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【08 転校生】

・【08 転校生】


 六月という中途半端な季節に転校生がやって来た。

 その女子はハツラツとした感じで、というより腹から声が出ているようにクラスメイトに挨拶をした。

「アタシは澤口稀子さわぐち・まれこ! 女子サッカーのプロを目指して頑張っていたけども、ケガのせいでもうプロほどには動けないので、思い切って転校して一からやり直すことにしました! よろしくお願いします!」

 プロほどには動けないということは、ちょっとくらいは動けるといった感じか。

 いやこの人の動く動かないはどうでもいいけども。

 でもまあなんだ、元気過ぎる人だなぁ、とは思った。

 馴染める馴染めないで言えば馴染めるだろうな、ウチのクラスは何でもいいほうだから。雑食の教室だから。

 澤口は菜緒さんの右隣の席になった。菜緒さんから見て左隣が俺なので二個先か。あんまりデカい声出さないでほしいなぁ、と思っていると、澤口は案の定大声で、

「隣! 大丈夫か!」

 と菜緒さんに言ってきて、菜緒さんはちょっと圧に押されつつも、

「さ、さすけねぇ……」

 と方言が出てしまうと、澤口はアホみたいな顔で、

「さ、さすけねぇ?」

 とオウム返しすると、菜緒さんはあわあわしてから、こっちを見てきて、じゃあ俺が答えるかと思って、

「さすけねぇ、というのは菜緒さんが昔住んでいた会津地方の方言で、大丈夫という意味だよ。菜緒さんも転校生なんだ、今年の四月からの」

 すると澤口はデカい口で、

「方言! 可愛いなぁ!」

 とハッキリ『可愛い』と言ったんだけども、菜緒さんは困るだけで、そんなトラウマが出ているようではなくて、俺はホッとしつつも、

「あんま可愛いとか言うなよ、ただの方言だからさ」

 と今後は言わないように一応念を押すようなことを言うと、澤口はムッとしてから、

「可愛いもんに可愛いって言っちゃ何でダメなんだよ! 言いたいことは言わないと伝わらないぞ!」

「まあそうかもしれないけどもさ、一応同級生なんだからさ、可愛いってちょっと上から言っている感じしない?」

「いいや! 可愛いは褒めたい気持ち! つまり大切な感情だぁ!」

 と澤口が叫ぶと、何かちょっと拍手が出た。

 いや分かる、コイツの純粋な感情とこの演説力は分かる。

 でも、いや、もうあんま言わないほうが逆にトラウマをえぐらないかもしれない、と思って俺は引き下がることにした。

 するとそのことに気付いた澤口が大きくガッツポーズしながら、

「勝ったぁ!」

 と言って、コイツ、元・サッカー選手の槙野かよ、と思ってしまった。

 ディフェンスで相手フォワードと闘って、競り勝った時の槙野じゃん。

 何か変な問題起こさないでくれよ、と俺は心の中で願った。

 菜緒さんはわたわたしているだけで、別に俯いたりはしていないので良かった。というか、わたわた感が可愛い。絶対口に出さないけども。

 昼休み。

 菜緒さんはみんなから話し掛けられていたのに、澤口はなんと自分から話し掛けていき、なんならクラスメイトは若干ヒいていた。

 でも正直、そんなガンガン話し掛けられるなんて、マジですごいと思う。嫌味とかじゃなくて尊敬する。

 一限目の自己紹介はさすがに周りに押されていた感じだったが、昼休みになったら完全に澤口が勝っているなぁ。

 そんなことを思っていると、菜緒さんが、

「あの永嗣くん、早朝のホームルーム前の朝に話していたこと早坂先生へ言いに行きましょう」

 そうだ、今日の朝に菜緒さんが会津野菜を学校で育てたいという話を早坂先生にホームルームでする予定だったんだ。

 でもまさかの転校生が来て、うやむやになってしまっていた。

「じゃあ一緒に職員室に行こうか」

「うん!」

 俺と菜緒さんは喧騒溢れる教室からゆっくりと出て行って、職員室をノックして入るなり、早坂先生が俺を見てこう言った。

「何か澤口のヤツ、問題起こした?」

「いや全然そういう話じゃないですけども、問題起こすような子なんですか?」

「いや気性が荒いって聞いていて、あっ、これナシ、生徒に話すのナシ」

「流れるように喋っていましたよ、口が軽いですよ」

「でもまあ学級委員の田中だからギリOKにしよう」

 すると菜緒さんが、

「私もいますっ」

 と声を出すと、

「菜緒は気性が優しいのでギリOK」

 と早坂先生はサムズアップしたので、俺は、

「範囲意外と緩いですね」

「いやそんなことより、じゃあなんだよ、澤口が暴れたんじゃないのかよ」

「ギリOKにしたからってダダ漏れにしていいわけないじゃないですか。というか違いますよ。菜緒さんが言いたいことあるんですよね?」

 と菜緒さんに話を振ると、ビクンと体を揺らしてから、菜緒さんが、

「何で私がシングルのシンプルのたったの一人で言う感じなんですか! 永嗣くんもうんうんのそうそうの同意してくれたじゃないですか!」

 矢継ぎ早に早坂先生が、

「性的同意?」

 いや!

「職員室に判子もらいに来ませんよ! そういう下ネタはいい加減にしてください!」

 と声を荒らげると同時に、近くにいた校長先生が、

「早坂先生、みっともないですよ」

 と毅然とした態度で言い、早坂先生は照れ笑いを浮かべた。いや可愛くない可愛くない。

 菜緒さんは深呼吸してから、

「高校で東北の福島の地域の会津野菜を育てたいんです! 許可はもうおばあちゃんが取ってくれていて! だからおばあちゃんから種もらって会津野菜を育てたいです!」

 面倒クサそうな顔をした早坂先生よりも先に、校長先生が喋り出した。

「それはいいですね! いつか生徒がそう言ってくれないかどうか思っていたのですが、まさか料理部がそう言ってくれるとは!」

 早坂先生はおそるおそるといった感じに、

「会津野菜を、ですか?」

 校長先生は首を優しく横に振ってから、

「野菜をです。僕は家庭菜園が趣味でね、生徒と是非野菜作りをしたかったんです」

 すると早坂先生は嬉しそうに、

「じゃあその畑の監督は校長先生がしてくださるのですね!」

「まあ必要とあれば僕がしましょう」

 と頼もしそうに胸を叩いた校長先生。

 これはラッキーだなと思っていると、早坂先生が、

「それなら、部費も早く出して頂けるとこちらもいろいろ準備ができるのですがっ!」

 と目を銭のマークにしながら、そう言うと、校長先生は頷きながら、

「なるほど。まあ肥料などは僕のモノを分けてあげるとして、料理するための部費も早いところ捻出しましょうかっ」

 と機嫌良さそうに言って、早坂先生は細かく拍手をした。

 コイツ(早坂先生)、こっちのソレを利用して部費を早く捲き上げようとしている……最悪だ……。

 菜緒さんは無邪気な笑顔で、

「では東北の福島の地域の場所の会津野菜を作ること、許可して下さるんですかっ!」

 校長先生はしっかりと同意するように、

「はい、スペースも確保しましょう。といってもここは田舎の学校です。いくらでもスペースはありますからね」

「やったぁ!」

 そうバンザイした菜緒さん。小動物みたいで可愛いなぁ、と思っていると、なかなか手を下げない菜緒さん。

 何だろうと思っていると、菜緒さんがこっちをチラチラ見てきた。

 えっと、これはつまり、と思ってハイタッチすると、菜緒さんが嬉しそうに、

「はい!」

 と言って、何か、なんというか、心臓がドギマギしてしまった。何だろうこの感覚。

 いやいいんだ、可愛いだけだ、ただ可愛いだけだ、絶対言わないけども。

「では失礼します」

 と俺と菜緒さんは職員室から出て、一緒に育てたい野菜の話をしていた。

 教室に戻ってきた瞬間に澤口がこっちを指差して、

「ほらぁ!」

 と叫んだ。

 周りのクラスメイトは何だか「まあまあ」とか「まあいや」とか「あのその」みたいに、ちょっと戸惑っている感じだ。

 澤口はこっちへ向かってズンズンと歩いてきて、なんとこう発したのだ!

「で! 菜緒は永嗣のこと好きなん?」

 教室は騒然と共に何かクラスメイトは『やっぱり言いやがった』みたいな顔をしている。

 何かそういう話をしていた? というか!

「そういう好きかどうかイジりって一番やっちゃダメなヤツだろ!」

 と俺は一喝するように、大声でまずそう言ってから、俺は畳みかける。

「というか俺なんかモテないだろ! こんな無気力なヤツ! ただ周りに流されているだけのヤツ!」

 と叫ぶと、クラスメイトから口々に、

「いやまあそれは違うけど」

「永嗣は自称ほど無気力じゃない」

「誰も永嗣のこと暇な便利屋とは思ってないし」

 と言い出して、どうなってしまったんだ、何を言っているんだと思っていると、球磨川、じゃなくて、佳世が、

「というか永嗣、今年に入ってより良い感じになったよ」

 と言うと、澤口が即座に、

「今年になって永嗣は何か始めた?」

 と周りに聞くと、

「料理部始めたけど」

 と誰かが答えたところで、澤口は大きくガッツポーズしながら、

「じゃあアタシは良いお嫁さんにならないといけないし、料理部に入るか!」

 何か価値観が古いなぁ、と思いつつ、菜緒さんのほうを見て反応を確認すると、菜緒さんはちょっと不満そうだった。まあこんなうるさいヤツ、好きではないだろうなぁ。

 でも、

「部活って基本来るもの拒まずだし、じゃあ本気で料理部やるなら入ればいいんじゃないの?」

 と俺が言うと、澤口は俺の手を握りながら、

「やっぱそうだよなぁ! よっしゃ! 料理部で天下を獲るぞ!」

 と言いながら握っている手ごと拳を上げて、何か俺が勝者みたいになった。

 いやこの部活、菜緒さんの部活なんだけどな、基本的に。

 昼休みは何か好きイジリされたことは霧散して、そのまま料理部の話になり、澤口が俺と菜緒さんに料理部のことをしつこく聞き始めた。

 一応菜緒さんの会津好きからきていることを話すと、澤口が「会津ということは福島かぁ! 尚志がサッカー強いよなぁ!」と言って、コイツ、基本はサッカーなんだなと思った。

 その流れで、今日は部活が無い日だったけども、自己紹介がてら、みんなで調理実習室に集まることになった。

 菜緒さんが途中で抜け出して、早坂先生にその件を伝えた。

 澤口の圧が怖くて逃げ出したようだったけども、ちょっと断わりを入れて出て行くことができるようになったのも成長だなと親戚のおじさんみたいなことを思ってしまった。

 放課後、調理実習室に来た俺と菜緒さんと澤口と早坂先生。

 すると早坂先生が最初に声を出した。

「というわけで目玉焼きチェーック!」

 と言って卵を一個、澤口の前に置いた。

「これで目玉焼きを作ってもらって料理力を測るぞ!」

 何だよ料理力って、聞きなれない言葉だなと思っていると、澤口が、

「それぐらい余裕だろ」

 と言い、何も無い状態で卵を持って手を振りかぶり、割ろうとしたので、俺はとっさに、

「まだフライパンも出してない!」

 と声を上げると、澤口はやれやれといった感じに、

「出してくれればいいじゃないか」

 いや!

「自分で出すんだよ! 棚の中をまず自分で見ろよ!」

「どこにあるかとか分かんないじゃん」

「じゃあ聞けよ! 澤口! 殿様過ぎるぞ!」

「殿様は料理しないだろ、フライパンはどこだ? 菜緒」

 と菜緒さんに聞くと、菜緒さんは棚から出して、

「これがフライパンと、あと植物油です」

 すると澤口は躊躇なく、卵をテーブルの角にぶつけると、なんとそのまま割り切ってしまい、卵を床に落としたのだ!

 しかも黄身も割れてしまって、完全にダメになった。

 それを見た澤口が、

「割れやすい卵かぁ」

 と言ったんだけども、俺はちょっと、と思いながら、

「もっとちゃんとやれよ、あと角で割るよりテーブルの平らな部分で割ったほうがいいぞ。こぼれた時もリカバリーできるし」

 と言うと、澤口はハハッと笑ってから、

「悪い悪い」

 と言って、なんと割れてぐちゃぐちゃになった床の卵を足でザッザッとやって、まるで水を床に均して乾かすような行動をしたのだ!

「それ水じゃない! 乾かないから!」

「わぁぁああああああああああああ!」

 菜緒さんの悲鳴が飛んだ。

 それに対して澤口は、

「そんな声上げる必要無いだろ」

 いや!

「あるよ! 結構あるよ! 澤口! さすがに常識無さ過ぎるぞ!」

 と言いながら俺はしゃがんで乾いた布巾で床に落ちた卵をさらうように拭いていると、澤口が、

「アタシのフィジカルに負けてこけている選手みたいだ」

 と拭いている俺を見て、そう言ったんだろうけども、それは無視した。

 俺は生卵をまとった布巾を蛇口で洗い始めた。生卵ってそのまま下水に流していいのかな? でもしょうがない。

 すると澤口が、

「ちょっ、飛沫をこっちに飛ばすなよ、汚っ」

「汚いのは澤口の足で生卵をイジったからだろ、元来生卵と床は汚くない」

「おい、永嗣」

 と何だか凄むように、睨むようにこっちに向かって言ってきた澤口。

 足汚いイジリはダメだったかと思っていると、

「さっきからよぉ、澤口って言うな、アタシはずっと稀子と言われてきたから、稀子って呼べ」

「それ言うの今じゃないだろ、まあ分かった。稀子って呼ぶから早く目玉焼き作ってくれ」

 早坂先生は二個目の卵をどこからともなく取り出して、

「レッツトライ!」

 と何か上機嫌に言ったんだけども、明らかに上機嫌に言うタイミングでもなくて、何だコイツとは思った。

 ハラハラしているような目つきで見ている菜緒さん。俺は何かもう懐疑的って感じだ。

 澤口、じゃなくて稀子はまた卵を持って、手を振りかぶり……いや!

「振りかぶり過ぎなんだよ! もっとトントンでいい! 調子を確かめながらしろよ!」

「分かってるよ、それくらい」

 と言うと、稀子はさっきよりは手を低い位置にして、トントンと卵を割り始めた。

 絶対分かっていなかっただろと思った。

 ヒビが入ってきたところで、急に稀子は両手で卵を持って、フライパンの上に持ってきて、

「はぁぁい!」

 と言うと、パカッじゃなくて、バリベリベリと卵を割るというか砕いて、卵の黄身も白身も殻もほとんどがフライパンの上に落ちた。

「殻ぁぁああああああああああああああ!」

 と俺も叫んだつもりだったけども、菜緒さんがもっと高音で大音量で叫んでいた。

 稀子は何故かクールに、

「そう慌てるなよ」

 と言ったんだけども、殻を取る素振りも見せないので、俺が菜箸で、

「まず殻を取るんだよ!」

 と言うと、稀子はムッとしながら、

「殻もカルシウムあるらしいぞ」

「あるけど、こうやっては摂取しない!」

 そう言いながら俺はなんとか殻を全部取ったんだけども、まあ黄身は当然のように破れていて、目玉焼きにはもう絶対ならない。

 まあ黄身が破れるくらいなら、何だけども、殻が入り過ぎていて、それを取った結果、白身も多少なりに殻のほうについてくるから、もう量が少ない。

「あっ、そうそう油」

 と言って稀子は植物油を急にドボドボ掛け始めて、

「ストップ! もう揚げの量だぞ! それは!」

「まあ揚げも美味しいからな」

「目玉焼きを作れって言ったんだよ!」

 と俺がツッコんだところで、菜緒さんが菜箸でティッシュを掴んで余計な油を吸い取り始めると、稀子が、

「おい! ティッシュ飯になるぞ!」

「余計な油取ってるんです!」

「ティッシュ美味しくしてどうするんだよ!」

 と稀子の声の火力が何か上がったので、それを上回る俺の声で、

「ティッシュで余計な油を吸ってるんだよ! キッチンペーパー今無いから!」

 と言うと、稀子もやっと意味を理解したみたいで、

「キッチンだけにきっちんと言えよな」

 と言って全然面白くない、何もできないヤツ過ぎると思ってしまった。

 でもまあまだ油はそこそこ残っていて、白身の端がチリチリ言い始めた。

 揚げ状態だなぁ、と思いながら見ていると、稀子が、

「あと十分くらいかな?」

 と言ったので、俺は目を丸くしながら、

「もう結構いいんだよ!」

「じゃあやめるかー」

 と言ってなんとフライパンをそのままテーブルに置いたのだ!

「皿だよ! あと置くなら濡れた布巾を下に置くんだよ! 直火直後のフライパンをテーブルに置くなよ!」

「濡れた場所ならいいの?」

 と言いながら蛇口のところに置こうとしたので、

「それは違います! 皿出しますからぁ!」

 という菜緒さんの大声が飛び出して、菜緒さん、大声グランプリ出てる? って気持ちになった。

 なんとそれを皿に移した稀子。

 それをずっと黙って見ていた早坂先生がこう言った。

「最低得点だ」

 そりゃそうだろうけども、どうせなら数値で言えよ、0点とかでいいから。

 稀子は少し不満げに、

「初めての割にはうまくいっただろ!」

 と言ったところで、稀子よりもさらに不満そうに菜緒さんが、

「本当に料理が好きですか?」

 と聞くと、稀子は笑いながら、

「いいや全然。でも運動はできないしさっ」

 まあ嘘つかないところは清々しいけども、これじゃさすがに、といった感じなので、

「まあ俺も最初は料理のこと全然知らなかったからなぁ」

 と助け舟を出すことにすると、稀子が俺を指差しながら、ニヤリとして、

「おっ、もしかするとアタシのこと好きぃ? 男が料理作ってくれれば問題ナシか!」

 と訳の分からないことを言ってきたので、

「その場合は退部だけどな」

 と俺が答えると、稀子は首をブンブン横に振って、

「ナシ! 自分で作る!」

 と叫んだ。

 まあ俺の”俺も最初は料理のこと全然知らなかったから”が響いたのだろう。

 菜緒さんもさっきよりは軟化した表情で、

「最初はまず私と永嗣くんが作るところを見て学んでください」

 それに対して稀子が、

「おうよ!」

 とガッツポーズしたんだけども、本当に大丈夫かよとは思った。

 ちなみにその目玉焼きもどきはしっかり早坂先生が食べていた。

 本当、何でも食べたいんだな、コイツ。


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