#22 毛深く、業深く
深層の隠し通路。
コボルトたちだけの合言葉で開く扉。
その先に青く輝く、転移の魔法陣。
私は、ネックストラップに下げたスマホの配信を停止した。
彼らの住む集落は秘密の空間。ネットでの共有はご法度とのこと。
私たちは、魔法陣に足を踏み入れた。
その全身が転送された先――
「わっ……!」
現実離れしたその光景。
天井近くで太陽のように輝く、浮遊する大岩。
石の灯りに照らされて煌めく地下水脈と、そのせせらぎの音。
苔むす広大な石造空間には、耕作地や牧畜場が広がり、地底とは思えないほどに木々は生い茂り、はるか向こうには林のようなものも見える。
そんな村で、茶色い毛並みのコボルトの住人たちは、荷物を運んだり、井戸端で談笑したりと、牧歌的な生活を営んでいた。
中央の通り沿いには、露店のようなものも見られ、そこには簡単な電化製品やスマートフォンのようなものが、木箱に陳列されて売られていた。
ファンタジーの異世界のようなこの場所にも、現実世界との繋がりがあることを、再確認させられる。
「これ、本当に地下……なの?」
「……実家ダンジョンの地下村や、運動公園ダンジョンの村は僕も見たけど……それよりずっと広いなぁ……」
……やっぱり、信じられない光景だ。
観光地として整備されていた第二層の遺跡も、それはそれで信じられない空間ではあった。けれど、それらはテレビやネットでも見られる「知識」の範疇の光景だったように思う。
今見ている景色は、大自然の絶景とか、古代文明のロマンとか、そういったもの。知られざる「秘境」が、私たちの足元に広がっていると、そんな現実を目の当たりにさせられた気持ちだ。
まるで、映画を見ているような現実感のなさだった。
「□▽〇▲!」
「□▽〇▲!」
ふと、通りを歩いていると、小さなコボルト――おそらく子どもだろう――が、私たちを指さして、なにやら声を上げていた。
気になったのでハル君の「ゴブリンガル」を覗き込む。
「ニンゲン!」
「ニンゲン!」
……ああ、なるほど。私たちの方が珍しいもんね。
でも、他人を指さしちゃダメだよ。
* * *
私たちを案内したコボルトの三人に促されるまま、村の食堂に向かった。
テラス席……屋内であるダンジョンで適切かは分からないけれど、店の外のウッドデッキにある簡素な造りのテーブル席に、私たちは通された。
『じゃあ、俺たちは荷物を置いてくるよ。女将さんには豆のスープとパン、ベーコンエッグを頼んでおいたから、食べながら待っててくれ』
「お気遣い、ありがとうございます」
『なに、例の髑髏には行商もほとほと困らされてたんだ。このぐらいの礼は当然さ』
私たちは三人のコボルトたちを見送り、木製の円卓に向かい合うように座った。
私は、未だに現実味の湧かない光景に視線を泳がせていた。
……どうにも、立て続けにいろんなことが起こり過ぎて、今の状況に現実感が無くて、夢でも見ているみたいな気持ちだった。
第二層で隠し通路を見つけて、
暗い洞窟で髑髏の不審者に襲われて、
次々と仲間が殺され追い詰められて、
私ももう殺されるって時に……
間一髪で、ハル君に助けられて……
………………
「……落ち着いた?」
「はっ……ハイっ?」
……意表を突かれ、声が裏返ってしまった。
ハル君は、私の方をじっと見つめながら、笑顔で問いかける。
私は、深呼吸をして、ゆっくりと答える。
「その、落ち着き……ました」
「……はは、敬語になってるよ」
ハル君は苦笑いを浮かべる。
そして、静かにため息をつき、話し始めた。
「……その、ごめんね。扇さん」
「…………?」
彼は、私に謝罪した。
彼の謝罪の意図する所が分からず、私はただただ、ぽかんとしていた。
「……今回、扇さんが危ない目にあったように、ダンジョンって命にこそ関わらないけど、迂闊に挑むと悲惨な目に会ってもおかしくない、危険な場所なんだ」
「…………」
「それなのに、ファミレスで扇さんにダンジョンについて聞かれた時、自分の趣味を聞かれたからって、浮かれて、楽しい面ばかり話して……」
「…………」
「興味を持ってくれたなら、なおさら危険な面も、ちゃんと話すべきだったんだよ。そうすれば、扇さんがこんな怖い目に遭うことも、なかった」
「…………」
「だから……扇さんが怖い目に会ったのは、僕の軽率さが原因なんだ。本当に、ごめん……」
ハル君は、深々と頭を下げ、私に謝罪した。
「…………」
……たしかに、今回の冒険で、私はたくさん怖い目にはあった。
けれど、それはハル君の責任じゃない。
もっと事前に調べたり、経験者に意見を求めたりせず、初心者だけで勝手に探索を始めた、私たちの無鉄砲さが招いたこと。
最初からハル君に相談していれば、無理を通してでもハル君を探索に加えていれば……そうはならなかっただろう。
素人考えで仲間を募って危ない場所に向かって、そこで痛い目に会った。ただ、それだけのこと。「自己責任」だ。
……むしろ、ハル君は、そんな私の危機を察して、すぐに駆けつけてくれた。
命を落とすことが無いんだから、放っておいても良かったのに、それでも、すぐに駆けつけてくれた。私のことを助けてくれた。
私からハル君に、お礼を言うことこそあっても、責めたりなんてしない。
ハル君は、すごく優しくて、頼りになる男の子なんだから。
だから……、もっと自信を持ってほしい。
あなたは、私にとって、間違いなく、ヒーローなんだから。
………………
「……ハル君、あのね」
「〇♨■□∪△~!」
私が声を出すと同時に、一人のコボルトが料理を持って来た。
Tシャツのようなシンプルな服に、前掛け、首元にリボンをつけた、一〇〇センチほどの背丈の可愛らしいコボルトの、多分女性。この食堂の女将さんかな……?
「あ、ありがとうございます」
「◎□〇~」
伝わっているのかは分からないけれど、私とハル君は彼女に頭を下げ、豆のスープとパン、ベーコンと目玉焼きの載ったプレートを受け取った。
そして、彼女は後ろを向いて、しっぽを振りながら、キッチンへと帰って行った。
「コボルトの女の子……なのかな?犬みたいな耳とフカフカな毛並みで、かわいらしいよね」
私は、ハル君の方に視線を戻した。
「~~~~ッッッッ!!!」
……?
彼は、コボルトの子の後ろ姿を見て紅潮し、絶句していた。
さながら、何か「見てはいけないもの」でも、見てしまったかのように。
「ど、どうしたの……?」
「えっ、あっ……いや、その、びっくりしたんだよ。まさか、こんな風習だったなんて……」
「……?」
「今の女性……その、ズボンとかスカートとか……その、履いてなかったから、ちょっと動揺して……」
「えっ……」
彼女の後ろ姿を眺める。
ハル君の言う通り、彼女は下半身には服を着用しておらず、しっぽをそのまま出して、お尻を振りながら歩いている。
そのスタイルを見て、過激な格好だと思ったハル君は、赤面して……
………………
……いやいや、それはおかしいでしょ。
「……体毛に覆われたコボルトの子だよ?服を着なくたって、実質素肌は隠してるようなものだし、服を着ているようなものじゃないの?」
「…………」
「……ハル君?」
………………
………………………………
……流れる沈黙。
その会話の空白は、私の思考を促し、その脳裏にひとつの仮説が浮かんだ。
正直なところ「まさか」とは思う。
けれど、そう考えないと、この状況で納得のいく結論は出てこない。
……聞くべきか、聞かざるべきか。
悩んでいる私を前に、ハル君は観念したような表情になり、ため息をついた。
「……誰にも、言わないで欲しいんだけど」
「……う、うん」
彼は、スマホを取り出してブラウザを開き、私にひとつのサイトを見せた。
それは、「月刊ホビーダンジョンWEB」というヘッダーから続くインタビュー記事。三、四十代ほどの大柄な男性「山神カズヒロ」という人への取材らしい。
……さっき出てきた、ハル君の「おじさん」の名前だ。
私は、そのページをスクロールして読み進めていく。
「……おじさんの名前が出た時点で、調べようと思えばわかることだから、隠す必要もないからね。扇さんには教えておくよ」
「!」
身長にして一五〇センチ程度。
銀色のロングヘアに紫のワンピースを着た、ふくよかな女性。
その頭部には灰色で三角形の「耳」がひょこりと生えていて。
顔も、首元も、手の甲も、ふさふさとした白い体毛に覆われていた。
記事に登場する「LEA」という女性。
彼女は、この村とのコボルトとはまた違う。サラサラの髪を伸ばし、全身を衣服で包み、表情もはっきりと伝わってくる……より人間に近い印象の、女性の獣人だった。
「……その人は、『山神レイチェル』さん。実家ダンジョンでおじさんが保護した……『異世界転移事故の被害者』で……」
ハル君は、手渡したスマホから少し視線を逸らして、続けた。
「……カズヒロおじさんと結婚した……彼の奥さん、なんだ」




