【03 職員室へ】
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・【03 職員室へ】
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大体フライパンに鍋、包丁にまな板あたりを綺麗にしたところで、俺は、
「早坂先生を呼んでくるわ」
と菜緒さんに言うと、菜緒さんは、
「あっ、私も行くよ」
と言ってくれたんだけども、ここは、と思って、
「いいよ、俺一人のほうが早いと思うから」
「でもそんな、悪いよっ」
「いい、いい」
と言ってるんだけども、何か菜緒さんは食い下がってくる。
本当は早坂先生のこと、しっかり叱りたいから一人で行きたいんだけども。
でも何か、逆に、逆にというか菜緒さん、一人でいるのが嫌なのかなと思ってきたので、
「じゃあ一緒に行こう」
と俺が言うと、
「ありがとなし!」
と言って、そのままスキップし始めた菜緒さん。
”矯正”という早坂先生の言葉が浮かんだけども、別にまだ高校二年生なんだからいいだろ、と思いながら、俺は一緒に廊下に出た。
というか普通に”ありがとなし”一発で終わったな、もしかしたら気付いていないのかもしれないな、方言だけ言ったこと。
まあニュアンスで誰が聞いても分かるからいいか。
”さすけね”はマジで分かんないけども。その時は指摘しようっと。
一緒に歩いて気付くことがある。
それは菜緒さんがだいぶお喋りということだ。
「永嗣くんの好きな趣味の遊びの行為は何かな?」
”の”が多いことはまあ別にいいとして、俺はあんまり趣味とかないんだよなぁ。
まあそう答えればいいか。
「俺は趣味とか無いかな、だからずっと暇。これといったやりたいことはもう無いし」
「宇宙はっ? 宇宙のことはどうなんですか!」
……これはイジられているのか? いや多分悪気は無いと思う。
でも俺にとって宇宙飛行士のことは黒歴史なので、
「う~ん、もうだいぶ忘れちゃったかな、あと宇宙飛行士のヤツ恥ずかしいからあんまり他の人がいるところで言わないで」
とハッキリ言っておくことにした。
多分菜緒さんにはちゃんと言ったほうがいいほうの人だと思うから。
すると菜緒さんは激しく頭を下げて、
「ごめんなさい! 私はすごいと思っちゃってつい!」
「何もすごくないよ、思っていただけだから」
「はー、私ったらみばわりー……」
”みばわり”は、みっともない、だっけなぁ。
みっともないのは俺では? というか菜緒さん、みっともないの範囲広いなぁ。
まあいいや、
「そろそろ、ここが職員室」
と言いながら俺は職員室のドアをノックしてから、ドアを開けて、
「二学年の田中永嗣です。早坂先生に用があって来ました」
と言うと、中にいた現代文担当の則武先生が、
「早坂先生は自分の車にいるからそっちに来てくれと言っていましたよ」
と答えてくださった。
俺は、
「ありがとうございました」
と言いながらドアを閉めたんだけども、すぐさま菜緒さんへ、
「どういうことなのかな?」
と聞いてみると、菜緒さんは小首を傾げながら、
「分からないですぅ」
と何だか小さな男の子みたいな物言いをしたので、ちょっと笑いそうになってしまった。
まあとにかく、
「じゃあ先生方の駐車場へ行こうか、外履きにするわけだし、ちょっとバッグとかも持って行く?」
「それがいいかも」
俺と菜緒さんは調理実習室に一旦戻って、バッグを持ってから、駐車場へ行くと、自分の車の中だと思われるところで早坂先生がタバコを吸っていた。
「先生、車内でタバコ吸ってないで。何なんですか」
と俺が開いている窓から声を掛けると、
「最近禁煙禁煙ばっかで嫌だよなぁ」
と言いながらタバコを車内のタバコ入れに入れた。
俺は少々呆れながら、
「どうせ俺たち来るんですから、タバコ吸ってるとこ見せないでください」
早坂先生は溜息をついてから、
「タバコ吸ってる大人がいるということを認識することは大切な社会勉強だぞ」
「そんなわけないでしょ、というか調理器具洗ったんで、このあとどうしましょう」
すると早坂先生は後部座席の窓を開け始めて、
「乗れ」
と言ったんだけども、その前に、
「いやタクシーみたいに後部座席のドアを開けるように窓だけ開けられても」
とツッコんでおくと、早坂先生は、
「これはガチ勘違い」
それに対して菜緒さんが、
「早坂先生って面白い先生ですねっ」
と言うと、早坂先生は少し照れながら、
「まあなっ」
とサムズアップした。
いや今の天然を面白いと言われたら、もはや半ディスリだろと思いながら、俺は早坂先生の斜め後ろの後部座席に、菜緒さんは早坂先生の真後ろの後部座席に座ると、早坂先生が、
「そうそう、田中がアタシのうなじ見て、フンフン興奮されても困るから、斜め後ろが良い」
俺はちょっとバカにするような感じで、
「そう思っても言わないでください。まあ早坂先生のうなじで興奮しませんが」
「おっぱい派か、高校生だもんな」
「よく女子生徒もいる前でそんな下ネタ連発できますね」
と言いながら俺はチラリと菜緒さんのほうを見ると、案の定、恥ずかしそうに俯いていたので、
「早坂先生、どこに行くか知りませんが、さっさと発進してください」
すると早坂先生はバックミラーで菜緒さんを見ながら、
「シートベルト、パイスラにならないように付けろよ。でもアタシはパイスラよりも%派だけどな。言い方は」
「は、はい……」
と小声でシートベルトを付けた菜緒さん。
何でコイツ、こんな女子生徒にも同じテンションで下ネタ言うんだよ、いや男子生徒の俺に対してもだよ。最悪過ぎる。
早坂先生の車はやっと動き出して、黄色信号をギリギリのタイミングで通過しつつ、近くのスーパーに着いた。
「料理部だから何か買うんですね」
と俺が言いながら外に降りると、早坂先生は、
「あとから部費出るけど、今日はアタシのポケットマネーだから安いヤツ買えよ。おとなの週刊誌とか買わないからな」
「いつまでその感じでいるんですか、おもんない大学生みたいなこともう言わないでくださいよ」
と俺がちょっと冷ために言うと、さすがに早坂先生は焦りながら、
「ちょっ! おもんない大学生って言うなよ! 下ネタは崇高だよ!」
と声を荒らげたけども、それは無視しながら、
「じゃあ菜緒さん、強いもやしを買おう」
すると菜緒さんは吹き出しながら、
「強いもやしって何ですかっ!」
と言って、ちゃんとウケて良かったと思っていると、早坂先生が、
「ちょっと形容詞付けただけのボケなんて認められねぇ!」
と言いながら腕を組んだので、ダメな頑固ラーメン屋かよとは思った。
俺も菜緒さんも早坂先生もスーパーの中に入って、俺がカゴを持って歩き出した。
そうだ、
「早坂先生、調味料ってあるんですか?」
「あるけど汚いだろ、新しいの買っていいぞ」
「そう言えば何で調理実習室ってあんな汚いんですか?」
すると早坂先生はニヤリと笑ってから、
「その謎、分かったらキャベツ買っていいぞぃ!」
と言ってきて、ぞぃ口調で笑わせようとしてくるのズルいなぁ、と思ったけども、菜緒さんは普通にウケてしまったので、まあタイミングもあるしな、と思った。
いや菜緒さんを笑わせる大会しているわけじゃないけども。でも早坂先生があまりにも下ネタばかり言うから、つい正攻法のボケがしたくなってしまった。
まあボケてウケてもらえたら、距離も縮まる感じがするし、それでいいか。いやそんな脳内はどうでもいい。
菜緒さんはう~んと唸り声を上げてから、
「調理実習室が汚い理由って何ですかねぇ……」
「確かに何だろうな」
と相槌を打ったものの、本当にマジで何なんだ……待てよ、何で俺は調理実習室なんてあったんだ、と最初の時に思ったのだろうか……!
「分かりましたよ、早坂先生」
「おぉ、もう分かったか。まあこの問いは田中のほうが答えを導き出しやすいからな」
すると菜緒さんがムゥって感じに頬を膨らませてから、
「そんな難易度の違うクイズなんて! 卑怯です!」
と言って、菜緒さんってクイズが好きなんだなぁ、と思った。
まあいいや、
「この高校って、調理実習あんましないですよね? というか俺、一年の時にした記憶無いんですけども」
早坂先生は嬉しそうにこう言った。
「正解! この天川高校はカスだから調理実習をしていないんだ!」
「なるほどぉ……ってカス過ぎじゃないですかっ」
と俺が言うと、菜緒さんは笑いながら、
「そんなことあるんですねぇっ」
と相槌を打った。
早坂先生はうんうん頷きながら、
「カス過ぎるだろ、ちょっとした違反だからな、これ」
そう言ってカゴにキャベツを入れて、
「まああとは調味料一通り買って、もやし買って終わりだな」
「早坂先生、調味料一通りって塩・胡椒・醤油・めんつゆ・味噌・みりんあたりですか」
と俺が聞くと、
「めんつゆとみりんって通かよ」
と早坂先生が答えたところで、菜緒さんが割って入るように、
「いやめんつゆとみりんは絶対必要ですよ!」
俺も同意しながら、
「めんつゆとみりん、全然通じゃないですよ。特にめんつゆって絶対あったほうがいいですよ」
すると早坂先生はあんまり納得いっていない表情をしながら、
「まあ安いヤツなぁー」
と答えた。
何でめんつゆの良さを知らないんだよ、どうやって大人になったんだよ、この人。
ポン酢とか言ってるわけじゃないんだぞ。いやポン酢も基本だけどもさ。ポン酢よりは分かりやすいだろ……って、
「あと酢ですね、酢が必要ですね」
と俺が言うと早坂先生が仰天しながら、
「酢っておい! 精通し過ぎだろ!」
「全然精通していないですって」
「いや今の精通はオティンティンのほうな」
「まず何で同じ言葉なんだよって話ですけども、マジでそんな言葉を使うな。これは命令です」
つい菜緒さんのほうを見ると、顔を真っ赤にしていたので、ほらやっぱりと思っていると、早坂先生が、
「田中が! オティンティン後の菜緒のリアクション確認してた! 変態だ!」
とスーパー内で叫び、マジで何だコイツと思いつつ、
「言ったのは早坂先生ですけどねぇ!」
と語気を強めて俺が言うと、早坂先生は挙手しながら、
「言わされました」
と毅然とした態度で言い、いや!
「高校生に言わされる教師とか無いでしょ!」
「言わされたのにぃ」
そう言いながら早坂先生は俺が持っているカゴに一番安い酢を入れていった。
調味料を一通り揃えたところで、早坂先生にカゴを渡すと、
「重っ、DVかよ」
「レジお願いします、なだけですよ」
「元彼思い出したわ」
「じゃあ未来は良い恋愛してください」
「そうする」
と言いながらレジへ行った。
さて、あれからずっと菜緒さんは黙っているけども、大丈夫かな、ここは場が明るくなるように、
「菜緒さん、他に買い忘れたモノとかない? 木刀サイズのふ菓子とか買わなくていい?」
すると菜緒さんはまたクスッと笑ってくれて、それは良かった。
もう早坂先生だけ先に帰らないかな、まあ車で来たから一緒に帰りたいけども。
菜緒さんはニコニコしながら、
「永嗣くんって大きいふ菓子、好きなんだね」
「そういうことじゃないけども。菜緒さんと会話したくて出した言葉だよ、木刀サイズのふ菓子って」
「そんな気遣い、さすけねー」
ちゃんと方言も出始めたし、大丈夫なはず。
いや方言が出始めたから大丈夫というあれもおかしな話だけども。
早坂先生がカゴを置いて精算機をイジリ始めたので、俺が先にビニール袋に詰めるかと思って、カゴに手を掛けると、すぐさま早坂先生が、
「泥棒です! あっ、田中か」
「大体分かるでしょ、複数人で来てるんだから」
「元彼はそんな気の利いたことはしてくれなかったから……」
と何だか寂しそうな瞳でそう言ったので、ちょっとだけ嫌だった。
俺と菜緒さんでビニール袋に詰めていき、俺が持つと、菜緒さんが、
「片方持ちます!」
「いや持ち手の高さが違うから俺一人で持つよ」
「いいですよぉ!」
「いやいや、俺一人のほうが持ちやすいから」
とか言ってると、早坂先生がズンズンと歩いてこっちへ近付いてきて、
「あんまイチャイチャすんなよ! アタシのお金だからな!」
と言ってきて、むしろイチャイチャとか言うなよと思った。
ほら、また、菜緒さん恥ずかしがっちゃった。
まあビニール袋から手も放したし、俺が一人で持てるようになったけども。
「じゃあとりあえず戻りましょうか」
と俺が言うと、早坂先生がイーッてなりながら、
「仕切るな! 良い恋愛を見せつけるな!」
と言ってきて、マジでそういう恋愛イジリは辞めろよ、とは思った。




