#31 陰陽こがれあい
「ハルトのことなんて、好きなんかじゃない」
学校で男子にからかわれる中で出たその言葉は、私の保身から出た一言だった。
本心は言うまでもない、この時には既にハル君のことが大好きだった。その気持ちを伝えたいという想いもあったから、バレンタインにチョコレートを渡した。
ホワイトデーの当日、私は彼にお返しを貰えるかなと期待して、浮かれていた。けれど、朝、黒板に書かれていたのは私とハル君の相合傘。それを見てニヤニヤと笑う男子と女子。
このイタズラは、席についていた女子が黒幕と、何となく想像がついた。
血気盛んな男子の、「恋に酔っている女子をからかってやりたい」という意地悪な好奇心、それを焚きつけた彼女たちは「やめなさいよ」と、反笑いで、身の入らない注意をしていた。
学校でチョコを渡すところなんて誰に見られていても不思議ではないし、ハル君が嬉しくなって誰かに話した可能性もある。
私も、ハル君に「秘密にして欲しい」とは言わなかった。この頃はまだ、世の中に溢れる「悪意」に鈍感だったのだ。
ハル君は優しい子で、男子にも女子にも、困った子には手を差し伸べていた。彼を悪く思う子は少ない。「やめなさいよ」という女子の中にも、それを明確な恋心とは思わないまでも、彼を好意的に見る女の子は混ざっていた。
今になって思うと、ハル君に近づきたいと必死になったり、仲良く話しかけてもらえる私を見て、言葉に出来ないモヤモヤを抱えていた子は、少なからずいたんだと思う。
私はこの時、気が動転していた。自分に向けられる悪意を、ねっとりとした空気を、どうにか否定したかった。
――だから私は、浅はかにも嘘をつき、ハル君への恋心を、その場で否定した。
彼が教室に入って来る、まさにその時に。
* * *
「……ごめんね、みんなの前で、恥ずかしい思いさせちゃって」
放課後、家を訪ねてホワイトデーのお返しを手渡した彼は、気まずそうな顔をしていた。私も、無邪気に「嬉しい」という想いでそれを受け取ることはできなかった。
「……あの時、言ったこと」
「ううん、気にしないで。僕も気にしないよ」
……ここで「本当は大好き」と伝えていればと、後になって何度も後悔した。けれど、それが出来ないのが、当時の私だった。
「……ただ、またからかわれたら、お互いつらい思いをするし……僕も、これからは他の子と同じように『扇さん』って呼ぶよ」
「…………」
「チョコレート、ありがとう。これからも……友達でいてね」
――玄関先から去っていく彼の背中は、とても寂しげに見えた。それは、私の願望かもしれないけれど、それでも、臆病な私は、彼に何の言葉をかけることもできなかった。
この日から、私は彼を「ハル君」ではなく「ハルト」と呼ぶようになった。
「谷岡君」という呼び名にしなかったのは、理不尽に対する私のささやかな抵抗と、彼に「私の本心に気付いて欲しい」という、惨めな未練の表出だった。
* * *
僕が……谷岡ハルトが小学校高学年から中学生のころの話。
僕は「ダンジョン配信」と出会った。
思い返すと、ユウカちゃんとの出来事がトラウマになった僕は、「男らしい」振る舞いを求め、過激な趣味を求めていた部分があった。
一般に「ホモソーシャル」と呼ばれる同性コミュニティの性質。特に男子は、その無鉄砲な蛮勇や、女子への関心の薄さなどを同性コミュニティでアピールすることで、「内輪」に承認される、そんな性質があり、僕はその郷に従うことで「からかい」の対象になることを避けた。
なので、僕は「男」として周囲に認められたくて、意地悪をはねのける強さが欲しくて、本来より若干粗野な振る舞いや趣味のアピールを始めた。
結果として「仲間」の扱いを受けた僕を、男子はからかって遊ぶことも減り、ユウカちゃんをからかう子も減った。……自己防衛の副産物ではあるけれど。
そんな中で僕は、令和の一大暴力ジャンルであるダンジョン配信にハマっていった。学校のPCルームやタブレットで規制を掻い潜って動画を見たり、ミームを使ったコミュニケーションを取る……今思えばちょっとイタい悪ガキの類だ。
そんな僕を、両親や親族は呆れともつかない目で見ていたけど、これは中一の年度末に発生した「実家ダンジョン」での役割に繋がり、親族からも一定の承認を得ることになった。
……小学生の頃とは別の意味で、僕は得意の絶頂にいた。
そして、「運動公園ダンジョン」。
ここで、母さんを颯爽と助けたキャシィの女性。僕の人生で現れたもう一人のヒーローは、少し怖い所もあるおじさんと阿吽の呼吸で連携し、七光さんの配下であるトップランカーの獅子辻さんを、真正面から打ち破った。
そんな彼女から、抱きしめられ、その仕事を承認されたことは、彼女がカズヒロおじさんと恋仲になったことすら一瞬忘れるほど、脳に強烈なインパクトを与えた。
下世話な話として、男子を恋愛の道に突き動かす「性」。それを明確に自認したのも、おそらくこの時だと思う。
その後、僕はMOGURAさんやHIMIZUさんの師事を仰ぎ、ダンジョン探索のノウハウを得ていった。受験は推薦枠で早々に入学が決まったので、余剰時間をダンジョン探索のノウハウを得ることに積極的に使っていた。
それは、「レイチェルさんに褒められた」という原体験からくるもの。「あの人みたいにかっこいい人になりたい」という気持ち。
……そんな表向きのキラキラした建前に隠された本心として「あわよくば、おじさんのようにキャシィ族の女性と……」という想いがあったことも否定できないと思う。
けれど、大人の世界は僕が思った以上に複雑だった。ちゃらんぽらんに見えるMOGURAさんも、その実はスタッフを抱える事務所の長であり、税金やマーケティング、雇用者としての立ち振る舞いなど、僕の知り得ない努力や苦悩の上に立つ「大人」だった。
大学生であるHIMIZUさんや黒栖さんも同様、将来に向けた人生設計にマジメに向き合っていて、ただのマセた中学生がタメグチを聞くことに恥ずかしさを感じた僕は、大人には例外なく敬語を使うように変わっていった。
羞恥心は、人間の行動を規定する、極めて強い外圧だと思う。
そうして僕は、こじれた性癖、こじれた自意識のまま、高校に進学した。
* * *
私が……扇ユウカが小学校高学年から中学生の間の話。
私は、虚無感に満たされながら「出る杭」にならないように腐心した。
それまで、同級生とは険悪でもなく、特に危機感も持たずに毎日を過ごしていた私だったけれど、論理的な思考力や情緒が育ち切っていない子供は、思い付きで残酷な行動を起こす。
私やハル君に対する「イジリ」は一過性のものだった。私たちをからかった子たちも、しばらくしたら普段通り「遊ぶ仲」に戻って行ったけど、それでも私の心には確かに傷痕が刻まれていた。
真っすぐに自分のやりたいことに邁進する人の足を引っ張ろうとする、社会的な悪意の恐ろしさが、私の行動を、視野を、狭めていた。
そこからの私は、クラスの中で文字通り「影」の存在に徹していた。
「陰キャ」でも「陽キャ」でもない、その場にただ居るだけの、誰からも関心を持たれない存在であること。それだけを、生き方の指標にしていた。
休み時間は図書室で本を読むことも多く、現実逃避で始めた読書に没頭したためか、いつしか視力も落ちて眼鏡をかけるようになっていた。
そんな中にあって、新たな趣味を見つけ、他の男子と仲良さげに振舞うハル君を見て、安堵と、羨望と、嫉妬の入り混じる、複雑な気持ちを持っていた。
――あんなことがあったのに、私だって傷ついたのに、ハル君だけ他の子たちと同じ、日の当たる場所で生きられるなんて、ズルい……と。
私のメンタリティは、決して彼の安息を喜べる聖人のそれではなかった。彼に攻撃こそしないものの、「僻み」という点では、私に意地悪をした子より、よりこじらせたものになっていたと、そう思う。
あんなに大好きだった彼を疎んじ、その一方で「ひとりにしないで」と嘆き、それでいて彼にそれを直接言うこともできない、自己矛盾の中で鬱屈とした日々を送っていた。
――けれど。
中学一年の秋ごろの放課後、忘れ物を取りに帰った教室で、彼はクラスで同級生の相談を受けていた。
同級生のお兄さんはいじめで不登校になってしまったらしく、ハル君はプリントアウトした紙を彼に渡し、ホットラインや通信制高校について説明していた。
間接的なつながりの相手の嘆きに寄り添い、どうにかしてあげようと、現実的な手段を模索して、相談に乗っていた。事実、その後彼のお兄さんは学校を移り、生活を立て直したらしい。
――私は、自分が恥ずかしくなった。
あの言葉で傷ついたのは、きっと彼も同じはずなのに。それでも、他人への思いやりや繋がりを捨てず、悲しみや苦しみに寄り添い、助けの手を差し伸べる子であり続けた。
彼は、昔と何も変わらない。
もし私が傷つき足を止めたと知ったら、間違いなく歩み寄り、手を差し伸べてくれる、そんなヒーローみたいな子なのだと、はっきりわかった。
……私は、変わらなきゃいけないと考えた。過去の過ちから間違った方向に進んでしまった自分を否定し、彼との関係を元に戻したいと、そう願った。
その結果、私は、私の淀みを生み出していた、過去のあの出来事を、記憶の底に封じ込めた。それが、トラウマと向き合うことを拒否する「弱い」行いであることに気付くことすらなく。
かくして、二年に上がってすぐ、私は志望校を「宝徳高校」から、彼と同じ「県立雨宮高校」に変更した。私は「彼を傷つけた自分」を捨て去り、「新しい自分」として、新天地で彼ともう一度出会いをやり直すことを望み、受験に邁進したのだった。
* * *
僕にとって、ユウカちゃんは「最初のヒーロー」であり、心にひっかかっていた初恋の人だった。
けれど、成就しない子供の恋の、よくある顛末がトラウマになってしまった僕は、そのことをすっかり記憶の奥底に押し込み、必要以上に女性に歩み寄ることを恐れるようになっていた。
それを解きほぐした人は間違いなくレイチェルさんであり、性への目覚めと合わさり「彼女のように、カッコよくて可愛らしい恋人が欲しい」という気持ちが、僕の心を突き動かすようになっていた。
それが叶わない望みであったとしても。陰キャの僕に不相応であったとしても。
自分を照らし、鬱屈とした影の中から救い上げてくれる「光」を、僕は追い求めた。
まるで僕は、夜の灯りに引き寄せられる「蛾」のような人間であり続けていた。
* * *
私にとって、ハル君は「理想のヒーロー」であり、いつまでも眩しい初恋の人だった。
子供のような無垢な精神性に、大人としての現実的手段を取るための思慮と行動力を備えた今の彼は、順当な成長を重ね、より魅力的な男性になっていた。
私は、彼に追い着き、並べる存在になりたかった。その思いは、彼とのつらい思い出を記憶の奥底に封じ込めた後も、変わらず私の指針であり続けた。
他人に左右されない強い信念を持ち、それでいて彼が理想とする女性像「カッコよさと可愛らしさを兼ね備えた存在」になることを望んだ。
その結果が「ギャル」という装いになってしまったのは、まあ、私の思慮の浅さとか暴走とか、そういう所に尽きる。
けれど、それでも、私は自分自身を、根本的な部分から作り変えたいと願っていた。彼が困っているなら、そばに寄り添い、手を差し伸べることができる……そんな人になりたいと思った。
彼はもっと光の当たる世界で笑って欲しい。
だから、私は彼の心を温かく照らすことのできる「太陽」のような存在になりたいと願っていた。私の言葉で傷つく前の彼が、そうであったように。
……そのためなら、私は、私でなくなっても構わない、と。
* * *
――そして、令和十九年の四月。
雨宮高校の入学式で再び出会った私たちは、ぎこちなさを残しながらも、再び歩み寄り始めた。
そこからの紆余曲折を経た末に、東川郷町の月極駐車場の地下、ダンジョンの最深部で向かい合った。
こじれ切った、私たちの絆に、真正面から向き合うべき時がやって来た。




