#36 男子高生・危機一髪!
僕の部屋は六畳一間。壁にかけられた金網にはいくつかの魔導重火器が固定された、物騒な陰キャ部屋です。
衣装ラックの並びには、勉強机を兼ねるPCデスク。机と直角にはベッドが設置されています。
現在、僕とユウカちゃんは向かい合って話しています。
僕はベッドに腰掛け、ユウカちゃんはキャスター付きの椅子に座りっています。
「昔とは、大分変わったね……シールのたくさん張られてた学習机はもう無いんだ……」
「まあ、中学の頃には既に膝がつっかえてたしね……DIYで塗装し直して、チアキにおさがりになったよ」
「家具も一新されると、大人びて感じるね……この椅子高そう」
「ゲーミングチェアだね。MOGURAさんのとこのバイト代で買った感じでね……」
………………
……いや、やっぱりまずいと思います。
年頃の女の子が、その、同年代の男子の部屋にいる状況は……その、とてもまずいと思います。
ましてや、今、この家には、家族は誰一人いません。僕と、ユウカちゃんの二人きりで……いや、本当にまずいですよ、これは。
話が途切れると、妙な雰囲気になってくるので、しどろもどろで新しい話題を上げていますが、もう場が持ちそうにありません。これは、一刻も早く、リビングに戻るべきでしょう。
「あ、あの……ユウカちゃん。僕の部屋も紹介したし、そろそろ、リビングに……」
「…………」
あっ、ユウカちゃんがゲーミングチェアから立ち上がりました。
……良かった。この空気のままじゃ、こっちの心臓が持ちそうにありません。
それに、誰もいない家で、僕の部屋まで来てくれるというのは、彼女から「危険はない」と、信頼されている証でしょう。
彼女は、将来も見越しているんです。僕は、男として、ユウカちゃんの気持ちを裏切るわけにはいきません。
今後も、節度を持ったお付き合いを……
……ユウカちゃんは、ベッドに座る僕の横に、腰掛けました。
「~~~~~~ッ!?」
「…………」
慌てて彼女の表情を確認した僕ですが、その顔はすっかり真っ赤に染まり、潤んだ瞳を僕の方に向けます。そして、そっと、目を閉じました。
…………
………………
…………とても、
…………とても、まずい、状況なんですが、
…………僕は、既にまともな判断力を失い、
…………ちらとPCデスクの横に置かれた、黒いキャビネットに視線を逸らし、
…………僕の真横で目をつぶるユウカちゃんに、
「ただいま~~~~っ!!」
ドアの開閉する音と、にぎやかな女子小学生の大声で、僕らは我に返りました。
「……あれ?ママいないの?ご飯は~~っ?って、ハル兄帰ってんの~~っ?ご飯作って~~っ!!」
慌てて離れた僕ら二人は、そそくさと距離を開け、大慌てで部屋のドアを開け、廊下に出ました。妹、チアキの帰宅です。
「チ、チアキ……今日は早いじゃん……」
「へへ、短縮日程ってママに伝えるの忘れちゃってさ……ママは?」
「あ、その、Wi-Fi壊れたから、仕事できるところに出かけてて……」
「え~~っ!?友達とおしゃべりするのに、『ギガ』無くなっちゃうよ~~……」
「…………」
「まあいいや、ご飯作ってよ、ご飯!もう、おなかすいちゃって……」
……チアキが、僕の後ろに人の気配を感じたようです。
「えっ……誰?その……ギャルのおねーさん……」
……どの道、母さんが帰ってきたら紹介するつもりだったので、隠し通せることではないとは思ってましたが、ここに至っては素直に紹介した方が良いでしょう。
僕はドアを大きく開き、ユウカちゃんを手招きして、横に立ってもらいました。
「その、お久しぶりです。チアキちゃん。ハル君の同級生で……その……」
ユウカちゃんは、少し手をモジモジさせて、続けました。
「ハル君の、彼女の……扇ユウカです」
「えっ……」
「え~~っ!?ユウカおねえちゃんが、ギャルで、ハル兄の彼女~~~~っ!?」
……相変わらず、うちの妹はやかましいです。
* * *
「ただいまー」
夕刻、母さんがPCバッグを抱えて帰宅しました。夏の空は、まだ夕焼けに差し掛かってはいませんが、それでもユウカちゃんの件もあったので、早めに切り上げたそうです。業務委託だから労働時間の融通も効くとか。
「おかえり、母さん。チアキには適当にチャーハンと、インスタントのスープ作ってやったよ」
「手間かけさせて悪かったわね……チアキもスマホは置いてってるから、あんたがメール送ってくれて助かったわ。一人で料理させるのはまだ怖いしね……」
「う、うん……」
母さんは少し沈黙し、話を続けました。
「……それで、ユウカちゃんが挨拶に来てるんでしょう?」
「今、チアキとリビングで話をしてるよ。吹奏楽のことで色々聞かれてて、離してくれないみたい」
「ああ、チアキが入ったのも吹奏楽部だからね……」
結局、チアキはあれからユウカちゃんにベッタリ。
「なんでハル兄と付き合ったの?」とか、「あの陰キャのどこがいいの?」とか、「ギャルファッションが可愛い!」とか、「吹奏楽の楽器について教えて!」とか、それはもう色々と。ユウカちゃんもタジタジしています。とてもかわいいです。
その脇で、二人に近づこうとした僕は、「向こう行ってろ」と足でぺしぺしと追い払われ、トボトボと皿洗いに励むのでした。
……いや、ご飯は作るけど、皿ぐらいは自分で洗えよ。
「すっかり、懐いちゃってるよ。……僕より容赦なく距離を詰めてるね」
「レイちゃんのところに遊びに行った時を思い出すわねぇ……取られないようにしなさいよ」
「はは……」
微妙に痛い所を突かれたと思いましたが、思いの外ダメージはありませんでした。自分でも意外ではありますが、数年刺さっていたレイチェルさんへの想いというトゲはすっかり抜け落ちていたようです。
……何なら、ユウカちゃんを独占する、チアキに対するジェラシーの方が強いかもしれません。
早く離れてくれないかなぁ……。
僕らの視線を受けて、ユウカちゃんはチアキの視線を受けながらも立ち上がり、母さんに向かい合いました。
「……お、お久しぶりです、フタバおばさん」
「うん、久しぶり。ハルトの誕生会以来かしら?ユウカちゃんのおばさんとは今でも結構お話してるけどね」
「そ……そうなんですか?」
「……親にとって子供の性別はあんまり関係ないからねぇ。同年代の親だったこともあって、結構付き合いは長いのよ」
なるほど……カナコおばさんの……山神ダンジョンスイーパーズでのユウカちゃんのバイトがすんなり運んでたのは、このあたりの繋がりもあったからのようです。彼女の暴走を許したことに気まずさはありますが、母さんの親族がついていれば大事に至らないと信頼を受けてたということのようです。
やがて、母さんはユウカちゃんの方に歩み寄り、チアキを引っぺがしました。
「ほらチアキ。ママはユウカちゃんとお話があるからさっさと離れなさい」
「え~っ……」
「あんまりくっついてるとハルトが嫉妬でキレ散らかすわよ」
「うっさいよ」
年頃の男子に意地悪をする母も含め、ウチの女性陣にはまったく困ったものです。




