学部に入学し、かつての私のように病気がちな子どもを救いたいというのが理由である。今の私と言えば、もう病院に行かなくてもいいくらい元気になった。



 授業が終わり、真知子と食堂の前で待ち合わせる。初対面の人にばかにされた話をすると、あははは!と大笑いされた。

「もう、そんなにわらわなくったっていいじゃない!」

「だってその時のりんこを想像すると笑える。っていうかりんこの名前知ってるくらいだから初対面じゃなくてどっかで会ったことあるんじゃない?同じ学部なんだし。」

確かに同じ学部だが、文学部は学生の数が医療学部の次に多い。一年いたって会ったことなくても不思議でないと思う。

「でも、見たことない。きっと人違いよ!そう、人違い…」

「そうかなぁ」

真知子は疑う。でも確かにどこかで会っていたならそれを忘れる私もまた失礼だ。今度会ったら失礼だけど聞いてみようか、と考える。

「あ、もうすぐバイトの時間だから先行くね。また何かあったら話聞かせてね。」

「うん。」

そういうと、真知子は、急ぎ足で大学を出ていく。私もバイトだ。

 私のバイト先は大学から自転車で5分くらいのところにある「カフェ マリアンヌ」。店の家具はアンティークで揃えられていて、ジャズやボサノバの曲が流れるなかなかオシャレな店だ。私の下宿先のアパートの道路を挟んで向かい側にある。下宿先から近いこともあり、私が1年のときからお世話になっているバイト先である。オシャレな雰囲気や値段の安さから大学の学生に人気のカフェだ。店長は見た目ダンディなおじ様で、名前は「雅治」名前も結構イケメンなのだが、実はオネエだ。知った時はそれはびっくりした。店長は気さくで話しやすいということもあり、それもこのカフェの人気のひとつになっている。

「あら、りんちゃんいらっしゃい。今日もお願いね。」

店の玄関から入ると、早速店長に声をかけられた。私は〝りんちゃん″と呼ばれている。

「かおるちゃんが新作ケーキつくったの!よかったらあとで試食してみてね!」

〝かおるちゃん″とは店長の奥さんだ。ボーイッシュな雰囲気で、キレイな人である。あと、作るケーキは絶品。全くどこでどう出会って結婚したのやら。

 早速、支度をして仕事に取り掛かる。店長の淹れるコーヒーのいい匂いが私の鼻をくすぐる。店長の淹れるコーヒーは格別においしい。私は特に店長の甘過ぎないカフェモカが大好きである。しばらく仕事していると、

「りんちゃん休憩行ってきて~。かおるちゃんのケーキとりんちゃんの好きなカフェモカ淹れておいたから☆」

と声をかけられ、店の奥へと足を運ぶ。店の奥の小部屋が休憩室兼店の倉庫になっており、裏口がある。

「ふう。おいし。」

店長のコーヒーにかおるさんのケーキ。なんだか元気が出る。今日みたいに休憩や仕事終わりにコーヒーやケーキを時々出してくれることがある。大学4年まで働いたらいくらか太るんじゃないかと心配になってしまう。

 部屋のふちには小さな本棚があり、そこには新作メニューを作るための資料ということで、何冊か本がおいてある。本好きな私はなんとなくそこに目がいってしまう。

「コーヒー事典?」

なんだかおもしろそう、思い本を手にとり開いてみる。

にゃあー

と、そこへ裏口から猫の声が。しばらくしてかおるさんが昨日の残り物であると思われるケーキを持ってやってきた。裏口をあけると

「はいはい。どうぞ。」

とケーキを差し出す。

「あれ?そういえばその黒猫ちゃんってここで飼ってるんですか?」

何度かこの店でこの黒猫の姿を見たことがある。

「ううん。飼ってないけど時々来てくれるのよ。」

お店の看板猫にでもなってくれたらうれしんだけどね、と笑って話してくれた。

「あ、そういえば、かおるさん、この本...」

休憩室の自分のかばんから「世界のケーキ文化」という本を取り出す。ここの休憩室の本棚にあったものだ。

「これ、おもしろかったです!なんか読んでてよだれが出ちゃいました。」

「うふふ。そう。それにしても、りんこちゃんっていろいろな本読むのね。この前は何か『スポーツの歴史』みたいな本読んでなかったっけ?」

「私、自分がおもしろそうだなって思う本何でも読みたいんです!いろいろ学ぶこともおもしろい発見もありますし。」

「ふふ。そうなの。」

そうなのだ。本は一見小難しそうな内容だったとしても意外に豆知識になることが含まれていたり、ためになることが載っていたりすることが結構ある。文豪福澤諭吉も、『知識を広め、才能と人格を磨きなさい』みたいなことが著書に書いてあるくらいだし、本を読んでいて損したことはない。私の場合、本を読んだからといって才能や人格が磨かれているかは謎であるが。

上品に笑うかおるさんに、手にしているコーヒー事典を借りてもいいか尋ねると、「それは雅治のだから」と返された。あとで店長に聞いてみよう。かおるさんは仕事に戻り、私も仕事に戻ることにした。

「あと、もう一息!」

店長とかおるさんにコーヒーとケーキのお礼を言ってまた仕事をはじめる。



バイトが終わり、なんとなく今日1日のことを思い出し、はぁ、とため息をつく。

「あら、どうしたの?りんちゃん。恋のお悩み?」

ため息をついた私を見て店長が声をかけてくれる。

「違いますよ...今日、よくわかんない人に初対面でいきなり笑われたんです!」

今日あったことを店長に話していく。

「あらぁ、そうなの。でもこれって恋の予感?じゃないかしら。」

店長はうれしそうだ。店の奥から「あんまり、りんこちゃんからかってだめよ、雅治!」とかおるさんの声が聞こえる。

「もう、そんなんじゃないですってば!」

「ねぇ、りんちゃん。本読んでいろいろ学ぶのもいいけど、こういうことはやっぱり実践で学ぶものよ!」

肩に手をおかれ言われ、何かおいしいもの見つけたというような顔をされる。「はいはい。」と適当に店長の話をそらし、店をあとにする。店をでるときに「またその話聞かせてね!」と笑顔で店長に手を振られる。

 コーヒー事典の本はこころよくかしてくれた。



次の日、午前中の授業。播磨先生の授業である。内容は史学で、いろいろな偉人の知らなくてもいい豆知識やこれは人生で一度は見ておくべき!ということをわかりやすく、おもしろく伝えてくれる。そのためとても人気の授業で、あのかわいい播磨先生が講師ということもあり、この授業を取る学生は多い。

私はいつも最前席の窓側に座る。机は黒板を中心として弧を描く形となっていて、反対側の廊下側の席も見渡せる。ふいに私の座る列の反対側を見ると、

(あ、あの人...)

昨日私をバカにした人だ。ふとその人がこちらを向き、目が会う。あ、えと、どうしよう、と私が考えていると、

べ、

と私に向かって舌を出してきた。

(はぁー!?何なのよー!!)

せっかくの楽しい播磨先生の授業が台無しである。絶対にこれはからかわれている。

 授業が終わると、私はその人を追いかけていた。

「ちょ、ちょっと!どこのどなたか存じませんが、からかうのやめてくれませんか。」

引きとめて抗議する。

「ハジメ。」

「え?」

「だから、俺の名前。忘れちゃった?」

「あ、えと、すみません。」

「そ、じゃあ思い出してみて、高野さん。あと、その髪型ぜんぜんかわらないね。」

ハジメ先輩は不敵な笑みを浮かべながら去っていく。抗議したつもりが、こちらが反撃を受けたような格好になった。

(何なのよ!)

自分でも怒りに頬が膨らむのが分かった。そして、どこで会ったか聞くこともすっかり忘れてしまっていた。後でハジメ先輩が4年の先輩だということ、実は女子に人気であるということを文学部の友達から聞いた。

 学部棟を出ると、真知子が待っていてくれた。次の授業がないので、待ち合わせをしていたのだ。

「図書館行く。」

開口一番に真知子に言う。本をたくさん借りてストレス発散しよう。

「え、何?どうしたの?早めに昼ごはん食べようって約束じゃない。」

「図書館に行くの。」

もう一度言う。真知子は、私のわがままに付き合ってくれ、図書館に行くことになった。気が付くとちょうどお昼時で、食堂は混んでいたため、大学内のコンビニでパンを買い昼食とした。

「もー。そんなに本が好きなら本と結婚したらいいじゃない!」

真知子が飽きれて私に言う。

「ストレス発散なの!」

あんずジャムパンを口に頬張りながら答える。

「何?どうしたの?」

播磨先生の授業であったことを話す。

「ふーん。そっかぁ。まちこに気があるんじゃないの?」

「もう!まちこ!からかわないでよー。」

バイト先の店長みたい、と言うと、あの雅治さんならこの話乗ってきそうだよね、と真知子は笑った。バイト先の店長のことは真知子も知っている。

「まあ、まちこのポニーテールのこと知ってるくらいだから絶対どっかで会ってると思うよ。」

「あ、ねぇ、まちこは知らない?」

小学校・中学校・高校で会っているなら小学校のときから一緒の真知子も知っているはずだ。

「うーん...ハジメ先輩ねぇ...」

この様子では真知子もわからないようだ。



 この日の授業終わりに、また真知子と図書館へ寄った。

「また、図書館!?」

「ごめん!なんかイライラしてたら本返すの忘れちゃって。」

本を素早く返し、真知子と大学を出る。真知子も大学近くのアパートに下宿している。

「ねぇ、なんでりんこはさぁ、本好きなの?」

真知子にふいにそう聞かれて

「そりゃあ、いろいろおもしろいからよ!」

とすぐに返事をする。あと、「才能と人格を磨くため?」と冗談混じりに言うと、何それ、と真知子は笑った。本を読むといろいろな世界に入り込めておもしろい。特にファンタジーものを読んだときには気持ちよく現実逃避できる。真知子と話しながら、そういえばいつから私って本好きなんだっけ、と思う。ま、いっか。



家に帰ってからストレス発散で借りてきた本をカバンからバサバサと出す。「植物図鑑」に「パンダの一生」、「マフィアの1日」、「くろねこと魔女」と「金魚と少年」、それから...

道理でかばんが重いわけだ。本をベッドのすぐそばに置き、ベッドに寝転がって本を開いてみる。きれいに並べられた文字と本の紙の匂いが私をわくわくさせる。今日どっかの誰かさんにからかわれて、イライラしていたこともどこかへいってしまっていた。なんとなく本の最後についている貸出カードを見る。佐藤 静香、富岡 秀、椎名 翔太...うーん知らない人ばっかり。やっぱり、大学に1年いても知らない人だっているよね、と思う。

(ん?またこの名前)

〝北川 本″名前が本。なんて読むか私にはわからないし、珍しい名前だと思う。本が好きな私にとって気にならないわけのない名前だ。この名前は、大学の図書館で借りる本によく見かける名前で、大学1年生のときから気になっている名前。本をよく借りる私が何度も見かけるくらいなんだからきっと本が好きなのかな、と思い、もしそうだったとしたら、会って本について語り合いたいなぁ、なんて思った。

明日は日曜日で、珍しくバイトも休み!明日は図書館にこもる!明日がすごい楽しみである。借りてきた本を1冊読み、今日はもう寝ることにした。



朝、8時。目覚まし時計が鳴り、目が覚める。いつもの日曜なら昼ぐらいまで寝ているが、今日は図書館に1日いるつもりなのだ。楽しみ過ぎて昼まで寝てられない。早速支度をし、図書館に出かけることにした。外に出ると、大学までの通り道にある桜はほとんど散り、葉桜となっていた。それを横目にとりあえずコンビニに向かう。図書館が開くまで、まだ少し時間があったので、そこでお茶とあんずジャムパンを昼ごはん用に買って、かばんにしまい込んだ。なんだか遠足に向かう小学生の気分だ。図書館が開く10分前。ちょっとはやかったな、と思っていると、図書館の入り口で黒猫が1匹、顔を洗っていた。猫にしては早置きなんじゃないの?そんなことを考えて、ながめているうちに、9時になり図書館が開く。私は遠足気分で図書館に入って行った。

ここの大学の図書館は、この大学の学生以外の一般の人も本を借りられる。そのため、日曜日は特に一般の人向けに図書館が開かれている。といっても、さすがに朝一の図書館には、受付のお姉さん以外誰もいない。しかし、私はこの誰もいない朝一の図書館がとても好きである。なんだか図書館じゅうの本全部が私のもののような気がして気分がいいし、それにこの朝の静かな空間が普段の図書館の静けさと違って気持がいいのだ。

入ってすぐの受付を通り過ぎると、

「あ、高野さん、この前借りていた本の続編が入りましたよ!」

と声をかけてくれた。図書館に通い過ぎて、受付のお姉さんとはすっかり顔なじみになっている。

「え!ほんとですか!?」

すぐにそれに飛びつく私。受付のお姉さんにお礼をいって、その本の場所へと向かう。3階の「文芸」という棚にその本は振り分けられている。

(んーと、確かこの辺...あった!)

上から2段目の場所。私の背では届かないかも。私の成長期は小学生の時で、4年生のときにはもう6年生の平均身長くらいあった。病気がちだったくせに、身長は元気に伸びていたのだ。中学生になり、身長は伸びなくなったが、それでも、成人女性の平均より数センチ低いくらいで、背の高さで特に不自由はしたことはなかった。でも、図書館は違う。本の多さに増して棚の高さは高くなっていくわけで、当然に目的の本が届かないこともある。今がまさにそれだ。背伸びして手を伸ばしてみるともう少しで届きそう。でもやっぱり届かない。各階にいくつか置いてある踏み台をもってこようかどうしようか迷いつつ、それでもがんばっていると、私の後ろから手が伸びてきて、私がねらっていた本があっさり取られてしまった。

「何してんの?」

ハジメ先輩だ。

「そ、その本!私が借りたいんですけど。」

「そう。」

その本を持って窓側の私がいつも座るあたりへ座り、行儀悪く足を組んでその本を読みはじめた。

(ちょっと!?)

「あ、あの...!?」

私が困惑していると、

「今、読むから、そこ座って待ってて。読みたいんでしょ?」

読みたくて仕方ない。魚を前にお預けをくらった猫のような気分だ。私は少し不機嫌に口をとがらせながら、向かい側に座り、もってきた昨日借りた本を読むことにした。

 しばらく借りた本を読んでいたが、やはり、目の前に座って行儀悪くしている人の本が気になり、ちらりとそちらを見る。よく見ると、ハジメ先輩の顔は目鼻立ちが整っていて、別に地味な顔をしているわけでもなく、意外とイケメンなのかも、と思う。女子に人気っていうのも少しは分かる気がする。はじめに見た印象が地味だと思ったのは髪が目にかかるくらいの長さだったからであろう。

「なに?俺のことでも思い出した?」

ふいにこちらの視線に気づき、不敵に笑う。

「違います!早くその本が読みたいんです!」

すぐに私は目をそらし、自分が読んでいる本に目を移す。

「もうちょっと待ってて。」

以外に声は低くて優しい。



本を読みはじめてから2時間くらいたった。もうそろそろ読み終わってもいいころであるのだが...

「わりぃ、読み終わったけど、やっぱもうちょっとゆっくり読みたいわ、この本。やっぱり、俺が借りてく。」

「え?」

な、なんだってーーーーーー!!!!!

「待っててって言ったじゃないですかぁーーー。」

信じた私がバカだった。昼から俺バイトだし、と言い残し、何の悪びれもなくその本を手に持ち去っていく。あぁ、私の楽しみにしていた本が遠ざかっていく...。ちょっとイケメンかもなんて思ったけど、やっぱり前言撤回。その辺にいくらでもいるただのわがまま男子だ。

せっかくの楽しい休日が、ハジメ先輩へのむかつきと、目的の本が読めなかった残念さとで台無しになってしまった。そのことを忘れるように本を思いっきり読みふけることにした。



 気が付くと夕方でお昼ごはんを食べるのもすっかり忘れてしまっていた。はぁ、お腹すいた。読み終わった本を返し下宿先に帰ることにする。「カフェ マリアンヌ」の前を通ると、ちょうど雅治店長とかおるさんが大荷物で店の前にいるところであった。私に気が付いた店長は、

「あら、りんちゃん。今日、日曜なのに、大学に行ってたの?」

と大学方面から帰ってきた私を見て、そう声をかけてきた。

「授業はないんですけど、ちょっと図書館に...っていうか、その大荷物どうしたんですか?」

いくつもの大きなビニール袋に何かの袋がいっぱい。

「ああ、今日ね、いろいろお店の食材を仕入れてきたのよ。コーヒー豆とか、ケーキの材料とかね。」

と、店長がビニール袋の中を見せながら説明してくれた。それで今日はお店が休みだったんだ。

「悪いんだけど、りんこちゃん。この後何にも予定ないんだったら、ちょっと手伝ってくれるとうれしいんだけど。」

いつもキビキビしているかおるさんも流石にお疲れのようである。オムライスつくってあげるから、とかおるさんはつけたした。オムライスに誘われたわけではないが、いつも何かとお世話になっている2人なのだ、こころよく手伝うことにする。あんずジャムパンはまた明日食べよう。「カフェ マリアンヌ」ではお昼にランチタイムがあり、そこで一番人気なのがそのオムライスなのだ。夕飯に食べられるなんてちょっとラッキー!と思いながら店長とかおるさんと一緒に荷物を店へ運び、食材を倉庫へ片づける。

「ふう、終わった。」

3人で店長のエスプレッソコーヒーを飲みながら一息つく。かおるさんが、オムライスつくるから少し待っててね、とお店のキッチンへ入っていく。何か手伝うことはないか尋ねると、今日はバイトじゃないのに働いてくれたんだし、座ってて、とやんわりと私の申し出を断った。

「ねぇ、りんちゃん。ウワサの彼とはどう?」

「え?けほっ」

店長のおいしいコーヒーを思わず噴き出してしまうところであった。

「あいかわらず、からかわれています!」

と不機嫌に答える。あと、私のことを昔から知っているみたい、ということも話した。

「ふふ、なかいいのねー。じゃあ、幼馴染ってやつかしら。」

と店長はにやにやしている。

「もう!だからそんなんじゃないんですってば!」

店長と話しているうちに、かおるさんのオムライスができあがり、3人で夕飯とする。卵の芳ばしく焼けた匂いが食欲をそそる。中はとろとろ卵にチキンライスで、シンプルだが、とってもおいしい。3人で私が借りた本の話で盛り上がった。この前借りたコーヒー事典に載っているカプチーノなどのコーヒーレシピはほとんど店長が作れるそうだ。今度何かお願いしてみようかな、と楽しくなってしまう。

店長とかおるさんに、「ごちそうさま」と「おやすみなさい」を言って下宿先のアパートへ帰る。今日は嫌なことも残念なこともあったけど、楽しい一日であった。



 数日後、私が文学部2年生の必須科目の授業を受け終わった時のことであった。講義室の前扉のところで、ここ最近ことごとく私の邪魔をしてくれる人物が、扉付近の女子学生と何か話している。やっぱり人気なのかな、と思う。ま、私には関係ないけど。

「ねぇ、高野さんいる?」

私はぎくっとした。気付かれないように後ろの扉から出ようと、前の扉を見ずに立ち上がる。が、遅かったようで、こん、と本で私の頭が小突かれた。

「なぁ、なんで逃げるの?」

「逃げてません!」

この人と居ると眉間にしわがよる。

「はい。これ。」

これは!この前まんまと横取りされた本!

「いらなかった?」

「いります!というか待っていました!」

あれから何度か図書館に足を運んだが、その本が返された様子はなかったのだ。思わず私の目が輝いてしまう。

「あ、ていうか、先輩がもってたということは、まだ借りてるってことですよね?」

「ん?まぁそうなるね。」

そんなことどうでもよさそうな反応。

「ってことは、これって又貸しになっちゃいますよね。だったら一度返しに行かないと。」

「じゃあ、今から返しに行く?」

冷静に判断してはっと気づく。まわりの女子学生の視線がなんだか痛い。じっとこちらを見ているわけではないみたいだが、ちらちらと視線をかんじる。

「わ、私が先輩のかわりに返しに行って、また借ります!」

これ以上一緒にいたら視線で体に穴が開きそうだ。

「何言ってんの。大学のは本人じゃないと返せないでしょ。」

図書館によく行くお前が知らないわけないだろう、とあきれたように言われる。そんなことは知っているが、そろそろ穴が開きそうだ。

「か、勘違いされてもこまりますし…」

っていうか、何で私がよく図書館にいることを知っているのだ。

「ふうん?ま、どっちでもいいけど、すぐ読みたいんでしょ?」

自分が人気だということに無自覚なのか?

「読みたいですけど。」

「じゃ、そういうことで。」

私に渡した本をパッと取り上げると図書館に向かう。

「え、あ、ちょっと…」

私もそのあとに着いていく。文学部の棟を出るとすぐに新緑の緑が目に入る。桜はすっかり散り、かわりにきれいな緑が目を潤していく。その中で、注目の的の先輩と私、なんか気まずい。とりあえず何か話しかけてみる。

「あの、何で私がよく図書館にいることを知ってたんですか?」

「図書館でよくみかけるから。」

…ま、それはそうか。たまにしか行かなかったとしても、私がいつも図書館いるならば、何度も私のことを見てもおかしくない。ハジメ先輩の後ろ姿を見ながら、知り合いというなら、いったい、いつ、どこで会ったことがあったというのかぜんぜん思い出せない、と考える。いろいろ思っているうちに図書館に到着した。図書館に入り、すぐに手続きを済ませる。

「あら、高野さんにハジメくん。2人が一緒なんて珍しい。知り合いだったの?」

と顔なじみの受付のお姉さんに声をかけられる。ハジメ先輩もどうやらこの受付のお姉さんと

顔なじみのようだ。

「?どういうことですか?」

状況が飲み込めない。

「だって、あなたたち2人ともよく1人ずつで図書館に来るから、知り合いじゃないと思ってたのよ。」

それが一緒にここに来るなんてやっぱり知り合いだったのね、とお姉さんは笑った。いやいや、あっちは私と知り合いらしいですけど、私は知りません、と思う。それにしても、ハジメ先輩もよく図書館に来るって???図書館を出てから、ふいに先輩に話しかけられた。

「なぁ、俺のことまだ思い出せないの?」

「思い出せません!」

何度も聞かれるのでちょっとイライラしてしまう。というか、こんなわがまま星人なんて絶対に知らない気がしてきた。

「そんなことより、私、あなたなんかより気になっている人がいるんですから!」

私は鼻高々に言ってやる。

「はぁ?」

とそれがどうした、というように先輩は首をかしげた。私はおもむろに本をかばんから1冊取り出しその貸出カードを見せつける。〝北川 本″という名前を指さし、

「この人です!結構ここの本を借りてるみたいだし、絶対にこの人本が好きなはず!私この人と一緒に本読むことが目標なんですから!」

と言い放ち、この前のお返しとばかりに、べ、と舌を出す。

「ふふ、お前、こいつさぁ…」

と先輩が笑って私をバカにしながら話はじめたところで、

「おーい、りんこー!」

と先輩の後ろから親友が手をふっているのが見えた。

「では失礼します。」

すぐに真知子のところへ向かう。やっと眉間のしわから解放された。真知子と話しながら、あれ?〝北川 本″について何か知っているふうだったな、と思う。あと、よく図書館に来ているとか聞いたけど、先輩も本好きなのかな?とちょっとだけ気になった。それにしてもあの気になる名前、なんて読むのだろうか、言うとよけいに気になってくる。



あくる日の図書館。

「ねぇ、先輩って本好きなんですか?」

先輩の姿を見つけて声をかけてしまった。たぶんに眉間にしわが寄っていたと思う。

「好きだけど?」

「何で?」

何でこんなやつが本好きなんだ、と思ってしまう。

「…うーん、『知識を広め、才能と人格を磨くため』とか?」

「!」

このフレーズは!

「福澤諭吉」

思わずその名前が私の口からこぼれおちる。こんなことを知っているくらいなら、この人ちゃんとした本好きな人だ。純粋にそう思った。

「ご名答。さすが本好きなだけあるね、高野さん。」

上から目線で言われる。

「あたりまえです!っていうか、それ、先輩の本が好きの理由になってません。」

なんだか上から目線で言われるのが悔しくて、すぐに言い返す。

「そう?高野さんから話しかけてくるなんて珍しいね。」

すぐに話題を切り換えられる。

「たまたまですよ!」

そう言い残し、私はその場から立ち去り、いつか先輩の上をとってやる!と思った。

 そのあと、図書館内をうろうろしていると、文学部の友達に合った。名前は「東条 光」。髪がふわふわしていて、いかにも文学部学生のお嬢さんといった印象。私はひーちゃんと呼んでいる。ハジメ先輩が人気であるということを教えてくれた人物である。

「ね、ね、りんこちゃんと先輩ってひょっとして付き合っているの?

この前、図書館に一緒に行くとこみたし、今だって…」

ほら見ろ!勘違いされたじゃないか!ばかやろう!と内心思いながら、全面否定する。

「ないない、絶対にない!」

あっちが勝手に私をからかってくるのだ。あいつと話すときの私の眉間にしわのよった表情を見せてやりたいくらい。普通、好きな相手にそんな表情はしないものだろう。意外とひーちゃんはウワサ好きで、ちょっと少女漫画オタク、少女漫画家志望。そんなおもしろい彼女であるが、下手に何か言うと学部中に広がりかねないので気をつけなければ。それにしても、先輩が本好きだったとはぜんぜん思わなかった。言われてみると、この前の日曜の朝に図書館いたことも納得できるような。というか、そうそう、私が今気にしているのは〝北川 本″さんだ。どこの学部の何年生か知らないけど探してみようと思う。




学問のすすめ終



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ