10.氷の理論家(リゼル)が抱く、覇王への執着
1. 訓練の成果と亀裂
三人体制の特訓が始まって数週間。レオンの「流動」を組み込んだ訓練は、目覚ましい成果を上げていた。彼の「影のマナ」は、以前のような無差別の破壊ではなく、クロードの指導で流動性を保ち、リゼルの解析によって「超収束貫通型」の威力を確実に放てるようになっていた。
その結果、リゼルはますますレオンの解析に没頭し、訓練室に引きこもる時間が長くなっていた。
「リゼルちゃんもレオンくんも、最近、学院の座学に全然出てないんだぞ。君の理論が証明されるのはいいけど、ほどほどにな」クロードが、いつものように訓練室の隅で薬草を煎じながら言った。
リゼルは解析盤から目を離さず、冷たく答える。「貴方の言う『ほどほど』は、非効率です。レオンのマナは、私の理論の究極の証明になる。無駄な時間を割く余裕はありません」
「ふむ。君は本当に『理論』と『効率』しか見えてないのかね」クロードは煎じた薬草をレオンに渡した後、リゼルに向き直った。「君の目的は、本当に『学院の理論の証明』だけかい? 覇王装備への執着は、それだけじゃないだろう」
リゼルは手を止め、初めてクロードに強い視線を向けた。
2. リゼルが追う「完璧な力」
「クロード先輩。貴方は、私の家庭の事情を知っているようですね」
「学院の誰もが知っているさ。君の家が、どれほど『マナの制御』に人生をかけてきたか」
リゼルの実家、ヴァイスベルク家は、代々、王都で最も強力な魔法使いを輩出してきた大貴族である。彼らの家訓は「マナは制御下に置いてこそ美しく、完璧な力となる」。
リゼルは静かに語り始めた。「私の父は、マナ制御の極意を追求し、学院史上最も強力な防御魔法使いとして知られていました。彼自身、小さなダンジョンで発掘された、覇王装備の試作品のようなアーティファクトを装着していました」
レオンは息を飲んだ。覇王装備の試作品。
「しかし、五年前。父が率いたダンジョン探索隊は、突如出現した『影のマナ』の奔流に巻き込まれ、全滅しました。父の防御結界は、影のマナによって『理論的に不可能』な形で破壊された」
リゼルの声には、いつもの冷徹さの裏に、深い痛みが滲んでいた。
「私は、父が失敗した原因を知りたい。父の築いた『完璧な理論』を凌駕し、破壊した影のマナとは何なのか。そして、その影のマナすらも完璧に制御できる『真の覇王』の理論を、私が確立しなければならない」
彼女にとって、レオンの異質なマナコアは、父の死の真相と、理論の究極的な完成に繋がる、唯一の鍵だったのだ。
「だからこそ、私はレオンの力を、私の理論で矯正し、二度と暴走させないようにする必要がある。制御不能な力は、結局、悲劇しか生まない」
3. クロースの忠告
クロードは静かに頷いた。「君の目的は理解できる。君は、父上の悲劇を繰り返さないために、『影のマナ』を鎖に繋ごうとしている。しかし、リゼルちゃん」
クロードはレオンを見た。「君が鎖に繋ごうとしているのは、影のマナだけじゃない。彼の故郷を救うという『焦り』も、君の理論の範疇外だ」
「焦りは、理論の敵です」リゼルは反論した。
「そうかな? 影のマナは、焦りや本能といった『野生』をトリガーに発現する。君がレオンの『焦り』を完全に消し去れば、彼の影のマナはただの弱い光になる。君の理論は『安全な力』しか生み出さない。故郷を救うための『規格外の力』は生まれないよ」
クロードは優しく忠告した。「君の理想は素晴らしい。だが、レオンくんは実験動物ではない。彼は、君の理論の完成のために、故郷を犠牲にすることはできない。君は、彼を道具としてではなく、協力者として見なければ、真の覇王の理論にはたどり着けない」
リゼルは唇を噛み締めた。クロードの言葉は、冷徹な理論家である彼女にとって、最も受け入れがたい感情論だった。しかし、特訓でレオンが示した力の片鱗は、クロードの言う「野生」がなければ成立し得ないことも、彼女の解析データが証明していた。
4. 譲歩と新たな協力関係
「……分かった」リゼルはついに折れた。「レオン。私は貴方の故郷の現状を、研究の重要な変数として扱うことにします」
リゼルは、解析盤に新たな情報を呼び出した。
「貴方の故郷のダンジョンで影のマナの活動が活発化している以上、次の実習では、その周辺の『封鎖された上級ダンジョン』に関する情報を集める必要がある」
「上級ダンジョン?」レオンは驚いた。
「はい。学院の隠蔽情報によれば、影のマナの奔流を完全に制御し、覇王装備の真の力を引き出すための『起動条件』が、特定の高難度ダンジョンの奥に存在している可能性がある。その情報を得られれば、貴方は故郷へ戻るための、確実な一歩を踏み出せる」
リゼルの目標は、父の復讐と理論の完成。レオンの目標は、故郷の救援と覇王装備の獲得。利害は一致したが、協力関係の根底には、リゼルの冷たい「研究」と、レオンの熱い「決意」という、氷と炎のような対立が残されたままだった。
特訓の終わりに、レオンは訓練室の扉を開け、外に出た。そこで彼を待っていたのは、憎悪に満ちたアルベルトの視線だった。




