手が見るひと【2000文字】
「ハア…、本当に美しいね」
茂手木くんはゼロ距離でうっとりしながら、ほうと溜息を吐く。
その息が私の指にかかって、ゾワっとした。
茂手木くんの爛々とした目に、自分が獲物になった気がしてくる。
狩人の後ろにある、壁にも棚にも、そして天井から吊り下げられている無数の『手』が一緒に攻めてくるようだった。
「私と付き合ってくれませんか!?」
数ヶ月前のこと、私は頭を下げて手を差し伸べた。
勇気を出して、1年の時から見ていた隣のクラスの茂手木くんを呼び出した。
玉砕してもクラスが違うしと、思い切って告白したら、返ってきた返事はこうだった。
「手の型を取らせてくれないかな?」
「は、い?」
「ありがとう!前から綺麗な手だなと思っていたんだ」
私の疑問符は肯定ととられ、あれよあれよと茂手木くんの家に行くことになっていた。
部屋に入った時、出そうになった悲鳴をなんとか飲み込んだのは記憶に新しい。
そこは『手』で溢れていた。
どこを見ても、手なのだ。
石膏、シリコン模型、マネキン、ありとあらゆる偽物の手が飾られていた。
「こ、れ…」
「ああ、僕のコレクションなんだ。いいでしょ?」
茂手木くんは鞄を下ろすなり、肥料が入っていそうな大きい袋を出してきた。
「それは…?」
「型取り剤だよ。これで立体手型が取れるんだ」
慣れた手つきで袋に入っていた粉と水を合わせて液体を作っていく。
その謎の液体を段ボールに流し込んだ。
私は突っ立ったまま、それを見ていることしかできなかった。
「さあ、東さん!手をパーにしたまま、ここに入れてくれる?」
クリスマスプレゼントが届いた子どもみたいなはしゃいだ声で、そう言われた。
「手を、入れるの…?」
「そう!こう、指のしなりがわかるように少し丸みのあるパーにしてくれると嬉しい!」
「…」
「指が特に綺麗だから、そこを上手く取りたいんだ!」
好きな人に体の一部とはいえ、綺麗と言われたのはむず痒かった。
茂手木くんが望んでいるなら…、決意するのにそう時間はかからなかった。
段ボールの前に座って、そしてゆっくりとそこに入れた。
纏わりつく感触を気にしたら、負けな気がした。
「そのまま5分お願いします」
沈黙のまま、長い5分が過ぎた。
抜き取ると、私の手の分がぽっかり空いていた。
茂手木くんはルンルンとそこにまた別の液体を注いだ。
「これで1時間待ったら出来上がるよ!」
まるで私まで楽しみにしているかのような言い方で、茂手木くんは笑った。
その笑顔に、やっぱり好きだと思った。
1時間の間は、茂手木くんのコレクションを紹介してくれた。
私に善し悪しはわからなかったけど、学校で見る彼より生き生きしていた。
完成した『私の手』をたくさんの角度から見て、茂手木くんは恍惚としていた。
「綺麗だ…」
夕陽に照らされているその横顔が、私の手を見つめていた。
私なのに、『それ』は私じゃない。
羨ましくて、だんだん腹も立ってきて、ぐちゃぐちゃで、私は口走っていた。
「私の手でいいなら、いくらでも見ていいよ…!」
ようやく目が合った茂手木くんが、トロンとした顔で私を見た。
その顔で、私を見てくれた。
脳がカーッと熱くなって、クラクラした。
こうして、放課後に茂手木くんの部屋で一緒に過ごすようになった。
正直この気味の悪い光景の一部に私もなっているかと思うと、今も落ち着かない。
でも、私の手を一心に見つめる茂手木くんを見るという特権を手放す気もなかった。
「肉厚なわけでもないし、指とのバランスも絶妙…、はあ、いい」
決して触ることはないけれど、いつも息がかかる距離で見てくる。
手はソワソワするし、次第にお腹の辺りがむずむずするようになった。
「石膏で取った方ももちろんいいけど、東さんの手は生で見るのが一番美しいな…」
「本当に、好きなんだね」
「ああ、好きだよ」
その『好き』に心が反応してしまう。
私だって、好きだよ。
「茂手木くんは、見ているだけでいいの?」
私の言葉に、茂手木くんは首を傾けるだけだ。
もっと、こっちを見て欲しい。
私を見て欲しい。
だから、思ってもいないことだって、口にできる。
「…例えば、私がこの腕ごとあげたら、茂手木くんは欲しい…?」
茂手木くんの口の端が、ツーッと上がっていくのが見えて、私は唾を飲み込んだ。
捕獲される…!
咄嗟にそう思った。
「それは魅力的だけど、いらないかな」
目が、離せなかった。
「…私はコレクションにしてくれないんだ」
「生きている人の手は貰えないよ」
「じゃあ、死んだら受け取ってくれる?」
一瞬、見開いた目がギラリと動いた。
「ホルマリン漬けにしてプレゼントしたい」
茂手木くんは初めて私の手を取ると、そっと自分の頬に寄せた。
息が詰まりそうだった。
「東さんを、僕にくれるの?」
その声に、笑みに、息に、身体中が喜ぶほどにゾクゾクした。
はやく、茂手木くんの『モノ』になりたい…!
私は、天井に自分の腕ごとを吊るしてみせた。
茂手木くんが腕も好きだと、気づいていたから。
了
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