#23 ひとまずの帰路
インタビュー記事とハル君から聞いた話は、こうだった。
ハル君のおじさんである「山神カズヒロ」さんは、自宅に浮上したダンジョンに現れる不法侵入者問題を解決するために、その攻略を開始。
ダンジョン最深部まで到達する直前、転移事故に巻き込まれてダンジョン内のモンスターに襲われている「レイチェル」さんを発見し、帰還の首飾りを渡してダンジョンから帰還、その後はハル君の母方の実家で保護されていた。
その後は、レイチェルさんの現世滞在のため、伝染病の予防接種と同等の衛生的措置を行うために、山神さんと、ハル君のご両親、もう一人のおじさん夫婦が協力して、運動公園ダンジョンの攻略を行った。
この時、ハル君は実家からリモートでオペレーションを手伝ったらしい。
そうした諸々の経緯を経て、レイチェルさんと山神さんは思いが通じ合い、そのまま婚約。「山神ミツキ」おじさんの夫婦の結婚から一年をおいて、レイチェルさんも結婚した、らしい。
「……だから、僕にとって獣人族の人っていうのは身近な存在で、世間一般の人間たちと同じ、文化的生活を営む存在で」
「…………」
「けど……、文化的ギャップで、服装とかの意識が違ったりすると、それに戸惑ったりすることも……」
「ハル君」
私に遮るように呼び止められ、ハル君は早口になっていた言葉を止めた。
「……もしかして、ハル君。レイチェルさんのこと……好きなの?」
「!」
……私は、それを、聞かずにいられなかった。
彼の語る、レイチェルさんと山神カズヒロさんとの馴れ初め……その節々で、彼の言葉には、言いよどむような、悲しさをのぞかせるような、そんな表情が見え隠れしたから。
……彼は、口元を隠し、言葉を絞り出した。
「……うん」
「…………」
「そう、だったけど……レイチェルさんの現世滞在のために、おじさんがどれだけ一生懸命になっていたかも知ってるし、それに」
目を逸らし、ハル君は言葉を続ける。
「僕が彼女をカッコいいって思ったのは……、運動公園ダンジョンで、他の探索者に無惨に殺された父さんを前に、冷静さを欠いた母さんが絶体絶命になったのを、レイチェルさんが助けてくれたからなんだ」
「…………」
「……その探索が終わったその日に、おじさんはレイチェルさんにプロポーズしたよ。好きになってから失恋まで、一時間もないぐらいかな?すごく短かったね」
「…………」
「……でも、だからなのかもしれない。心に刺さって抜けないんだ。『僕も、あの人みたいな人に出会えたら』って、そういう想いが、ずっと」
「…………」
「だから、おじさんとは二年間近く、直接は会ってない。お互い嫌な思いをするだろうから」
ハル君は、ため息を漏らした。
「……扇さんも、正直引いたかもしれないけど。それでも……できれば、キャシィ族を好きって人に『変態』ってレッテルをはったりはしないで欲しい」
「…………」
「僕にとって、おじさんも、レイチェルさんも……母さんを助けてくれた尊敬する人なんだ。その種族や容貌で『動物扱い』されて、尊厳を認められないのは、やっぱり悲しい」
「…………」
「実際、僕が気持ち悪い横恋慕してたのはわかってるし、そのことは好きに言って構わないけど、ね。それでも、間違いなくレイチェルさんは立派な人で、魅力的な女性……だったんだ」
………………
………………………………
沈黙が流れた。
何を言えばいいのか、私にはわからなかった。
彼に対して持っていた「好き」という気持ち。
……私は、彼に歩み寄っていけば、想いを成就させることが出来ると信じていた。
私には、幼いころから彼の近くにいたという「特別な繋がり」があり、開いた溝もいつかは埋まり、彼と手を取り合えるのだと、無邪気に信じ込んでいた。
――けれど。
私のことを誰かに話すときに、彼は、こんな誇らしげな顔をするだろうか。
仮に私が他の男子と付き合ったとして、彼は、こんな寂しげな顔をするだろうか。
……そう。
私が後生大事にしまっていた「彼と居た十年」は、彼が「レイチェルさんを想った一時間足らずの時間」に、完全に敗れ去っていたのだ。
――そして、彼の心に残った爪痕にさえ、私は勝てずにいる。
……聞かなくてもわかるよ。
私を助けてくれた時も、
泣きながら抱きついた時も、
ダンジョンで手を繋いだ時も、
彼は、こんなに顔を紅く染めることは、なかったんだから。
* * *
――その後のことは、あまり覚えていない。
ハル君は、私たちを迎え入れたコボルト男性の三人組と談笑をしていた気がする。
私も、何かしら相槌は打った気がするけど、それを覚えていられるほどの余裕はなかった。
それからしばらく、コボルトの村に滞在したのち、二人の人間が、コボルトの村に入って来た。
二十代から三十代頃の男女。雰囲気からして夫婦か恋人だと思う。
土色のマントに身を包み、腰には山刀を挿している。女性の方は、背中に長いライフルを背負っていた。
「やぁ、ハル君。久しぶりだね。大きくなったなぁ」
「私の方も久しぶりね。ハルト君」
「ミツキおじさんと、カナコおばさん。お久しぶりです」
ハル君は、二人に会釈をする。
どうやら、彼らがハル君のもう一人のおじさん……「山神ミツキ」さんと、その奥さん「山神カナコ」さんのようだ。
「事情は、おそらくHIMIZUさんから伝えられた通りで……」
「うん、他の集落とポータル繋げたから、帰りのルートはほぼクリアしてるよ」
「……御足労おかけしました。ありがとうございます」
「いやぁ、本当言葉使いも丁寧になったし、大人になった感じだよねぇ……」
「二年前は、小学校と大差ない子供でしたから」
「……高校生だって、おじさんから見れば似たようなもんだよ。やんちゃだった子が落ち着くのは、少し寂しいね」
「はは……」
久しい再会ということもあってか、懐かしむように談笑をする二人。
それを横目に、女性の方が私に視線を送る。
「始めまして、あなたが『扇ユウカさん』、でいいのかな?」
「は……はい、この度はご迷惑をおかけして……」
「ううん、気にしないで。不審人物に追いかけられたんだから、不可抗力だよ」
彼女は、静かに微笑みを投げかける。清楚で優しそうな印象の女性だ。
「それに、ダンジョン探索は私たちの副業でもあるから、そう気に負わないでいいよ。近々、ミツ君……旦那と、ここを攻略しようかって話も出ててね」
「そう、ですか……」
……失礼なことに、私は恩人である二人の問いかけに、心ここにあらずで生返事を返していた。
浮かれ切った中に恋の現実を突きつけられた私は、現実を受け入れることが出来ず、ただただ、茫然とした気持ちでいることしか、できなかったからだ。
* * *
――彼は、彼の大事な人を救ったレイチェルさんの影を、獣人の女性に見ている。
かといって、レイチェルさんの人格を投影しているわけでは無い。憧れたのは「人格」であると、切り分ける理性もある。
けれど、彼の中の「魅力的女性」の像は、強烈な経験の結果、もふもふとした獣人の女性の姿に変わっていた。
……私が、どうやっても届かない、まったく別の存在に。
……「横恋慕が気持ち悪い」だなんて、そんなこと言わないで。
ハル君が中学生のころ。
彼が強烈な体験で心をときめかせていたことを、私は知らなかった。
子供の頃の想いにしがみついて、自分にもまだ勝ちの芽はあるなんて思ってた。
……まるっきりピエロ。恥ずかしいよ。
――私は、
あなたを「気持ち悪い」なんて、思わないよ。
私は、あなたが大好きだから。
今でも、そばに居て欲しいと、そう思っているから。
だから、私は――
* * *
「カナコさん」
「……なに?扇さん」
ダンジョンからの帰路。
歩幅を落とした私は、先を歩くハル君とミツキさんと距離を開け、カナコさんに話しかけた。
私は、ハル君に頼りにしてもらえるほど、強くもカッコよくもない。
……それでも、私の知らない世界に一人で行ってしまうのは、寂しくて仕方ない。
ダンジョンの最奥部には、「それ」があることが少なくない。
人々の幸福のために、願いを叶えるための存在。
――願望機。
「……これから、ミツキさんと、このダンジョンを攻略していくって話、でしたよね」
「うん、市役所にこの隠し通路のことを報告して、山神ダンジョンスイーパーで受託しようかなって、そう言う話だね」
私は、震える掌をぎゅっと握り、カナコさんに話しかけた。
「お手伝い……させてもらえますか?」
カナコさんは驚いたように目を開いた。
しかし、私の目をじっと見て、ハル君の方に視線を移し、再び私に戻す。
やがて、得心が行ったという表情で、頷いた。
「……わかった。お姉さんに任せてね、ユウカちゃん」
彼女は、頼もしい笑顔を浮かべ、優しく私の左肩をポンポンと叩いた。
……勇気を、持たなきゃ。




