気まぐれ企画 妻を泣かす奴は、異世界の奴でも許しません
時々、とんでもない事態にも、なるのです。
差し入れ先が二つになってしまったが、まあ労力を考えれば安いもんだと夫婦は考えて、本日も異世界へと向かった。
本日は、二人連れの方にレンを送った後、妻は父親の方に向かう予定だ。
「……地図と少しだけ、位置がずれているという事は、ここ辺りを目指せば丁度いい、かな?」
真剣に考えている妻を、レンは二つの折り詰めを両手に抱えて見守る。
この手の事では使い物にならないが、今日の行先に関しては気楽に送ってもらうだけでは済まない。
何故なら、数あるゴーレムの里の一つが、ミヅキたちのいる場所に近いのだ。
いくら遠くでの解散でも、この間のようなことがあっては困ると、警戒はマックス状態だ。
「よし、行こう」
無感情に呟いたセイが、こちらに頷いて見せたので、レンも頷き返して傍に寄った。
一瞬の眩暈と共に、自宅の家内から風景が変わり、乾いた大地が広がる平野に出た。
その少し先に、件の里があるらしい。
「うん、何とか間違わなくなった」
無感情に満足する妻に微笑みながら、レンは持っていた折詰弁当の包みの一つを、差し出す。
「こっちは任せろ」
「うん。頼んだ」
二人頷き合って別れようとしたとき、足下が大きく揺れた。
よろめく二人の足首を、それぞれ何かがつかむ。
すぐに振りほどいたレンは、そこから這い出てきた物を見て、顔を引きつらせた。
乾いた砂状の大地から這い出たそれは、土人形だった。
陶器を思わせる滑らかな肌と、人のような顔立ちの、精巧な人形。
その目が、ぎょろりと二人を見上げた。
「っ」
その目を見返したレンは、すぐにそれを粉砕した。
そして、立ち尽くしたままの妻の方に駆け寄る。
妻を見据えたまま這い出し、そのままその体に縋ろうとする前に、思いっきり人形の頭を蹴り上げていた。
頭が粉々に砕けて倒れたそれに見向きもせず、立ち尽くしたままのセイの肩を引き寄せる。
「おいっ、しっかりしろっ」
「? ? あれ? あれ、ゴーレム? 嘘だろ? あれは……」
混乱する妻を抱きしめつつ、レンは必死に言葉を紡ぐ。
「セイ。良く聞け。今のは、ただの土の塊だっ」
「はっ? そんなはず……」
無茶な主張に反論するセイの背を、男は必死にさすって言いつのった。
「そうなんだよっ。だからお前は見なかったことにして、このまま義父さんのところに行けっ。いいなっ? 冷静になるまで、迎えに来るなよっ?」
無茶な言いくるめ方だが、こちらの必死さが伝わったのか、混乱したまま頷いたセイは、レンの目を見返して頷いた。
そしてすぐに、男の腕の中から消える。
残ったぬくもりを噛みしめながらも、消えた妻の目が潤んでいたのを思い出し、目の前が怒りで真っ赤に染まった。
そんなレンの足下から、今度は無数の人形が這い出て来る。
その気配は感じていたが、男の目は空を仰いでいた。
「……たかが土人形の癖に、随分と生意気だなあ」
笑おうとして失敗したレンの声は、我ながら完全に怒りで籠っている。
自分の女房は、自他ともに認めるほど強い。
そんな女を混乱させて泣かせた存在を、それを作っただろう奴を、どうして許してやる必要があるだろう?
いや、全然そんな必要ないよなと、レンは自己完結させた。
「……もう、この世界ごと失くしても、よくねえか?」
不敵に笑った男は、完全に我を忘れてしまっていた。
昼過ぎにたどり着いたそこは、砂漠の中にぽつんとオアシスがあり、そこに里があるはず、だった。
「? 可笑しいですね? 地図ではこの辺りに、ゴーレムを作り出す親子がいるという話でしたが?」
つくしが首を傾げる横で、ミヅキは全く別なものを見止めていた。
物陰に隠れて震える、大小の人間だ。
匂いと気配で、カムイの子供と孫で間違いないようだと察し、男はそっとそちらに歩み寄った。
その日までに二人は、こちらに追放となった元凶と、その伴侶と合流して、色々と情報の交換をしていた。
コトホギの提案で、カムイの子孫で、まだ害のない者たちを保護し、害のないように養うことにしたことも、その時に聞いていたので、彼らも可能ならば、二人の元へと連れて行くつもりだ。
初対面の二人を驚かさないように、そっと歩み寄っていたミヅキは、その前方に立った男に気付き、緊張した。
「見つけたぞ、この元凶ども」
「ひいっっ」
一度も聞いたことがないほどに声を籠らせたその男は、不敵な笑みを浮かべたまま親子を見下ろしていた。
「ちょこまかと、逃げ回りやがって。でく人形は全部壊しちまったんだから、諦めてさっさとお前らも土に戻れ」
「た、助け……」
請う言葉は、最後まで続かなかった。
片手に持つ短刀を振り上げた男は、無情にも幼い子供と若い父親の命を、同時に刈り取ろうとしていた。
が、振り下ろされた刃は、完全に空を切った。
「……何でお前さんが、殺戮してるんだ?」
素早く間を詰めたミヅキが、父親の首根っこを掴んで、子供ごと刃の先からかすめ取ったのだ。
優しく尋ねる男に、短刀を手にしていた男が目を見開き、微笑んだ。
「殺戮じゃなく、無機質の人形を壊してただけです」
「……」
そんなレンに目を細め、ミヅキは慎重に言う。
「この二人は、人間に見えるが?」
「そうですか? 随分精巧な土人形だったもので、見間違えたんですね」
そう言いながら、まだ親子を見る目は非情な色をしている。
それを見て、ミヅキは不思議に思った。
首を傾げて問う。
「レン、何をそんなに怒ってる?」
「怒っていませんよ。オレは、いつもに増して、冷静です」
「嘘つけ。冷静な奴が、無差別に襲い掛かることを、するはずがないだろうが」
呆れた男の指摘に、レンは笑みを浮かべたまま首を振った。
「ちゃんと、あなたへの用事は、覚えているんですから、冷静ですよ」
言いながら、もう片方の手に提げていた、差し入れの風呂敷包みをミヅキに差し出した。
「今日は、オレが作りました。今向こうでは、正月なんですよ。だから、おせち仕様にしてます」
「そうか、いつも有難うな」
頷いてそれを受け取ったミヅキは、その口で続けた。
「そこを、隙と見るんじゃない」
言いながら、手にしていた竹串で、父親を狙って切りつけた短刀を受けた。
舌打するレンに、優しく説教する。
「この里は、この親子が身を守るために作った里だ。誰かが侵入しなければ、害はないはずだ」
「へえ、そうですか? オレたちは、里の外で襲われましたがねえ?」
軽く驚いたミヅキが父親の方を見ると、青ざめて小さく縮こまっている。
「そうなのか?」
「っ。魔人が、侵入してきそうになったならっ、守らせるのは普通だっっ」
「ああ……そうか。この子もオレも、一応お前さんと同じ、人間なんだがなあ」
「う、噓だっっ」
「ああ、嘘でもいいぜ?」
恐怖で叫ぶ父親に、乱暴な口調のレンが頷いた。
「魔人じゃねえが、似たような存在だとは思ってるんでな。お前らは、オレが全員殲滅する」
「……レン。お前、本当にそれで、冷静だと主張する気か?」
少し真面目に問う男に、レンは笑ったまま答えた。
「主張すれば、そいつらを渡してもらえるなら、いくらでも」
「嘘と分かっているのに、そんな主張を信じるいわれは、ないな」
「そうですか? なら、先にあなたを消しますか」
本気だ。
困ったと思いながらも、ミヅキは冷静に後ろの女に目配せした。
自分より少し大きい男を見上げ、優しく微笑む。
「ただで消されてやる必要は、ないな。楽しませてもらうぞ」
余裕に見せる笑みだが、半々だなと思っていた。
レンの方には、自分に手加減する理由がない。
ミヅキは既に死人で、一時的に肉付けされているにすぎないからだ。
対してこちらは、レンに対して敵意がない。
今も、頭に血が上った状態の男の怒気を散らせるために、挑発したにすぎないから、殺意をこちらに向けるレンに対するには、不利と言ってもいい状況だ。
だが、引くわけにも行かない。
完全に戦意のない親子を、レンの怒りの的にするのは、後味が悪すぎるのだ。
説得ができないなら、拳で納めるしかない。
そう決断したものの、殺傷力のある武器を手にするレンを、竹串でどこまで相手できるか。
「……見栄を張らず、おもちゃのバットくらいにしておけば、よかったな」
後悔を噛みしめつつ持参した竹串を握りしめ、レンの攻撃に備えた時、父親が背後で小さく悲鳴を上げた。
何事かと思いつつも、敵と化した男から目を離さないミヅキは、レンが憑き物が取れたように表情を緩めたのに気づいた。
「? あれ? どうしました?」
無感情だが若干不思議そうな色が混じった女の声が、緊張した二人の男の投げかけられた。
「っ、セイさん。大変……」
「セイっっ」
同じように緊張していたつくしが事情を語る前に、レンが素早く動いていた。
止める間もなく、女房を抱きしめる。
「大丈夫か? もう、何ともねえのかっ?」
「ああ。少し休んだら、何ともなくなったけど……どう、したんだ?」
答えたセイは、途中で大きく息を吐いて縋りつく旦那に戸惑い、その場にいる面々を見回した。
里があるはずの場所は、周囲の砂漠地帯と変わらぬ様相に変化していた。
「? ミヅキさん、これは、やり過ぎでは?」
「……オレが来た時には、このありさまだったんだが」
「え? じゃあ、まさか……」
あらぬ疑いに正直に答えたミヅキの言葉を聞いて、目を見開いたセイに抱き着いたまま、レンは震える声で言った。
「良かった。もう、泣いてねえんだな?」
「はっ? 私が、いつ泣いたっ?」
更に目を見開いた女房の体から身を放しながら、レンは微笑んだ。
「ああ、今は、泣いてねえ」
「さっきも別に、泣いてないだろっっ」
「ああ。それでいい。いいんだ」
焦って反論するセイに頷きながら、レンはその頭をなでる。
そんな旦那に慌てたが、その後ろで生暖かい目を向ける知り合いの男女を見つけ、我に返った。
「セイ」
「は、はい」
呼びかけに背筋を伸ばした女に、ミヅキは優しく注意した。
「何があったのかは知らないが、これ以上この世界の均衡を壊す行いの原因に、お前がなるのは了承できないぞ」
当然の指摘に謝罪する前に、旦那が先に答えてしまった。
「こいつに害成す奴らは、殲滅で構いませんよ。あんたが許しても、オレが許さねえ」
「……レン、ちょっと、落ち着こう。私は、大丈夫だから」
怒り狂うレンも珍しいが、焦って旦那を宥めるセイも珍しい。
大人の男女としては、色々と聞きたいこともあるし、二人を宥める必要もあるが、取りあえず今は、そんな珍しい二人を観察することにした。
温度差夫婦が、ここまで熱々になるなんて、だれが予想しただろうか……。




