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【06 クラスメイト】

・【06 クラスメイト】


 基本的に、菜緒さんの祖母から会津野菜が送られてこない日は部活ナシということになった。

 緩すぎるなぁ、と思ったけども、部費が正式に出るまでは早坂先生の(一応)財布なので、そうなることも致し方なしか、と思った。

 それはそうと俺は毎日、毎日というかずっと菜緒さんから話し掛けられる。

 前の席の球磨川も話に入りたそうだったが、球磨川が振り向くと、菜緒さんはドキィッと感じの顔をして、球磨川も空気を読んで、会話に入ってくることはしない。

 でも何かそういうのあんまり良くないなぁ、とは思っている。

 だって球磨川と菜緒さんが仲良くなったほうが構造的に良いから。

 こんな無気力な男子とずっと会話しているより、女子同士で仲良くなったほうが絶対良いと思うから。

 でもそれを無理やり促すことも違うということは理解している。

 それこそ壮大なお節介だ。別に球磨川には他の友達もいるし。

 そんなある日、菜緒さんから言われた言葉がこれだ。

「永嗣くんって接しやすいね」

 トリオコント師・ロバートのコントかと一瞬思ったけども、まあ持ち前の無気力さで反抗してこない、ずっと基本相槌を打って話を合わせる俺とは接しやすいだろうな、とは思う。

 時折菜緒さんは俺に対して、そう言うので、本当にそう思っているんだなぁ、と思っていると、急に球磨川が振り返ってこう言ってきた。

「田中の接しやすさは全員のモノだから! 勿論私のモノでもある!」

 と冗談っぽく言ってきて、多分菜緒さんがまた”接しやすい”と言う瞬間を狙っていたことは容易に感じることができた。

 まあ球磨川も菜緒さんと仲良くしたいんだなぁ、と思っていると、菜緒さんはおどおどし始めた。

 いや確かに急にそんな冗談言われても、って話なんだけども。

 ここは俺が何か言ったほうがいいかな、まず最初に。

「球磨川、俺は接しやすい屋さんじゃない」

 すると球磨川は吹き出しながら、

「何でもお店だとは思ってないわ、あれだろ、ボランティアだろ?」

「俺の行動を勝手にボランティア扱いすんな」

 と普通のボケ・ツッコミをしたつもりだったんだけども、菜緒さんはハッと何かに気付いてしまったみたいな顔をしてから、

「そ、そっか……永嗣くんって私に合わせてくれていただけなんだ……ボランティアとして接してくれていたんだ……」

 その流れに球磨川がまずヤバイって面持ちになって反応した。

 球磨川は焦りながら、

「いやいや! 今のギャグだから! ボケ・ツッコミだから! 内容に意味は無いよ!」

 とハッキリ言ったんだけども、菜緒さんは俯きがちになって、

「でも、そっか、永嗣くんは私に合わせてくれていただけか……」

 と落ち込みだした。

 でも実際、俺は、と自分の気持ちを顧みることにした。

 そんな時間あんま無さそうだけども、そう言われると実際どうなんだろうという気持ちも出てきたから。

 何か菜緒さんは”転校生で可哀想だから話を合わせてやっていた”ように感じているけども、本当のところは別にそんな思いは全然無い。

 俺はもう本当にそういうことも全部ひっくるめて、どうでもいいんだ。全然流されていればそれでいいという気持ちなんだ。

 と、伝えると何だか語弊があるかもしれないし、俺としても何か引っかかるモノがあって。

 俺は菜緒さんと一緒に喋っていて、何なんだ?

 そうか、多分俺としても接しやすいんだ。

 俺の苦手な話、例えば恋愛の話とかにもならないし、嫌なこと言ってこないし。

 ならそれらをひっくるめて、全部言うなら間違いじゃないな、うん。

「菜緒さん」

 と俺が声を出すと、その声にビクッと体を揺らした菜緒さん。

「俺は菜緒さんのこと接しやすいと思っているよ、基本俺は流されるだけなんだけども、菜緒さんは俺にとって面倒なことも言ってこないし、一緒にいてすごく楽だよ」

 すると球磨川が何かおそるおそるこう言ってきた。

「つーか田中にとっての面倒なことって何?」

「恋愛関係の話とかされるとめちゃくちゃ面倒。俺そういうのあんま興味無いから」

「それは分かる。何か恋愛の話はウザいよなぁ、こんな田舎の高校で恋なんて芽生えないよな!」

 と球磨川が言ったところで俺は球磨川と笑い合った。

 同時に菜緒さんも共感して笑っているかなと思ったら、何故かちょっと引きつったような笑顔だった。

 いや引きつってるか? ただ笑っているだけじゃないか? ちょっと違和感あったけども、まあいいか、笑顔は笑顔だ、と思うことにした。

 そんなところで他のクラスメイトの女子が話し掛けてきた。

「何か盛り上がってる感じ?」

 杉下だ。誰にでも気になることがあれば何でも口に出る杉下がやって来た。

 すると球磨川が、

「恋愛にあんま興味無いよなぁ、って話」

 俺もそうそうと相槌を打つと杉下が、

「分かる、何か絶対数が少な過ぎだよねっ」

 と言うと球磨川が、

「そうそう、ここ田舎過ぎるからなぁ」

 と言ったところで、菜緒さんがこう言った。

「でも田舎には田舎の良さがあります……」

 何かメインテーマからはズレているけども、でも恋愛の話が苦手なのに、田舎恋愛ディスしているのも変だし、というかそれはそれで恋愛の話は全て苦手だし、ちょうどズレて良かったと思いながら俺は、

「確かに。静かなところがいいよなぁ」

 それに対して球磨川は、

「まあ私はうるさいヤツだけども、杉下も!」

 杉下は球磨川の隣の席に座りながら、球磨川の肩を叩き、

「勝手に巻き込むなよ!」

 球磨川がケラケラ笑いながら、

「私はどんどん巻き込んでいくぜー」

 と言って、俺も菜緒さんも笑ってしまっている時にこの流れ、悪くないなと思えてきた。

 もしここで俺がトイレに立ったとして、この雰囲気なら菜緒さんも上手く馴染んで会話できるのでは、と思った。

 よしっ、ここが勝負時だと思って、俺は立ち上がり、

「めっちゃ静かにトイレしてくるわ」

 と言うと、球磨川が、

「デッカイ音も鳴らせよ!」

 とツッコんできて、下品なのか下品じゃないのか微妙だなと思いながら、その場をあとにした。

 勿論ちゃんと用を足してから、すぐに教室には戻らず、陰から菜緒さんの様子を眺めていると、ちゃんと会話しているようで良かった。

 何この、はじめてのおつかいの構造と自分で思いつつ、菜緒さんにバレないように、後ろの扉の陰から見ていると、菜緒さんが、

「ありがとなし」

 と言ったように聞こえた。あっ、方言出た、リラックスしている証拠かなと思っていると、球磨川と杉下がユニゾンして、

「「方言? 可愛い!」」

 と言ったところで事態が急変した。

 急に菜緒さんは黙って立ち上がり、なんとズンズンと教室の後ろの扉に近付いてきて、俺は廊下のほうへ逃げると、菜緒さんが俯いたまま廊下に出て、そのままどこかへ向かって歩き出したのだ。

 一瞬教室のほうを確認すると、球磨川と杉下がキョトンとして、固まっている。

 俺はすぐさま菜緒さんのほうを目で追うと、もうだいぶ遠くに行っていて、そろそろホームルーム始まるのに、と思って追いかけることにした。

 そのタイミングでチャイムが鳴ったんだけども、それよりも、と思って、

「菜緒さん!」

 と声を掛けると、菜緒さんは立ち止まって振り向いた。

 その時に俺は正直目を丸くしてしまった。

 何故なら菜緒さんは瞳に涙を浮かべていたからだ。

「何で!」

 と声を荒らげた菜緒さんに俺はどうすればいいか分からず、立ち尽くしていると、

「何で戻ってきてくれないの!」

 と大声を上げた菜緒さん。

 菜緒さんがこんなに取り乱しているところは見たことなかったので、あわあわしていると、菜緒さんは改めてこう言った。

「戻ってきてくれればいいのに! どうして! 戻ってきてくれないの!」

 自分のお節介が発動した上で、それが完全にミスったことが分かった。

 そこで一気に自分のトラウマがフラッシュバックして、またやってしまった、と立ち眩みがした。

 でもなんとか倒れないように自我を保って、菜緒さんと面と向かって、

「ゴメンなさい」

 と頭を下げた。

「ゴメンなさいじゃなくてどうして!」

「やっぱり男子の俺と一緒にいるよりも、女子と仲良くしたほうがいいかなと思って、意識的にすぐに戻ってきませんでした」

「そんな! 私は永嗣くんと一緒にいたい!」

 とハッキリ、流暢に言われて、俺は何だかドギマギというか、心臓が高鳴り始めた。

 いやいや、別に別に、そういうのじゃないし、そういう展開じゃないし。

 恋とか、そういうことじゃないけども、何か、そう言われたこと女子から無かっただけで、でも今はそういう展開じゃないし、普通に怒られてるし。

「ゴメンなさい、変な気の回し方はもうしません」

 と改めて頭を下げたところで、俺の頭が一発、グンッと下にさがった。

 菜緒さんにゲンコツ喰らったのか? と思っていると、隣に早坂先生が立っていて、

「何か知らんけど、もうホームルームだぞ。教室に戻れ」

 と言われて、早坂先生から出席簿で叩かれたことが分かった。

 俺と菜緒さんは早坂先生と一緒に教室に戻っていった。

 杉下はもう自分の席に戻っていて、球磨川は席に戻る菜緒さんのほうをチラリと見て、何か会釈していた。

 ホームルームが始まって終わり、一限目までの短い休みの時に、俺は菜緒さんからノートの切れ端を受け取った。

 そこにはこう書かれていた。

『女子から可愛いと言われることが苦手で、トラウマで』

 ここからは俺の予想でしかないけども、何かそういうイジメを受けていたっぽかった。

 俺はそのノートに『分かりました』と書いて、菜緒さんに渡した。

 そっか、そっかぁ、だからまあ女子が全般苦手ということなのかもしれないなぁ。

 でもこれって気に掛ければどうとでもなるようなことじゃないか? と思ったところで、またそれもお節介じゃん、と思って憂鬱になった。

 いやでもマジでこれは気を付ければどうとでもなるというか、女子から『可愛い』というワードが出なければいいだけじゃん。

 それくらいなら、別にお節介しても、悪いことではないのでは、と思い、ちょうど昼休みの時に、菜緒さんだけ早坂先生に呼ばれて職員室に行ったので、俺はその時にクラスメイトに言うことにした。

「あのちょっと! 聞いてほしいんだけども!」

 全員の目線が俺に向いた。

 俺は全員に聞こえるようにハッキリとこう言った。

「菜緒さんってどうやら女子から『可愛い』と言われることに抵抗があるみたいで、だからあんまり菜緒さんに可愛いって言わないでほしいんだ!」

 すると矢継ぎ早に球磨川が、

「可愛いのに?」

 と言ってきて、俺は頷いて、

「そう! 可愛いと思ってもダメ! 何かトラウマがあるっぽい!」

 すると杉下が、

「何だ、そういうことか……ドチャクソ嫌われたとかじゃなかったんだぁ……」

 と安堵の息をついた。

 球磨川も納得しながら、

「じゃあそれは分かった」

 と言ったところで、男子の一人が、

「男子が『可愛い』と言うことはどうなのか?」

 と聞いてきたので、そんなパターンは知らんがなと思いつつも、

「褒め方は他にもいっぱいあるから、一応可愛いは避けてくれ」

 と言っておいた。

 まあこれくらいのことは言ったほうが今後もみんなやりやすくなるだろうし、菜緒さんだってもう地雷を踏みこまれることも無くなるし、良いだろうと思った。

 この日は昼休みの終盤に菜緒さんが戻ってきて、

「明日は永田葱を持ってくるよ!」

 と元気に言っていたので、もう大丈夫になったんだと、胸をなで下ろした。

 次の日、教室に着くなり、菜緒さんが俺へ向かって手を振ってきて、何だろうと思いながら、席に着くと、菜緒さんが、

「もう職員室に永田葱を置いてきたよ!」

「永田葱ってどんな葱なの?」

 と早速聞いてみると、菜緒さんは意気揚々と喋り出した。

永田葱ながたねぎは、太くの長くの真っ直ぐの素晴らしくの成長をする、会津の冬野菜を代表する食材だよ! 江戸時代にも記されているから会津地葱の歴史はかなり古いみたい!」

 ”素晴らしくの”は余計なソレなんだろうな、と思いつつ、俺は、

「太いほうのネギなんだ」

「そうそう。土に掛けて育てるほうの、つまりは白ネギの部類なんだけども、 ネギ全体の半分以上を横にして土をかけて作られたもので、味はすごく甘くて柔らかくて、根深の良さを引き出しているんだぁ。ちなみに京野菜の九条ネギは青ネギだね!」

 そう言えば、九条ネギって何か全体的に青いような気がする。

 ということはこの永田葱は全体的に白いわけかぁ、俺は正直白い部分のほうが好きなので、有難い。

 菜緒さんは続ける。

「東北の福島の地方の会津地葱の永田葱は、 南会津町の永田地区で栽培されていることからその地名が付けられたんだよっ」

「これはシンプルに地域の名前が付いているんだ」

「大体そうだけどねっ、永田葱は南会津町周辺で栽培されていて、数年前までは出荷できるくらい大量に作られていたんだけど、現在は数名の生産者が自家用に栽培している程度まで減少してしまっているんだぁ……」

 そう肩を落とした菜緒さん。

 別に菜緒さんのせいじゃないのに。会津野菜の減少には気落ちするみたいだ。

 菜緒さんは、でもちょっとまた元気な面持ちにして、自分を奮い立たせるように、うんと一回頷いてから、

「まあでもそんなことは気にせず、美味しく食べてくれると嬉しいなぁ!」

「うん、じゃあ放課後になったらまた郷土料理も教えてよ」

「勿論!」

 そんな会話をしてからは、ずっと菜緒さんが別の会津野菜の話をしていた。

 こうやって新しい情報を得られるのは楽しいし、菜緒さんも嬉しそうだからそれでいい。

 昼休みになってすぐのことだ。

 早坂先生に呼ばれて、そのまま流されるままに調理実習室へ行くと、なんと、

「まず早速一品か二品作ってほしい!」

 と卵を見せながら言われたのだ。

 いや放課後じゃないんかい、もうやってくるんかい、タイミング。

 というか、

「早坂先生、俺たちもご飯まだですよ」

「兼用にすればいい! アタシも兼用にしてあげる!」

「してあげるって早坂先生が金欠なだけじゃないですか」

「金欠じゃない! 別に競馬に使い過ぎていない!」

「理由が教育上よろしくない」

 と俺が言ったところで菜緒さんがきょろきょろし始めて、それを見た早坂先生が、

「大丈夫! もう永田葱はアタシが持ってきている!」

 と教壇の下から取り出して、人様のネギを床に置いておくなよとは思った。まあ竹のザルの上に乗ってるからいいけども。

「じゃあ早速調理しますね!」

 そう菜緒さんは言うと、永田葱を軽く洗ってから、三センチほどのぶつ切りにしてから、たっぷりのお湯で茹で始めた。

 というか永田葱って太っ。

 白い部分と青い部分は半々くらいのイメージで、見た目としては下仁田ネギに近い感じ。

 菜緒さんは味噌と酢と砂糖を合わせて調味料を完成させ、茹で終えた永田葱に和えた。

「菜緒さんって酢味噌好きだよな」

 と俺が言うと、菜緒さんはフフッと笑ってから、

「地元の地域の会津の郷土料理に酢味噌が多いだけですよっ」

 まあそうかぁ、と納得した。

 昔はそんなに多くの調味料無いしなぁ。

「永田葱の酢味噌かけ、完成しました。次は玉子焼きを作っていきますね」

 と今度は卵を溶きほぐし始めた。流れが素早い。

 俺はつい菜緒さんの作業を見入ってしまうと、早坂先生はそんなことよりといった感じに、永田葱の酢味噌かけを口に入れて、

「旨い! 酸っぱ甘じょっぱい! 永田葱そのものの甘さと柔らかさも相まって、優しさもあるぞ! これ!」

 と言いながらすぐさまタッパに詰め始めたので、さすがに、

「昼ご飯じゃないんですか」

 と聞くと、早坂先生はムッとしてから、

「昼ご飯でもあるよ」

「何がそんな不満なんですか、変な行動しているのはそっちですよ」

 と言いながら俺も食べようとすると、

「田中はまず菜緒のほうを見て学んでろ!」

 と叫んだんだけども、菜緒さんが溶いた卵にみりんとめんつゆを入れながら、

「永嗣くんも永田葱を味わってほしいです!」

 早坂先生はチェーっといった顔をして、ちょっとだけ皿をこっち側に押してきた。

 チェーじゃぁないんだよ、と思いながら俺も頂くと、

「とにかく永田葱が甘い! 永田葱のとろとろさと酢味噌の滑らかさがうまい具合に口の中で混ざって本当に美味しい!」

「そう言ってくださると嬉しいです!」

 と言いながら菜緒さんは卵液に刻んだ永田葱を入れて、混ぜ合わせてから、フライパンで焼き始めた。

 すると菜緒さんが、

「やっぱり玉子焼き機じゃないと上手くまとまらないので、スクランブルエッグ風にしますね」

 と機転を利かせて料理を変更した。

 そういうのもアリかぁ、と感心していると、早坂先生が、

「どっちでも美味しいからいい!」

 と声を荒らげて、声を荒らげる必要は無いなぁ、と思った。

 菜緒さんは料理しながら、

「本当はお酒と砂糖なんですけども、みりんは両方の要素があるので、みりんに。白だしも無いのでめんつゆで代用しました」

 と言って、本当料理の上手い人って代替とかもすぐに思いつくなぁ、と感心した……じゃない、それは言葉にしなきゃ。

「そうやって代替がすぐ浮かんですごいよ、俺尊敬する」

 すると菜緒さんは頬を赤らめて、

「ありがとなし!」

 と言いながら皿に盛りつけた。

 いや手際が良いし、何よりも可愛い……は、言っちゃダメだから。俺が言うなってみんなに言ったヤツ、俺が言うところだった。危ない危ない。

 刻んだ永田葱が入った味付きのスクランブルエッグ。

 俺はそう反芻してから、箸で一口頂くと、

「美味しい……永田葱の甘さが塩気と合うというか、全体的に柔らかくて本当に優しい美味しさって感じがする……」

 菜緒さんはニッコリ微笑んで、

「永田葱の美味しさが伝えられたなら嬉しいなぁ」

 と言った。

 そのあとは三人でそれらを食べつつ、自分たちが持参した弁当を食べた。

 でも料理の半分以上は早坂先生がタッパに詰めてしまった。何だコイツ。

 もうこんな感じで教室に戻るのかなとなった時に、菜緒さんがふとこう言った。

「すみません、早坂先生。もしよろしければ少量でいいので、米粉を買ってきておいてくれませんか?」

 すると早坂先生はう~んと唸ってから、

「それは、美味しいか?」

 菜緒さんは自信満々の瞳で、

「はい! 美味しいと思います! 会津野菜で作るんで!」

「ならいいだろう!」

 と言って早坂先生はタッパを持って帰っていった。タッパ置いてけば良かったのに。

 俺と菜緒さんは教室に戻ったんだけども、米粉なんて何に使うのかな? パンでも焼くのか? でも確かパンを作るにはイースト菌とか必要なはず。それは無いしなぁ。

 教室に着いたところで、野球部の男子が俺に対してこう言った。

「何か料理の匂いがするなぁ」

「そんな言い方ないだろ。そうだろうけども」

「俺たちにも作ってくれよ」

「ちょうどいいタイミングで来たらな」

 そんな会話をしつつ、また席に戻って、永田葱の話を菜緒さんとし始めた。

 あっという間に放課後になり、俺と菜緒さんは職員室に永田葱を取りに行った。

 俺が一人で取りに行くと言っても、菜緒さんは首を振って、一緒に行くことになった。

 まあ別にどっちでもいいかというところもあるので、俺も素直にそれを受け入れた。

 職員室にいた則武先生から、

「ネギはもう早坂先生が調理実習室に持って行きましたよ」

 と言って、早っ、と思った。

 だってホームルームまで早坂先生とは一緒で、ほぼ同時くらいに廊下に出たのに。

 アイツ、廊下走ってやがる。部活中の生徒並に負荷かけて走ってやがるな。

 俺と菜緒さんは早坂先生早過ぎるという話をしながら、調理実習室の扉を開けると、開口一番に早坂先生が、

「米粉、買ってきたぜ」

 と何かイケボで言ってきて、何だコイツとは思った。

 でも実際菜緒さんは米粉で何を作るんだろうと思っていると、菜緒さんはフライパンを取り出しながら、こう言った。

「今日はグラタンを作ります!」

「「グラタン!」」

 と俺と早坂先生の声がユニゾンしたんだけども、俺は驚きの声で、早坂先生は嬉しそうな声だった。

 というか、

「グラタンって今ある材料で作れるもんなの? 牛乳は自販機で買ってこれるだろうけどもさ」

 と言ったところで菜緒さんが小走りで扉のほうに向かって、

「牛乳買ってきます! 忘れてた!」

 そう言っていなくなった。

 早坂先生と急に二人きりになってしまった。

 また下ネタとか言ってきたら嫌だな、黙っていてくれねぇかな、と思っていると、早坂先生が口を開いた。

「何か、勢いで料理部に入れちゃったけども、悪くないだろ?」

 そんなこと言うなんて意外だな(教師らしくて)と思いながら、

「まあ別に俺は何をしていても悪くないですよ」

「そう言うだろうけども、田中、オマエ、結構生き生きしているぞ」

「そんなウォーキングおじさんみたいに言われても」

「いやいや、いろんなことさせてきたけども、こういうことが好きなのかなって感じだなぁ」

 感慨深そうにそう言った早坂先生。

 いや、

「何教師みたいなこと言ってんだよ」

「先生なんだよ、合ってるんだよ」

 と会話したところで、もう、即座に菜緒さんが戻ってきて、

「牛乳買ってきたよ!」

 と二百ccの牛乳を買ってきた。

 早坂先生がお金を払うのかなと思って、見ていると、特にそんな素振りも見せないので、

「その牛乳代、俺が払うよ」

 と言ってお金を渡そうとすると、菜緒さんが、

「そんなんいいですよ! 私が好きでしているんですから!」

「いやいや、俺がこれから食べる永田葱代と考えれば足りないくらいでしょ。というか勉強代だってあるし」

「勉強代だなんて! 私が好きに押し付けているのに!」

「そんなことないよ、菜緒さんの会津の話、俺好きだから」

 なんとかお金を渡すと、菜緒さんが、

「好きって言ってくれてありがとなし!」

 と言って、略すなよ、変になるだろ、と思いつつ、何か心臓が高鳴ってしまった。

 さてさて、といった感じに、改めてフライパンをコンロに置いた菜緒さんが、

「一緒に永田葱を細かめに切っていきましょう!」

 と拳をグッと握ったので、一緒にまな板・包丁一本ずつ使って、永田葱を刻み始めた。

「こんくらいの大きさでいい?」

 と俺が聞くと、菜緒さんは、

「全然、適当でいいですよー」

 と笑った。

 何か二人で作業するのっていいなぁ、と思っていると、早坂先生が、

「何かダブル家政婦みたいでいいなぁ」

 と言ってきて、シンプルに何だコイツと思ってしまった。

 永田葱を切り終えて、菜緒さんはフライパンに永田葱を入れて、永田葱を炒め始めた。

 それを見ていた早坂先生が、

「油使わなくていいのか?」

 と言ってきたんだけども、それはと思って俺が、

「油まだ買ってないですよね」

「いや、もうアタシ買ってきたぞ。米粉と一緒に」

「じゃあフライパン用意する前に言ってくださいよ、なぁ、菜緒さん」

 と話し掛けると、菜緒さんは、

「まあ今回のグラタンって油無くても作れるので、今回は無くても大丈夫です」

 と答えて、グラタンってそんな簡単に作れるもんなのか? と思ってしまった。

 というかチーズとかも無いし、チーズって無くてもグラタンなのかな?

 それともチーズの代わりになるようなモノが作れたりするのか?

 菜緒さんは刻んだ永田葱を炒めていき、

「ほら、ちょっと永田葱が透明っぽくなってきましたよね。ここで米粉を大匙1入れます」

 そう言って米粉を計って炒めていた永田葱にそのままザッと一気に入れて、また混ぜ合わせ始めた。

 ちょっと粉っぽくなった永田葱に、今度は牛乳を入れ始めた。

 でも牛乳は一気じゃなくて、徐々に、少しずつといった感じで、入れて、都度混ぜている。

 菜緒さんは俺に話し掛けるように、

「牛乳は徐々に入れることによって、米粉がダマになりにくくなるんです」

「そういう効果があるんだ、ちょっとずつ入れるだけでも変わるもんなんだな」

「そうなんです。料理って不思議で面白いですよね」

「確かに。米粉は一気で牛乳はちょっとずつかぁ」

 と学んだことを反芻していると、菜緒さんはクスッと笑って、何だか可愛かった。

 いや可愛いって絶対言いはしないけども。自分でクラスメイトに言うなって言ったことだから。

 菜緒さんは(特に)女子から『可愛い』と言われることにトラウマがある。

 だからみんなに『言わないで』と菜緒さんがいない時に言ったわけだから、これは絶対言わない。俺は女子じゃないけども言わない。

 結局『可愛い』がトリガーなわけだから、これを言ったら女子でも男子でも思い出すはずだから。

「牛乳を全て入れ終えたら、牛乳にとろみが出るまでかき混ぜて一応完成です。塩胡椒で味付けしますね」

「……砂糖とか入れなくていいの?」

 と俺は少々ビックリしながら、そう聞くと、

「永田葱はとても甘い会津野菜なので、砂糖は要らないんです。他の調味料もいりません」

「そう言えばバターとか使うイメージあるけども、グラタンって」

「牛乳のコクで十分なんです。バターとか使うとカロリーも重くなってしまいますし、このままで十分ですよっ」

 そう笑った菜緒さん。

 そうだったのか……いやいや、これは、と思って、

「チーズ、チーズはどうするの?」

「本来グラタンにチーズは必要無いんです。このまま耐熱皿で焼けば完成なんですが、さすがにこれだけだと味気無いので……」

 と言いながら、フライパンの中身をそれぞれの耐熱皿に移してから、

「永嗣くん、それぞれの耐熱皿に一個ずつ卵を割って乗せてください」

「チーズの代わりに卵!」

 それはそれでギルティでは! と何かネットの言い方みたいな言葉が浮かんだ。

 俺は言われた通りに卵を割り入れると、菜緒さんが、

「じゃあそれをオーブンで焼いていきましょう」

 と言って、そのグラタンをオーブンで焼き始めた。

 これはすごい料理かつ、タッパ向きじゃないのでは? と思っていると、早坂先生は余裕そうで、何がコイツにとってタッパ向きじゃないんだと思ってしまった。

 無事完成して、オーブンを開けたと同時に、ミルクの良い香りと永田葱の甘い香りがしてきて、これはすごい! と素直に感嘆した。

 すると早坂先生が前に出てきて、

「卵が腐ってたかもしれない、最初の毒見は任せろ」

 と言ったんだけどもそれは華麗に無視して、

「個別に一緒に食べましょう」

 と俺が言うと菜緒さんも頷いて、早坂先生は小声で、

「タッパ……」

 と言った。

 だとしても『タッパ』じゃないだろと思いつつ、俺はまず一口頂いて……!

「ホワイトソースがしっかり甘い! 永田葱だけということだよな! これすごい! 塩気もちょうど良くて、牛乳自体に脂肪分があるからちゃんとコクがあって、美味しい! でも油は少ないからあっさりしているから、どんどん食べられる! 上の卵も良い感じにとろけて、うわぁ、合う! めちゃくちゃ美味しい!」

「そう言ってくれて、ありがとなしっ」

「グラタンってこうやって作れるんだ、すげぇ!」

 と言ったところで早坂先生がこう言った。

「実際本当にすごいんだぞ、ホワイトソースは一発勝負の料理だから腕が味に直結する。その点、得意料理が肉じゃがとか言うカスは本物のカスだ。何故なら肉じゃがはいつでも挽回可能な煮込み料理だからな」

 何で肉じゃがのことをディスったのかは分からないけども、そんなことよりもただただグラタンが美味しかった。

 まだまだ永田葱はあるので、次はどう使うのかなと思っていると、早坂先生がこう言った。

「残りの永田葱はほぼほぼグラタンにしてくれ、卵は乗せなくていい。ホワイトソースの段階で完成でいいから」

 コイツ……タッパに詰めて、家に帰ってから卵を乗せようとしている……!

 いやでも、

「いろんな料理作ったほうが料理部らしいんじゃないか?」

 と俺が言ったところで、早坂先生は高笑いをしてからこう言った。

「田中、オマエもグラタンを作れるようになりたいよな? じゃあ練習が必要じゃないか! なぁ!」

 くっ、まさかコイツごときに論破されるとは。

 確かに菜緒さんのいる時に練習したい、ならば仕方無い。

「じゃあ俺もグラタン作れるようになりたいので、菜緒さん、ご教授よろしくお願いします」

 そう言って俺は頭を下げると、菜緒さんは、

「小麦粉に比べて米粉はダマになりにくいから簡単ですよっ! 大丈夫です! ゆっくりやっていきましょう!」

 俺は早坂先生に促されることは癪だけども、菜緒さんと一緒にまたグラタンを作り始めた。

 たくさんのホワイトソースができたところで、なんと料理実習室に野球部の男子が大勢詰めかけたのだ。

 いや大勢と言ってもウチの学校だけなので、そんな人数いないけども、まあ全員だろう。多分一年生も三年生もいる。

「ホワイトソースってヤツか! これ食べていいのか!」

「永嗣が作ったの? すごっ!」

「教えたのは会津さんなんですね、そっちのほうがすごくね?」

 そんなことを言いながら大量のホワイトソースをパクパク食べていき去っていった。結構無くなった。

 でもこそげとるように早坂先生はタッパに詰めていった。

 いや俺、食べ終わりの皿からこそげとるの、あんまできないなぁ、他人の食べ終えた皿だから、と思いながら見ていた。

 そんな俺の思考とは別に菜緒さんは何だか別のことを考えているようだった。

 何だろうと思って、

「菜緒さん、何か考えていることある? 悩み事なら聞くけども」

「悩み事じゃないんだけどもっ」

「そっか、じゃあ俺の勘違いかっ」

「というわけでもないんだけども……」

「言いたいことがあったら何でも言ってくれよ。俺は大丈夫だよ」

「……本当は早坂先生に言いたくて……」

 と小声で呟いたところで、早坂先生は目を見開いてこっちを向き、愕然とした。

 早坂先生はぶるぶる震えながら、

「タッパ……ダメなのか……」

 と言い始めて、自覚はあるんだと思っていると、菜緒さんがこう言った。

「そうではなくて、食材がやっぱりちょっと少ないんです! 昼休みになったら早坂先生に希望した食材を買ってきてほしいんです!」

 何だそんなことか、それならいいんじゃないかなと楽観視していると、早坂先生がこう言った。

「なるほど、だがな、条件がある! 今ここで! アタシに甘くて暖かいスイーツを作ってほしい!」

 そんな交換条件を出す教師は嫌だ、と大喜利のお題みたいなことを思ってから、俺は、

「じゃあ別に永田葱じゃなくてもいいんですね、それなら作れますよ」

 と俺が言うと、早坂先生が声を荒らげた。

「田中がぁぁあああっ?」

「そんな驚くことじゃないでしょ、その程度のことなら俺に任せてください」

 と菜緒さんに向かって言うと、菜緒さんは俺と早坂先生を交互に見ながら、

「永嗣くん、回答が早過ぎる……」

「そんな話は簡単だからな、会津野菜使わないところは申し訳無いけども」

「さすがにスイーツに永田葱は無理だからそれは大丈夫っ、永田葱のジャムしか浮かばないから」

「あぁ、ルバーブみたいに?」

「そうそう、ちょっと葱クサさのあるジャムになっちゃうけども」

 俺もよくルバーブ出たなぁ、と思いつつも、俺は卵を取り出した。

 すると菜緒さんが、

「分かった! 卵と米粉と牛乳を混ぜてパンケーキにするんだね!」

「そんな方法もあったのか……」

 とちょっと俺は落ち込みつつも、

「いや卵と牛乳と砂糖だけでいく」

 と俺が言うと菜緒さんが「あっ!」という顔をしてから、

「じゃあ卵の黄身だけ取り出して、それを牛乳と砂糖と混ぜて、湯煎しながらゆっくり混ぜてカスタードクリームを作るんだ!」

「菜緒さん」

 俺はハッキリ菜緒さんの目を見て言うことにした。

「俺を越えないでほしい」

「いやそんなつもりはないですし! きっと越えていないですよ!」

「いいや越えてる」

「越えていないですって!」

「めちゃくちゃ越えてる」

 そんな言い合いをしていると、早坂先生が、

「簡単なヤツにしろよな! アタシが作るんだからな! 黄身と白身を分けることは不可能だ!」

 と叫び、菜緒さんは矢継ぎ早に、

「空の小さいペットボトルで吸わせることにより、簡単に黄身だけが取り出せ・・・」

 と言ったところで、それを遮るように早坂先生が、

「そういう工程はできん!」

 と声を荒らげた。

 ザコ過ぎるだろと思いつつも、

「そんなザコな先生でも簡単に作れる……プリンです!」

「プリンだと! いや! ザコって言うな!」

「この前作った茶碗蒸しを甘くしただけです。レンジ加熱ですぐですから」

 と言ったところで何かめちゃくちゃ楽しそうに早坂先生が、

「その手があったかぁぁああああああああああ!」

 何かコイツ、人生楽しそうだな、とは思った。

 菜緒さんも嬉しそうに、

「そんな手があったんだ! 確かにそれは簡単だね! というか発想は全然越えてないです! 私!」

「技術が越えているという話です」

 そう言って俺は牛乳と砂糖と卵を混ぜて、レンジ加熱して、簡単にプリンを作った。

「はい、甘くて暖かいスイーツ」

 そう言って俺が早坂先生に渡すなり、即座に食べて、早坂先生は、

「甘くて旨い……簡略プリンだ……分かった、今後は昼の時間に要望した食材を買ってきてやる!」

 菜緒さんはバンザイして喜んだ。

 でもまあいつか部費で出るんだよな、とは思った。


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