20.魔女の炉の深淵と、影を纏う変異魔物
1. 炉の内部、煮えたぎるマナ
レオンとリゼルが突入した魔女の炉の内部は、これまでのダンジョンとは全く異質な世界だった。
通路は火山岩と溶岩のような熱を持つマナ鉱石で構成され、空気は異様に重く、熱気に満ちている。何よりも異様なのは、周囲に満ちるマナの色だった。通常の青白いマナではなく、まるで熱せられた鉄のように、赤黒く揺らめく影のマナが通路全体を支配していた。
「分析します……!影のマナの濃度が、灰色の回廊の百倍。これは、制御以前に、マナ中毒を起こしかねないレベルです」リゼルは解析盤の警告を見つめ、声を震わせた。
レオンは、全身に影のマナの奔流を感じ、その力を抑え込むのに必死だった。しかし、彼のマナコアは、この環境に対して、どこか「適合」しようとしているのを感じた。
「リゼル、この熱気とマナの濃度は、俺の故郷のダンジョンで感じたものと似ている。あそこも、これの弱いバージョンだったんだ」
「その通りです。貴方の故郷のダンジョンは、この炉から影のマナを排出する『排出口』。つまり、私たちは今、世界の影のマナの源流にいる」リゼルは素早く円形防御結界を展開した。結界は、熱と濃密なマナから二人を隔離したが、その維持には多大なマナを要した。
「レオン。貴方は結界の外側に影のマナによる瞬間的な環境適合を展開し、結界への負荷を軽減してください。私のマナの消耗を抑えることが、このダンジョンでの最優先事項です」
2. 異形なる影の番人
ダンジョンの通路を進むにつれ、温度はさらに上昇した。そして、最初の魔物と遭遇した。
それは、岩肌に張り付いていたトカゲのような魔物だったが、全身の鱗に影のマナの黒い靄を纏い、通常よりもはるかに巨大化していた。
「影の変異体……!危険です!影のマナが、魔物の肉体と能力を強化している!」リゼルが叫んだ。
魔物は、レオンたちに気づくと、咆哮と共に、その口から黒い炎の塊を吐き出した。
リゼルは即座に防御結界を強化したが、黒い炎は、これまでの魔物のように単純な物理的な衝撃ではなく、マナそのものを蝕む性質を持っていた。
「くっ!私の結界が、マナそのものから浸食されている!防御レベルが急激に低下!」リゼルの顔に焦りの色が見えた。彼女の精密な防御理論は、マナの性質を変質させる影の攻撃には対応しきれない。
「リゼル!」
3. 超収束貫通型と、影を纏うマナ
レオンは、リゼルの指示を待たずに行動した。彼は結界の外側に張り巡らせていた影のマナによる瞬間的な環境適合を解除し、その全てを指先に集束させ始めた。
超収束貫通型!
「待ちなさいレオン!無闇なマナの放出は、周囲の影のマナを暴発させます!」リゼルが制止しようとする。
しかし、レオンの影のマナは、周囲の赤黒いマナに反発するのではなく、まるで同じ波長を持つかのように同化していった。彼の漆黒の稲妻は、周囲の影のマナを取り込みながら、さらに巨大な奔流へと成長した。
「いけぇっ!」
レオンが放った超収束貫通型は、影の変異体の黒い炎の塊を突き破り、その影のマナに覆われたコアを正確に貫通した。
ズドォン!という轟音。魔物は黒い炎を撒き散らしながら、一瞬で蒸発した。
レオンは膝をついた。周囲の影のマナは、彼の放出したマナと合わさって、一時的にさらに濃度を高めていた。
4. リゼルの驚愕と理論の修正
「貴方……今の貫通力は、訓練室での数値の二倍を越えていました!」リゼルは驚愕に目を見開いた。「周囲の影のマナを、強制的に自身の攻撃に組み込んだ?私の理論では、そんなことは不可能……!」
「クロード先輩が言ってた。『焦燥は推進力だ』ってな」レオンは荒い息で答えた。「ここは影のマナの源流なんだろ?なら、俺の影のマナは、ここでなら制御を意識しなくても、勝手に強くなる!」
リゼルは、レオンの言葉と、解析盤が示す異常な数値を前に、初めて自分の『完璧な制御理論』が、この魔女の炉では通用しないことを痛感した。
「分かった……。レオン。貴方は、このダンジョンの環境において、私の『理論の範疇外』の存在です」リゼルは、解析盤の設定を、これまでの『安定制御モード』から、『影のマナ共鳴予測モード』へと切り替えた。
「これより、私の指揮系統を変更します。私が貴方の影のマナの暴走予測と調和の器へのルート解析に専念します。戦闘においては、私の防御結界が浸食された場合、貴方は即座に影の適合か、貫通力のどちらを使うか、貴方の本能で判断してください」
リゼルの冷徹な指揮下に、レオンの『野生』が組み込まれた瞬間だった。
「行くぞ、リゼル。俺たちは、早く炉心に辿り着かないと。故郷には、もう時間がないんだ」
二人は、それぞれの役割を明確にし、魔女の炉の危険な深淵へと足を踏み入れた。彼らの進む先には、覇王装備の鍵となる「調和の器」が待っていた。




