06.初級ダンジョンと崩れた制御
1. 初めての本物のダンジョン
合同実習の当日、レオンたちは学院の専用馬車で、王都からほど近い場所にある「初級ダンジョン:灰色の回廊」の入り口へとやってきた。
ダンジョンの入り口は、巨大な岩盤に開いた黒い口のようで、周囲の大気とは明らかに異質の、冷たいマナの圧力が漏れ出ていた。模擬ダンジョンとは比べ物にならない、本物の危険な匂い。
「諸君、この灰色の回廊は、初級だが油断は許されない。内部の探索は2時間。目標はマナの結晶の回収と、チームワークの評価だ。各自、慎重に、そして教授の指示に従って行動せよ」
グレイヴ教授の最終確認の後、生徒たちが続々とダンジョンに入っていく。レオンのチームは最後尾に控えていた。
「レオン、いいか。もう一度確認する」
リゼルが冷徹な声で言った。
「貴方の役目は、私の『マナ圧縮弾』の着弾点で、逃げ惑う魔物を狩り漏らさないための保険だ。絶対に、私の指示なく、あの粗野な破壊魔法を使ってはならない。マナの乱れは、アルベルトの防御結界にも影響を及ぼす」
「分かっている」レオンは頷いた。
「フン。頼むぞ、田舎者。お前のせいでリゼル様の評価が落ちるようなことがあれば、許さない」アルベルトが、上質な盾を構えながら、嫌味を言った。
2. リゼルの完璧な指揮
ダンジョン内部は、湿った土と岩肌に覆われ、視界は暗く、僅かに空気中のマナが青白く輝いているだけだった。
「進行方向、左斜め四十五度。マナ反応、小型ゴブリン二体。アルベルト、マナ・シールドは不要。レオン、私の合図で」
リゼルは先頭を歩きながら、手に持つ水晶球でマナの流れを精密に解析し、完璧な指示を出す。
「コンプレッション・バレット!」
リゼルの指先から、圧縮された高密度のマナの塊が放たれる。その威力は、初級ゴブリンを一撃で消し飛ばすには十分だが、周囲の環境に影響を与えないよう、完璧に制御されていた。
「レオン、二時の方向」
リゼルに言われるがまま、レオンは自分の持てるマナを素早く絞り出し、初級の「ライト・ボルト」を放つ。その威力は控えめだが、確実に残りの魔物を仕留めた。
(これが、学院のやり方……。確かに、効率はいい。無駄がない)
レオンの心には、リゼルの完璧な効率性への感嘆と、自分の力を制限されていることへの強い焦燥感が渦巻いていた。この速度では、覇王装備に近づくことなどできない。
3. 予期せぬトラブル:スタンピード
探索開始から約一時間後、チームはダンジョンの比較的深いエリアに到達していた。リゼルは最も大きなマナの結晶が眠るポイントを見つけ、回収を始めていた。
その瞬間、ダンジョン全体が振動した。
「な、なんだ!?」アルベルトが驚愕に声を上げる。
リゼルの顔にも、わずかな動揺が走った。
「マナの乱れが急激に……予測外の反応!数が多すぎる!」
奥から、唸り声と地を這う音が、一気に増幅した。リゼルの水晶球が示すマナ反応は、数十、数百という単位に跳ね上がっていた。
「スタンピード(魔物溢れ)だと!?この灰色の回廊で!?」アルベルトが絶叫する。「ありえない、初級ダンジョンでは起こるはずがない!」
教授たちが想定していた初級魔物の数倍の群れが、彼らのいる通路へと押し寄せてくる。
リゼルは冷静さを保ち、指示を出す。
「アルベルト!最大出力で広範囲の防御結界を張れ!レオン、指示があるまで待て!結界を乱すな!」
「くそっ、ワイド・シールド!」アルベルトは最大のマナを込めて、透明な防御壁を張った。だが、押し寄せる魔物の群れの圧力は凄まじく、結界はすぐに軋み始めた。
「まずい!結界がもたない!この数、マナ制御では間に合わない!」アルベルトの顔が、恐怖で青ざめる。
4. 制御を破る一撃
その時、レオンの脳裏に、故郷の村が魔物の群れに蹂虙される光景がフラッシュバックした。マナ制御だの、効率だの、そんな悠長なことを言っている場合ではない。
この壁を破らなければ、三人全員が、魔物の波に飲み込まれる!
リゼルの冷たい命令が耳を貫く。
「レオン!動くな!結界が崩壊する!」
「うるさい!!」
レオンは叫んだ。彼はリゼルの制止を無視し、アルベルトの結界のすぐ隣に立った。そして、両手に、先日の実技試験で見せた、規格外のマナの奔流を集中させ始めた。
青白い光が、レオンの身体から溢れ出し、周囲の壁を焦がす。
「レオン!やめろ!貴方の暴走で結界が崩れる!」アルベルトが叫んだ。
「制御なんて知るか!破壊こそが、この状況で唯一、俺たちを救う道だ!」
レオンは、アルベルトの結界の端、魔物が集中しているたった一点に向けて、全てのマナを解き放った。
「ライト・ボルトォォォ!!」
ダンジョン全体を揺るがす轟音。閃光が通路を焼き尽くし、押し寄せていた魔物の群れを、文字通り蒸発させた。
ドオオオオォン!!
一撃で、目の前の通路に、魔物の残骸と焦げた臭いだけが残った。スタンピードの波は、完全に途絶えた。
レオンは、全身の力を使い果たして崩れ落ちた。
リゼルは、初めて、完璧だった表情を崩した。彼女の瞳には、驚愕と、そして深い憤りが宿っていた。
「レオン……貴方、契約を破ったな」
だが、彼女の口から出た言葉は、予想外のものだった。
「……だが、あの判断が、私たちを救った」リゼルは震える声で言った。「貴方の『一点突破』は、確かに制御された破壊より、この状況に適していた。レオン、貴方は、私の想定の枠外だ!」
そして、魔物の残骸が消えた通路の奥、通常のマナ反応とは異なる、微かで異様なマナの気配が、三人に向かって流れてきた。
「……何だ、あれは?」
レオンが力を振り絞って顔を上げると、通路の奥、本来このダンジョンには存在しないはずの、黒く蠢く影のような存在が、彼らを静かに見つめていた。




