#33 陽の当たる世界へ
俺たちは、先頭を歩く二人を見守りながら、東川郷の月極駐車場ダンジョンから撤退を始めた。
………………
……情けねぇな、大人として。
「……すみませんでした。お義兄さん、ミツ君、HIMIZUさん」
俺の自己嫌悪を知ってか知らずか、カナコさんは口を開いた。
「私が、ユウカちゃんの恋心を知って、変に老婆心を出したせいで、こんな事態に繋がってしまって……」
「……いやカナコ、それを言うなら俺だってそうだよ。何なら、あの子の訓練をカナコに任せて、メンタル面のフォローを丸投げして探索を進めてた、俺の方がよっぽど問題があった」
「……危うさという面で言えば、彼女がどういう人間か、ハルト君にそれを聞いて知る機会があったのは、俺の方です」
……三人の口から出てくる反省の弁。
だが、少なくとも俺が謝られるべきことではない。
「……子供を育ててる身として、あの子の取り得る決断が危ういものになると、気付くべきは俺だったよ。大人として、みんな適切なフォローが出来てなかった」
「…………」
少し前まで、独身者だった俺は、自分を「子供の延長」と見ていて、何も持たない自由な自分こそ、親という当事者に比べ、その心理をよく理解していると、そう思っていた。
それは一面では事実ではある。ウチの「あーくん」……アラヤが生まれてから、自分でも「子供可愛さ」で冷静さを欠く面は自覚するし、我が子を贔屓した判断をする場面も増えたと、そう感じることも多い。
けれど、根本的に子供というのは制御不能な存在でもある。まだ世の中のことを何も知らない、悩みなんてあるのかという年頃のアラヤも、あちこちに手を出して、時に親に冷や汗をかかせるような危険行為に走ることは、少なくない。
これは決して、俺を困らせるためのものではない。アラヤも「世界のことを知ろう」と、今自分が置かれた状況をより良く変えることに、ただただ全力で望んでいるだけだ。
そして、それはきっと新生児や幼児に限ったことではない。判断能力や責任能力の未熟な児童や学生もまた、彼らにしかわからない悩みに、本気で向かっている。
その結果、大人の想いに反し、向こう見ずで危険な行動に向かっていってしまうこともある。
非行は「彼らがバカだから」「大人が無関心だから」起こるわけではない。
きっと「彼らが彼らなりに、本気で生きようとした」結果として発生する物であり、それらは大人が、親でさえも、全てを知ることは困難なのだ。
……親としては、少し自信が無くなってきたな。
それでも、自信なんて、あるかないかに関わらず、向き合い続けるしか無いわけだが。子供の振る舞いに責任を持つのは、どこまで行っても大人の務めだ。
「……結果だけ見ると、上位存在があの子を不幸にしかねない願いを叶えることはなかった、とも思いますが」
「……それも結果論だよ。きっと『明日をも知れぬ孤独な自殺志願者』とかなら、種族を作り変えることぐらい、奴らはやりかねないし、止める人間がいない中であの子が一人でダンジョンに臨んでいたら、どうなったのかわからない」
「……それなら、彼女が一人で探索する力をつける前に、大人の目の届くところで、暴走した願いを咎められたのは、良い学びになった……とも言えるかもしれませんね」
「まあ……そうかもしれないが」
――ダンジョンは危険が溢れている。
それは、モンスターやトラップもそうだが、身の丈に余る「願望機」という存在に振り回されることが、何より心身に傷を与えうる可能性を秘めているとも言える。
真に「願いを叶えるアイテム」が必要な、切実な思いを抱える人ほど、余裕を失い視野が狭窄になり、状況を悪化させてしまう可能性もある。未熟な若者ほど、それに惑わされやすいのは、かつての黒栖の坊主を見ても納得だ。
そうであれば、やっぱり大人がしっかりと彼らと対話し、その悩みに向き合うべきだろう。
ハルトとあの子は、少し先を並んで歩いている。
あの子とハルトは、これからどうなるのか。
すべてを、俺たちが知ることはできないが、それでも……
「……カナコさんやHIMIZUは、これからも、あの、扇ユウカって子の相談に乗ってやって欲しいです。俺も、ハルトから話を聞いて、できる範囲でのサポートをします」
「はい」
「……大人は、子供のことを全部わかってやることは難しいですが、それでも、無関心でいて良いわけではありませんしね」
* * *
「ハル君」
扇さんが、僕の方を見て呼びかけました。
その姿は既にキャシィのものではなく、普段の彼女の姿と同じ、人間の姿です。
「……なに?ユウカちゃん」
「心配かけて……何も相談しなくて、ごめんね」
「……ううん、僕ももっと、学校でユウカちゃんに話を聞いていれば……もっと言えば、中学生の頃にでも、もっとユウカちゃんと話して、思いつめないように、話を聞けてれば……」
「……私たち、全然話せてなかったんだね」
「…………」
……身も蓋もない話として、僕は彼女を傷つけた罪悪感と、自分が傷つけられたという被害者意識、そうした気持ちの板挟みになって、彼女に近づくことを避けていたんだと思います。
それは、自己防衛と、これ以上ユウカちゃんに嫌われたくないという恐れ。
……言い換えれば「彼女に好かれたい」という気持ちは、関わりの薄い中学生時代も、決して捨てていなかったということ。自覚がなかっただけで、きっと僕の心の中には、ユウカちゃんと仲の良かった子供の頃の記憶が、捨てられない宝物のように残っていたのでしょう。
レイチェルさんの一件で、僕は大人に、キャシィ族に、憧れを抱き、ユウカちゃんとの思い出は、より深い記憶の奥底に沈むことになりました。
それでも、入学した日のホームルームで、あるいはしばらく後のカラオケに誘われた時に、ダンジョン配信について聞かれた時に、僕は間違いなく「嬉しい」と感じ、少なからず浮かれていました。
なので、えっと、つまり――
――気付いてなかっただけで、今でも「好き」だったのかもしれない。
そう、僕は思いました。
「……顔、赤いよ?」
「あ……、うん。その……まあ、ね。生まれて初めて、その、告白……されたから」
僕の返答で、ユウカちゃんも顔を赤らめました。
彼女は、手で顔を隠そうとしましたが、何かに気が付いたように、その手を止めます。
「……これまでも、ね。恥ずかしくて顔を隠したり、そっぽを向いたり、腕を組んじゃったり……それで、ハル君を怖がらせたり、不機嫌に見せてたかもしれないけど……」
言われてみれば、「警戒されてる」と感じていたところは、あります……。
「これからは……恥ずかしくても、ちゃんとハル君の顔を見て、隠さず、お話しする。だから……」
「うん、僕も変に警戒したり、逃げたりしない。一緒に沢山話そう」
彼女は、顔を赤く染めながら、こくりと頷きました。眼鏡をかけた彼女は、普段のように怪訝な眼つきではなく、くりんとした丸い目つきで、僕に微笑みを投げかけました。
入学以来の誤解が解消された僕は、今の彼女を「可愛らしい」「愛おしい」と感じていました。
思うに、もう既に僕にかけられた「呪い」は、解けかけているのでしょう。既に、僕の心は、決まっているも同然なのですから。
流石に今日明日で決断するのは早すぎる気もしますが、それでも彼女をあまり待たせたくもありません。
……僕は、ひとつの区切りの目安を立てました。
「ところで、ユウカちゃん。そろそろ期末テスト近いけど、勉強大丈夫?」
「あっ……その、しばらく部活とダンジョン訓練に時間使ってたから、ちょっと怪しいかも……」
「たしか、文系科目が得意なんだよね?化学と数IAについては予習してるし、質問があったら答えられるから、一緒に勉強しない?」
彼女は、意外そうな目で、僕を見ました。
「……いいの?」
「もちろん。図書室でも、ファミレスでも、時間のある時に一緒に勉強しよう」
「じゃあ……」
「……あれ?」
「どうしたの?」
「私、文系科目が得意って言ってたっけ?」
「えっ……言ってなかったっけ……?」
そういえば、高校に入ってから成績についてのことなんてユウカちゃんに聞いたことはなかったはず……でも、中学の頃は、彼女とロクに話してなくて……
「……あっ」
「?」
「その、中学の頃、ユウカちゃんが他の女子と話してた時、国語と社会科が得意って話が漏れ聞こえて来て……それをふんわり覚えてたんだと思う……」
「…………」
「…………」
ああ、僕はそんなこと、逐一覚えてたのかぁ……。
なんかこう、「意識してない」みたいに言っておきながら、本当はこう、視界の端で、会話を盗み聞きしてみたいに、しっかり意識してて……。
我ながら、気取った感じで気持ち悪いな……。
「……あの頃は、私のこと、気にも留めてないのかって、思ってた」
「……僕も、自分ではそうだと思ってたけど、しっかり気にしてたんだね」
「ふふ」
「笑わないでよ……」
恥ずかしい……。
別に、ことさら彼女の前でカッコつけたいわけではないけれど、言行不一致というか、間の抜けた所を見られたいとも思わないので……。
「期末、頑張ろうね」
「うん」
「……あの」
「?」
「僕も、文系科目でわからない所あったら、教えてもらっていい?」
彼女は、脚を止めて、僕の方を振り向き、ふふっと笑いました。
そして左手のひらを上に向けて、僕の方に差し出しました。
「たくさん頼ってね。ハル君」
……僕は、少し考えた後に、彼女の左手に右手を重ね、そっと握りました。
小学生に入ったばかりの頃、一緒に手を繋いで家に帰った、あの日を思い返しながら。
「……ありがとう、ユウカちゃん」
僕は、彼女に笑顔を返しました。
まずは、彼女といっしょに期末テストを乗り切ること。
目下の心配事にしっかり決着をつけてから、ユウカちゃんの気持ちに応えよう。
そんなことを考えながら、僕たちはダンジョンの出口へ、日の光の溢れる地上に向かって、手を繋いで歩いていくのでした。




