【09 会津野菜作り開始!】
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・【09 会津野菜作り開始!】
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ちょっと時間が経過した。
その間、料理部の部活も無く、それなりに穏やかに生活していたのだが……まあ卓球部はいろいろ大変だったらしいけども。
暇にしている稀子が乱入し、持ち前の運動神経で卓球部を全員なぎ倒してしまったらしい。
面目丸潰れなわけだし、稀子が「卓球なら世界一目指せるかもなぁ!」とか言って、さらにヘイトを溜めて、それの処理に俺が駆り出されることになって。
なんとか俺が言った、
「プロ目指したなら分かるだろ。選手によって特徴があるんだから、それを学んだら卓球部の人たちも稀子の対策なんて簡単にしてくるぞ。オマエが勢いでやってきて、その時点で卓球部のみんなは少し蹴落とされていたわけだから、勝ってもおかしくはないぞ」
に、稀子も納得したのか、
「そりゃそうだ! 訳分かんない原始人みたいなのが一番強いみたいなところあるからなぁ! 対策立てられたらダメかぁ!」
「あとウチの高校、兼部NGだから。本当に目指せるか分からない卓球のプロよりも、料理部のほうが稀子のタメになると思うぞ」
「そうだなぁ! なら卓球部のみんなも料理部に入ればいいのになぁ!」
と会話して終わったけども、最後の一言は俺も稀子も余計だったな。納得させたわけだからそのまま帰らせれば良かったんだよな、きっと。
まあ俺がものすごい角度と覚悟の頭の下げ方をして、事なきを得た……はず。
さて、今日の朝から、料理部が改めて始動することになった。
菜緒さんが俺へ向かって、
「東北の福島の地域の場所の会津野菜の種を今日受け取りました!」
「じゃあ今日から畑作りだな」
と答えたところで、稀子がやって来て、
「アタシも仲間に入れろー!」
と声を張り上げて、うるさいなぁ、とは思った。
菜緒さんはちょっと押されながらも、
「では昼休みから畑作りをしましょう。もう昨日の段階で高校の中の先生たちの職員室へ行って校長先生と早坂先生には伝えていますので」
すると稀子が菜緒さんへ、
「いっつも思うけども、そんな”の”で繋げなくていいぞ。分かるというか分かりづらいから」
と何気なく言ったんだけども、菜緒さんは顔を真っ赤にして、
「すみません……癖です……」
と俯いた。
俺はちょっと軽く溜息をついてから、
「いちいちツッコまなくていいだろ、大体分かるだろ」
と言ったんだけども、稀子はハッキリと、
「でも変だぞ」
と言って菜緒さんはよりこうべを下げてしまった。
確かに変ではあるけども、そんな言うか? とは言え、この辺りで直したほうがいいような気もするし。
だからってお節介を発動させて『未来のことも考えて直したほうがいいよ』と一緒に言うことも何か違うし。
まあとにかく、
「人には人のペースというものがあるし、その人の癖もあるし、好きにしていいんだよ」
と言ったところで急に菜緒さんが大きな声を上げて、
「直します! 永嗣くんも私がそういうの出ていたら指摘してください!」
俺はちょっとビックリしながらも、
「わ、分かった……」
と返事をした。
稀子も何だか優しく笑っているようで、嫌味な感じではなかった。
まあ今回は結果オーライって感じなのかな?
朝のホームルーム前はこんな感じで終わり、授業も受けて、昼休みになった。
俺と菜緒さんと稀子はチャイムと同時に校長先生がいる職員室へ行き、校長先生と共にその畑になる予定地へ行った。早坂先生は来なかった。何かいなかった。
畑になる予定地は旧校舎の周りで、光がバッチリ差すところだった。
旧校舎の近くにある小屋のような場所は光によって劣化している感じだが、どんよりした感じじゃないので、何だか気分は明るい。
校長先生は既にその小屋のような場所にスコップやクワなどを置いておいてくれていたらしい。準備がすごい。
さて、これからどうするのかなと思っていると、菜緒さんが、
「まず雑草を抜いて更地にしましょう!」
と言うとすぐさま校長先生が、
「会津さん! 正解です!」
と声を上げて、正解だったんだ、正解っていいなぁ、と思った。
そこから俺と菜緒さんと稀子は勿論、校長先生も一緒になって雑草を抜き始めた。だから早坂先生は来ないんだと思ったと同時に嫌なヤツだなと思った。
そこそこの力仕事というか、抜いた雑草はすぐにいっぱいになるので、まとめて置く場所に投げに行くため、その度に立ち上がったり座ったりして、相当なスクワットだった。
でも稀子は余裕って感じで、俺は、
「やっぱり足腰は強い感じなんだな」
と話し掛けると、稀子はサムズアップしながら、
「そりゃ勿論! 農業も良いなぁ!」
と言って頼もしい。
「そうやって前向きなところ、すごく良いなぁ」
となんとなくそう言ったつもりだったんだけども、稀子は、
「アタシのこと分かってんね!」
とめちゃくちゃ笑顔で返してきて、そんなにか? とは思った。
今度は菜緒さんのほうを見ると、何だか菜緒さんは不機嫌そうで、やっぱり重労働のようなモノは苦手なんだなと思った。
昼休みの食事の時間は残して一時中断、俺たちは教室に戻っていった。
気付いたら爪に土がいっぱい挟まっていて、ちゃんと洗わないと、と思った。
一緒に並んで洗っている時に菜緒さんが、
「でも楽しいですね! 農業って!」
と言ったので、俺は同意したわけだが、あの時の表情は明らかに楽しんでいる様子じゃなかったのになぁ、とは思った。
今の発言は完全に本当の本当って感じだし。よく分からん。
放課後になり、また雑草を抜いていき、あらかた土が全部見えたところで、クワで耕しながら、校長先生がくれた堆肥を混ぜていき、畝を作るわけだけども、このクワの作業がめちゃくちゃ大変で、正直腕なのか腰なのか、いや全部がぶっ壊れそうだった。
校長先生が俺を見ながら、
「これにはコツがありますが、僕は教えかたが分かりません。自分で最適解を探してください」
と言って、マジで大変だ、と思っていると、稀子はもうコツを掴んだみたいで、さっさっとやっている。凄過ぎる。センスの塊だ。
堆肥を上から掛けていく係の菜緒さんは堆肥の袋を重そうに持っているけども、何だか楽しそうで、やっぱり楽しいは楽しいんだなと思った。
対する俺は正直ちょっとキツイ、いやかなり。
すると校長先生が、
「こういうのは最初だけなので、頑張っていきましょう!」
と言ってくれて、モチベーター型の先生だと思った。早坂先生は美味しい時にしかいない最低の教師。
すると稀子も、
「永嗣! ガンガン行こうぜ! っつっても慣れなきゃダメだもんな!」
「逆に稀子は何でもう慣れているんだよ」
「分かるんだよな! こういうの!」
「凄過ぎる、何でもプロになれそうだな」
「だな!」
快活に笑う稀子。
何をしていてもこんな明るいって、マジで才能だと思う。
すると目に映った菜緒さんがまたちょっと不快そうな顔をしていて、何だろうとは思った。まあいいか、重さが染みてきたんだろう。
それなりの畝が完成したところで、最後に種を蒔くことになった。
まずは校長先生がジョウロに水を汲んでくださってから、みんなに種を渡していく菜緒さんは、
「これは会津余蒔胡瓜の種です」
すると校長先生が、
「胡瓜ということはあとで”手”も作らないといけませんね」
「はい!」
何だろう、専門用語が飛び交っている。
でもこれも勉強だ。俺はあの野菜畑のもっこりとした部分を”畝”と呼ぶことも初めて知った。稀子もそんな感じだった。
俺は何かどんどん頭が良くなっている気がして、気分は良い。
”手”というのもあとで知ることになるのだろうし、俺もそれを作るのだろう。楽しみだ。
さて、受け取った種をどう蒔いていくのかなと待っていると、稀子が上からパラパラと畝に向かって掛けるように蒔き始めて、
「大きくなぁ~れ~」
と言っていて、何か『美味しくな~れ~』と言いながらパンを作るジャムおじさんみたいだなと思っていると、菜緒さんが急に大きな声を出して、
「ダメです! 種は等間隔に蒔くんです!」
と言って稀子はハハッと笑いながら種を拾い始めて、
「ジョーク、ジョーク」
と言ったんだけども、絶対マジだっただろと思った。
そこから俺は菜緒さんと校長先生の指導の元、等間隔に埋めていき、最後に上からジョウロの水を掛けていった。
ここから基本的に芽が出るまでは毎日水を掛けていくらしいけども、その辺は大変なので、と、校長先生がやってくれることになった。
校長先生、家庭菜園好き過ぎる。
でも”手”を作るのは一人では大変なので、みんなでしましょうという話になった。
そんなに手強いのか、手というヤツは。今から楽しみだぜ。
次の日の昼休みは会津丸茄子の苗というモノを植えることになった。
苗とは既に芽が出て、幹も出て、本葉も出ている状態のモノのこと。
そういうモノを畝に直接植え付けていくらしい。
この苗は今日の朝におばあちゃんから直接受け取ったという話だ。サンキュー、菜緒さんのおばあちゃん。
菜緒さんは久しぶりにおばあちゃんに会ったらしく、朝からハイテンションで俺に話し掛けてきていた。
やっぱり嬉しかったんだろうなと思いながら、菜緒さんと会話していた。
苗の植え付けには校長先生は居なかった。まあ楽な作業らしい。
ただ相変わらずの座ったり立ったりなので、スクワットがすごいけども。
そんな中、稀子が、
「このくらいで入らないかなぁ、永嗣、オマエも押し込んでくれ」
「そうじゃなくてもっとスコップで穴を大きくしろよ」
「アタシのスコップは……遠っ! いつの間にかアタシのスコップ遠っ! 永嗣! 投げてくれ!」
「そういう危ないことはしないわ」
と言いながら立ち上がろうとすると、サッと菜緒さんが稀子にスコップを渡すと、稀子が、
「色カッコイイから永嗣のスコップが良かったんだけどな」
どうでもいいこと言ってんなと思っていると、菜緒さんが、
「どっちも一緒ですから、苗植えはスピード勝負です!」
「そう言われたらやるしかないじゃん」
そう言って稀子は作業を再開したのだが、すぐに、
「植える作業はダイナミックさが無い、永嗣もそう思うだろ?」
とどうでもいいことを聞いてきて、まずどうでもいいなぁ、と思っているうちに菜緒さんが、
「そんなこと言わずにファイトです! 永嗣くんは細かい作業も丁寧なのでダイナミックさなんて無くても大丈夫ですよね!」
「そうだなぁ、俺は正直こっちのほうが性に合ってるかも」
「やっぱりそうなんです!」
と何だか満足げに笑った菜緒さん。
何だろう、この小動物感がめちゃくちゃ可愛い。頭をなでなでしたい感じ。
いやまあセクハラ的にしないし、そもそも今、手がめっちゃ土だから絶対しないけども。
苗植えも終わり、最後に水を掛けてから、ご飯の時間もあるので、すぐに戻ることにした。
戻っている最中も、ご飯の時間もずっと菜緒さんはハイテンションで、元気だなぁ、と思った。
放課後、改めて様子を見に行くことにした。
苗付けから定着させることが大変なので、この時は少し多めでも、乾いていたら水をあげたほうが良いらしい。
俺がジョウロに水を溜めてから、持ってくると、稀子が何か、当たり前って感じに、特に語気も強めずに、自然に、
「やっぱり永嗣のこと好きだろ、菜緒って」
と言い出していたので、俺は即座に、キレているように見えるように、大声で怒鳴った。
「そういうイジリはマジでダメって言ってるだろ! そんなつまんないガキのイジリは辞めろ! 今すぐ謝罪しろ!」
でもその怒りがまるで表面上で、まだそこまで怒っていないことを見透かすように稀子は、
「いやいや、マジでマジで」
「そうじゃなくてぇ!」
と俺も何かマジで本気で怒ってきた。こういうイジリはマジで良くないから。
菜緒さんも顔を真っ赤にして怒っている感じだった。俯いてかなり不快そう。
「稀子! マジでそういうの辞めろよ! バカかよ! マジで!」
すると稀子はスッと俺のほうに寄ってきて、俺の顔を見て、耳元の髪を掻き上げながら、こう言ってきた。
「アタシは永嗣のこと好きだけどな」
俺は即座に、
「俺はそういうイジリを人にするヤツは嫌いだけどな!」
と答えると、稀子はう~んと斜め上を見ながら、
「何でみんな言いたいことをハッキリ言わないんだ?」
と言ったので、俺は矢継ぎ早に、
「ハッキリ言ってるだろ! 俺はそういうイジリを平気でするヤツは嫌いだ! もう料理部からいなくなれよ!」
「そうじゃなくてさ」
「そうだろ! バカ!」
とさすがに短絡的な口撃をしてしまったな、と思ったけども、だからって腹立つことは腹立つし。
というか、というなら、
「じゃあ菜緒さん、俺のことは好きじゃないってハッキリ稀子に言ってやってくれ! 分からせてくれ!」
と声を荒らげると、菜緒さんは真剣な瞳で、何故か俺のほうを見ながら、
「私、おばあちゃんから勇気をもらったから言う! 私も永嗣くんのことが好きです!」
と叫んで、俺は何か、もう、意味が分からず、ただただ、
「はぁ?」
と、パードゥン? のようなイントネーションで、そう言ってしまった。
いや! いやいや!
「だからそういう変なイジリはダメだって! 菜緒さんも! というかそんなこと言う菜緒さんは苦手!」
と俺は改めて叫ぶと、菜緒さんは深呼吸してから、冷静にこう言った。
「本気だよ」
そんなはずないだろ。何言ってんだよ、急に。というか俺が好き? 俺のどこがそんな良いの? 球磨川、ぁ、佳世の時も思ったけども。
みんなちょっと、男子の絶対数が少な過ぎておかしくなってる、マジでおかしい。
そもそも今は部活の時、そう部活をしないといけないんだから!
「本当のことだって言っちゃダメなタイミングがあるんだよ! これからも部活をやっていくのに、俺はどう接すればいいんだよ!」
と思ったことをそのまま大声で言うと、稀子が変に普通な感じで、鼻の周りを適当に掻きながら、
「永嗣の本音のままでいいじゃん。それが一番自然だよ」
いや!
「どう考えても不自然になるだろ!」
と俺はうなだれてしまうと、菜緒さんも何だか申し訳無さそうに、
「ゴメンなさい……」
と言ったので、でもこのまま終わらせることも何かおかしいので、というか何か否定したまま終わることは流れとして悪いので、
「でも勇気を振り絞って言ってくれたことはありがとう。そのことは否定しないよ」
そう一応答えることにした。
すると稀子が何かそれこそイジる感じで、
「イケメンだねぇ」
と言ってきたので、それはもうと思って、
「そういう言い方は禁止!」
とツッコんでおいた。
その後は俺が苗に水を掛けて部活動は終わったんだけども、マジで、マジでなんなんだよ、と思っていると、稀子が俺に向かってこう言った。
「ちなみにアタシもマジだから。永嗣のこと好きだから。そこ冗談で終わらせるなよ」
と言ってきて、マジなのかよ、と思ってしまった。ここはジョークだと思っていたから。
というか本当に何なんだ、急に何なんだ。
今、菜緒さんとも稀子とも別れて、一人で下校している。
急にどうしたんだ、急にみんなどうしたんだ。
俺が変わったみたいに、球磨川、じゃなくて佳世は言っていたけども、俺からすればみんなが変わり過ぎだ。
高校二年生になると何か変わるのか、価値観が変わるのか、いやいや、菜緒さん(や稀子)は今年から初めましてだけども。
……俺はどこか変わったのか? 変わったのか? 反芻してみる。
確かに流されるだけだった俺だけども、自分の意志で料理部をしたいとハッキリ佳世へ言うこともあって。
でもそれくらいじゃないか? それ以外に別になくないか? それが本当にすごいこと……のような気がしてきた。
俺って自我があったんだ、今までの俺ならどうしてた? あの今日の放課後、菜緒さんから告白されたら、そのまま付き合っていたか? いや稀子もそう言っているから、板挟みになるということか。でも今、何で俺は真っ先に菜緒さんを思ったのだろうか。これも自我なのか? どこか菜緒さんを選んでしまいそうな自分こそ自我なのか? じゃあ菜緒さんと付き合うのか? 応えるのか? だからってまだ、というか、付き合うとか考えられない自分がいる。これも自我か? というかそもそも好きと言われても別に何かが変わるわけじゃないし、そもそも付き合ったとて一緒に会話するだけだし、何が変わるわけじゃないし……いや分かるよ。高校二年生だから分かるよ、その先があるって。でも俺は今部活が楽しくて、俺は部活がしたいんだよ、それが一番の自我か。恋愛なんかよりも、俺はやっぱり部活がしたくて。部活に流されていたい、という自我か? 部活という自我か? 部活に流されていたいのか? もう訳が分からない。いやもう考えることは止めよう。訳が分からないじゃなくて、ちゃんと分かったつもりでいよう。
そうだ、俺の日常は別に変わらない。
だからそれでいい。
いつも通りでいい。
ただそれだけだ。
次の日、いつも通り登校することにした。
これで休むのはダサいし、そもそも一瞬でも休むという選択肢が浮かんだことに自己嫌悪だ。
別に、好かれることは良いことだし、悪いことではないわけだし。
何で俺のほうが休むんだという話だし、むしろちゃんと何か思った通りのことを言われなかっただろう、向こう側が休むならまだしも。
とか、思っているけども、でもマジでキツイ、本当にキツイのは間違いなくて。
何でこういう、恋愛なんてあるんだろうとは思う。
早坂先生の適当な下ネタのほうが余程良い、は、失礼過ぎるか。
いやいや自分の脳内で失礼もクソも無いけども。
でも何か、何か、なんというか、俺は恋愛なんてしたいと思わないって自我がハッキリあることに自分で気付く。
恋愛嫌悪というわけじゃないし、昔の俺なら球磨川、佳世の時点で、付き合っていたと思うけども。
そういうもんか、と、何も考えずに、思考停止で付き合っていたと思うけども、今こうやって、改めて人間関係を築き、気付いた時に、俺はこの友達という関係でずっといたいと思ってしまった。
そういう、男女の向こう側が嫌だ。
俺はずっと友達でいたい。
菜緒さんとは友達でいたいし、稀子がまあ良い感じの冗談だけ言うヤツなら友達でいいし、佳世もいつも通りの友達でいい。
他のクラスメイトもみんな友達でいいし、早坂先生もあんな感じなら、まあ悪くない。さすがに年上を友達と言うほどボケていない。
俺には恋愛が早い、というよりは、ただただこの状態を保ちたいという気持ち。
それは進歩が無いのか、停滞なのか、でもそうあっていたいんだから仕方ない。
もう流されて、流されて進むことを進歩と言いたくない。
流されて進んでいることはむしろ退化なんだ。
今の気持ちのほうが俺としては進んでいるつもりだ。
だから、これ以上、これ以上何も起きないでくれと思いながら、教室の扉を開けた。
すると全員から視線を浴びた俺。
何だこの感覚、何かまるでさっきまで俺の噂をされていたように。
嫌な予感しかしないけども、まあそそくさと自分の席に行こうとすると、佳世が叫んだ。
「もう言うなよ!」
静まり返る教室。
いやいや、誰も何も喋っていなかったけども。
でも明らかに不穏だ。おかしい。
と思ったところで、稀子が口を開いた。
「アタシに言ったのか? 佳世」
「そうだよ! オマエだよ! もういいだろ! 私が散々否定しただろ!」
「それは佳世の意見であってアタシの意見じゃない。アタシは改めて言うぞ! 本人も来たところだしなぁ!」
本人……って、俺のことだよな、何なんだ、一体何を言う気なんだ。
稀子はニヤリと笑ってから大声を上げた。
「アタシは永嗣が好きだー! そういうことだから、みんなもアタシと永嗣がくっつくように行動してくれ!」
何その台詞、と思っていると、なんと徐々に拍手が巻き起こり始めて、主に男子たちが、
「本当に言いやがった!」
「すげぇ! 稀子!」
「もうカップル成立だろ!」
「最高だな! 永嗣も良かったじゃん!」
な、なんだ、みんな、急に……急に人の気持ちを考えないでどうしたんだ、と思っていると、佳世がまた声を荒らげた。
「というかさ! こっちの質問答えなかったけども! そういうのちゃんと永嗣から許可得てんの? マジでぇっ?」
「じゃあ今答えよう! まだ得てないから、みんな協力してくれ! アタシと永嗣が付き合うように配慮してくれ!」
佳世は嫌悪感丸出しで、
「アホらしい、するわけないじゃん」
と冷たく言い放つと、稀子は堂々と、
「何なんだ? さっきから? というかもしや佳世も永嗣のこと好きなのかぁ?」
と言った時に男子だけじゃなくて女子も、
「ヤバぁ!」
「そういうことぉっ?」
「じゃあそういうことじゃん!」
「取り合いってヤツぅっ?」
と言ったところで俺がもう言わないとと思って、口々に割って入るように、
「もう好きとかそういうのナシ! そういう感情は今の俺には要らない!」
と遮ると、稀子は溜息をついてから、
「それは永嗣の感情、アタシにはアタシの感情があります」
「じゃあ言う! 俺は稀子が嫌いだからみんな俺を稀子から遠ざけてくれ! 協力してくれ!」
男子も女子も悪い意味でざわざわし始めた。
こうなったら意趣返しだ。
俺はこんなヤツと仲良くやるつもりは毛頭無い。
もう流されることは止めたんだ。俺は俺の主張をする。
俺はコイツを遠ざける!
稀子はムッとしながら、
「アタシのどこが嫌なんだよ!」
「そういうところ全部だよ!」
「永嗣に性欲って無いのっ? アタシ、ハッキリ言ってかなり見た目もスタイルも良いほうだけどもっ?」
「性欲なんて言葉、俺の生活には必要無い! 俺は! 今は友達だけでいいんだよ!」
「じゃあしょうがねぇなぁ、セフレとかでも全然良いけどね、そっから分からせるから」
「だからそういうことじゃねぇんだよ! バカにしてんじゃねぇよ! 男子だからってバカにしてんじゃねぇよ!」
俺は教壇を思い切り蹴った。
教壇はそのまま後方に倒れ込み、中からよく分からない書類がたくさん出てきた。
騒然とする教室、でも稀子だけは饒舌だ。
「男子って女子から言い寄られたら性欲の結果付き合うんじゃないのっ?」
「どんな創作物ばっか見てきたんだよ!」
「いやいや、みんなみんなそんな感じ。さすがにブスじゃありえないけどね」
「オマエよくこの時代に平然とルッキズムやりまくれるな」
「そんなん上の世代の価値観じゃん、アタシたち高校生だよ? 恋愛至上主義で良くない?」
「良くねぇよ! 俺はもうそんなモノには流されない! 流れっぱなしの俺はもういない! 俺は俺の自我で動く!」
「それはまあ普通だけどね、欲望のままに生きることは」
「そういうことじゃねぇ! 迷惑掛けんなよ! 周りに! マジで!」
そう言って何かつい手を広げてしまった俺。
それに対して稀子は、
「周りって盛り上がっていたけどね、男子も女子も。みんな恋愛が好きだからねぇ」
「みんなって俺も入ってんのか、俺を勝手にみんなに入れるな、俺は俺だから」
「何かトラウマでもあんの? 恋愛できないトラウマでもあんの?」
「何でもかんでも病的みたいに言うな! おい! 稀子! 全部が全部自分の思い通りになると思うなよ!」
と俺が言った刹那。
さっきまで饒舌ではあるが、ずっと淡々と喋っていた稀子が急に声を荒らげて、
「自分の思い通りになるなんて思ってないわ! 自分の思い通りになるなんて! 本当に思ってないわ! 思って! ねぇんだよぉおお!」
と腹の底から、叫んだ。
豹変したので、俺は身構えていると、急に俯いてから、
「ゴメン」
と言った稀子はその場を去りそうになったので、俺はとっさに、稀子に近付いて、肩を掴んで止めようとすると、稀子は力いっぱいに振り切る動作をして、俺は吹き飛んで、倒れてしまった。
そんな俺を見下すように稀子が、
「弱っ」
と呟いてその場をあとにした。
誰も稀子のことは追いかけず、全員俺のほうを見ている。
静かな教室。
俺は自分の席に戻って、座った。
みんな黙っている。
隣の席の菜緒さんもずっと俯いて黙っている。
何だ? 俺のせいか? 何でもかんでも全部俺のせいか? 何だよ、ありゃ。勝手に逆ギレして、バカじゃないの? 何か早坂先生が言っていたな、問題起こすとか起こさないとか、そういうヤツなんだろうな、前評判から。うるせぇ、全部うるせぇ、ずっとクラスメイトは良いヤツだと思っていたのに、あんなヤツの演説に喰らっちまってさ、何が彼女できてラッキーだなみたいな感じで、じゃあ球磨川と、いや佳世と付き合うよ、それなら佳世と付き合うし、何なら昨日込みなら菜緒さんと付き合うよ、稀子だけは絶対付き合わないよ、何だよ外堀から埋めようとするアレ、しょうもない、やり口が卑怯、スポーツマンシップが無いよ、アイツ、でも、あぁ、そうか、そうかもしれないなぁ、じゃあ、まあ、あれか。そういうことか。
俺は俯きつつも立ち上がって、教室を出て行った。
今のところ謝る気は無いんだけども、でも謝らないといけないことも言ったかもしれないから。
廊下を歩いていると後ろから声がした。
「永嗣くん! どうしたのっ?」
菜緒さんだった。
こんな時に菜緒さんか、こんな時は、本当はあんまり良くないんだけども、と思いながらも振り返ってから、
「ちょっと稀子のこと探してくる。めぼしいところもあるし」
「私も行く!」
「いいよ、こんがらがるよ、マジで。俺一人で行くから大丈夫」
「でも……」
そう俯いた菜緒さんに背を向けて、
「別に。ちょっと喋るだけだよ」
と背中でバイバイしながら、俺は前を進みだした。
菜緒さんの声はそれ以上しなかったので、菜緒さんは教室に戻ったんだと思う。
それは別にいいとして、稀子はきっと、きっとだけども、こういう時は、なんて、偏見かもしれないけども、と思いながら、グラウンドにある外の道具準備室に行くと、そこにはサッカーボールでリフティングをしている稀子がいた。
稀子は俺を見て一瞬ギョッとしたが、すぐに切なそうに、
「アタシのこと好き過ぎ」
と笑った。
「好きじゃないけども」
「何で分かった?」
「思い通りには確かになってないなって気付いてな。プロサッカー選手になりたかったんだろ、稀子はさ」
「そうだよ、でもケガでなれなくなった」
会話中もリフティングを続ける稀子。
見れば分かる、相当な技術があるって。
俺は呟くようにこう言った。
「サッカーボール」
「そう、ちょっとリフティングをな。未だに忘れられなくてさ。気持ちを落ち着かせたい時はいつもこうだ」
「悪かった。変な言い方した」
「別に。アタシはよく癇癪持ちだと監督から言われてたよ。結局その意地のせいでケガしたしな」
「そうか」
ちょっとの沈黙。
次の言葉を喋り出したのは稀子だった。
「チームメイトに言われたよ。普通の女子高生になれたんだから恋愛楽しめばいいって。無理して頑張ったけども、あんまり楽しくないな、女子高生って」
「恋愛ってよく分かんないけども無理するもんじゃないだろ。むしろ現実で無理という気持ちがあった時に癒し合う関係なんじゃないのか? 励まし合うというか」
なんとなく俺が持っている恋愛のイメージを言ってみると、稀子は、
「マジかよ」
と言って笑った。
その時に、ヤバイ、ダサいこと言ったかも、と思って内心焦ってくると、
「本気で好きにさせようとするなよ、永嗣」
と言いながらサッカーボールをカゴに優しく蹴り入れてから、ゆっくり近付いてきて、何かハグされそうだったので、俺はかわした。
すると稀子は大笑いしながら、
「良い身のこなしだが、ここはヒロインからのハグだろ!」
「誰がヒロインだよ、俺はオマエが苦手だよ。嫌いと言ってもいい」
「じゃあマジで恋に落とすなよ!」
と言いながら稀子は俺の背中を強く叩いてきて、咳が出てしまった。ここは本当にダサい。
稀子は笑いながらそのままどこかへ行った。
というか教室に戻ったのか?
俺も教室に戻るかと思って、そのまま帰ると、当然のように教室には稀子がいて、俺が入ってくるなり、こう言ってきた。
「永嗣は真面目だもんな」
そう優しく微笑みかけられて、何か、何か、ちょっとだけ一瞬というか、何か、なった。
知らん。何かなったけども、知らん。胸が何かなったけど知らん。
その後、朝のホームルームが始まり、授業があって、昼休み。
始まったと同時に稀子が立ち上がり、デカい声でこう言った。
「ゴメン! 朝言ったこと全部ナシ! こういうの他人の力じゃなくて自分の力で掴むものだから! 永嗣!」
と言って俺のほうを振り向いた稀子。
余計なこと言うなよ、と思っていると、
「永嗣こそマジでゴメン! 永嗣の気持ち考えていなかったし、全部同じ男子だと思って侮っていたかもしんない! そんなことはもうしない! ちゃんと永嗣のことだけ見るから! これから改めてよろしくお願いします!」
そう言って頭を下げた稀子。
まあいいや、もうギスギスした空気とか嫌いなんだよ。
俺も一応立ち上がって、
「いいよ、もう。かしこまらなくて。じゃあ仲直りってことで。また同じ部活動のメンバーとして接していくから」
「もっと近い存在でもいいぞ!」
「調子に乗るな。だからまあみんなもあんま気にしないで。いつも通りの教室でやってほしい」
と言うと、急に佳世がめちゃくちゃデカい溜息をついてから、
「そんなんでいいの? 永嗣?」
「いいよ、別に。適当な感じが一番良いだろ」
「いつもみたいな台詞だけどもさ、永嗣って流されなくなったよね」
「そうそう、俺流されるの辞めたから、ウンコじゃないから」
「女子との会話で即座にウンコって言うな」
「じゃあ反芻すな」
と会話したところで教室でウケが起きたので、もう大丈夫かなと思った。
俺はいつも感を演出するために、すぐに菜緒さんに話し掛けると、菜緒さんはパァッと明るくなって、
「明日は茎立が送られてきます!」
と教えてくれて、茎立って何だろうとは思った。
楽しみだ。




