#28 迫真ファイナルスラッシュ
「……カナコと扇さんにも無線で伝えた。ちょうど今、合流したみたいで、発動タイミングで跳躍回避するから、ぶっ放していいよ」
じりじりと構える近接機動型に警戒しながら、おじさんたちは僕の後方に下がっていました。
「……代わってはくれないんですか?」
「その、俺も歳だから、そういうのは……」
「ハルト君が一番若いから、ねぇ……?」
「が、がんばれ~」
無責任な視線を……。
僕はため息をつきながら、スクロールを起動しました。
……「詠唱」を伴って。
「――――明と暮を分かつ熾天の黒翼」
このスクロールは、起動に際して詠唱が必要らしいです。
それは、大魔法の発動のための要件を満たすためなのですが、その内容は必然性に基づくものではなく、この魔法を形作った「作者」の……趣味です。
そうです。
このスクロールは「†黒栖†」さんの必殺魔法『|漆黒葬刃《Darkness Brade》』が記されています。
このスクロールは、黒栖さんが実験的に制作したからと譲り受けたもの。
そこには、呪文発動に無関係な設定も、イラスト付きで書き込まれています。
「神に反逆し、堕天したルシファー」
「白と黒の翼、光と闇を支配するオッドアイ」
「明けの明星と、宵の明星、相容れぬ存在が交わる時――」
「終焉の時は訪れ、破滅を誘う漆黒の刃が――」
……読んでて脳がかゆくなります。
僕だってもう、そんな歳じゃないんですよ!
っていうか、なんであの人はこれを恥ずかしげもなく書けるんですかね!
……と、そんな場合じゃない。
詠唱を続けないと……。
「暁に惑いし闇の……」
――視界の片隅。
不可視魔法を解き、カナコおばさんと並んだ扇さん。
こちらを怪訝な目で見る彼女と……目が合ってしまいました。
…………
……………………
………………………………
「……以下、省略ッッッ!!」
僕は、羞恥心に抗いきれず、詠唱破棄し、右手を近接機動型に、守護者に、向けました。
――無理ですよっ!こんなのっ!
扇さんの前で、こんな恥ずかしい詠唱できるわけないでしょ!
中二の病み上がりにこんなの読ませるなんて、尊厳破壊もいい所ですよ!!
「――『|漆黒葬刃《Darkness Brade》』ッッッ!!」
瞬間、周囲の光を飲み込むような、暗く、巨大な、斬撃魔法が、僕の手元から真横に放たれました。
……怪我の功名と言うべきか、僕たちに飛び掛かり始めていた俊敏な近接機動型は、詠唱破棄で攻撃のその瞬間にタイミングを合わせることができました。
そのチーターのような金属製の体躯は、上下を真っ二つに切り裂かれ、その場で倒れ伏せました。
しかしながら、不完全な詠唱ということもあり、本丸である守護者の胴を両断するには出力不足でした。三分の一ほど切り込まれた辺りで魔法の刃は消失してしまい、コアの両断とまではいきませんでした。
そして、守護者はその単眼の瞳を青く発光させました。
「やば……レーザー攻撃が……来るぞっ!」
HIMIZUさんの叫びを受けて散り散りになる僕たちでしたが、あとの無い守護者のエネルギーチャージは止まりません。
一人でも敵を減らすべきと判断したのか、その青い瞳は、僕を睨み付け、レーザーの照準を定めました。
後悔が、どっと押し寄せてきました。
近接機動型を落とせたのは、まあ良かったけど、僕はここで落ちるな……。
僕は、扇さんを、友達としてちゃんと守らなきゃいけないのに……おじさんたちに任せることになるのか。
……羞恥心に襲われて、優先順位を見誤ったかもしれない。
「ユウカちゃん」は、僕をからかったりする子じゃないって、わかってたはずなのに、なんで……あそこで、恥ずかしがって、戸惑ってしまったのか……。
…………ダメだなぁ、僕は。
青白の激しい発光。
僕は、地上への送還を覚悟しました――
――瞬間、青白く発光していた頭部は、斜め下に金属片を散らしながらはじけ飛びました。
溜め込んだエネルギーは暴発、守護者は、自身の産み出した熱量で、頭部から首元までを溶解させていました。
僕は、呆気に取られていましたが、はたと我に返り、上空を見上げました。
そこには、オリーブグリーンのローブを羽織ったひとりの女の子が、さながら落下傘のように、ゆっくりと落下していました。
銃口から硝煙の立ち上る狙撃銃を、その手に携えて。
「浮遊ローブ……!」
そう、僕が彼女を救援する時に渡した装備。あの日僕の着ていたものと同じ、対刃防護と合わせ、落下ダメージやショートカットを想定し、重力影響を軽減するための浮遊魔法を仕込んだ、探索用のマジックアイテム。
彼女はカナコさんに抱えられ跳躍した後は、浮遊ローブの影響で空中で待機し、守護者が僕にレーザーを撃とうとしているのを止めるべく、ライフルを使ってその頭部を打ち抜き、暴発させて、僕を助けてくれたんだ。
僕は、彼女を見て、思わず笑顔を浮かべました。
彼女は驚いたような、困ったような、そんな表情を浮かべ、目を逸らしました。
――ありがとう、ユウカちゃん。
僕の危険な趣味に歩み寄ってくれて。
僕の判断ミスを補ってくれて。
僕を危険な状況から助けてくれて。
感謝の言葉は尽きません。
だからこそ、この探索を無事に成功で終わらせる。
彼女に、これまでのお礼を、たくさん言わなくちゃ。
僕は、魔導山刀を抜き、カズヒロおじさんに視線を送りました。彼も、好機を逃すまいと、既にショットガンをリロードしていました。僕らは視線を交わし、守護者に駆け寄りました。
レーザーの暴発により、反作用で後ろにつんのめった守護者は、腹まで裂かれた切断面を自身の重量で広げ、そこには青い魔石が顔をのぞかせていました。
これこそが、このゴーレムを動かす「核」に他なりません。
守護者が、僕たちの間合いに入りました。
カズヒロおじさんは、Vの字の断面を押し広げるように、ショットガンの銃口を押し当て、引き金を引きました。背中の皮一枚繋がった上半身は、重力で後ろに引かれ、蝶番で開く小箱のように、大きく傷口を開けました。
僕は、その隙間に潜り込むように滑り込みました。
……今日ばかりは身長が小さいことに感謝です。
僕は、握りしめた魔導山刀を振り抜きました。
守護者の中心に入った一閃は、青く煌めく魔石を、核を、割り砕く形で両断し、恐るべき強敵を完全に沈黙させたのでした。
* * *
ハル君が守護者のコアに斬撃を加え、戦いは終わった。
彼が狙われた時には、どうなることかと思ったけれど、咄嗟に頭を狙った私の狙撃が当たり、レーザーを暴発させたことで、運良くも窮地を逃れ、決着がついた。
私は、ゆっくりと地面に着地した。
……このローブ、ハル君から借りたままだったし、返そうと思って持って来てたけど、思わぬ形で役に立ったなぁ。
カナコさんから「私の買った奴より高いよそれ。最終決戦では、そっち着てた方がいいね」というアドバイスを受け、まさに実を結んだ形だ。
私は、みんなよりも経験が浅く、実力では間違いなく一段劣っている。
正直、今回の頭部破壊も、幸運が招いた成果だと思ってる。
それでも――
「扇さんっ!」
ハル君が、私の元に駆け寄ってきた。
そして、少しばかり視線を泳がせた後、もう一度私の目を見て、恥ずかしそうに右掌を見せながら言った。
「……ナイスファイト、扇さん!」
……私は、少し躊躇った後に、彼の掲げた右手に、私の右手を合わるように、ハイタッチをした。
手袋越しのハイタッチは、イマイチ軽快な音は出ず、気の抜けた感覚に、私たちはお互い、苦笑いを零した。
「助けてくれて、ありがとう」
「ううん、全部偶然で……」
「いや、カナコおばさんとの練習の成果だよ。あれから本当に頑張って鍛えてたんだね。……本当に、頼もしかったよ」
「…………」
私は、彼に真正面から褒められ、顔を紅くして俯いていた。
……やっぱり、運が良かっただけだと、私は思う。
あの場で私が滞空していたのは、カナコさんが私のローブに滞空能力があることを知らず、先に落下して置いてけぼりを喰らっただけ。狙って狙撃ポイントについていたわけではない。
――それでも。
全部運でしかなかったとしても。
私が、自分の手で、大好きな人を助けられて本当によかったと、彼の力になれて嬉しいと、そう思うばかりだった。
―――― 当該パーティーの試練完遂を確認。
―――― 古代遺物「願望機」を、報酬として進呈いたします。
夢心地に近かった私は、宝物殿に響く無機質な声で、我に返った。
――そうだった。
私の冒険は、ここで終わりじゃない。
私は、ハル君から視線を外し、宝物殿の祭壇を振り返る。
天井までそびえる白い光の柱。
同時に、眩い輝きを放つ白い宝玉が、台座を伴ってせり上がるように出現した。
……もう逃げない。
私は、これから……自分の意思で、前に進むんだ。




