さくら、ちるちる
桜、ちるちる
早咲きの桜が舞い散っていく。
卒業式が終わり、それぞれが別れを告げ、学び舎を去って行った。
校舎にはもう、殆ど誰も残っていない。
友人に打ち上げに誘われたけれど、断ってしまった。
聡い彼女は「第二段もするから、そっちにはおいで」と言って、
笑ってくれた。
私には今日、するべきことがある。
教室をゆっくりと眺め、窓辺に立つ。
いつも見ていた光景が広がる、でも、明日からは・・・。
全てが変わってしまう。
「まだ、残っていたのか?」
聞き慣れた声より若干、甘いのは私と二人だけだからだろうか?
振り向けば少し寂しそうな笑顔を浮かべた先生がいた。
「はい、でも、もう帰ります・・・」
するべきことは、もうすぐ終わる。
意を決して、言葉を連ねれば良い。
先生と私の距離は今はほんの僅か。
でも、私は卒業して、明日からは先生の生徒じゃなくなる。
それは、とても魅力的に思えたけれど、実際に目の前に近づいて
しまうと、その現実的に広がる距離に不安だけが募る。
教師と生徒で秘密で、ただ付き合っているというだけの不安定で
何の約束も、現実感もない関係だった。
卒業すれば、堂々と出来ると思っていたけれど、現実は卒業して、
大学はここから離れてしまうし、先生は教師のまま、ここにいる。
近くにいても不安だったのに、遠く離れて平気なの?
不安は尽きない。
だから、・・・・。
「先生、あのね・・・」
続く言葉は別れの言葉になるはずだった。
弱くて、ズルい私は逃げ出すつもりだった。
なのに、先生は・・・。
「卒業、おめでとう」
まるで、私の言葉を遮るように話しだす。
私が言おうとしていた言葉を知っているかのように。
「俺はズルイからな・・・本当は猶予をやるべきなんだろうが
猶予をやれるほど余裕がない。
・・・これを、受け取ってくれないか?」
差し出されたのはベルベットの小箱。
雑誌やドラマで見たことのある色合いのその箱は、私の予想が
確かならば・・・。
「先生・・・これって・・・」
恐る恐る受け取って開いた箱の中に鎮座していたのは、見事な
一粒のピンクダイヤが輝く指輪だった。
「式は大学卒業してからで構わない。
でも、その指に俺のだって言う証を身に着けておいて欲しい」
「あっ・・・・」
「つまりは婚約しないかってことだ」
逃げようとしていた。
広がってしまう距離に怖くなった。
なのに、先生はその距離さえも簡単に越えようとしてくれる。
不安を埋めようとしてくれる。
「はい、・・・はい、します」
泣きながら、頷く私の顔はきっとぐちゃぐちゃだろう。
でも、見上げた先生の表情は愛おしいと言わんばかりだったから
安心してしまう。
その安心が、一層、涙腺を刺激してしまう。
「卒業式より、泣いてるな」
「・・・嬉しいから」
そう、嬉し涙は溢れて、止まらない。
この胸の愛しさが溢れて、止まらないように。
涙の向こうに桜が散る。
四年後の春、私は桜の中で幸せな花嫁になる。
この桜と涙に誓おう。