【05 昼休み過ぎて放課後の調理】
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・【05 昼休み過ぎて放課後の調理】
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結局昼休みはずっと俺と会話しているだけで終わった。
まあ俺は楽しいから別に良いんだけども、やっぱり女子と一緒に会話したほうが……なんてお節介はマジで止めたほうがいいんだろうけども、う~ん……うっ……何かそんなこと考えていたら、割と鮮明に昔のことがフラッシュバックしてきた……放課後になったからこれから部活が始まるのに……フラッシュバックがメインになっていく……昔の俺は今の自分がドン引きするほどにお節介だった。
いろんなモノに流されて生きていけばいいのに、それに逆らって、何にでも口を出すような人間だった。
中学生の頃、何かイジメられているっぽいクラスメイトがいた。
何が理由かは定かではないけども、一部の男子と女子からチクチク陰口を言われるようなクラスメイトだった。
俺はソイツが孤立することが許せなくて、幾度と無く、話し掛けていた。
でもそのクラスメイトの反応はイマイチで、何だか俺と一緒に喋ることはあんまり好ましく思っている感じではなかった。
しかしながらそれは俺を巻き込みたくないという優しさからくるものだろうと思っていたので、俺は諦めることなく喋ろうとしていた。
そんなある日、そのクラスメイトをイジメている連中からこんなことを話しかけられた。
「何? コイツの友達なの?」
そう言われた瞬間、一瞬躊躇してしまった。
何故なら俺が一方的に喋りかけるだけで、会話はあんまり成立しているようではなかったからだ。
”友達”という言葉の定義に当てはめるなら友達ではないかもしれない、でもまだまだこれからで、きっと、みたいな返答をしようとしたその時だった。
そのイジメられていたクラスメイトは声を荒らげた。
「やっぱりイジメられている僕のようなヤツに自己満で話し掛けてただけだろ! そうやって見下してたんだろ!」
そう言ってその場を去っていき、そのクラスメイトをイジメている連中はクスクス笑った。
一人取り残された俺は呆然としてしまった。
なら会話して欲しかった、とか、何か一方的だな、とか、でも一方的だったのは完全に俺のほうで。
この時、追いかければ良かったのかもしれないけども、俺は俺で”もういいや”と思ってしまい、もう全てを辞めることにした。
お節介なんてするからこんな気持ちになるんだ、誰かのためにと思っていたことが空回っていたんだ、そんなことを思って全てをゼロにした。
多分この辺りからだと思う。宇宙飛行士になることも無理なんだと思ったことは。
そうだ、自分の中で勝手に”宇宙飛行士になることは田舎だから無理”と思っていたけども、本当は違うんだ、違う理由だったんだ。
こんなところでさえリーダーシップのとれない人間が宇宙飛行士になんてなれるはずない、と思ったからだった。思い出してしまった。
そっか、そうか、何でこんなことをこのタイミングで。
俺は結局この時から後退だけし続けている。
流れて、流されるまま、たいした自我も無く、そして、それでいいと思ってしまっている。
でももう、そう思うしかないんだ。
俺の中では全て終わっているんだ……と考えたところで、何か、誰かが俺の肩をゆすっているような感覚がした。
「永嗣くん! どうしたの!」
と菜緒さんに結構肩を揺らされていることに気付いた。
どうやら俺は机に座ってずっと俯いてうんうん考えていたらしい。
こんな、思い出すだけで、こんなことになっているわけだから、やっぱりお節介の箱は開けないほうがいいかもな、と思いながら、
「ゴメン、ちょっと考え事していた。菜緒さん、職員室に雪中あさづきを取りに行こう」
と言った。
菜緒さんはホッと胸をなで下ろしたような表情をしたけども、別に、俺はフラッシュバックからは治ってないよ。ただ、菜緒さんのやりたいことを手伝うだけの自分でいようと、考えただけだよ。知らんだろうけども。
職員室に着くと、則武先生が、
「早坂先生の机にあるソレ、持ってっていいと仰っておられましたよ」
と言ってくださったので、雪中あさづきの竹のザルを俺が持った時、何だか違和感を抱いた。
でもここで開けちゃ匂いが広がると思って、そのまま調理実習室の中に入ったところで、中身を確認して、絶句した。
「何か減ってる!」
俺が叫ぶと、菜緒さんは小首を傾げて、
「確かに減ってるように見えるねぇ」
と言った。
でも即座に菜緒さんが、
「時間が経ってしおれただけかなぁ?」
「いやでも絶対数が無くなっているように見えるよ」
「もしかすると職員室の侵入者の野良猫?」
「職員室に野良猫入らないでしょ、こういう食べ物を食べる感じもしないし」
二人で黙ってしまった。
何で減っているのか、謎過ぎる……いや!
「菜緒さん! この雪中あさづきって人間も生でも食べられるのっ?」
「うん、生でも美味しいですよ。ちょっとピリ辛いけどねっ」
「だとしたら、もしかしたら早坂先生が食べたんじゃないのか?」
「まさか、そんなっ」
と言った刹那、調理実習室の扉が開き、そこに立っていた早坂先生がこう言った。
「よくぞ分かった」
「オマエかい!」
「先生にオマエ呼びはさすがに彼氏過ぎる」
「彼氏なら名前で呼び合え! そんなことより勝手に食べるなよ!」
「味噌です」
「味付けはどうでもいいんだよ!」
すると菜緒さんが、
「そっか、早坂先生には昨日の段階であさづきと伝えていたからかぁ」
と納得していて、いや怒らないのかなと思っていると、菜緒さんが、
「ところで早坂先生、会津野菜のお味はどうでしたか?」
「最高過ぎた」
と堂々と言い放つと、菜緒さんはほっこりとした笑顔になって、
「良かったぁ、嬉しいですっ」
と言った。
それよりも美味しいと言ってくれて満足、じゃぁないんだよ。いや良いけども。
菜緒さんはうんうんと頷いてから、
「では早速、雪中あさづきを調理していきましょう。まずは昔ながらの会津料理を作っていきましょう」
「おぉ、何か本格的」
と俺が相槌を打つと、菜緒さんは優しく首を横に振って、
「昔こそ簡素なんですよ、簡単にできますから」
と言って、まず鍋に水を入れ始めた。
俺はそれを見て、
「スープでも作るの?」
「いいえ、軽く茹でるんです。このままでもピリリと刺激的で美味しいのですが、茹でると葱同様、甘くなるんです」
菜緒さんは雪中あさづきをテキパキと茹でつつ、酢と味噌で酢味噌を作った。
「砂糖が入ってもいいですが、今日は無いので簡易的にこれだけにしますね」
と言いつつ、茹で終えた雪中あさづきを冷水に入れて、水気を絞った。
その雪中あさづきの半分の盛りに酢味噌を掛けて、
「はい、これで完成です。雪中あさづきの酢味噌です」
すると早坂先生が、
「大人ですな」
と言って、オマエは大人だろと思った。
というかもう一品作ってしまった。凄まじい。
早坂先生は目にも止まらぬ早さで、味見をして、
「おつですな、これは夜の晩酌用」
と言って早速タッパに詰めようとしたので、
「さすがに俺も食べますよ! 食材費は早坂先生持ちじゃないですし!」
俺は菜緒さんが手で促してくれたので、一口頂くことにした。
雪中あさづきは程よく柔らかくて、甘みたっぷり、でもちょっと生の良さを残した茹で具合で、薬味っぽい辛みもあって、それがちょうど良かった。
「すごく美味しいです! 菜緒さん!」
と、つい敬語で喋ってしまうと、菜緒さんはニッコリと微笑んでくれた。
何これ、この部活、最高過ぎる、と思ったところで、早坂先生が、
「そうだ、何か欲しい食材あるか? というか今後昼休みに言えば買って来てやるぞ。どうせ部費で出るだろうし。それはそうと今から買ってきてやるよ、何が良い?」
するとすかさず菜緒さんが、
「砂糖と卵お願いします! 卵はアレンジ料理作るとしたらあって損は無いので!」
「まあ卵ぐらいなら残ってもアタシでも料理できるからいいか、じゃあ砂糖と卵だな。アタシの晩飯用なんだから全部食うなよ!」
そう言って早坂先生は調理実習室から出ていった。
いや、雪中あさづき自体は菜緒さんの持ち物なんだから、オマエの晩飯用ではないだろ。
菜緒さんはニコニコしながら、
「では次の料理をしましょう! 雪中あさづきの梅びしおでも作りましょう!」
「梅、びしお? 梅って梅干しとかの? でも梅干し無いじゃん、買って来てもらったら?」
「大丈夫です。まだ四月ですし、私が持参してきましたっ」
そう言って梅干しが入った小さなタッパをバッグから取り出した菜緒さん。何これ、タッパ部?
菜緒さんはまな板の上で、梅干しを包丁で叩き始めつつ、フライパンに少量のみりんを入れてアルコール分を飛ばしている。
「本当はみりんをそのまま使ってもいいのですが、早坂先生は車で移動しているので、アルコール分を飛ばします」
あんなヤツの配慮いらないのにな、と思った。みりんのアルコール分が飛んだところで、叩いた梅干しをフライパンに入れて、みりんと混ぜ合わせ始めた。
菜緒さんは軽く鼻唄交じりに、
「梅干しはー、ちょっと熱するとダイエットに良い成分が出てくるんですー、これは私のオリジナルー」
何かすごいレベルで料理しているなと思った。
そんな知識、俺には一切無いから。
すぐにコンロの火を止めて、フライパンの中でよく混ぜ合わせてから、茹でた雪中あさづきの残りの盛りに掛けた。
「これを箸でー、混ぜてー」
「あっ、これくらいは俺がするよ」
と何か役目が欲しくなって、その最後の和え作業は俺がさせてもらった。こんなん手柄にもなっていない、手柄泥棒だけども。
「ありがとなしー」
そうペコリとお辞儀した菜緒さんは何だか可愛かった。
方言って良いよなぁ、と良いよなぁオジサンみたいなことを思いながら、完成した。
「永嗣くん! では早速味見してください!」
どうやら会津野菜の良さを伝えたいが一番らしいので、俺が最初に食べることになるみたいだ。それは有難いけども。
「うんうん、梅の酸っぱさとみりんの甘みがマッチしているし、何よりも雪中あさづきのトロシャキさが良い食感! 勿論雪中あさづきの旨味も濃い!」
「良かったぁ! 喜んでもらえたみたい!」
そう言って菜緒さんは小躍りし始めて、なんてコミカルな人なんだ、と思った。
じゃあ一旦早坂先生が戻ってくるまで、談笑かなと思っていると、即座に早坂先生が戻ってきて、法定速度とか大丈夫だったのかなと思った。
「卵料理作ってくれぇえええ!」
そう欲望丸出しの早坂先生はヅカヅカと中に入ってきて、ノータイムで梅びしおを口に入れた。いやそれ俺が使っていた箸。
「旨い! そして甘い! でもいいか! 別に! こんなくらいのアルコール!」
「早坂先生! ちゃんと煮きりみりんです!」
そう挙手しながら言った菜緒さんに、早坂先生はその手とハイタッチしながら、
「じゃあ良かった!」
と言ったんだけども、最初はみりんそのままのアルコールだと思ったけども、まあいいか、じゃぁないんだよ。
そんなことを思っている隙に、早坂先生はどんどんタッパに詰めだしたので、俺は、
「早坂先生、まだ詰めるの早いのでは?」
「善は急げって言葉知らないのか」
と、ドヤって何だコイツと思ってしまった。
さて、じゃあここから卵を使うのかな?
「菜緒さん、卵を使う郷土料理とかあるの?」
「ううん、ここからはオリジナル料理に挑戦したいと思っています!」
そうだったんだ、ものすごく前向きだけどもオリジナル料理って大変だなぁ。
しかも卵というお題はもうあるわけで。
菜緒さんはう~んと唸ってから、
「卵とじだと普通ですよねぇ」
と言ったんだけども、矢継ぎ早に早坂先生が、
「全然普通でもいい」
と言ってきて、オマエは晩御飯のことしか考えていないな、と思った。
その時だった。
卵なら俺でも簡単に作れる料理があるぞ、と思い出した。
それにこれならタッパに詰め込むことを妨害できるのでは……めちゃくちゃちょうどいい。
「菜緒さん、俺に一つ案があります。それを作らないか?」
「何ですか! 是非永嗣くんのナイスガッツの新しさの案を聞きたいです!」
別にナイスガッツは無いけども、むしろガッツ無さ過ぎるメニューだけども、と思いながら、
「俺さ、茶碗蒸し好きなんだよな」
「茶碗蒸し! でも作るの結構大変じゃないですか! やるべきことの作業の行動の工程がいっぱいというか!」
「でも簡単に茶碗蒸しが作れる方法があって、二百ccの水とめんつゆ少々と卵を混ぜたモノをレンジで加熱するだけで作れるんだ。スはあくけどな」
「どうやるんですか! 詳しく教えてください!」
俺は卵を一個割って、それを溶きながら、改めて説明することにした。
「ここに水と味を入れて、五百ワットで三分くらいレンジで加熱すれば、簡単に茶碗蒸しのようなモノが完成するんだ。だから火が通りやすいように雪中あさづきを細かめに切って、雪中あさづきから出る水分も少し計算して、水分量を減らせば作れるんじゃないかなって思うんだ」
「やってみましょう!」
その結果、ちゃんと茶碗蒸しのように卵液が固まったモノが完成した。
菜緒さんは目を輝かせながら、
「すごくプルプルですね!」
と言い、それをじっと見ていた早坂先生が「ほほう」と息を吞んだ。
これならタッパには入れられないはず。
そう思いながら、
「では菜緒さん、味見をお願いします」
「じゃあ先に頂くね! ……! ちゃんんと茶碗蒸しの味になってるし、雪中あさづきの瑞々しさも合ってる! ちょっとシャキシャキが残った感じが良いアクセント! すごく美味しいです!」
どうやら菜緒さんは気に入ってくれたらしい、と思ったところで、早坂先生が近付いてきて、食べてきやがった。
もしかするとこのままここで食べ切る方針でいくのか? と思っていると、
「これも旨い、田中の癖に旨い」
と何か失礼な言い回しでそう言うと、なんとそれもタッパにスプーンで入れ始めたのだ。
「ちょっと! おい!」
とつい声を上げてしまうと、早坂先生はまあまあといった感じに俺を制しながら、
「大丈夫、開閉がしっかりしてあるタッパだから零れないさ」
「別に心配していたわけじゃないわ!」
と俺が声を荒らげたところで、調理実習室のドアが開いた。
えっ、一体誰が、と思ったら、廊下で筋トレをしていた男子卓球部の連中だった。
うちの高校は人が少ないので、基本的に野球部とサッカー部とバスケ部と卓球部しかないのだが、そのうちの卓球部の男子がやって来たのだった。
「レンジの音って響くよなぁ」
「チンって音が今は珍しいよな」
そんなことを言いながら入ってきて、俺と菜緒さんの茶碗蒸しや他の料理を見るなり、
「ちょっともらっていいか?」
と言ってきたので、どうしようかなと思っていると、菜緒さんが、
「会津野菜の雪中あさづきを是非味わってください!」
と言ったので、じゃあそうかぁ、と思って、
「これ、菜緒さんが祖母からもらった雪中あさづきという会津野菜だから。みんなちゃんと理解して食べるように」
すると菜緒さんはなんと早坂先生が既に詰め終えたタッパも開け始めて、
「どうぞどうぞ!」
と言い始めたので、当然早坂先生はムンクの叫びのような顔になったけども、教師なのでさすがに『食うな! アタシの晩酌用だ!』とは言わなかった。
男子卓球部は口々に、
「何か旨いな」
「生の薬味のピリ辛さがやみつきになるな」
「とろシャキって感じがめっちゃ良い」
とか言ってどんどん食べていき、それぞれ半分以上食べて帰っていった。
菜緒さんはかなり満足げに笑っているし、早坂先生はげんなりしているし、俺は最高の気分だった。




