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読める鎮痛薬  作者: 九重有
子供たちへ

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6/14

六通目 迎えに行く



今、子供の君たちへ。


大人になった君が

この連作を読んで、胸の奥がじわっと痛むなら

それは“昔の話”が蒸し返されたからじゃない。

今もまだ、終わっていない場所があるからです。


子供の頃の痛みは

時間が経てば勝手に小さくなる、と思われがちです。

でも、痛みって

忘れたふりをした分だけ

形を変えて残ります。

言葉にならなかったものは

言葉にならないまま

身体や癖や、選び方に入り込む。


たとえば

人に頼れないとか

謝りすぎるとか

怒れないとか

逆に、急に強い言葉になるとか

誰かが少し不機嫌なだけで

自分が悪い気がするとか。


それは性格じゃなくて

生き延びるために覚えた方法かもしれない。


「大丈夫」と言い続けた人ほど

本当は、大丈夫じゃなかった。

でも、あの時の君には

大丈夫と言うしかなかった。

言わなければ、守れなかったものがあった。

だから責めないで。

あの頃の君は

君なりの方法で、生き延びた。


迎えに行くっていうのは

派手なことじゃありません。

過去を変えることでもない。

ただ、置いてきた自分に

今日だけ、少し手を伸ばすことです。


胸が痛むとき

「また弱い自分が出てきた」と思わなくていい。

弱いんじゃない。

まだそこにいる。

泣き方を忘れていない子供が

君の中で、ちゃんと息をしている。


もし君が

誰かの痛みを見たときに

妙に苛立ったり

急に冷たくなったり

逆に、必要以上に助けようとしたりするなら

そこにもサインがあります。

他人の痛みは

自分の痛みに繋がっているところを叩く。

叩かれると、人は反射で守る。

それを悪い人間だと思わなくていい。

守り方を知らないだけの日もある。


子供の君たちへ。

大人の君へ。


迎えに行くのは、今日じゃなくてもいい。

でも、今日ならできることが一つあります。

自分に、ひとことだけ言ってください。


「そうだったね」


それだけでいい。

過去の君が、少し息をします。

息をした分だけ

今の君も、少し生きやすくなる。


今、子供の君たちへ。


置いてきたものは

思い出した瞬間から、迎えに行ける。

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