#最終話 終わりなき人の業《カルマ》
それから、僕らはダイニングテーブルで向かい合い、お付き合いをしている報告と、ダンジョンの一件についての話をしました。母さんは怒っているわけではありませんが、朗らかな表情というわけでもありません。話の内容的に、それは仕方ないことでもあります。
「……私の『願い』の件、既に伺ってますか?」
「うん……あなたのお母さんも『もっと話を聞けばよかった』って後悔してたから……今後はちゃんと、悩んだことは身近な大人に相談なさいね。全部は解決できなくても、思いつめて暴走したら、きっとあなたの周囲も悲しむわ」
「……はい」
「あなたの人生はあなたのものだけど、あなたの人生を彩るのは周りの人間でもあるの。誤った道に進んで周囲が不幸になることは、得てしてあなたも不幸になることに繋がる。だから、強迫観念に襲われたら、まずは深呼吸して、頼れる人に相談なさい」
「…………」
ユウカちゃんは俯き気味でその話を聞いていました。母さんも、決してユウカちゃんが憎いわけではなく、むしろ昔から見知った子が、思いつめて起こした行動を、もう繰り返させたくないという想いが強いのでしょう。
僕も、僕とユウカちゃんのことで、母さんを傷つけることは、本意ではありません。
「……ユウカちゃん。これから悩んだら、僕もしっかり聞くし、一緒に大人の意見も聞きにいこうね。大丈夫、信頼できる人はたくさんいるから」
「……うん」
彼女は、僕の言葉を受けて、少し顔を上げました。少なからず心の荷は下りたようです。僕の方も、近いうちにユウカちゃんのおばさんに、謝罪とあいさつに伺おうと考えました。
「……まあ、若いうちは想い余って暴走するのはありがちだけど……それで人生が狂ってしまう選択もあるわけでね」
そういって母さんは、リビングのドアを確認しました。なんだろうと不思議に思っていましたが、改めて僕ら二人に向き合い、言葉をつづけました。
「……避妊はしなさい」
僕は、母の口から出た言葉に、思わずむせてしまいました。
僕は慌てて母さんの方に前のめりになります。
「なっ……ちょっと……」
「……下ネタでも、下世話な猥談でも無いわ。これは真面目な話よ」
母さんは睨むような視線を僕に送りました。
「チアキが帰ってきた時に、アンタとユウカちゃんが家にいたってことは……昼頃、私のいない内にユウカちゃんを家に上げたんでしょう?チアキも『部屋にいた』って言ってたし。タイミング的に考えれば、実際に『それ』はなかったと思うけど……それでも十分懸念はある話だわ」
「…………」
僕は沈黙しました。
母さんの指摘は至極もっともであり、僕の行動をほぼ言い当てていたためです。
「……親としては、当然の話として『やるな』と言っておくけれど。それでも、年頃の男女が、大人のいない空間で言いつけを守って『何もしない』と思うほど、楽天的には見て無いの。残念ながら、あなた達には『前科』も出来てしまったわけだし」
僕とユウカちゃんは、言葉をなくし、母さんの話をじっと聞いていました。
ぐうの音も出ないとは、こういう事を言うのでしょう……。
「だから、私からは一言だけ。『高校生として責任を取れる範囲で、実直なお付き合いをしなさい』。そのラインは、あなたたち二人でしっかり考えなさい」
「…………」
僕ら二人は、顔を真っ赤にしながら母の言葉に頷きました。
「……親として、子供に不幸になんてなって欲しい訳はないんだから。今回を教訓に、一時の感情で『最悪』の結果にならないように、これからも気をつけなさい」
「……はい」
……母の言葉は正論としか言えません。
これからは、焦らず、実直な交際をしていこうと思います……。
* * *
すっかり日も陰り、僕はユウカちゃんを彼女の家まで送って行くことにしました。
ウチでご飯を食べて行かないかという話も出たのですが、あれから話し込んでしまい連絡をするタイミングが無く、彼女の家でもご飯の準備をしているだろうということで、そうした流れになりました。
チアキが少し残念そうにしていましたが、ユウカちゃんが妹にエンドレスで絡まれ続けたり、性の話題の後で母と一緒に夕食を取る気まずさを考えると、今回はパスするのは適切かもしれません。
………………
……正直、僕の自制心も、大分危なかったので、母さんに注意を受けたことは、戒めになったなと感じます。
僕も無責任に彼女を不幸にしたいわけではありません。
……その、一応「備え」はしていたのですが……それでも、ことを焦った末に、彼女や、彼女に関わる身近な人の人生を壊してしまっては本末転倒です。
年相応のお付き合い……その仕方は、これからもしっかり考えていかなくては、です。
「ハル君」
「はい」
「……ごめんね、私、また暴走してて」
「あ、いや……それは僕もだから……お互い、状況に流されないように、気をつけなきゃだね……」
「うん……そうだね……」
「あ、その……僕も、無責任でいいって考えてたわけじゃなくて、その、薬局で、その……」
「…………」
彼女は、顔を赤くしてそっぽを向いてしまいました。
……あれ、これってハラスメントになるんだろうか。
しまった。やらかしたかも……。
「……うん、その、わかってる。わかってるよ、ハル君」
「うん、ありがとう……?」
……何のお礼を言ってるんだろう、僕は。
――ともあれ、もうじき夏休み。
僕らは学校で会う時間は減りますが、反面で時間が確保しやすくなり、プライベートで会う機会は増えていくと思います。それこそ、デートなどをするならば、身近な大人の目の届かない所で。
そうなれば、僕たちは互いに、お互いのことを考えた歩み寄りが求められていきます。身体の成熟した僕らにとって、それはただ浮かれた気持ちだけで臨むべきことではありません。
僕に優しくしてくれたユウカちゃんと、これからは、真面目に、末永く、支え合って付き合っていきたい、というのは僕の本心です。そのために、僕は僕の欲と折り合いをつけて生きていく必要があります。
これからも、彼女を、ユウカちゃんを、大切に――
「……そろそろ、うち着くね」
「うん、今日はチアキに絡まれたり、母さんからも重い話が多かったし……ゆっくり休んでね」
「ううん、チアキちゃんからは『カッコいい!』なんて褒められちゃったし、悪い気分じゃなかったよ」
「なら、良かった……」
「えへへ……部活は同好会みたいな規模だから、買い被りなんだけどね……」
「ただ……」
「?」
彼女が、一歩、僕に距離を詰めました。
その瞳は、オレンジ色の夕日が反射し、星屑のようなきらめきを放ってます。
彼女の顔が赤く見えるのは、夕焼けのせいか、それとも――
――それは、野暮な問いでしょう。
僕も、彼女に一歩、歩み寄りました。
僕とユウカちゃんの身長はほとんど同じ、僕の視界の真正面には、僕をまっすぐ見つめる彼女の顔があります。
やがて、彼女は目を瞑り――
―――――――――
―――――
「じゃあ、また明日ね。ハル君」
「うん、また明日ね、ユウカちゃん」
僕らは、彼女の家の前で軽く手を振り、別れました。
僕は、未知の感触を反芻する様に、自分の口元を抑えました。
……その心は、浮かれ切っていて、家族の前で取り繕えるのか、今からもう心配ではあります。
やがて、赤い夕陽は住宅街の三角屋根に飲み込まれ、空は徐々に彩度の低い青に染まっていきました。
人間は「業」からは逃れられません。それとどう付き合って、よりよい未来を選び取って行けるか。それが人生なのでしょう。
だから、僕は、これからもその「欲」に向き合い、時に抗い、時に受け入れ、人生を歩んでいこうと思います。大切な彼女と、幸せな未来を掴むために。
僕は、遠ざかっていく「扇さんの家」を少しばかり振り返り、家族が帰りを待つ自宅へ帰って行くのでした。
――――【了】――――
家族の寝静まった深夜。
僕は、ベッドに寝ころび、スマートフォンを眺めていました。
このスマートフォンには、あの日からユウカちゃんと取った写真が多数入っています。
……けれど、
人間の欲とは、抗いきれないものでもあります。
このスマートフォンには、残っているのです。
僕が、全身全霊で拒絶した「キャシィの写真」が。
それは、カズヒロおじさんの妻、レイチェルさん――――
――――では、ありません。
彼女の写真は、ユウカちゃんと最深部に潜ったあの日、家に帰ってすぐに削除しました。
スマホに保存された画像。
それは、ユウカちゃんが送ってきたもの。
彼女のちょっとした、いたずら心から撮られた、一枚の自撮り写真。
完全擬態魔法で変身したユウカちゃんの「キャシィの姿」――
「好きな人の、好みの姿になりたくて」とメッセージを添えて送られた画像――
僕の性癖が「直った」かというと、それは正しい表現ではありません。
僕の性癖は、レイチェルさんの時以上のインパクトある経験に「上書き」されたに過ぎないのです。
そう、「内気系幼馴染ネコケモ眼鏡ギャル」という、属性が極限まで盛られたユウカちゃんの出で立ちに、僕の脳味噌は、最も深い所まで黒焦げにされていたのでした。
……人間の姿をしたユウカちゃんももちろん好きです。大好きです。
けど、僕の性癖は、大好きな人によって、またしても焼かれてしまいました。
きっと、僕は、内面も、容姿容貌も、ユウカちゃん以上の恋人と巡り合うことはないでしょう。
そういうわけで、僕の心は今なお、ユウカちゃんという名の魔性の迷宮の中で、惑わされ続けているのでした。
今なお、性癖の迷宮をさまよう僕の業の物語は、もはや脱出不能ということで、これにて幕を引かせていただきます。
それでは皆様、機会があったら……またどこかのダンジョンでお会いしましょう。
――――【今度こそ、了】――――
最後まで読んで頂きありがとうございます!
甥っ子たちの物語は、ここで一区切り。
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