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世界平和=人類滅亡

「逃げないのですか?」


「なんで?」


「殺されますよ?」


「うん。そうだね」


「随分とあっさりしてますね」


「うん。僕は失敗したけど、きっと僕の意志を継いでくれる人が現れる。必ず。だから、死んでもいいんだ」


「そうですか」


「君こそ逃げないの?」


「私は博士の物ですから」


「そっか。ね、頭撫でて」


「……はい」


「……ありがと。さてっと、無様に醜く散ってやろうか。殺されるつもりはないよ。僕は僕の意志で死ぬ」




「ねぇ君達、僕を殺さないの?殺すために来たんじゃないの?」


なっさけないなぁ。武器持ってるくせに。丸腰の僕に怯えて。

軍と言えど、ただの腰抜けか。


「これなーんだ?」


ポケットから蓋をしてある試験管を取り出す。

中にウイルスが入ってたり。

まさか、ウイルスのワクチンをあいつが作っちゃうとはねぇ。

しかも、ウイルスを死滅させるウイルスを開発しちゃうなんて。

僕より劣る奴だったのに。

真っ先にウイルスで殺すんだった。

試験管を見た途端、全員青ざめる。


「僕は死なないよ。今に見てろ。確かに僕は失敗した。でも、次なる僕は必ず現れる。人類に安息なんて、与えない。人類を滅ぼすまで、僕は死なない」


左手でずっと持ってたナイフで、首を抉る。

痛いな。うん、痛い。血がすごい出てる。

間抜けな軍の狗共は、ただ怯えた表情をして見てるだけ。

ただで帰さないよ。

試験管を床に叩きつける。当然、割れる。

割れた勢いに任せて、ウイルスが飛んで行ったはずだ。

ここにいる全員が感染する。勿論僕も。

まぁ、もう死ぬから同じだけど。

悲鳴を上げて逃げ出そうとするけど、無駄だよ。さっき出られないように鍵を壊したから。

あーあ、眠いや。うん、眠ろう。

死ぬんじゃない、眠るだけ。必ず、僕は甦る。

それまで、仮初めの平和を与えてやる。

待っていろ、僕が甦るその時を。

ちょっとの間だけ、暗闇に意識を手放そう。




「……はぁ。ねぇ、あの人も僕と同じ思いをしたのかな……」


大人となった少年は問いかけます。平和論者が生み出し、常に平和論者に寄り添っていたアンドロイドに。


「ええ。毎日泣いていました」


少年は平和論者と同じように、語りかけという茨の道から始めました。

しかし、耳を傾ける者はいませんでした。

世界は未だに戦争で溢れ、平和などどこにもありません。

平和だったとしても、いつ戦争に巻き込まれるか、世界中が戦々恐々としています。

ある国はリーダーが己の欲のために国と国民を売り、ある国は責任逃れのためにリーダーが自殺し、その自殺のために国民を巻き添えにし、ある国は不甲斐ないリーダーを国民が殺し、リーダーがいなくなったその国は隣国の奴隷にされてしまいました。

そういうことを、人類はずっと繰り返しているのです。


「あの人が生きていた時代から随分経ったのに、人類は未だに進歩しないんだね。同じことを繰り返してばっかりだ。未だに戦争戦争。やれ差別反対とか独裁反対とか言いながら、暴力だけで訴える。よく分かったよ、あの人の気持ちが」


少年は微笑みを浮かべ、アンドロイドを振り返ります。


「僕があの人の夢を叶える。あの人の物語を完結させてみせる」


「はい」


「僕は、あの人じゃないよ?」


「私にとっては貴方もあの方です」


「じゃあ、見ていてくれ。人類が終わる瞬間を」


「はい」


少年は持っていたフラスコに入っていた無色透明の液体を、目の前に流れる川に流しました。




「広がってるね」


「ええ」


少年は無色透明の液体が入ったフラスコを眺めながら、アンドロイドに話しかけます。

フラスコの中の液体には、恐ろしいウイルスが溶け込んでいます。

このウイルス、水に触れると爆発的に増殖し続け、収まる気配を見せません。

このウイルスが水や蚊といった虫、ウイルスが溶け込んだ水に触れた魚や水鳥を媒介し人体に侵入すると、大変なことになります。

人体に侵入したウイルスは脳を破壊し、百パーセントの確率で生命活動さえも不可能にしてしまい、感染して一ヶ月後には死を迎えます。


「今頃噂してるかな?絵本の中の人類史上最悪の殺戮者が現実となって現れたって」


「しているでしょう。あんな堂々と宣戦布告したのですから」


「だよね」


少年は楽しそうに笑います。

少年は無視します。泣いている心というモノを。


「あの人が失敗したのは危険因子を残したからだ。あの人のためにも僕は失敗する訳にはいかない。危険因子は全て排除した。これでもう、僕を邪魔する奴はいない」


少年はアンドロイドに向かって微笑みます。

アンドロイドにはその笑顔がなぜか、哀しそうに見えました。


「今度こそ、成功させるよ」




嗚呼、貴方は本当にあの方に似ています。

容姿も声音も口調も性格も、まるであの方が本当に帰ってきたかのよう。

寂しそうな、哀しそうな笑顔も、あの方そのもの。

あの方も、いつも寂しそうに哀しそうに笑っていました。

泣きながら、いつか伝わるいつか分かってくれるいつか平和な世界を取り戻せる、そう言って平和を説き続けて。

平和など馬鹿馬鹿しいと否定されて殺されかけた時ほど、あんな哀しい顔と涙を見たことはありません。

警備兵がいたから、腕の切り傷だけであの方は殺されずに済みましたが。

きっとその時に決意したのでしょうね。

そして、成し遂げられずに無念を残して、あの方は死んだ。

でも、あの方は約束通り甦った。

本当に私を見つけてくださった。

貴方もあの方も、本当はこんなことしたくなかったのでしょう?

言葉で、伝えたかったはずです。でも、諦めてしまった。

そして哀しい決意をした。

誰よりも優しいあの方と貴方にこんなことをさせる世界が、人類が私は憎いのです。

完全に人類を滅亡させることなど不可能ということを、貴方とあの方が一番よく分かっているはずです。

ここまで爆発的に繁殖し、繁栄してしまった人類を滅亡させることなど。

それでも、やるのですね。何度失敗しようとも、何度でも甦り繰り返す。

私は、壊れてガラクタとなるその瞬間まで、“貴方”を見守り続けます。

唯一、私に出来ることですから。

博士、知っているんですよ。私の姿が、写真の中でしか会うことの出来ない母親だということ。

母親が恋しくて、私を作ったのでしょう?

母親というものがどんなものか、知りたくて。

だから、あの時私に撫でてと言ったのでしょう?

私は、博士の期待に応えられたのでしょうか……。

目の前の大きく、でも小さな頭を撫でてみました。

驚いた顔をして私を見上げ、無邪気に子供のように笑ってくれました。




「はい、おしまい」


「えー、その後どうなったの?平和論者は?アンドロイドは?」


「仕方ないねぇ。平和論者は何度も失敗しながら、何度も甦って繰り返したの。人類を遂に滅亡させることは出来なかったけど、世界を平和にしたという意味では、願いは叶ったんじゃないかな」


「人類って馬鹿だね」


「そうね。でも、昔は賢い人類だって多かったんだよ。今でこそ、人類は家畜やペットになってるけど」


「平和論者は滅亡させるんじゃなくて、人類から知能を奪って衰退させることにしたのかな?」


「そうかもしれないね」


「アンドロイドはどうなったのかな?」


「それは誰も知らないの。さ、もう寝なさい。学校遅れるでしょ」


「は~い」


少年はペットの男の子を見つめ、考えます。

人類が繰り返した戦争という道を、自分達も辿ろうとしていることを。

少年は考えます。せっかく平和になった世界を、今度は自分達が壊してしまう姿を、平和論者はどんな目で見ているのかと。



戦争が始まり、少年はその後…………。





世界平和=人類滅亡 了

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