え?狂ってる?おかしい? おかしくなんかないですよ、普通です そうですか 私、狂ッテます?
様々ナ狂ッタ世界ヲ――
何ガ狂ッテイルノカ、ドコガ狂ッテイルノカ、判断スルノハ貴方
ドウ判断シ、解釈スルノカ御自由ニ――
シカシ、狂気トイウモノハ意外ト身近ニアルモノデスヨ?
ホラ、貴方ノ傍ニモ――
ふと思い付いた話を書いていきます。
狂った話だけではなく、ちょっと不思議な話や、切ない話も入れていこうかと。
短編集になります。
更新は気紛れ。
タイトルは最初に載せる話から。
サァ、狂ッタ世界ヲ覗イテミマショウ――
彼ラハ狂ッテイル訳デハアリマセン
ナゼナラ、彼ラハ自分ガ狂ッテルナドトハ、チットモ思ッテイマセンカラ
悪魔デ、自分ハ正常ダト信ジテイマス
イエ、彼ラハ自分ガ狂ッテイルト、考エタコトハナイデショウ
彼ラノ世界ト常識ハ、彼ラニトッテ正常ソノモノナノデスカラ
デスノデ、彼ラハ狂ッテイルトハ一概ニハ言エマセン
サァ、彼ラノ世界ヲ覗イテミマショウ
腐乱死体ノ彼女
好きだよ
君の全てが
だから思ったんだ
君のその皮膚の内側はどうなってるの?
あったかい内臓と血が詰まってるだけ?
見させてよ
君の内側を
見せろよ
あぁ、君の内側はこうなってたんだね。
とてもあったかくて綺麗だ。
鮮やかな赤――。
鮮やかな赤に、どこまでも真っ赤な血に染まった君は、とても綺麗だよ。
腹の中に手を入れる。
あったかい内臓が気持ちいい。
一度手を抜き、彼女の腹に顔を乗せて寝そべる。
ぬるっとした血の感触が気持ちいい。
君の中は、こんな風になってたんだね。
君の血に全身が包まれて、僕はすごく幸せだよ。
なんであんなに嫌がったの?
僕は君を愛してるからこそ、君の中を見たくなっただけなのに。
大丈夫だよ。腐っていって骨だけになっても、君をずっと愛してあげる。
君だけを愛してる。
いつまでそうしてただろう。
君の柔らかい内臓に触れて、君の血に全身を包まれて、とても幸せだよ。
気持ちよくてたまらない。
徐々に君の体温がなくなっていって、君の身体が硬くなっていくのが残念だけど。
これは仕方ないね。
指を舐めてみる。
じわり、と鉄の味が広がる。
そして、鉄の味に隠れるようにして、甘みがじんわりとやってくる。君の血は甘くて美味しかったんだね。
内臓も同じ味?
君を食べたい。君を食べて、僕の中に取り込んで、僕は君と本当の意味でひとつになりたい。
完全に硬くなる前に、まだ柔らかいうちに君を食べて、僕とひとつになろう。
ひとつになれば寂しくない。
ずっと君と一緒だ。
君も喜んでくれるよね。
君をどうやって食べよう?
君を全て食べたら、例え腐っていくとしても、君の体を愛でることが出来なくなる。
君とひとつになりたいけど、君の全てを愛でたいんだ。
内臓だけ食べて、身体は残して愛でてあげよう。
君も、その方がいいだろう?
その方が嬉しいだろう?
君の命を僕の中に取り込んで、僕の命とひとつになって、君は僕の中で生き続けるんだ。
残った身体も、永遠に僕の傍に置いて、永遠に愛でてあげる。
僕と君の二人だけの世界。
とても素敵だ。
さぁ、君の内臓を食べて君の命を取り込んで、ひとつになろう。
内臓を取り出す。
皮膚の表面に比べると、内臓はまだあったかい。
小腸も大腸も腎臓も肝臓も心臓も肺も、とにかく内臓全てを取り出す。
どうやって食べようか?
生でもいけるのかな?
下手に加工を加えたくない。
君本来の味を味わいたいんだ。
火を加えるだけで君の味が変わりそうで、嫌なんだ。
生で食べてしまおうか。
それが、一番いい。
まず最初に、どこから食べよう。
やっぱり、心臓かな。君の命の源。
僕の中においで。僕の中で一緒に生きよう。心臓を掴む。
君の心臓は少し小さいんだね。
愛しい君の心臓。
口の中に入れる。噛むと、血が溢れ出してくる。
溢れた血が顎を伝って、床にぽたぽたと滴る。
噛めば噛むほど血が溢れてくる。
すごく美味しいよ。
残りの部分を二口で食べる。
あぁ、君の命の源を食べたよ。
消化されて僕の血肉となって初めて、僕は君とひとつになれる。
君と一緒に生きられる。いつ、消化されるかな。
楽しみだな、残りを食べよう。
君は、すごく美味しいよ。
僕の中にも同じ物が詰まってるなんて、信じられない。
あぁ、あぁ、君を食べたよ。君の命を食べたよ。
僕の中で、僕と一緒に永遠に生きるんだ。
君だって嬉しいよね。僕にこんなに愛されて。
これからもずっとずっと、今以上に愛してあげる。
僕は、君のもの。
君は、僕のもの。
誰にも渡さない。
君は僕のものなんだ。ずっとここに閉じ込めて、離さない。
僕も、君以外の人間を愛さない。
君だけを、ずっと愛してる。
君の頬に触れる。凄く綺麗で、すべすべしてる。
血の感触のせいで、分かりづらいけど。
君の頬を舐める。
唇を重ね合わせ、少し固まった君の唇を無理矢理こじ開け、舌で君の口の中を堪能する。
唇を離す。唾液が、君の唇と僕の唇の間で、糸を引く。
あぁ、身体が昂ってきた。
君の身体で、果てるとしよう。
あれから何週間か経つ。
君の身体は徐々に腐敗してきて、ぶよぶよとしてきて、骨が見え始めた。
臭くてたまらない君の匂いに涙が止まらない。
それでも君は美しい。
それでも君を愛してる。
君の身体に触れる。骨に絡む皮が触れる度に、ぶよぶよと弾んでる。
世間は君を見て、醜いと言うだろう。でも、僕にとって君は美しい。
どんな姿になろうと、君は美しい。
ぶよぶよと弾む身体に発情してる僕を見ればみるほど、君の口を広げて腐敗臭が充満した部屋で僕の唾液を流し込んだ。
輝く腐った君の身体、僕の脳をどこまでもどこまでも刺激して離れない。
ぶよぶよと弾む君の身体は気持ちがいい。
そして、君を支えて今夜も一人果てるだけ。
楽しくて笑えない時間を過ごしたね。
今日は仕事で遅くなった。
早く帰ろう。君の身体が待つ僕の家へ。
君も、身体がある家にいる方が心地いいよね。
さぁ、家に帰ろう。
あれからまた何週間か経つ。
君の身体は肉の部分が腐敗して、ほとんど骨だけになった。
骨だけになっても君が好きだよ。君だけを愛してる。
家に着いた。
真っ先に君の身体の元に走る。君の頭を両腕で抱く。
「ただいま」
『おかえり』
耳の奥から君の声が聴こえる。
愛しい君の声。
愛してやまない君の声が。
君の頭を撫でて、キスをする。
この声も身体も、僕だけのもの。
これからもずっと一緒だよ。
絶対に君を離したりしないから。
死んでも、ずっと一緒だよ。
腐乱死体ノ彼女 了
蠱毒-自業自得-
捕まえてきたたくさん虫を、ひとつの瓶の中に入れる
空気を通すための穴を開けた蓋を、閉める
虫は瓶の中で飛び回り、出口を求めてさ迷う
あるいは、滑る瓶の底で必死に足をばたつかせる
入れてすぐなのに、蝶が蟷螂に捕まった
羽が無惨に喰われ、頭から喰われていく
明日には、何匹生き残ってるだろう
蠱毒:昆虫や蠍座、蛙などの両生類を閉じ込め食い合わせ、最後まで生き残った一匹を呪具として用いる、古代中国で頻繁に使用された呪術。
目覚ましの音で目覚める。
午前八時。いつも通り。
いつものようにトイレに行き、顔を洗い、歯を磨く。
服を着替え寝癖の酷い髪を整える。
そして、いつものように瓶の中を確かめる。
たくさんの虫を閉じ込めた瓶を。
五本、置いてある。五本全てに、虫を閉じ込めている。
一週間前に閉じ込めた瓶は、蜘蛛一匹しかいない。
羽や足の残骸が散らばっている。
また、この蜘蛛が生き残った。
女郎蜘蛛。
半年前からこの蜘蛛は生き残ってる。
いつまで、生き残るだろう。
喰われるのが先か、寿命が先か。
楽しみだ。
蜘蛛を、別の瓶に入れる。
ひとつ瓶が空いたから、また虫を捕まえてこよう。
蟷螂が、糸で動きを封じられ、喰われ始めた。
ご飯を作るために台所に立つ。
何を作ろうか。
スパゲティでいいか。
茹でて市販されてるミートソースを絡めるだけだし。
茹でる前にお湯を沸かす。
ふと床を見ると、食器棚の近くにゴキブリがいた。
普通なら気持ち悪いと思うだろうが、僕は違う。
逆に嬉しい。趣味の材料が増える。
喰い合わせるための。
まぁ、ゴキブリなんて蜘蛛にすぐ食べられるけど。
手にビニールを被せて、そぉっと近づく。
ゴキブリが逃げようと動く。
すかさず掴む。手の中でもぞもぞ動いてるのが分かる。
部屋に戻って瓶の中に入れる。
黄金蜘蛛の入った瓶に。
入れた途端、黄金蜘蛛が臨戦態勢に入る。
最近虫を入れてなかったから、さぞかし腹をすかしてたんだろうな。
このゴキブリはすぐ喰われるな。
スパゲティをミートソースと絡めながら、黄金蜘蛛がゴキブリをいつ襲うか眺める。
慎重に近づきながら、隙を狙う。
ゴキブリは狙われているのが分かっているのか、実にのほほんと動かずにいる。
スパゲティを皿に盛りつける。
その時、黄金蜘蛛がゴキブリに飛び付いた。
足で押さえつけて、糸を巻き付けていく。
捕食者が獲物に襲いかかる瞬間、これが一番たまらない。
スパゲティと瓶を机に持っていく。
座って瓶を眺めながらスパゲティを食べる。
ゴキブリが完全に身動きを封じられて、喰われ始めた。
さてっと、今日はなんの虫が見つかるかな。
虫であれば、どんな虫でもいい。
生きていれば。
僕は仕事をしていない。する必要がない。
親が大手企業の社長で、十分生活出来る額の金をくれるから。
だから楽だ。趣味にいくらでも時間を費やせる。
さて、虫を探しに行こう。
捕まえてきた虫を、虫籠から瓶に移す。
今日はカバキコマチグモとセアカゴケグモ、オオムカデ、マイマイカブリ、ミドリシジミチョウ、ヒメハナカマキリ、シロカネイソウロウグモ、ミイデラゴミムシ(屁こき虫)、他に種類の分からない蟻をたくさん捕まえてきた。
今日はたくさん採れた。
明日には、どれくらい生き残ってるだろう。
ミドリシジミチョウがヒメハナカマキリに、セアカゴケグモが蟻に喰われ始めた。
夕食を食べ終わり、風呂にも入って一息吐いた時だった。
あるひとつの瓶が空っぽになっている。
女郎蜘蛛の入った瓶。
虫は全部喰われ、足や羽の残骸しか残されていない。
「なんで……?」
なんで、いない?蓋を閉め忘れてたのか?
それはない。蓋を閉め忘れるなんてミス、僕が犯すはずがない。
じゃあ、蓋が緩んでたのか?
……それも違う。いくら蓋が緩んでたとしても、蜘蛛が蓋を開けれるはずがない。
なら、どうして。
落ち着け、僕。
焦る前に、探そう。
あれからくまなく探したけど、見つからなかった。
この部屋から既に逃げたのだろうか。
諦めるしかないか。
「……寝よ」
頭を掻きながらベッドに横になる。
夢を、見た。
ふと目を覚ます。
なぜだか、異様に暑い。
暑いといっても、蒸し暑いんじゃない。
皮膚に絡み付くように、ねっとりとした暑さがまとわりつく。
暑い。
寝返りを打とうとして、身動きが取れないことに気づいた。
なんだ、これは?
身体に何か巻きついてる。
身動きが取れないほどにしっかりと。
目を開けて身体を見る。
なんなんだ、これは?
身体が白い紐でぐるぐる巻きにされている。
まるで、蜘蛛の糸みたいだ。
蜘蛛……?
その時、足元で何かが動いた。
「………………!?」
なんだ、これ?なんだよ、これは!?
目の前に蜘蛛がいる。僕と同じ大きさくらいの蜘蛛。
女郎蜘蛛。
あの、逃げ出した女郎蜘蛛だ。
牙を打ち鳴らして、笑っている。
女郎蜘蛛が動いた。
僕の腹に、口を近づける。腹に、牙をめり込ませる。
僕を、喰う気か?
牙が皮膚を突き破り、そのまま肉を抉る。
悲鳴さえ、出ない。
女郎蜘蛛が一気に腹を喰い破る。
きっと内臓が見えてることだろう。
ぶぢゅ、ぶぢぶぢ、がぢゅぐぢゅ、という音が聴こえる。
僕の内臓を喰い荒らす音か。
意識……が……。
………………。
「――――!」
がばっと飛び起きる。急いで腹を見る。
なんとも、ない。無傷だ。
なんだ。ただの夢、か。
そりゃそうか。あんなこと現実で起こるはずがない。
人間と同じ大きさの蜘蛛が、人間を襲って喰うなんて。
でも、妙にリアルな夢だったな。
あのねっとりと絡み付く暑さといい、蜘蛛の糸のねばねばした感触といい。
何より、人間を喰うはずがない。
でも、本当にあの女郎蜘蛛どこ行ったんだろう。
顔を洗い、歯を磨く。
なんだろう。風邪でもひいたのか?
身体が異様に熱い。
喉が異様に渇いて、熱い。
お茶や水をいくら飲んでも治まらない。
腹も、異様にすいている。
何を食べても、満たされない。
なんなんだ?本当にただの風邪か?
考えても分からない。
寝たら治るだろうか。
もう一回、寝よう。
ふと、目を覚ます。
うつ伏せになって、枕に顔を埋める。
熱いのも、喉の渇きも、空腹感も治るどころか酷くなっている。
しかも、身体中痛みが走っている。
我慢出来ないほどの痛みじゃない。例えるなら、針で皮膚を少し刺されるような痛み。
この痛みが全身に走っている。
痛みの中に、異様な感覚が膨れつつある。
まるで、人間という小さな殻を内側から破ろうとするみたいだ。
さっきから、みしっ、バキバキという音が、身体の内側から聴こえる。
不思議と、痛みはない。
意識が、どんどんとおかしくなっていく。
喰いたい。
最後に僅かに残ったまともな意識の隅で、時計が見えた。
午後五時五十九分。
太陽が沈み、夜へと移り変わる、黄昏時。
さぁ、今から存分に暴れて、喰い荒らしてやろう。
時計が、六時になった。
ふと、目を醒ます。
いや、意識はずっとあったが、正常な意識を取り戻したという意味では、目を醒ましたで合ってるだろう。
僕は、何をしていたんだっけ。
口を動かして、何かを食べている。
なんとなく吐き出してみる。
なんだ、これは。
血に塗れた、臓物のようなもの。
更に、内臓を喰い荒らされた人間の死体。
手足がバラバラにされ、顔を半分喰われている。
視界の隅に鏡が写る。
鏡に、僕の姿が写る。
巨大な、女郎蜘蛛の姿が。
ああ、そうか。あれは、夢じゃなかったのか。
僕は蠱毒になった女郎蜘蛛に喰われて、蜘蛛になったのか。
とんだ末路だな。蜘蛛に喰われて蜘蛛になるなんて。
呪いを、自分で増幅させた挙げ句が、自分に跳ね返ってくるなんて。
今まで喰い合わせてきた虫達の、呪いか。
まぁ、気にすることないか。
蜘蛛になって自分を失う訳でもないようだし。
ただ、人喰い蜘蛛の本能が加わっただけだ。
目の前の肉が、うまそうに見えて仕方ない。
腕をくわえて噛み千切る。
血が溢れて、うまい。
ガタンッ、と突然音がした。
見ると、女が僕を見て、怯えている。
今喰ってるのは、この女の夫か。
見られたし、腹が減ってるからちょうどいい。
あの女も喰ってやろう。
女が逃げようとする。
その後ろから、飛びかかった。
朝日が眩しい。カーテンを閉めるのを忘れてたな。
あれから、日光が苦手になった。
だるい身体を引き摺って窓まで行き、カーテンを閉める。
欠伸をする。
昨日もよく食べた。
勿論、人間を。昨日は若い女を食べた。
若い女はいい。肉が適度に柔らかくて、うまい。
ああ、そうそう。今は人間だ。
昼は人間で、夜は蜘蛛。
日が沈んだら、蜘蛛になる。
まぁ、蜘蛛の本能だけは人間の間も残ってるけど。
虫の入った瓶を見る。
蜘蛛が一匹、生き残ってる。
いい具合に熟成されてる。
あぁ……うまそうだな。
蓋を開け、蜘蛛を捕まえる。じたばたと暴れる。
構わずに口に入れ、噛み砕く。
未だに虫を食い合わせてるんだ。
僕が喰らうために。
最後まで生き残った蟲は、人間に次ぐ僕の食糧になる。
他の瓶を見ると、虫達が僕に怯えてる。
くすっと笑う。
次に食糧になるのはどの虫かな?
もう少しで日没だ。身体が痛み出した。
目の前には人間。
毎日食糧を捕まえるのは面倒だから、昨日捕まえてきた。
男で、高校生。
糸で身動き出来ないようにしてある。
目も口も、糸で縛ってある。
目の糸をずらす。僕の姿が見えるように。
蜘蛛に姿を変える僕が、見えるように。
あぁ、怯えた目をしてる。
今から、骨も残らず喰ってやるよ。
背中を、蜘蛛の足が突き破る感覚がした。
ねぇねぇ、人喰い蜘蛛の噂、知ってる?
え?知らないの?今この噂、流行ってるんだよ
内容はね、昼は普通の人間なんだけど、夜になるとね、女郎蜘蛛に変身して人を食べるんだって
襲われて、中途半端に食べられた場合は同じ人喰い蜘蛛になっちゃうらしいよ
例えば内臓だけ食べられて、そのまま放置されるとか
怖いよね~
そうそう、学校の向かいのマンションに住んでるあのいや~な女や、行方不明になった三組の男子とか、人喰い蜘蛛に食べられたんじゃないかって噂だよ
あ、そろそろ夜になるね
どうしたのって、私ね、その人喰い蜘蛛に襲われたんだ
だからね、今から蜘蛛になっちゃうの
今日のご飯はね、君にする
大丈夫、私のようにならないように、全部食べてあげるから
蠱毒-自業自得- 了
鉄槌-被害妄想-
私の目には、一人の人間しか写らない
その人間は黒いスーツに身を包み、私の目の前に静かに鎮座する
私の後ろにいる大勢の人間が、黒いスーツに身を包んだ男の言葉を待つ
そして、私にも多くの視線が浴びせられる。
他人の視線など、どうでもいい
私が関心を注ぐのは、スーツに身を包んだ男のみ
なぜだ、なぜだ
なぜ私だけが罪に問われなければならない?
罪に問われるべきは、妻の方だろう
目の前に鎮座する裁判長は、今日私に判決を下す
私は妻を殺した。
勿論、理由があって殺したのだ。
妻が私を殺そうとしたから。
なのに、なぜ、私が加害者で妻が被害者になっている?
被害者は私で、加害者は妻だろう!
最近、妻の料理の味が変わってきた。
前は、とても美味しかったのに。
最近は塩辛すぎたり甘すぎたり、味が濃くなった。
今日の料理も、塩辛い。
この年になると、ここまで塩辛いと堪える。
塩辛いものを食べすぎると動脈硬化を引き起こすというが、本当だろうか?
動脈硬化が引き金となって、心筋梗塞や脳梗塞に繋がるというが。
まさか、妻はそれを狙っている訳ではないだろうな?
最近、味覚がおかしい。
今までの味付けじゃ味が薄くて、物足りなくて更に調味料を加えることが多くなった。
そのせいか、夫が料理を残すことが多くなった。
やっぱり、味が濃すぎるのかしら?
私はちょうどいいと思うのだけど。
やっぱり、私の味覚がおかしいのかしら。
夫が残した料理を食べてみる。
とても、塩辛かった。
こんなものを夫に出してたなんて。
でも、どうして?さっきまでは塩辛いと感じなかったのに。
まさか、病気かしら?
さっきまでは味覚異常が起きていたけど、今は正常に戻って塩辛く感じたとか。
本当にそうだったら大変だわ。
…………病院に行った方がいいかしら……。
今日の料理も塩辛い。
最近、更に濃くなってきた。
こんなに濃い料理を出すなど、味覚がおかしくなったのか?
それとも、私を本当に心筋梗塞や脳梗塞を引き起こさせて、殺すつもりか?
私だけこんな辛い料理を食べさせて、自分はちゃんと味つけされた料理を食べているのか?
料理もだが、風呂の温度も最近高くなってきた。
風呂の温度が高いと血圧が上がり、心筋梗塞や脳梗塞共に引き起こしやすくなるという話だ。
肩まで湯に浸かる。
やはり熱い。
お前は私を殺すつもりなのか?
そうはいかない。
簡単に殺されてたまるか。
殺される前に、殺してやる。
不安に駆られながら料理を作る。
やっぱり薄く感じて物足りなく感じる。
でも、濃いかもしれないから、ここで調味料を足すのはやめておいた方がいいわね。
これ以上濃くしたら、あの人また残しちゃう。
今日は残さないで食べてくれるかしら。
後ろで音がして、振り向くとあの人が怖い顔をして立っていた。
「あなた、どうしたの?そんな顔をして」
そう言うと、あの人は更に怖い形相を浮かべた。
「どうしたのだと?それはお前が一番よく分かってるだろう?」
あの人が何を言ってるのか分からない。
近づいてくると、私を押し倒して首を絞めてきた。
「お前が私を殺そうとするのが悪いんだ。殺される前に殺してやる」
何を言ってるの?私はあなたを殺そうなんて考えたことないのに。
どうしてそんなこと言うの?
こんなことするの?
私が悪いのなら謝るわ。
お願いだからこの手を離して!
「はぁはぁ……」
動かなくなった妻を眺める。
最後まで何か言おうとしていたが、所詮言い訳だろう。
最後まで謝ろうとしなかったな。
長年連れ添ったが、不思議と未練はない。
殺したという事実に、動揺も混乱もない。
ふと、気付く。
妻の死体をどう処理したらいい?
このままにしておいたら、確実に腐敗臭で周りに気づかれる。
かといって、処理出来る場所が近くにない。
車で山に埋めに行くか。
妻の死体を外に運ぼうと抱えた時、
「お父さん……?」
娘が、唖然とした様子で立っていた。
しばらくの間、私も娘も唖然としたまま動けずにいる。
先に動いたのは娘だ。はっとしたような表情をすると、私を哀しげに見つめ、この場から逃げるように走って行った。
きっと、娘は警察に通報するだろうな。
まぁ、仕方ないことだ。
通報されようと別に構わない。
私がしたことは正当防衛だ。
三十分ほどして、警察が来た。
私に殺人容疑で手錠をかける。
そして、今に至る。
裁判長が今まさに、判決を読み上げようとしている。
「主文。被告、朝田 雄彦を懲役七年の刑に処する」
…………なんだと?懲役七年だと?
あれだけ妻が私を殺そうと言ったではないか!
裁判長がまだ何か言ってるが、私の耳には一切入ってこない。
七年。七年もこんな場所で、人生を無駄にするのか。
あれから数日経つ。
今、面会室で検察官を目の前に座っている。
検察官が今更なんの用だ。
「奥さんのことで、お話したいことがあります」
今更、何を話すことがある?
検察官がMRIで撮ったと思われる、脳の画像を見せてきた。
誰の脳だ?影になって見えるのは、脳腫瘍か?
「これは奥さんの脳のMRI画像です。奥さんは末期の脳腫瘍だと判明しました。あなたは、奥さんが心筋梗塞を狙って、わざと塩辛い料理を出したりしたと仰いましたね?脳腫瘍は場所によって味覚異常、感覚異常を引き起こすんです」
つまり、妻は脳腫瘍のせいで味覚が麻痺して、料理が塩辛くなったというのか?
妻は私を殺すつもりなど、なかったというのか?
全て、私の妄想だというのか?
「娘さんが仰っていました。母が味が分からなくなってどうしたらいいか分からない、と電話があったと。言いたくありませんが、全てあなた一人の勘違いだったと言えます」
そんな、そんな。私は勘違いで妻を殺したというのか?
今頃になって、なぜ。
ささやかな、妻からの鉄槌か。
鉄槌-被害妄想- 了
※脳腫瘍の症状は勝手な想像です
人喰い桜
人喰い桜と密かに噂される桜がある
樹齢五百年らしい
その桜は毎年、未だに美しい花を咲かせる
その桜が人喰い桜と噂されるのは、花見に訪れた人が行方不明になるから
その桜の近くを通ると、桜に喰われ神隠しに合うと
悪魔で、噂。あれを見たことがない人達にとっては
私は見たことがある
桜が、友人を喰らうところを
桜に触れた友人が、桜の枝に全身を絡めとられ、血を吸われ干からび、最後に身体を引き裂かれ、幹の中に取り込まれていったところを
私は、ただ震えながら見ていることしか出来なかった
風が俺の身体の一部とも言える、花を散らしていく。
仕方ないことだ。そういう運命だから。
人間がカッコつけて、散りゆく運命だからこそ美しい。春にしか咲かないからこそ風情があり美しいのだ、と言ったのを思い出す。
人間のそういう感覚は俺には分からない。
俺はただ季節が来たから、花を咲かすだけだから。
花を咲かすには勿論、養分がいる。
他の桜は普通に雨水や土の栄養を養分にするみたいだが、俺は違う。
枯れないために雨水は吸うが、養分にはならない。
俺の養分は、人間の血肉。
のこのこと俺に近づいてきた人間を捕まえ、骨も残らず喰らう。
だから、この季節は好きだ。人間を捕まえやすいから。
花見といって人間が集まってくる。
今まさに、人間が近づいてきた。
馬鹿な人間が。わざわざ喰われに来た。
三十代くらいの、背の高い男。
人間は本当に馬鹿だ。花さえ咲かしていれば、自分から寄って来てくれるんだからな。
今は昼だから、ゆっくりは喰えないけど。
さてっと、他の人間は見てないな。
皆酒に酔って寝てるか、話に夢中だ。
今の内にいただくとするか。
触手を何本も伸ばして、男を捕まえて身動きが出来ないようにする。
それでも抵抗してくるけど。
助けを求められたら困るから、口の中に触手を入れて塞ぐ。
触手を皮膚に突き刺し、先端から根を伸ばして男の身体の隅々まで根を張る。
さて、いただきます。
張り巡らせた根から、血を一気に吸い上げる。
男は悲鳴を上げる間もなく、木乃伊のように干からびる。
引き裂く時に肉が飛び散らないように、更に根をびっしりと張り巡らせる。
引き裂く前に骨にも根を張り巡らせて、中身を脆くする。
準備は整った。
触手を戻しながら、ぶちぶちと引き裂く。
干からびた肉は実に引き裂きやすい。
幹を人間でいう口のように開いて、引き裂いた肉を取り込む。
人間に見られてはいけないから、人間が視認出来ない速さで喰らった。
夜ならもう少しゆっくり喰えるんだけどな。
とりあえず、ごちそうさま。
目を覚ましたら夜だった。よく寝た。
久しぶりに人間を喰って腹を満たせたし、余計かな。
本来は三ヶ月に一回喰えば充分だけど、養分を蓄えておいて損はない。
機会があれば喰う。
例えば今のように、俺にふざけて触ってきたりした時とかに。
たまにいるんだよな。こういう人間。
若い男が二人、酔っているのか笑いながら俺に触ってくる。
枝を掴んできた。おいおい、マジでやめろよ。折れやすいんだぞ。
折れたら痛いんだぞ。
揺らすなって!みしって不吉な音したぞ!
俺を怒らせるなよ。折らずにいたら帰してやる。
折ったら、痛みを与えながら喰ってやる。
もう一人の男が家に持って帰って飾ろうぜ、とかふざけたこと言いやがった。
そして見事に俺の身体をぼっきり。
ぐぁぁぁ……。マジで痛いんだけど……。きっと人間に例えたら骨を折ったのと同じくらい痛いんだけど!
くそ……この二人死刑決定だな。
折られた傷口に、樹液を分泌させて保護する。
桜は元々感染症などに弱い。
俺は感染したとしても、あまり強くない病原菌なら耐えられる。
逆にいうと、強い病原菌にはひとたまりもないんだけどな。
ちっ、本当こいつら……。今から喰って養分にしてやる。
帰ろうとする二人の背後から、触手を伸ばして捕まえる。
暴れるわ叫ぶわでイライラしてくる。ああもう、おとなしくしろよ。
誰かに聴かれたらマズイな。声を聴きつけて来られたら困る。
触手を口に入れて塞ぐ。さーて、どうやって喰ってやるかな。
いつもなら痛みを感じさせる前に根を伸ばして喰ってるけど、今は誰もいないしこの時間は誰も通らない。
ゆっくりと根を張って、身体を喰われていく恐怖と痛みを、味わわせてやろう。
人間の恐怖と苦痛が混じった悲鳴……ぞくぞくするじゃないか。
触手をわざと、背中に這わせてやる。
ただ這わせただけなのに、悲鳴を上げる。
触手で口を塞いでるから、くぐもった悲鳴にしかならないけどな。
さぁて、喰うか。
触手を背骨に宛がい、ゆっくりと先端を皮膚に潜り込ませる。
聴いたことがある。人間の痛みを感じる神経は五ミリ間隔で点在していて、五ミリ以下の針なら痛みを感じないとか。
五ミリ以下の針が存在するのか知らねぇけど。
まぁ、どっちにしろ俺の触手は太いから痛いだろうな。
根を伸ばす。ゆっくりと。
ゆっくりゆっくりと伸ばして、肉をぶちぶちと喰い破る。
ぶつぶつぶつぶつと、肉を侵食していく。
あはは、いい気分だ……。
そ~だ、もっと恐怖を味わわせてやろっと。
うん。これはいい。きっと怖いぞ~。
根を肺に集中させる。酸素を取り込めないように、肺胞だったっけ?酸素を取り込む器官を塞ぐ。
その後、気管支を破って喉を塞ぐ。
これで、呼吸は出来なくなった。
窒息死するかもしれない恐怖もすごいだろうなぁ。
そのままぶちぶちと侵食していって、眼球を食い潰していく。
眼球に根を徐々に張っていき、徐々に視力を奪っていく。
怖いか?怖いだろうなぁ。
俺はいい気分だよ。
でも飽きてきた。そろそろ喰うか。
血を残らず吸いとって、身体を引き裂いて、幹の中に取り込む。
はぁ~、喰った喰った。
ざっと、足音がした。
なんだ……?女が悲しみと恨みを込めた視線を俺に向けてくる。
女が手に何か持ってる。ポリタンクってやつか?
桜を見つめる。六年前の今日、友人を喰らった憎い桜を。
今、二人の男を喰らった桜を。
数日前、久しぶりにこの桜を見に来た。
その時にも、人を食べてた。
その時に決心した。この桜を燃やそうって。
もしかしたら、私は桜に食べられるかもしれない。
でも、これ以上、私みたいな思いをする人を増やさないために燃やそう。
ポリタンクの中身を、桜に浴びせる。
中身は勿論、ガソリン。
桜がざわめきだした。怒ってるんだ。早くしないと。
マッチを取り出して、桜の枝が私に巻きついてきた。
身体のあちこちに痛みが走る。これから、血を吸われるんだ……。
震える手でマッチを摩る。
やった。火が着いた。それを、幹の近くに落とす。
ガソリンに引火した火が、瞬く間に桜を包み込んでいく。
食べられるとしても、この桜を道連れに出来たから、よかった。
そこで、意識が途絶る。
ざわざわと、周りが騒がしい。うるさいなぁ。
まぁいいか。久しぶりに聴く騒々しい人間の声だ。
ふぅ……やっと周りの状況を認識出来るようになるまで成長出来たよ。
あれから何日経ったんだろうな。まぁ、何日経ってたとしても問題はない。
しっかしあの女、酷いことしてくれたよ。
まさか燃やされるとは思わなかった。
せめてもの腹いせに喰って、種子を作るための養分にしてやったけど。
全くギリギリだったよ。燃え尽きる前に種子を残せてよかった。
元の大きさに戻るまで、一年くらいはかかるな。
はぁ……それにしても成長することだけに集中してたから、腹減ったな。
鳥が目の前に下りてきた。
まぁいいか、鳥でも。贅沢は言えない。
鳥を触手を伸ばして捕まえて、血を吸い取る。
う~ん、やっぱ足りないなぁ。
やっぱ喰うなら人間に限るか。
携帯とかいうのを見ながら歩いてた女を、捕まえた。
人喰い桜 了
束縛-彼女ノ全テハ俺ノモノ-
「あ、あったぁ……。彼女の髪の毛……」
彼女の髪の毛を見つけて、うっとりとした笑みを浮かべる
愛しい愛しい、愛しくてたまらない彼女の髪の毛
引き出しを開けて、中に入れてあった彼女の髪の毛を集めた袋の中に入れる
髪の毛の他にも、爪や鼻水をかんだティッシュとかを入れてある
君ノ全テハ俺ノモノ……
誰にも渡さない
君には、俺だけなんだよ……
最近、彼がおかしい。
私のことを、ねっとりとした瞳で見てくる。
異様に興奮していて、私をがんじがらめに縛ろうとする瞳。
メールや電話が、一日に何十通もくる。
そのほとんどが〈今どこにいるの?〉〈誰かと会ってるの?〉〈まさか、男じゃないよね?〉といった内容。
正直、嫌になる。
こんな人じゃなかったのに。
私をそれだけ愛してくれているのかもしれない。でも、ここまで束縛や嫉妬が激しいと……。
そして、昨日、彼の机の引き出しから私の物と思われる髪の毛や爪を見つけた。
こんなものを集めてたなんて……。
彼が、怖い。
もう、駄目かもしれない……。
出ない。
出ない。
出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない出ない。
なんで、出てくれないの?
こんなに、電話もメールもしてるのに。
他の誰かと一緒にいるの?
他の誰かと楽しんでるの?
一番、君と一緒にいたいと思ってるのは、俺なのに。
君を一番愛してるのは俺なのに。
なんで出ないんだよ!
俺より誰かといる方が楽しいのか!?
俺より誰かと一緒にいたいのか!?
お前は俺を愛してないのか!?
他に男でも出来たのか?
違うよね?君には俺だけだよね?他に男なんていないよね?
信じてるよ?
俺を裏切ったりしてないよね?
信じてるよ?
また、彼から電話がきた。
出たくないから、放置。無視。
彼とは会ってない。いくら電話やメールがきても、無視してる。
出たら、まくし立てるに決まってるから。
なんで出てくれないの?俺が大切じゃないの?俺より誰かといる方がいいの?
本当、うざい。
一方的にまくし立てるだけで、私の言うことなんか聴きもしないで。
私はあんたみたいに束縛する奴は嫌いなの。
最初はかっこよかったし、いろいろ奢ってくれるから付き合い始めたけど、束縛されるのも嫌いだし、飽きた。
あんたとはこれっきり。
メールに〈もう会わない。バイバイ〉
送信。着信拒否。
最初からこうしてればよかった。
「また、メール?この前言ってたストーカー?」
目の前でパスタを頬張る彼が、心配そうに訊いてくる。
「そう。ストーカーって怖いよねぇ。どこで電話番号とかメアドとか分かるんだろ?」
彼女にいくら電話してもメールしても、出ない。
今までこんなことなかったのに。
なんで、出てくれないの?
俺には、君しかいないのに。
君にはたくさんの人間がいるの?
だから、俺には飽きたの?
ねぇ、俺に悪い部分があるなら言ってよ。直すから。
君のために精一杯直すから。
ねぇ、何がいけないの?
髪や爪を集めること?たくさん電話やメールすること?
全部君を愛してるからなのに。でも、君が嫌だっていうんなら直すから、だから電話に出てよ。
君の声を聴かせてよ。
君と一緒にいたいだけなんだ。
君のためならなんでもする。だから、お願いだから電話に出て。
いきなりバイブが鳴った。
彼女からだ。急いでメールを開く。
そこには、〈もう会わない。バイバイ〉
一瞬、理解出来なかった。
会わない……会わない?バイバイ……バイバイ?
それは、つまり……
嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
嫌だ、彼女と別れるなんて嫌だ。
なんで、そんな、突然。
暗くなりつつある空の中を、携帯だけ持って飛び出した。
「帰ってよ」
信じらんない。なんなのこいつ。
もう会わないってメールしたじゃない。
帰り道に待ち伏せして、気持ち悪い。
ストーカー?
必死に何か言ってくるけど、聴く気がないから脳まで届かない。
階段を上る。
「ねぇお願いだよ!別れるなんて言わないでよ!」
無視して歩いてるけど、しつこく食い下がってくる。
腕を掴まれた。
「うるさい!」
腕を無理矢理引き離す。
彼がバランスを崩したのが見えた。
ここは、階段。
彼が、スローモーションで落ちていく。
彼は、笑ってる。
落ちていってるのに。
『愛してる』と、笑顔で言った。
彼女に腕を振り払われ、バランスを崩す。
普通ならこんなことでバランスを崩すようなことはないけど、階段なのがいけなかった。
バランスを崩して、後ろに倒れる。
落ちる先は、固い地面。打ち所が悪かったら、死ぬ。
彼女が、俺を見た。
落ちていく俺を、信じられないような目で。
ああ、やっと俺を見たね。
嬉しいよ。どんな形であれ俺を見てくれて。
ああ、考えようによっては、これでよかったのかもしれない。
ちゃんとその目に焼き付けといてよ。
落ちていく俺を。
君のせいで死ぬかもしれない俺の姿を。
死ぬか死なないか、それは別にして、俺を死の縁に追いやった。
その罪悪感で俺は、君を縛りつける。
君のことだ。そういうものは忘れられないだろう?
身体に、衝撃が走った。
「……ぅ…」
呻き声を上げる。全身が痛みを訴えてる。
どうやら、なんとか生きてるらしい。
彼女が、俺の様子を窺う。
徐々に意識が薄れていく。
彼女が、なぜか走って行った。
「大丈夫ですか!?今救急車呼びますから!」
ああ、誰かに見られたから、逃げたのか。
瞼が下がってくる。
意識を、手放した。
あの日から何日か経った。
今日は彼女が来る日。楽しみだなぁ。彼女に会える。
あ、来た来た。ぎこちない笑顔してるなぁ。ほら、笑ってよ。
俺があのこと怒ってると思ってる?
怒ってないよ。結果的には君は俺のところに戻ってきたんだから。
不可抗力とはいえ、その場から逃げ出し通報された彼女は罪に問われる。
訴えるかどうかは俺次第。
まぁ、訴えなかった訳だけど。
彼女は訴えられたくないから、俺の傍にいる。
彼女に俺に対しての愛情なんてない。
でも、それでいい。
彼女が、俺の傍にいてくれるなら。
俺は、一方的な愛をぶつけるだけ。
君は、俺の一方的な愛を苦しみながら受け止めるんだろうね。
でも、君は俺を裏切ったんだ。
それくらい受け止めていいだろう?
次はないよ。
次があったらその時はーー
束縛-彼女ノ全テハ俺ノモノ- 了
第零話
ちょっとした作者の遊び心さ
ほら、次々と新しい“人格”が出てくるもんだからさ
やぁやぁ、会えて嬉しいよ。
うん?私は何かって?作者の頭の中の住人だよ。
そう考えたら作者の頭の中には、随分住人が住み着いてると思わないか?
住人の私がなぜ出てきてるのかって?
作者が寝てるからだよ。寝てる間に、こっそり出てきてるんだよ。
どうでもいいが、作者コカ・コーラゼロをこよなく愛しててね、凄まじい勢いで消費するのだよ。
将来骨が脆くならないか心配だよ。
後、いつ恋愛するのかね。
話が逸れたな。
君はこの話を見てどう感じた?
作者は狂った愛、狂人をテーマに書いてるようだが。
そうでない話もあるがね。
これを見て『面白い』『下らない』『作者の頭は大丈夫か?』、どう感じるか君次第。
中には刺激が強すぎて読めなかったという人もいるようだ。
この話達の住人達が狂っているのかいないのか、決めるのは読み手。
答えは己の中だけだ。
そう考えたら、狂っているのか決めつけるなんて馬鹿馬鹿しいと思わないか?
大衆が狂っていると判断するのなら、それは狂っているのだろう。
しかし、本人は『狂っていない』『普通』だと判断する。
そもそも『狂っている』などと考えたことなどないのだから、判断も糞もないんだがな。
何事も、答えは己の中のみさ。
他人の価値観などアテにならない。
ここでひとつ、君に質問だ。
君の大切な人が誘拐されたとする。
君は助けに向かう。
しかし、ここで問題が起きた。
誘拐された人間がまだ十人存在する。
大切な人を助ければ十人は死ぬ。
十人を助ければ大切な人が死ぬ。
君はどちらを犠牲にする?
勿論、どちらも選ばないという選択もある。
どちらも見殺しにするという選択肢もね。
どれを選んでも、傷は残る。
大切な人のために十人の人生を犠牲にするのか、見ず知らずの十人の人生のために大切な人を犠牲にするのか、それともどちらも犠牲にするのか、それだけの違いだ。
ああ、今すぐ決めなくていい。
次に会う時までに決めてくれ。
では、私は還るよ。
君がどの苦痛を選ぶのか、楽しみにしているよ。
くねくね
仕事で遅くなってしまい、急いで家路を急ぐ
信号待ちをしている時だった
反対側の道路から、白い服を着た妙な動きをしている男が、こちらに近づいてくる
くねくねと、狂ったように踊っている
信号が赤から青に変わる
そちらに気を取られて、男から目を離す
再び視線を戻した時、男は消えていた
今日もいつもの帰路につく。
そのいつもの光景の中の、異常。
今日も、白い服を着た男が、くねくねと狂ったように踊っている。
あれから毎日、くねくねと踊る男を見るようになった。
奇妙なのはそれだけじゃない。
あの男は、私にしか見えないようだ。
あんな男、普通ならかなり目立つ。
しかし、誰も気にとめない。
誰もあの男に気づいていない。
私にだけ見える、くねくねと踊る奇妙な男。
今日もまた、信号が青に変わり、ふっと消える。
家に着く。誰もいない、私だけの空間。
一人は好きだ。他人といると、どうしても警戒心が働く。
一人だと警戒しなくて済むから、一人は好きだ。
さて……ご飯を食べて風呂に入って、さっさと寝よう。
『鬼サンコチラ、手ノ鳴ル方ヘ……』
歌が、聴こえる。
あの、白い服を着た、くねくねと踊る男が、踊りながら歌っている。
『次ノ鬼ハオ前。サッサトオレヲ見ツケロヨ』
男が、近づいてくる。
『オ前ハオレヲ知ッテルンダ。早ク思イ出セ』
近づいてくる。
『早ク、早ク思イ出セ。オレヲ解放シロ』
知らない。私はお前など知らない。
『ソンナハズハナイ。オ前ハオレヲ知ッテイル。早ク思イ出セ。オレノ正体ヲ見抜ケ』
知らない知らない知らない知らない!
早く覚めろ!夢よ早く覚めろ!
『チッ……次ノ鬼ハオ前ダト決マッテル。逃ゲラレナイ。オレハ逃ゲラレナカッタ。決マッテルコトダ。オ前ガオレノ正体ヲ見抜イタラ、“交代”ダ』
男が、遠ざかっていく。
目を覚まし、ばっと起き上がる。
「はぁ……はぁ……」
なんだったんだ、あの夢は。私があの男を知っている?あんな男会ったことなどない。
短いボサボサの髪。吊り目。気の強そうな顔つき。
私が知っているだと?
…………何を真剣に考えているのだろう?
ただの夢じゃないか。
そう、ただの夢。ただの悪夢。
疲れていただけだ。そうに決まってる。
…………本当に?
それから毎日、あの夢を見るようになった。
毎日毎日、早ク思イ出セ早クオレノ正体ヲ見抜ケ、と囁いてくる。
毎日見る度に、徐々に私に近づいてきているのは気のせいだろうか。
今日も私に囁いてくる。
モウスグダ。チャント思イ出セヨ。チャント捕マエテヤルカラ。
今日は休日。何もせずに一日家で過ごそうか。
あの夢が、私を苛んで仕方ない。
なんなんだ、毎日毎日。
今日、遂に、男が目の前にやってきた。
目の前にやってきて、私の頬に触りこう言うのだ。
サァ、準備ハイイカ?
家にいようと思ったが、じっとしているとあの夢のことを考えてしまう。
だから外に出てみた。少しは気分が晴れるかと思ったが、あまり効果はない。
何をしても気分が晴れない。
きっとあの夢を見なくなるまで、気分が晴れることはないのだろう。
目の前を自転車に乗った高校生が横切った。
なんとなく目で追う。信号は青。そこに、
信号無視の車が――
駄目だ、駄目だ。思い出すな――。
思い出してしまったら、あいつがやってくる。
どうして忘れていたのだろう。どうして忘れることが出来たのだろう。
そうだ、私は“あの時”信号無視をした車に跳ねられたのだ。
あの男は私を跳ねた男――。
本来なら“あの時”、私が次の“鬼”だったのだ。
しかし、損傷した肉体では、“交代”しても意味がない。
だから、仕方なく私を跳ねた男と“交代”したのだ――。
思い出してしまった。あの男が誰なのか、分かってしまった。
ヤァット思イ出シタカ、サァ、“交代”ダ。オ前ノ人生、モラッテヤルヨ
“声”と共に白が広がる。
私の頬に触れてくる。
アア……次ナル“私”ヲ探サネバ……
くねくね 了
自殺桜
人喰い桜という噂と共に、自殺桜という噂が存在する
その桜の木の根元で毎年、必ず自殺が起きるのだ
しかし、自殺者は――
今年も、桜が美しくも儚い花を開かせ、散っていく――
心地よい風が吹いた。花びらを数枚、散らしていく。
人間が花見というものを楽しそうにやっているのを、私は上から眺める。
人間から人喰い桜と呼ばれている、私と同じように意思を持っている桜が人間を喰らうのを、見て見ぬ振りをする。
私は人間が好きだ。だから、人間が喰われるのは哀しい。
けれど、彼は人間を喰わなければ生きられない。
あくまで生きるため。だから、彼を咎めるのは筋違いだ。
意思を持った桜は、この近辺では私と彼だけになった。
昔は、沢山いたのに。
人間が、刈り取っていったから。
若い桜には意思はまだ宿らない。
意思が宿るほど生きる前に、死んでしまうから。
あれは何十年前のことだったか、はっきりと覚えてない。
人は、あの日の夜のことを大空襲と呼んでいる。
あの日、空から降ってきた銀色の塊によって、私の仲間も、長年見守ってきた愛する街も、愛する人々も、全てが焼き尽くされた。
私と彼だけが、枝も幹も傷ついたけれども、かろうじて生き延びた。
他の仲間は生き延びたとしても傷が酷すぎて、一年もしない内に死んでしまった。
仲間が死んでいくのを見るのは、とても辛い。
でも、一番辛かったのはある少女の死。
毎日のように私の根元に座り、本を読むのが日課だった少女。
あの日、少女は焼け爛れた身体を引き摺って、必死で私の根元までやってきた。
私を見て、安心したように笑ったあの子は、いつものように根元に座り、笑ったまま眠るように死んだ。
私には、どうすることも出来なかった。
ただ、見ていることしか出来なかった。
あれほど悔しかったことはない。
思えば、私が自殺桜と呼ばれるようになったのは、このことがきっかけかもしれない。
日が沈んできた。必然的に人通りが少なくなる。
夜は好きだ。静かだから。
満月の光が私を照らす。
だがこの季節の夜は、特に満月の夜は、私にとって憂鬱な夜だ。
いつ来るか分からないから。
本来なら季節が来たから花を咲かせ、ただ散っていくだけなのだ。
嗚呼……今宵も来た。
この世に別れを告げに来た者が。
血塗れの刃物を持ち、腕から大量の出血をしている。
そんな苦痛を伴う状態で私を見上げ、穏やかな顔で笑う。
まるであの子のように。
私の根元に座り、ただ死ぬのを待つ男。
なぜ、たくさんいる桜の中で私なのだろう。
私に意思があることを知っているのか。
私は人ではない。だから、自ら望んで命を捨てる心は分からない。
理解出来ない。
命は、生きようと輝き燃やしているのに。
人は、傲慢だ。
それでも、私にも悲しむ心はある。
目の前の命が少しずつ失われていくのを、感じなければならないのは辛い。
先端の小さな枝を、男の腹に落とす。
せめて、安らかに逝けるように。
今年も、桜の根元で自殺者が発見された。
身元に繋がる物は持っておらず、今の時点ではどこの誰かは分からない。
毎年桜が舞う季節、必ず現れる自殺者。
実に穏やかな笑みを浮かべている。
自殺者の身体に必ず置いてある、桜の枝。
綺麗に咲いた花が一輪、ついている。
自殺者はこの桜の下で何を思って死ぬのだろう。
この桜の根元で死んだ自殺者だけは、穏やかな笑顔を浮かべているのが不思議でならない。
立ち去ろうとした時だった。
桜の傍で、微笑んでいる少女が見えた気がした。
振り返った時には見えなくなったが。
気のせいか。
自殺桜 了
あやつり人形-頑張レ-
点数の下がったテストを眺める
これを見せたらなんて言うだろうな……
どうしてこんな点数しか取れないんだ?
次はもっと頑張れ?
そして殴る?
俺は十分頑張ってるのに
これ以上どう頑張れっていうんだよ?
頑張れ頑張れって言うだけで
なんだか、疲れてきたんだ……
あんた達のあやつり人形を演じ続けるのは
バチンッ、とまさにいい音を立てて頬を張り飛ばされる。
本当……このパターンばっかだな。
殴って、怒鳴ればどうにかなると思って。
視線をキッチンにやると、母親が俺に目もくれず料理をしている。
「なんだこの点数は!お前の努力が足りないから、こんな点数しか取れないんだ!お前は私の息子だぞ!私に恥をかかせるな!」
なんだよ。あんたの息子だからって。
あんたの息子だからって、俺はお前のお飾りか?
俺はあんた達の道具か?
進むべき道すら決められて。
あんた達が満足するためだけに、生きているようなもんだ。
俺の言葉を聴いたくれたことがあったか?
俺の夢を聴いてくれたことがあったか?
俺が医者は嫌だって言ったら、容赦なく殴ってきて趣味で描いてた絵を破って馬鹿にしたよな。
こんな物に時間を裂くくらいなら、勉強しろ。
あんたは俺の夢を馬鹿にしたんだ。
医者なんて絶対に嫌だ。
俺は俺だ。
俺は俺の夢に生きてやる。
教師に呼び出された。
最近成績が落ちてきているぞ。今のままじゃああの大学は無理だぞ。
だから? だから?
別に行きたくもない大学なんて、行けなくていいし。
成績成績ってうるさい。
成績だけが全てみたいな言い方しやがって。
親も、お前も。
俺の気持ちも知らねぇで。
今まで嫌って言うほど頑張ってきたじゃねぇか。
頑張れ頑張れって、頑張る方法教える訳じゃない。
ただ頑張れって、俺を縛る言葉を吐くだけで。
もう限界なんだよ。俺はこれ以上伸びないんだよ。
いくら頑張ってもこれ以上伸びれないんだよ。
分かれよ。分かってくれよ。
あ~……もう、今日塾サボってやろうかな。
まぁ……サボったらまた殴るんだろうな。
それでもいいや。勉強なんてしたくない。
いっそ不登校になってやろうかな。
本当なら塾のはずの時間に、帰ってやった。
「亮……?塾のはずでしょ?」
あはは、間抜け面。傑作。
寝よ。
「ちょっと待ちなさい!塾はって聴いてるでしょ!」
腕を掴んできたから振り払う。
「うっせぇなっ!行きたくなかったから行かなかったんだよ!塾とか勉強とかうっせぇんだよ!てめぇらなんか大っ嫌いだ!」
そう言ったら、マジで唖然とした顔。俺が今までこんな風に言ったことなかったもんなぁ。
無視して部屋に戻る。
バンッと扉を勢いよく閉める。
母親が開けなさいって扉を叩いたり、ガチャガチャと開けようとするけど、無駄に決まってんじゃん。
うるさくて枕を扉に向かって投げる。
当たった瞬間だけ静かになった。
うっさいなぁ……ホント。
なんでお前らが喜ぶためだけに、頑張んなきゃなんない訳?
あんたらなんかいなくなればいいのに。
布団を被って目を瞑る。
「おい!ここを開けろ!亮!」
いつの間にか寝てたのか。
あいつの声を聴くだけでイライラする。
「塾も行かずに何やってるんだお前は!私に恥をかかせる気か!?」
うるさい……うるさい!
なんだよ恥恥恥って!
「うるさい!俺に構うなよ!どうせ俺のことなんか心配してないんだろ!心配なのは自分の体裁だけだろ!もうほっといてくれよ!お前らなんかいなくなればいいんだ!」
静かになった。
時計の秒針を、なんとなく眺める。
カチカチと、狂いなく刻まれる一秒一秒。
無意味に過ごしてても、時間だけは過ぎるんだな。
本棚を眺める。教材の詰まった、本棚。
勉強勉強と言われて、増えた教材。
親に勉強勉強と言われるがままに、勉強し続けた無駄な時間。
全部、燃えて灰になって消えたらいいのに。
燃やしてやろうか。
全部。
あいつらがどうなろうが、どうでもいい。
ベッドに教材を破って積み重ねる。
その上に、火の点いたマッチを落とす。
俺は、何も言わずに家を出る。
しばらくぶらぶらして戻ってみたら、炎が勢いよく家を燃やしてた。
消防士が炎に向けて防水してるけど、なかなか炎の勢いは収まらない。
あいつらはどうなったんだろな。
まぁ、いいか。
そのまま燃えてくれ。俺の苦悩を燃やしてくれ。
きっと、放火犯は俺だってすぐ分かるだろうな。
そしてぶち込まれて。でも、それでもいい。
あんな地獄より、断絶マシだ。
そんな俺の思いに応えるように、炎は燃え続ける。
操り人形-頑張レ- 了
第零話
なぁ、君なら欲しいかい?
欲しいならどちらが欲しい?
永遠の美貌と、永遠の命
ん?私かい?どっちだと思う?
作者の遊び心
やぁやぁ、久しぶりだね。
ん?前に会ったじゃないか。住人だよ。作者の頭の中の。
そうそう。作者が寝てる隙にな。まぁ、寝てると言っても本当に睡眠という意味で寝てる訳じゃないがね。
まぁ、それは置いといてだ。
君はこの前の質問、答えは出たかね?
ふむ、君の答えも大切な人か。まぁ、当たり前だな。
この前はダメ元でアンケートを募集してみたが、思いの外集まってびっくりしたよ。
この場を借りて協力してくれた読者にお礼を言うよ。
ありがとう。
さて、君はなぜその選択にしたんだい?
きっと十人の家族から、その他大勢の第三者から非難されることになるかもしれんが、それは考えなかったのかね?
きっと非難してくると思うがね。君の心境など考えずに。
中にはただなじりたいだけの人間もいるだろうさ。
お前は自分と同じ立場に立たされた時、大切な人を助けないのか?と訊いてやれ。
同じ立場に立たされないと分からないのさ、人間は。
大切な人を助けずに十人を救うのは、きっと偽善だよ。
私はそう思うね。
うん?私ならどうするか?勿論、大切な人を救うさ。
大切な人を失ってまで他人を助けるほど、私も作者も出来た人間じゃない。強くはない。
人数だけなら十人だろうが、大切な人に比べたら軽い。
と言うより、見ず知らずの他人の命など、どうでもいいのだよ。
冷たい、と思うかもしれないがそれが私の答えさ。
さて、また君に質問だ。
君の目の前に二人の死にそうな人間がいる。
一人は自殺者。電車が迫る前に立って、死のうとしている。
一人は怪我人。足を怪我して動けなくなっている。
君は、どちらを助ける?勿論、どちらも助けないという選択肢はありだ。
失敗したら自分も死ぬからね。
私の選択か?それは次にしよう。
そろそろ時間だからね。
では、また会おう。
死にたがり-死ニタケレバ勝手ニ死ネ-
この世には死にたい死にたいと言いながら、結局死なない人間がいる
死ぬことが、格好いいと思い込んでいる、勘違いしている人間がいる
俺の幼なじみがそうだ
毎日のように死にたい死にたいって、見せびらかすようにリストカットの痕を見せてきて
死にたいんなら勝手に死ねよ
死にたいくせになんで生きてんだよ
本当に死にたいんなら、誰にも何も言わずにひっそりと死んでるよ
もう慰めんの疲れた
知らねーよ、勝手に死ねば?
「浩、また切ったんだ」
机に座って空を眺めてたら、いつものように言ってきた。
あーあ、またか。うん、それで?
「なんでまた」
一応訊く。めんどいけど。
なぁ、リスカしてそれを言ってさ、どうしたい訳?
慰めてほしいのか?自分は可哀想な奴だって?
そんな方法で可哀想とか同情する奴いねぇよ。
いたらよっぽどのお人好し。
つーか、死にたいとか言ってる奴がなんで学校来てんの?いつまでもだらだら生きてんの?
死にたいんならつべこべ言わずに死んだらどうだ?
見たよ、お前の日記。ブログで。
〈誰も僕の話を聴いてくれない。誰も僕と話してくれない。僕は一人だ〉
それをお前は望んだんじゃないのか?
誰とも話したくない。一人がいい。
いざとなったら自分のことは棚に上げて、他人のせいにする。
自分から一人を望んだくせに。
一人が嫌なら、一人になれないんなら最初から死にたいとか言ったりリスカやるなよ。
そんなんだから誰も相手にしてくれないんだよ。
それをはっきり言ったら、なら勝手に死なせてくれ。僕の何が分かる。って言ったきたけど、お前は俺の何が分かんのさ?何も分かってないくせに。
死にたくないくせに、死にたい死にたい言いやがって。
鬱病気取りの馬鹿が、本当に死にたいんなら、つべこべ言ってる間に死んでるよ。
死にたいんならさっさと死ね。
本当は死にたくないくせに。
学校が終わって家に帰る。学校も家もめんどくせぇな。
帰ったって夫婦喧嘩してる怒鳴り声が聴こえてくるだけ。
帰ったって憂鬱なだけ。でも、帰らないとあそこ以外に帰る場所も、居場所もない。
だから、仕方なく帰るだけ。
あいつは心配してくれる家族がいるはずなのに、なんで死にたがるんだ?
心配してくれる人なんていない、構ってくれる人なんていないって。
お前が気づこうとしないだけだろ?
お前が拒絶してるだけだろ?
本当に死にたいのは、俺の方だよ。
「ただいま」
返事なんてないことは分かってるけど、一応ただいまと言っとく。
後二時間くらいしたら親父が帰ってきて、喧嘩始まるな。
七時半。案の定喧嘩が始まった。
よく毎日飽きもしないで罵り合えるな。
否応なしに聴かされてる俺の気持ちなんて、知らないんだろうな。
もういい離婚だ、俺のことをどっちが引き取るとか。
俺の気持ちをどうのこうの勝手に言うんなら、その罵り合いをやめてくれ。
俺は、罵り合いを聴いてるのが一番嫌だ。
「はぁ……もう、疲れたし飽きた」
うん、飽きた。
「はぁ……」
授業中だけど、溜息を吐きながら空を眺める。
俺の気持ちを表したような、曇り空。
今日もあいつは死にたいって言ってきた。
だから、どうしたんだよ?慰めてほしいのか?
生憎、俺も死にたがりだからな。もう、慰めんのも疲れたんだよ。
死にたいんなら勝手に死んどいてくれ。俺も、そうするから。
昨日、離婚のことにちょっと口を出したら、ひっぱたかれた。
なんだか、いろんなことがそれで吹っ切れた。もう、どうでもいいや。
「はぁ……」
授業が全部終わって俺とあいつ以外、教室には誰もいない。
ふと、下を見る。コンクリートの、固い地面。
大した高さはないけど、頭から落ちれば死ねるかもな。
試してみようか。でも、失敗したって言わないように。
立ち上がって、窓の冊子に足をかける。
あいつが驚いたみたいに、おい……?何してんだ?って聴いてきた。
何って……飛ぶんだよ。死ぬんだ。
あいつの驚いた顔と、俺の笑い声。
浮遊感。
死にたがり-死ニタケレバ勝手ニ死ネ- 了
のっぺらぼう-君ノ顔、チョウダイ?-
最近、こんな噂を聴かないか?
狐の面を被りナイフを持った男に出会ってはならない
出会ってしまったら、逃げられない
顔の皮膚を剥がされ殺されるか、生き延びたとしても、顔が――
その男は必ずこう言うらしい
君の顔ちょうだい?自分の顔、いらないんでしょ?
この男に出会いたくなければ、自分の顔を大切にしろ
少しでも、こんな顔いらない、と思わないことだ
思ってしまったら、奴が来るぞ?
「ねぇ、君の顔ちょーだい?自分の顔、いらないんでしょ?」
そう言ったら逃げられちゃった。
きゃは♪逃がさなーい。一度狙ったらどこまでも追いかけるよ♪
どうせいらない顔ならちょーだい?僕が役立ててあげるから。
僕のことがよく噂になってるから、僕も有名になったもんだね~。
さぁてと、飽きたし鬼ごっこはやーめた。
大丈夫。君は殺しはしないから、そんな顔しなくていいよ。
ちょっと顔もらって、違う顔をあげるから。
僕が今まで使ってた顔あげるから。
なんでそんな顔するのかなぁ?
君が望んだんだよ?こんな顔じゃ満足出来ない。成功出来ないのは顔のせいだって。
だから僕が別の顔をあげる。だから、その代わりに君の顔をちょーだい?
大丈夫。ちょっと痛いだけだから♪
別の顔になって後悔しても知らないけどね♪きゃは♪
まだ顔剥いでないのに、そんなに暴れないでよ~。
そんなに喚いたって、誰も助けに来ないよ?
僕の世界に、君はいるんだから。
「きゃは♪顔もーらい♪」
狐の面を置いて、前の顔を剥ぐ。
で、前の顔を相手の顔に置いて、新しい顔を貼りつける。
貼りつけた途端に馴染んでいく。
縫いつけるとか余計なことはしなくていいんだ。僕は人間じゃないからね。不思議なことが出来るんだよ。
元は人間だったはずなんだけどな~?
なんで人間じゃなくなったのか、元はどんな顔だったのか忘れちゃった。
まぁ別にどうでもいいや♪
「じゃあね~。他人の顔でお幸せに♪」
頬をぶたれて、蹴飛ばされる。
「彩に謝りなさい!ああ、彩ちゃん大丈夫だからね」
馬鹿みたい。彩ちゃん彩ちゃんって溺愛して。
子供の言いなり。私はよその子だから、同じように愛してもらえない。
別に愛してほしくなんかない。私はちゃんとお母さんとお父さんに愛されてたから。
だからいくら苛められても大丈夫。お母さんとお父さんの笑顔、ちゃんと覚えてるから。
だから、私はいくら罵られて(ののしられて)も平気だけど、お母さんとお父さんの悪く言うのは許さない。
だから、さっき彩を突き飛ばしたんだ。
あんたはただ溺愛するばかりの、言いなりにしかなってくれない母親に満足してればいいんだ。
母親に頭を撫でられながら、彩が私に向かってニヤニヤと笑ってくる。
「ねぇママ、今日のお出かけにあいつ連れて来ないで」
「そうしようね。彩ちゃんの好きな物なんでも買ってあげるからね。本当、あの子はなんであんななのかしら。親の躾がなってなかったのね」
私は、親子ごっこを続ける二人を無視して部屋に戻る。
部屋の真ん中に、なんとなく座る。
机と布団を敷いただけでいっぱいいっぱいな、小さな部屋。
布団を出来るだけ小さく畳んで、部屋の隅に置く。
その下から床に描いた、悪魔を喚ぶための魔法陣。
ちゃんと描いたのに、なんにも起きない。
……本当は分かってるよ。そんなものいないって。
でも、すがりたくなる。あいつらに、少しでも報復したい。
悪魔でもなんでもいい。あいつらを懲らしめてくれるなら。
「僕喚んだ?喚んだよね♪きゃは♪言ってみてよ、ウラミゴトならなーんでも叶えてあげるから♪その代わり、代償は君のイノチだよ♪」
声がして振り返ると、狐の面を被った人が窓の縁に、器用にしゃがんでた。
狐の面から覗く口が、楽しそうに笑う。
落っこちないのかな?普通ならバランス崩して落っこちてる。
それともこの人、最近噂になってる狐さん?
皆はのっぺらぼうって言うけど。
狐の面を被ってるのは、自分の顔を持ってないからだって。
私は狐の面を被ってるから、狐さんって言ってるけど。
「それで、ウラミゴトはな~に?」
狐さんの言う恨み言って、願い事だよね。
「あいつらを、滅茶苦茶にして」
狐さんが嬉しそうに笑う。
「それくらい簡単だよ♪でもいいの?代償はイノチなのに」
「別に、いらない」
「ふ~ん♪君、気に入った♪」
狐さんが立ち上がって両腕を広げる。
「とりあえず、イノチはも~らい♪」
狐の面が視界いっぱいに広がる。
耳元で、翼を広げるような音がした。
「ねぇママ、また連れて行ってね!あいつ抜きで!」
彩という少女は、なんの悪気もなく無邪気に母親にねだる。
自身の行為がどんなものであるか、少女に自覚はない。
「はいはい。また来ようね」
そして母親は、少女の行為を肯定する。
それが、少女にどのような影響を及ぼすのか、考えてなどいない。
ただ娘の欲望を叶えてやることだけが、愛情だと信じている。
娘の笑顔が見たいがために。
それが、ただの自己満足だと知らずに。
そういう意味では、娘は被害者だと言えるのかもしれない。
「ただいまー紗織。一人は寂しかった?」
彩はつい一ヶ月前、養女として引き取られた少女に話しかける。
返事はない。
窓の方を向いているために、表情も見えない。
「ねー寂しかったかって訊いてんだけど?」
言いながら、紗織を蹴る。
それでも、紗織はなんの反応も示さない。
「ねーってば」
我慢の限界がきたのか、肩を掴み振り向かせた。
彩の表情に、恐怖の色が滲む。
「ひっ!?」
それもそのはず。
顔のある場所に、顔がない。
目も鼻も口もない。
のっぺらぼう。「きゃは!つぅかま~えた♪」
紗織の姿が陽炎のように揺らぎ、変わりに狐の面で顔を隠し、黒い学生服を着た少年の姿が現れる。
その姿を見て、彩は驚いて腰を抜かす。
目の前に佇む少年が、噂となっている“のっぺらぼう”だと。
必死で思考を巡らせる。
噂によると、“のっぺらぼう”は“顔”に不満のある人間の前にだけに現れるはずなのだ。
なのに、なぜ、自分の前にいるのだろう?
“顔”に不満など、持ったことなどないのに。
「きゃは、僕が目の前にいる理由が分からないんだね♪いいよいいよ。分からなくていいよ♪きっとこれからも分からないだろうから!」
“のっぺらぼう”は楽しそうに口元を歪めながら、獲物の少女に近づく。
“のっぺらぼう”に獲物が子供だろうが、そんなものは関係のないことだ。
元は人間だった少年は、今や人外。異形。
人外に“子供”だからという理由は通用しない。
“子供”だろうが、人間であるという時点で理由は十分である。
「さぁ、君はどんな顔が好み?」
“のっぺらぼう”が狐の面を外す。
獲物である哀れな少女は、狐の面の下に隠されていた顔を視て、息を呑む。
そこには、三日月型に歪んだ唇以外、何もない。
その“顔”が突然、ぐにゃりと歪む。
歪み、“顔”が形成され、また歪む。
次々と形成され、歪む。
歪み、歪み、歪む。
ぐにゃりぐにゃり、と。
少女は悲鳴を上げ逃げようとするが、腕を掴まれ立たされる。
「今の君に最適な、最高の顔をあげる」
顔が、歪む。
「彩!彩ちゃん!?」
娘の悲鳴を聴きつけ、母親は大慌てで二階に上がり、顔を押さえうずくまる彩に近寄る。
「ママ、私の顔、どうなってるの!?」
悲鳴に近い叫びを上げ、母親にしがみつきながら顔を見せる。
「顔?どうもなってないわよ?可愛い顔よ?」
娘の顔を撫でながら言う。
「嘘、嘘!鏡見せて!」
娘に言われ、机に置いてあった鏡を手渡す。
彩はひったくるように鏡を取り、顔を写す。
そこに、
「ひっ……!いや、いやあぁぁぁ!私の顔、顔が!やだあぁあぁぁ!」
鏡を投げ捨てたせいで、鏡が呆気なく砕け散る。
その砕け散った破片にも自身の顔が写り、彩は悲鳴を上げ母親にしがみつく。
母親には彩が鏡に怯える理由が分からない。
無理もないが。彩自身にしか、自身の醜悪な“顔”が見えてないのだから。
醜く凸凹に膨れ上がり、更には皮膚は火傷のように爛れ、歯が出鱈目に並ぶせいかきちんと閉じれない口。
そんな“顔”が、彩自身にしか見えてないのだ。
自分にしか見えぬ、醜悪な“顔”。
周りの人間には可愛く写ろうとも、それは偽り。
醜悪こそが真実。
鏡に写る“顔”は、“心”を現す。
「きゃは♪僕からの呪いのプレゼント♪気に入ったかな?」
精神面の醜悪な顔を、鏡に写るようにしただけなんだけど。
顔を剥いで、別の顔を植えつけてもよかったけど、そっちの方が面白そうだからそっちにしちゃった♪
鏡を見る度に自分にしか見えない醜悪な顔。
呪いを解くのは簡単だよ。心を改めればいいだけ。
それに気づくかどうかだけど。
でも、それを簡単に出来ないのが人間なんだよねぇ。
そう言う僕も、元は人間だけどね。
なんか、ちょっとだけ思い出したよ。
僕は、自分から“のっぺらぼう”になったんだ。
理由までは思い出せないけど。
何はともあれ、ウラミゴトはこれで叶えた。
鏡に写る自分にしか見えない醜悪な顔、娘がおかしくなった理由が分からない母親。
弱い家族なら、崩壊だね。
「きゃは♪これで満足?」
「…………ありがとう」
僕の隣に無言で佇んでいた女の子が、小さな声で呟いて頷く。
「どういたしまして♪」
この女の子、気に入ったから僕と同じにしたんだ。
ほら、たまに一人がつまんなくなるから。
僕と同じと言っても、この女の子は人の生気を喰らう鬼になったけど。
「じゃ、行こうか♪」
女の子に手を伸ばす。おずおずと握ってきた。
「そういえば、名前訊いてなかった」
「……紗織」
「紗織ちゃんね♪僕は……名前忘れたから、のっぺらぼうでいいや」
のっぺらぼう-君ノ顔、チョウダイ?- 了
嘘-肥大- 噂-飛散-
嘘八百
嘘吐きは泥棒の始まり
人の噂も七十五日
嘘は、自らの知らないところで肥大化し、噂となり飛散する
小さな嘘のつもりでも時に、自らを滅ぼす
恐らく使われてないであろう、薄暗い倉庫の中で、なぜこうなったのかと自分に問いかける。
理由なんて単純明解だ。あんな嘘を吐かなければ、こんなことにはならなかったんだ。
馬鹿だ、僕は馬鹿だ。
なんであんな嘘を吐いたんだ。
彼女をちょっと楽しませようとしただけなのに。
あまりに喜ぶから、嘘だってことを言い出せなくなったんだ。
あの日のことを思い出す。
あの日は彼女の誕生日だった。
彼女が前から欲しいって言ってたブランドの鞄を買って、彼女の家に行ったんだ。
彼女は大喜び。これ高かったでしょう、どうしたの?って訊かれた時に、あんな馬鹿げた嘘を吐かなければこんなことにならなかったんだ。
彼女も悪いんだ。ちゃんと確認しようともせず、有頂天になってバンバン買い物したり旅行行ったり、周りに言いふらすから。
あの時、こう言ったんだ。
宝くじで三億当たったんだって。
すぐに冗談と言おうとしたけど、あまりの彼女の喜びように言えなくなった。
また明日でも、彼女の興奮が収まったら言おうと思ったんだ。
彼女は今どうしてるのかな。
嘘であることを謝ろうと、翌日彼女の家に行った時だった。
彼女は三億を疑いもせずに、旅行しようと言い出した。
嘘だと言おうとしたけど、彼女のはしゃぐ姿を見てたら言えなかったんだ。
結局、言えないままフランスに行くことになった。
勿論そんな金はない。だから、借金。
旅行は素直に楽しめなかった。
先の不安ばかりで。金を返すアテはない。
僕の稼ぎだけで返せるはずがない。
そうとも知らずに彼女は、有頂天で買い物や豪華な食事を楽しんだ。
その度に借金は増えるばかり。
挙げ句の果てが、周りへの言いふらし。
そのせいで、金に群がる“友達”という名の金食い虫が増えた。
借金は膨らむばかり。借金を返すために借金をして。
風船のように膨らんで、いつ破裂してもおかしくない状態。
そして遂にどうしようもなくなって、借金が返せなくなって、借金取りが来た。
あの日は急な仕事が入って家にはいなかった。
彼女と同棲してたから、彼女は家にいたけど。
帰ったら男が彼女に詰め寄ってた。
だから、怖くなって逃げた。彼女を置いて。
でも、彼女だって悪いじゃないか。
僕だけが悪いなんて、そんなのあんまりだ。
彼女も辛い思いをすればいいんだ。
それより、これからどうしよう……!
おやおや、また面白くもないつまらない話を覗きに来たのですか?
よくもまぁこんな、ありきたりな話を覗きに来れますね。
面白いですか?他人の不幸は蜜の味と言いますからねぇ。
私ですか?まぁ、これからちょくちょく出てくるかもしれませんが、気にしないでください。
それでも気になるようであれば、道化とでも認識してください。
はい?あの男ですか?
あの男の末路を知りたいのですか?
知ってもつまらないですよ?
そうですか。つまらくとも知りたいですか。
あの男は死にました。トラックに跳ねられて。頭を強く打ったために即死だったようです。
誰かに追いかけられている、という妄想を膨らませて、ね。
と、いうより借金取りが来た、いえいえ、嘘を吐いて借金が増えたということ自体が、男の妄想なのですが。
夢と現実の区別がつかなくなるくらい、妄想に取り憑かれていたのですよ。
妄想は膨らみ続け、借金取りというキャラクターを生み出し、妄想の中のキャラクターに追いかけられ、そしてトラックに跳ねられた。
自らの妄想に殺されちゃったんですねぇ。
どうです?つまらない結末でしょう?
まぁ肩を落とさないでください。
物語の結末など、こんなものですから。
さて、私は次の物語を探しに行きますか。
嘘-肥大- 噂-飛散- 了
死にたがり-皆、死ネバイイノニ-
「死にたい」
今日も僕はそう漏らす
友達に言われたことがある
死にたい死にたいって、結局死なないんだろ?本当に死にたい奴はそんな風に言わねぇよ
僕の気持ちも知らないで
死にたいのは本当だ
ただ、死ぬ方法が分からないだけ
皆、死ねばいいのに
自殺はいけないと皆が言う。だけど、なんでいけないのか誰も教えてくれない。
自らを殺す、と書いて自殺。自分で自分を殺すからいけないのか。
親がキリスト教とかじゃなくてよかったな。
キリスト教って確か、自殺は神への冒涜になるんじゃなかったっけ。
神とか、いるかどうか分からないものをよく信仰出来るな。
神への冒涜になるんなら、自殺したら地獄逝きなのかな。
まぁ、生きてる実感がないまま生きるよりマシだな。
確実に死ぬ方法ってなんだろう。手首は案外死にづらいし。
深く切ったのに、死ねなかった。
あの時は発見されるのが早かったから駄目だったのかも。
今日は誰もいない。今日なら、うまく死ねるかも。
手首じゃなくて、首の動脈切った方がいいかな。
ああでも、ただ死ぬだけじゃ面白くないな。
悪戯に絵でも描いて置いとこう。
絵の具とスケッチブックを机に広げる。
さて、何を描こうかな。
なんとなく、赤のアクリルガッシュを掌に塗る。
絵の具を塗った掌を、スケッチブックに押しつける。
次に、赤のポスターカラーで出鱈目に手を描く。
その上から、薄い藍のポスターカラーで全体を塗る。
更にその上に、黒のポスターカラーとアクリルガッシュに水彩絵の具を混ぜて、ぐちゃぐちゃに塗っていく。
筆を潰すつもりで、ぐちゃぐちゃに。ただ一心不乱に。
うまく描けて思わず笑みが浮かぶ。
裏にタイトル。
タイトルは、『皆、死ねばいいのに』
さて、首を切ろう。
少しは躊躇うかと思ったけど、躊躇いなく力一杯包丁を引けた。
血が、流れていくのが分かる。不思議と痛みはない。死への恐怖もない。
ああ、生きてる。
それでは皆さん、さようなら。
死にたがり-皆、死ネバイイノニ- 了
第零話
やぁ、久しぶりだね。やっと出してもらえたよ。
何?私以外の誰かが出ていた?
ああ、それはあいつだ。最近出てきた奴だ。
随分とふざけた奴でね。自由奔放な奴だよ。道化と呼ばれるのを気に入っているようだから、道化と呼んでやってくれ。
さて本題だ。前回の答えは出たかい?
ほお?君は怪我人を助けるのかね?それはなぜだい?
自殺する人間は勝手に死ねばいい?
確かにそうだ。助けたって、恨まれるかもしれないからな。
第三者は、偽善者と罵るかもしれない。
しかし、怪我人だってそうと言えないか?
もしかしたら、自分でわざと怪我をしたのかもしれないだろう?
一人で死ぬのは嫌だから、自分を助けようとして一緒に死んでくれる誰かに賭けたのかもしれないだろう?
そんな馬鹿なって?可能性は零じゃないぞ?
自らが可愛いなら、誰も助けないことさ。
心の中だけで、可哀想と思うんだな。
何をしようと、心ない批判をする人間は付き物だからな。
だから、私は助けないさ。誰も。
さて、次の質問だ。
ほんの少し状況を変えようか。
電車が迫り来る線路の中に、子供を連れた母親が佇んでいる。
子供はこのままでは死ぬことを分かっていない様子だ。
君は、どうする?
助けるか、助けないか。
助けたら、自分が死ぬ可能性が高いことを踏まえて考えてくれ。
虐待-誰カ、私ヲ止メテクダサイ-
「どうしてこんなことが出来ないの!」
私の口はそう怒鳴り、私の手はまた、この子を打つ(ぶつ)
止めることが出来ずに、何度も何度も
そして、後悔する
誰か、私を止めてください
誰か、私を殺してください
愛する息子を殺してしまう前に
ごめんなさい、と涙を流さずに必死に謝ってくる我が子。
悲しそうな顔をして、ごめんなさいって。
涙を流さなくなったのは、いつから?
私のせいで。私が、この子の涙も笑顔も全て奪ったんだ。
愛してるのに。この子のことを本当に愛してるのに。
なのにどうして、どうして私は暴力を振るうの?
どうして!
あんな、あんな暴力ばかり振るってきて家庭を顧みない母親なんかになるもんかって、誓ったのに!
私の覚悟が足りないの?それとも、本当はこの子を愛してないから暴力を振るえるの?
「お母さん……なんで泣くの……?」
いつの間にか、座り込んでいた私の目の前でしゃがんで泣いている我が子。
どうして、私が泣いたら泣くの?
どうして、私のために泣くの?
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ごめんなさい、と繰り返しながら我が子を抱き寄せる。
抱き寄せた我が子は温かくて、それが酷く切なかった。
私の膝の上で、安心した表情で眠る我が子。
どうして、暴力を振るう母親の膝で安心出来るの?
もしかしたら、寝てる間に殺そうするかもしれないのよ?
私がそんなことするはずないって、信じてるの?
怖い。いつか、この子の首を絞めてしまいそうで。
だったらいっそ、この子と一緒に死んでしまおうか……。
「お母さん……?」
眠たげな目を擦りながら、私を見上げてくる。
「翔太……お母さんとお出かけしようか?」
「……どこに?」
「ここじゃない、遠いところ」
「お母さんと一緒なら、ぼく、どこでもいい」
そう言って、しがみついてくる翔太。
なぜか涙が止まらなくて、抱きしめた。
締まりきった踏切の中で、佇む。
私の手を、しっかりと握る翔太。
カンカンという音の中、野次馬の喚き声。
なんのつもりだ。死ぬぞ。子供も死なす気か。
そんなの分かってる。
そんなこと言って、ただ見てるだけなのに。
聴こえてくる、電車の迫り来る音。
なのに、翔太は怖がりもせず、電車を見つめる。
やっぱり、分かってたんだ。私が死ぬつもりだって。
全部分かってて、私について来たんだね。
ごめんなさい。母親らしいことを何ひとつしてやれなくて。もっと、抱きしめてあげればよかった。
翔太の手を振り払って、突き飛ばす。
電車が迫り来る。
電車は警鐘を鳴らすが、母親も子供も微動だにしない。
母親が、なぜか子供に向かって微笑んだ。
とてもとても、寂しくて哀しい微笑み。
母親が子供の手を振り払った。
そして、子供を右の線路に突き飛ばす。
子供の手が、母親を求めるように伸ばされる。
そこに、
電車に跳ね飛ばされ、肉体が潰れる生々しい音が、響いた。
野次馬の、これ見よがしの悲鳴。
ようやく止まる電車。
呆然と母親がいた場所を、見つめる子供。
子供の目の前に転がる、母親の肘から先がない腕。
子供は、肩を震わせながら腕を抱きしめる。
子供に駆け寄ると、大粒の涙を流しながら静かに泣いていた。
泣き喚きもせず、ただ静かに涙を流すだけ。
なぜか、それがとても哀しく思った。
よく見ると、腕や足に残る痣。
明らかな、暴力の痕。
それでも、子供にとっては母親だったのか。
ふと振り返り、母親だったものを見つめる。
飛び散る肉片。飛び散る血。
それを間近で見た子供は、何を思ったのだろう……。
子供に視線を戻す。
子供が、いなくなっていた。
散々探し回ったのに、見つけられなかった。
翌朝のニュースで、その子は……
虐待-誰カ、私ヲ止メテクダサイ- 了
虐待-泣カナイデ-
「どうしてこんな簡単なことが出来ないの!?」
お母さんの怒った声
ほっぺたを、何回かたたかれる
ごめんなさい
お母さん、ごめんなさい
どうして、お母さんが泣くの?
ぼくが悪いのに、どうしてお母さんが泣くの?
泣かないで
泣かないで、お母さん
ごめんなさい
ねぇお母さん、どうして泣くの?
ちゃんと出来なかったぼくが悪いのに。
お母さんを怒らせるぼくが悪いのに。
お母さん、ぼくを叩いた後に必ず泣くよね。
知ってるよ。お父さんが知らないおばさんと出て行ってから、お母さん辛い思いしてるの。
毎日疲れて帰ってきて、ぼくのこともあるんだもん。
ごめんなさい。ぼくがいるから、お母さんは辛いんだよね。
ぼくなんかいなきゃよかったんだ。
ごめんなさい。ぼくなんか生まれてきて。
ぼくが泣いたらいけないのに、涙が出てきた。
お母さんが、ごめんなさいって、ぼくを抱きしめてくれた。
どうして、お母さんが謝るの?
「お母さん……?」
お母さんの膝で、眠っちゃった。
お母さんの顔を見る。どうしてそんな悲しい顔するの?
ぼくがお母さんにそんな悲しい顔させるの?
「翔太……お母さんとお出かけしよっか?」
「…………どこに?」
「ここじゃない、遠いところ」
「お母さんと一緒なら、ぼく、どこでもいい」
お母さんと一緒なら、怖くない。
線路の途中でお母さんが立ち止まった。
そっか……やっぱりそういうことなんだ……。
でも、お母さんと一緒だから怖くない。
踏切の外にいる知らない人は、なんであんなにさわいでるの?
電車が来た。なんだか、おそいなぁ……。
いきなり、ばっと手を払われた。
そして、突き飛ばされる。
お母さんが、悲しそうに笑ってる。
なんで、お母さん?なんで……。
電車が、お母さんをバラバラにした。
「お母さん……?」
いない。お母さんが。
お母さんどうして、一緒に連れて行ってくれなかったの……?
いやだ、いやだよ。お母さんがいないところにいたくない。
お母さんの腕を、ぎゅっと握る。
どうして、腕しかいないの?身体がなかったら、頭を撫でてもらえない。
お母さんの顔をもう見れないなんて、いやだよぉ……。
真っ暗な道を、お母さんの腕を持ってとぼとぼと歩く。
帰ったって、お母さんがいない。
お母さん、ぼく、どこに行けばいいの……?
いきなり目の前が眩しくなった。
すごく大きな車。
お母さん、ぼくもお母さんのところに行くよ。
だから、お母さんも寂しくないよね?
トラックに跳ね飛ばされ、頭から血を流す子供を眺めます。
普通なら可哀想に、と思うべきでしょうか?
敢えてこう言いましょう。
母親の元に逝けて、よかったですね?
だってそうでしょう?この子供は母親と共に逝くことを望んだのですから。
可哀想など、第三者の勝手な見解でしょう?
第三者が自分勝手に解釈し、納得し、自己解決するのですから。
母親と共に逝く。それがこの子供の幸せなのですよ。
あぁ、滑稽ですねぇ。事が起きてから騒いでも遅いでしょうに。
無関心でいたくせに、この時ばかりは善良な偽善者になるんですよね。
まぁ、私とて無関心ですが。
物語に興味があるだけで、個人に興味はありませんから。
歪んでる?ええ、そうですとも。歪んでますとも。
私の元となった人物が歪んでるのですから、歪んでて当然でしょう?
しかし、不思議なものですねぇ。
どうしたら、一緒の場所に逝くと思えるのでしょう?
あの世はあったとしても、天国も地獄も人間の創造ですのに。
在ったとしても、一緒の場所に逝けるとは限らないでしょう?
生きている人間がどうしたら、天国も地獄も在ると言えるのでしょう?
死ななければ在るかどうかなど、分からないと思うのですがねぇ。
天国も地獄も、生きている人間のために在るようなものだと思うのですが。
死んだら無に還るだけかもしれませんよ。
生憎私も死んだことがないので、分かりませんが。
さて、この物語の結末は分かりましたし、次を探しますか。
虐待-泣カナイデ- 了
第零話
毎日生きるために呼吸し酸素を消費し、生きるために食事をし何かの命を犠牲にし、嫌いだから居ると汚いからと虫を潰す
生きるために仕事をし、趣味だからと無意味な文章という名の文字の羅列を考える
こんな毎日に何か意味があるのか
生きている意味は?
という、くだらないことを考えてみるんだよ
暇潰しにはもってこいさ
作者の遊び心
やぁやぁ、今日も暑いね。今日も熱中症で誰かが倒れてるのかな?
ん?時間がないから早くしろ?
せっかちだな。あまりせっかちだと嫌われるぞ。
それで、君はどうするんだい?助けるか、見て見ぬ振りをするか。
ほう?子供だけ助ける?なぜだい?
子供に罪はない、死にたいなら母親だけ死ねばいい?
はは!確かにそうだな!
しかしだな、母親が子供を手放さなかったらどうするんだい?
電車は迫ってるんだ。君も巻き添えになるぞ?死ぬのが怖くなって子供の手を離して、見捨てるのかい?
その時は母親も助ける?間に合わずに君だけ死ぬ可能性もあるぞ?
子供を救うのがいいが、子供が母親と共に死ぬことを望んでたらどうする?
恨まれたりしてな。
ん?私ならどうするか?
私は自ら危険に飛び込みたくないからな。
助けたい奴が助ければいい。それで命を落とすのは、自己責任だろう?
つまり、私は助けない。
さて、次の質問だ。
君は車を運転している。
突然、前方から子供が三人飛び出してきた。
左は壁で曲がれない。右にハンドルを切ろうとしたら、杖を付いた老人が歩いている。
さぁ、君ならどうする?
犠牲にするのは子供三人か、老人か。
どちらにしろ君は加害者だ。
じっくり考えてくれ。
じゃあ、また会おう。
のっぺらぼう-理想ノ顔-
違う。こんなのじゃない。貴方の本当の顔はこんなのじゃない
母さんがいつものように、ヒステリックに叫ぶ
これで、何回目だっけ。整形は
理想と違う、と顔を弄り続けて何回目?
僕が本当はどんな顔してたのか、もう忘れた
いつになったら、その理想の顔ってのは完成するんだろう?
お風呂上がり、身体を拭いていると、見たくもない鏡が目に入る。
僕のものだけど、僕のものじゃない顔。
これは誰?僕だけど、僕じゃない。
いつから僕は、僕じゃなくなった?
「だぁかぁらぁ、オレがお前を取り戻してやるって言ってんじゃん。その代わり、お前は人間じゃなくなるけど」
いつものように、狐の面で顔を隠した悪魔が話しかけてくる。
僕にしか見えない、勿論声も聴こえない。
「…………人間じゃなくなって、僕はどうなるんだよ」
「だぁかぁらぁ、オレみたいになんのよ。悪魔に魅入られた者は悪魔になる。当たり前だろ?」
「………………」
それって、悪魔なりの人助けなのか?
悪魔が、馴れ馴れしく抱きついてくる。
頬をつついてきた。
「なぁ、オレに委ねろよ」
「どうしてそこまで、僕に言うんだ?」
「お前ならいい悪魔になるからだよ。それに、一人が退屈になってきたんだよなぁ。仲間が欲しいんだよ」
「それって……ただの退屈しのぎじゃん」
「いいだろ、長く生きてると退屈になるんだよ。でもその中で楽しみを見つけてみろ。人間以上に興奮するぞ?」
まるで、元は人間だったみたいな言い方。
「なぁ、母親を恨んでないのか?」
いつものように、訊いてくる。
憎んでるのか、最早憎むほどもないほど関心がないのか、分からない。
「オレに願えば、この地獄から解放してやるのに」
本当、馴れ馴れしい。
「…………お前に、僕でさえ忘れた僕を、取り戻せるの?」
「オレは悪魔だぜ?そんなの簡単さ。ただ、お前が人間じゃなくなるだけだ。他にはなぁんにも変わらねぇ」
「考えとく」
「たく、またかよ。でもいいさ。待つのは得意だからな。お前は必ずオレを喚ぶ」
喚ぶもんか。悪魔の囁きの方が優しいなんて、認めてなるもんか。
「いつまで意地を張ってられるかねぇ?ま、必ずこっぴどく裏切られて、お前は必ずオレを喚ぶ。待ってるぜ?」
なんとなく思い出す。悪魔が初めて来た時のことを。
何回目か忘れた手術の後に帰ったら、部屋に我が物顔でベッドに座ってたんだ。
狐の面で顔を隠した、黒い着物を着た悪魔。
その悪魔が口元を三日月型に歪めて、手を僕に伸ばして、こう言ってきた。
「いいねぇいいねぇ、根が深くて。なぁお前、叶えて欲しい願いはあるか?」
「…………ない」
「嘘吐くなよ?本当はあるんだろ?元の顔を、本来のお前を取り戻したいんだろ?」
分かってるなら、聴くなよ。
「いいぜいいぜ、それくらい簡単だ。叶えてやるよ。その代わり、しばらくオレに付き合え」
付き合え?どういう意味だ?
「本来のお前を取り戻すんだ。オレの、悪魔の力をモロに浴びちまうんだよ。浴びちまうとお前はオレと同じ存在になっちまう訳だよ。つまり悪魔に。願いを叶える代わりに、お前は悪魔になる。どうだ?」
どうだって……。それじゃあ意味ないんじゃ……。
いきなり悪魔が煙のように消えたと思ったら、僕の後ろに現れた。
馴れ馴れしく、首に腕を回してくる。
「意味ないことなんてないぞ?これが結構楽しいんだよ。少なくとも人間でいるより、自分らしく生きられるぞ?」
悪魔が耳元で囁いてくる。
「なぁ、自分を取り戻したいんだろ?」
囁いてくる。
「だったらオレに全て委ねろ。お前を完璧に取り戻してやる」
悪魔は邪悪なはず。なのになんで、こんなに優しく聴こえるんだろう。
甘い甘い毒が、染み込んでこようとする。
悪魔だからこそ、囁きは甘いのか。
誘惑して、堕とすために。
認めるもんか。甘い毒に身を堕としたい自分がいるなんて。
負けるもんか。悪魔なんかに。
いつか、母さんだって僕の気持ちを分かってくれる。
母さんに呼ばれて、母さんの部屋に入る。
最後に手術をしたのは何ヶ月前だっけ……。
母さんから呼ぶなんて、手術くらいしかない。
また……違う僕になる。
もう嫌だ。顔を弄るのも、僕が僕じゃなくなっていくのも。
もう、これ以上僕を見失いたくない。
「母さん……また、手術?」
そう訊くと、母さんは笑顔で僕の顔を触ってきた。
笑顔で僕を見つめてくる。
母さんのその瞳には、次の僕しか写してないの?
ここにいる、目の前に立ってる僕は?
今の僕を、また否定するの?
いつになったら母さんは、僕を認めてくれるの?
どんな僕なら、否定しないの?
『認める訳ねぇだろ?その女はいつまで経っても満足しねぇよ。一生、お前を否定し続けるぜ?お前はそれに耐えられるのか?』
脳内に直接響く、悪魔の声。
うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
いつまでも、僕に纏わりつくな!
「母さん、僕、もう嫌だ」
「何が嫌なの?先生?」
「手術。もう、手術なんてしたくない。顔を弄りたくない」
いきなり、頬を殴られた。
「何言ってるの!?貴方は本当はそんな顔じゃないのよ!どうして分からないの!?お母さんが貴方の本当の顔してあげるから、貴方は黙って手術を受ければいいの!」
………………。
ぎゅっと手を握る。
母さんに何を言っても、無駄なんだね。
母さんに僕の気持ちは、伝わらないんだね。
母さんが何か言ってくるけど、無視して部屋を出て自分の部屋に戻って、鍵を掛ける。
悪魔が僕の背後から、首に手を回してきて、顔を触ってくる。
「だから言っただろ?お前は裏切られるって」
「………………」
いつの間にか悪魔が目の前にいて、僕を抱き寄せて顎に触れてきた。
耳元で、囁いてくる。
甘い毒に、もう逆らえない。
「さぁ、言ってみろ。オレに願え」
「……僕を、取り戻したい」
「お安い御用だ」
視界が黒に染められる。翼を広げるような音だけが、響く。
視界が元に戻って、膝をつく。
翼を広げるような音が、脳髄まで侵していく。
悪魔が入り込んできて、容赦なく僕の内側を侵す。
荒らされる感覚に近いのに、不思議と不快感はない。むしろ、心地いい。
『こんな深くにいたのか。随分奥に閉じこもりやがって』
脳内に直接響く、悪魔の声。
何かが、音を立てて解放される。
『さぁ、暴れろ。押し込められた分、やり返せ』
唇が三日月型に歪む。
「亮!?開けなさい!開けなさいったら!」
亮……?ああ、僕の名前だっけ?
もう、名前なんて必要ないようなものだけど。
視線を鍵に向けるだけで、鍵が開いた。
母さんが、物凄い形相で入ってきた。
僕を見て、絶句する。
「亮……!?亮をどこにやったの!?亮はどこ!」
「母さん、僕が亮だよ。分からないの?」
「違う!あんたみたいな醜い子なんか、私の子じゃない!亮はどこ!?」
母さん、やっぱり顔に火傷みたいな大きな痣がある僕なんか、いらないんだ?
欲しいのは、僕じゃない。綺麗なら、誰でもいいんだ。
「そう……じゃあ、母さんが欲しいモノ、置いていってあげる」
母さんにだけ見える、綺麗な綺麗な子供。
夢と現の狭間で、一生を無駄にしたらいいよ。
「バイバイ母さん。僕はあの人と行くよ。約束だから」
「よかったのか?あんな生温いやり方で」
クロが呆れたみたいに溜息を吐く。
もう少し面白くて大胆な仕返しが見たかったみたい。
名前を訊いたら、忘れたから好きに呼べって言われたけど、黒ずくめと狐の面しか特徴ないから、クロって呼ぶことにした。
「いいんだよ。だって、あの幻はしばらくしたら消えるから。消えたらきっと母さん、病院送りになるほど狂うんじゃないかなぁ?」
「へぇ。ま、お前がいいんならいいけどな」
そう言って、僕の顔を覗き込んでくる。
「ふぅん……お前はそういう悪魔なのか」
「…………?」
どういう意味なのか、分からない。
「オレはただ単に人を誑かすだけの悪魔だ。誑かして、喰うだけ。お前はやっぱり、顔が強烈なコンプレックスだったんだな。言わなくても、どうすればいいか分かるだろ?」
「……まぁ」
「お前にこれやるよ」
そう言って、自分がしていた狐の面を外して、僕に渡す。
その下から現れる、左目から右の頬にかけて走る大きな傷痕。
「いいの?」
「いいんだよ。予備がある」
懐から取り出した狐の面を着ける。
僕も、着けてみる。
「さて、行くか」
伸ばされた手を、掴む。
「狐さん、狐さん。食べ終わったよ。起きて」
ゆさゆさと優しく起こされる。
え~っと、沙織ちゃんの食事のために若い男の家に来たんだった。
食事は勿論、人間の生気。
沙織ちゃんも、悪魔らしい生気の好みになってきたよね。
どろどろした黒い生気が好きだなんて。
警察もびっくりだろね♪若い身体なのに、内臓だけが干からびてるんだから。
月に一度必ず出る、内臓だけが干からびた死体。
でも、月に一度食べればいいだけなんだから、別に被害なんてないようなもんでしょ。
それにしても、懐かしい夢見たなぁ。
僕が、悪魔になった時の夢なんて。
「ごめんねぇ。夢見てた」
「夢?」
「うん。僕が悪魔になった時の夢」
しばらく、人間だった頃の思い出話をする。
「どうして、今はその人と一緒じゃないの?」
「僕が一人で行動してみたいって言ったから。クロは寂しくなったらいつでも呼べって言ってた」
今、何してるのかな。思い出したら会いたくなっちゃった。
でも、最初はすごく鬱陶しかったんだよね。
でも、僕を一番理解してくれてる悪魔。
今日は夢見たからホントの顔や名前思い出したけど、しばらくしたらまた忘れるだろなぁ。
ま、いいけど♪
「じゃ、行こうか♪」
「うん」
のっぺらぼう-理想ノ顔- 了
コピー女-自殺=復讐-
貴方になりたくて、貴方を観察し続けて、貴方の全てをコピーした
貴方の全てが欲しい
最近、気持ち悪い女が私を見てくる。
私をじっと見て、髪型も服装も癖も、顔まで私に似せて。
最初は皆も気持ち悪がってたのに、今じゃ皆の中心にいる。
なんであんな私の偽物の方がいいの?
最初、すごく地味で存在感なんてなかったのに。
いつもダサい三つ編みに、丸眼鏡にTシャツにジーンズ。
いきなり、私の真似をし出して。
何をしたいの?私の真似ばかりして。
いつか、私に成り代わりたいの?
気持ち悪い。
壁にびっしりと貼った写真をなぞる。
貴方、今日も素敵だったわ。でも、暗い顔してた。
どうして?貴方にそんな暗い顔は似合わない。
誰かが、貴方を傷つけるの?
誰?両親?彼氏との婚約を認めてくれないって言ってたものね。
それとも彼氏?浮気してるかもしれないって悩んでたものね。
貴方を傷つける人は、私が排除してあげる。
最近、ようやく私を見てくれるようになった。
すごく嬉しいの。
貴方は私の全て。貴方の全てが欲しい。
貴方は私のもの。
だから、彼氏とか貴方の周りにいる人間が邪魔なの。
貴方ももっと私に気づくべきよ。
でもいいわ。私の勝手だもの。
私の気持ちを押しつけるつもりはないの。
ただ、貴方の周りの人間が邪魔なだけ。
でも、いつか私のものになってくれる?
貴方に不自由な思いはさせない。
だから、ね?
笑顔の貴方の写真に、キスをする。
「…………」
なんなのよ、あれ。なんで、あいつが彼と腕組んで歩いてるの?
あいつが迫ったの?私のフリして近づいたの?
私のフリして近づいたのなら、彼は私とあいつの見分けさえつかないのね。
それとも彼が私だけじゃ物足りなくて、私の真似をするあいつに迫って、面白がって付き合い出しだの?
私かあいつ、より好みの方に乗り換えようって訳?
だとしたら、許せない。
私の真似をするだけじゃ飽き足らずに、私の物まで奪いたいの?
信じられない。何がしたいの?
私があんたに何かした?
もう嫌。
あんたがそのつもりなら、私だってやってやる。
ねぇどうして?なんで貴方が私の姿を真似するの?
思い出したくもない、汚らしい私の姿を。
まるで、私を見てるよう。
貴方が私の真似をし出してから、確実に人付き合いがなくなってきた。
あ、そっか。そういうことか。
真似っこし合うのね?どちらがうまく真似出来るか?
そういうことね?
私は負けないわよ。ずっと貴方を見てきたもの。
でも、ちょっと残念。
貴方が私の真似したら、この先貴方を見れないじゃない。
「奈々、帰ろう」
「うん」
彼の腕を掴む。彼女の大切な彼の腕を。
彼女が見てるのに。
でも、うまくいった。彼女の周りの邪魔な人間を一人、排除出来た。
「…………?」
彼女が微笑みながら、私を見てきた。
私も、微笑みかける。
だん!っとあいつの写真に、包丁を突き立てる。
ここまでは上手く行った。予定通り。
あいつの真似をして、周りから気持ち悪がられて、周りに人がいなくなった。
そして、彼も。
あっさりあいつに乗り換えたもんね。
可愛ければ、誰でもいいんだ?
ま、そんなもんよね。誰もダサくて可愛くない女なんかと、付き合いたくないわよね。
ねぇ、覚えてる?今日ね、私達が付き合い始めた記念日なんだよ?
覚えてないんだろうなぁ。
今日を、忘れられない日にしてあげる。
女ってね、執念深くて嫉妬深いんだよ。
彼の家の前に来た。中から楽しそうな声が聴こえてくる。
何人か友達が来てるんだ。ちょうどいいわ。
待っててね。今日を、忘れられない日にしてあげるから。
私をコケにしたあんたにも、私をあっさり捨てたお前にも。
どうして私がこんなことするのか、理解出来ないだろうなぁ。
いいよ、理解出来なくて。
だって、ぶち壊れた人間の思考なんて理解出来っこない。
理解出来たらぶち壊れてないか、その人もぶち壊れてるのか。
でも、ま、彼とあんたには理解出来っこない。
さて、殺っちゃうか。
ドアを勢いよく開け放って、わざと足音を響かせて中に入る。
「いきなりなんだよ!?今更ヨリ戻したいとか言うんじゃねぇだろな!?」
かなり狼狽えた様子で吐き捨てる。
彼の友達もびっくりしてる。
馬鹿?そんなみっともないことしないし。
こうすんのよ。
鞄から包丁を取り出す。そしたら、嘘みたいに静かになった。
「お、落ち着けよ……。話し合おう?な?」
話し合い?何を話し合う訳?
安心しなよ。別にあんたらを傷つける訳じゃない。
こうすんの。
包丁を、私の首に押し当てて、おもいっきり引く。
当然、血が噴き出す。
「あははははっ!」
血が出て痛いはずなのに、何も感じない。
血を噴き出しながら笑う私が怖いのか、皆青ざめて一言もない。
あいつは、信じられないって目で、私を見る。
力が抜けて、床に倒れた。あーあ、もう死ぬな、私。
安心しなよ。別に二人を恨んでる訳じゃないから。
私が憎いのは、あんた達が取った行動。
ま、理解されなくてもいいけど。
私に恨まれてると、怯えながら過ごすのもいいんじゃない?
じゃあね、おやすみ。
「……………………」
周りが騒がしいのに、何ひとつ音が聴こえてこない。
どういうこと……。なんで、どうして死んだの?
まるで見せしめみたいに、私の目の前で、笑顔で。
また、ダサい私に逆戻りしちゃう。
駄目、私じゃ駄目なのに。
誰かの真似をしないと、私じゃ駄目なのに!
なんで死んだの?どうして私のお手本でいてくれないの!?
首から血が流れてるのに、狂ったみたいに笑いながら、笑ったまま死んで。
分からない。怖い。
見つけなきゃ。次のお手本見つけなきゃ。
怖い。私を見つめてるようで怖い。
見ないで。そんな目で見ないで。
彼女が持ってた包丁を取って、私の目に突き刺した。
コピー女-自殺=復讐- 了