中々相合い傘してくれない君
帰宅を告げるチャイムと同時に窓を眺める。雨がひどく降っていた。雨音がひしひしと伝わる。窓も水滴がついて外の風景もぼんやりとしか見えない。
僕は思わずため息をついた。生憎傘など持ってきていない。このままでは、びしょ濡れになりながら帰らないといけない。制服が雨でベタベタになるのは本当に気持ち悪い。どうして朝のニュースで今日は夕方から雨だと知っていたのに、傘を持ってこなかったのだろう。本当に馬鹿だ。朝家を出るとき僕がどのように考えてたかというと、今は雨が降っていないから、傘は持って行かなくていいかである。本当に馬鹿である。だが、仕方ない。生まれてから18年このような僕のめんどくさがりな性格はいっこうに直らないのである。不治の病気のようなものである。
正直今から帰るのは億劫だが、待っても雨脚は弱くならないだろう。僕は重い腰をあげて、学生鞄をからって、玄関へ赴いた。
玄関の前まで行くと、雨の強さが先程よりも強く感じる。余計帰るのが億劫になったが、何とか上靴からローファーに履き替えて、外に出た。
外に出ると、すぐに雨が一滴、二滴、三滴……と無数のの雨粒が僕に衝突し始めた。10秒もしないうちに雨でびしょびしょになった。かけている眼鏡も雨のせいで視界を見通せない。しょうがないから、外したが、今度は雨が目に浸みる。
走って帰宅してもよかったが、疲れるのも嫌なので、雨にやられながら歩いてトボトボと自分の足を家の方向に歩かせた。
歩きながら、周りを眺めると傘をさして談笑しながら帰ると同じ高校の生徒たちが目に入る。傘に入れてほしかったが、眼鏡を外しているのではっきりとは見えないが、おそらく知り合いでない人しかいない。
楽しそうだなと周りの人らをぼーっと眺める。今日に限って特段誰かと帰ろうと思ってたわけではないので、しょうがなくはあるが、少し羨ましい。
しばらく歩くと人通りも少なくなって気づけば道には僕一人だった。
もうそろそろ家にも着く。今日の中で唯一運が良かったことは、学校から僕の家が近いことだ。二十分も歩けば、すぐに着く。あと十分くらいか。
そんなことを考えていると、後ろからピチャッと音がした。人がいたのかと思ってぱっと後ろを眺めると、大きな傘をさした小柄な女子学生が立っていた。傘で顔が隠れてすぐには誰か分からない。その子は、ゆったりと顔をあげて傘の下からこちらを覗く。目が合う。
その瞬間すぐに誰か分かった。クラスメイトの女の子、其田 麗である。彼女は僕を見るやいなや、顔を少ししかめた。
彼女とは、幼稚園、小学校、中学校、高校すべて同じだ。いわゆる幼馴染であるが、”人間あるある”で年を重ねるたびにだんだんと話さなくなってよそよそしくなってしまった。そして最近は何故か妙に僕に対する当たりが強い。ずっと睨まれてるような視線をよく背中で感じる。
話すのには抵抗があるが、せっかくなので話しかけよう。周りに人もいないし、コソコソ話されることもないだろう。僕は深く息を吸ってから、言葉を発した。
「奇遇だね。其田さん。」
彼女は、鋭い目つきで尖った声で返答する
「こっちからすれば不遇かしら。」
中々に洒落た言い回しで、僕と遭遇したことの不幸を表してくれた。そんなに嫌か……僕と会うの。別に彼女に何かしたわけでもないのに。何なら、フレンドリーに接してきたはずなのだが。
僕はなんて返答すればいいか分からず、とりあえず苦笑いを浮かべる。少しの間沈黙が続いたが、彼女がまた話し始めた。
「あなた、傘忘れたの?朝のニュースを見てないのかしら、馬鹿ね。」
切り出したかと思うと、淡々と僕に対して罵倒してきた。ほんとう、ひどくないか。
「じゃあ、馬鹿な僕を、君の大きな傘に入れてくれやしないか。」
高飛車な彼女に圧倒されるわけにはいかない。僕の方から、茶化すぐらいじゃないと、非常に体の皮膚全てがむずむずするような感覚に覆われたが、思いきって口に出してみた。
「いやよ、あなたが私の傘に入ったら、私までぬれちゃうじゃない。それにあなたと隣り合わせなんていや。」
案の定の返答だった。僕が残りの帰路を雨に濡れずに過ごすには、惜しくも至らなかった。いや、惜しくもない、百億パーセント、地球の自転がいきなり逆になったとしても、無理だっただろう。
「不快にさせてゴメンね。おとなしく帰るよ。」
僕はそう言って、前を向いてまた歩きはじめた。雨が身体に浸みる。ちょっとすると後ろの彼女もまた、歩きはじめる気配がした。気まずいので家に着くまでの間は、絶対に後ろを振り向かないようにしよう。彼女とは家が近所なので帰り道もほぼ同じだ。振り向いたら、また顔を合わせてしまうだろう。
家まで残り50メートルぐらいになったときだろうか、後ろからいきなり先程と同じような鋭い声が聞こえた。
「やっぱり、傘入れてあげる。ただ、傘はあなたが持って。」
僕はびっくりして、後ろを振り向く。そこに鋭い目つきをした其田さんが立っていた。また目が合うが、すぐに彼女は目をそらす。
いきなりすぎて僕は状況がよく分からなかった。例えるなら、校庭にUFOが不時着するぐらいのことである。数秒の間僕は、フリーズしてしまった。
「早くして。」
彼女の声ではっと我に帰る。
僕は慌てて言われるがまま彼女の指示に従った。
僕が傘を持って、隣には彼女が立つという、数分前の会話からは決して想起できない状況が今ここにある。何故ラスト50メートルでいきなり傘に入れてくれたのだろうか。いっこうに状況がうまく掴めないまま、僕は再び家へと足を進めた。
残りの帰路、僕から会話を始めることができるわけもなく、かといって彼女から会話を切り始めるわけでもなく、ただひたすらに沈黙の時間が続いた。傘にぶつかる雨粒の音がひどく鮮明に聞こえる。
結局そのまま、僕の家に到着してしまった。とりあえず「ありがとう」といって彼女に傘を返した。彼女をが受け取ると「じゃあ」といってすぐに走り出してしまった。
僕は雨の中を駆け抜ける彼女の後ろ姿を呆然としながら、雨に打たれながら眺めた。大きな水溜まりの上をためらいもなく走って、大きく水が跳ね上がる情景が鮮明に僕の目にうつった。




