#21 ドキドキ♡乙女ブリッヂ
恐ろしい殺人鬼による仲間の蹂躙。
ハル君の救援により、その危機が去ったことで、緊張の糸が切れた私は、溶岩の洞窟で彼に抱きついて、ただただ泣いていた。
……やがて、落ち着きを取り戻した私は、彼に連れられる形で、再び石畳の遺跡へと歩き出した。
ひんやりとした地下の空気。溶岩の地底湖が広がっていた、先の洞窟からの寒暖差で、私は軽く身震いをした。
……髑髏の殺人鬼に追われている時は、ずっと走り続けていたので感じなかったけれど、この遺跡の中はひんやりとした空気が漂っている。
その静けさは、反射的な身震いは、改めて、先の見通せない、この「ダンジョン」という、現実から隔絶された仄暗い空間への恐怖を呼び起こす。
――もし、また、あんな恐ろしい敵が現れたら?
足取りが重くなり、身体が、小刻みに震える。
――私を振り返ったハル君が、手元の小箱から取り出した深緑のローブを、ふわっと空中に広げ、私に羽織らせた。
「……気付かなくてごめん、寒いよね。僕の予備だけど、良かったら羽織って。対刃性能もあるから、万が一の事態にも備えられるから」
「…………」
「はは……。サイズ、扇さんにも丁度いいね。僕、その、背が低いから……」
空気の抵抗で広がっていたローブは、肩にかけられたように、真下に垂れる。落ちないようにと、私が袖を通そうとした時、指先が彼の手に一瞬触れた。
彼は、私と同じ深緑のマントを翻し、私に背を向けた。
……気がつけば、私は彼を繋ぎとめるように、その左手を、ぎゅっと、握っていた。
「……あっ」
意外そうに私の顔を見た彼の表情をみて、私は、はたと我に返った。
少し間を置いて、彼は優しい笑みを浮かべ、私の手を握り返した。
「……うん、いいよ。まだ怖いもんね。しばらく、手を繋いでよう」
「…………」
「大丈夫、無事に帰れるよ」
掌に、彼の体温が伝わる。
脈が、どくん、どくんと、少しずつ、早まっていく。
………………
………………………………
……この状況で、私は、何を考えてるんだろう。
危険が全て去ったわけでも無いのに、ハル君に迷惑をかけているのに、私は、すっかり色恋に浮かれている。
……けれど。
これまで、私がハル君に抱いていたのは、彼の、やさしく、落ち着いていて、そばに居て安心できる、そういう穏やかさへの憧れだった。
決して、激しく情熱的な恋愛を求めていたわけではなく、年老いた老夫婦のような、笑顔を交わし合う、穏やかな愛のような、そんな関係を望んでいたはずだ。
今の私は、高鳴る鼓動が、まるで耳に聞こえてくるように感じている。
それは、恋を育むことへの「恥じらい」によるもの……だけではない。
彼の見せた、自分の大事にしている人を守るためなら、「暴力」や、「卑劣」すらも厭わない、危うさすらも感じさせる「強さ」に……私は、これまでにない、ドキドキを感じていた。
ハル君は、他人を傷つけるために、暴言や暴力を用いる人では、決してない。
私の身を案じ、保護に動き、やさしい言葉をかけてくれる、そんな子だ。
けれど、そんな彼の見せた別の一面。手段を択ばず「守護ってもらえる」、その頼もしさに、スリリングな彼の一面に、私は、間違いなく、魅了されていた。
先程まで殺人鬼の闊歩していた、この暗い迷宮を進む不安を、ハル君への想いは塗りつぶしていた。不安しかないはずの旅路すらも、ある種の青春の冒険物語のように、私の脳は「色」を付けてしまっていた。
……あからさまな「吊り橋効果」。
ナギサやホノカが望んだ、肝試し的な冒険企画。
解かっていながらも。不謹慎だと思いながらも。
まんまとやられてしまった、そんな私は。
もしかすると、自分が思っている以上に……
バカな子……なのかもしれないなぁ。
* * *
「きゃっ!?」
彼の後ろに着いて歩く、浮かれ気味の私の前に現れたのは、全身を茶色い体毛に覆われた、垂れた耳を持つ一メートルほどの背丈の人影。
見た所三人の集団で、服の上には鎧を着こみ、ショートソードを携えている。
……第二層の露店でも見かけた、現住部族「コボルト」だ。
「ッッッ!!」
「……〇×◆◆◇♨ッ!」
ただ、その対応は上の階のコボルトたちとは違う。決して友好的な振る舞いではなく、彼らは剣を抜き、こちらを警戒している。
私も、浮ついた気持ちはすぐに引っ込み、ハル君の顔を見た。
彼は、武器を手に取ることなく両手を上げ、掌を見せながら口を開いた。
「……◎◎×▼▼コボ?」
「!」
「……××●△□、〇◎『ゴブリンガル』?」
……ハル君の口から出たのは、聞いたことの無い未知の言葉。
英語ではないと思う。しゃべり方はたどたどしくもあり、ニュースの一場面で見るような、ヨーロッパやアジアの言葉みたいな、そういう雰囲気も感じられない。
……もしかして、『コボルト語』?
私の仮説は当たっていたようで、コボルトは顔を見合わせたかと思うと、こちらを向いて頷き、警戒を続けつつも、ハル君の行動を促した。
「……言葉、わかるの?」
「文法はわからないけど、単語レベルはね。遭遇した時に『敵意はない』って伝えられないと、暴力沙汰になるかもだしね……」
ハル君は、小箱の中からタブレットを取り出した。
……この小箱、明らかに容量無視した荷物入ってるなぁ。ネコ型ロボットのアレみたい。
そして、彼は「ゴブリンガル」と書かれたアプリをタップして起動する。そして、メニュー画面から「コボルト語」を選択し、画面を彼らに向け、マイクに向かって話し始めた。
「はじめまして、ダンジョン探索者の者です。こちらは危害を加えませんので、お話を聞いて頂けますと助かります」
『……兄さんは話す気はあるみたいだな。ちょっと前まで、髑髏の仮面付けたヤベェ人間の不審者がうろついてて、警戒してたんだが』
……さっきの髑髏の殺人鬼のことだろう。
「さっき、ボコボコにして溶岩に放り込んできました。もう安心して大丈夫ですよ」
『……本当かぁ?ウチの村の戦士数人がかりでも、何度も村に送還されたんだぜ?』
『会話する気があるのは良いけど、ヤツのお仲間じゃない保証もないしな……』
どうやら、髑髏の殺人鬼はコボルトにも迷惑をかけていたようで、私たちが警戒されているのもそのためみたいだ。どこまでも迷惑な人だ。
コボルトは怪訝そうな顔で、私の方も睨んだ。
……怯えの戻って来ていた私は、思わず身をすくませてしまった。
「彼女は友達で、第三層でパーティーごと髑髏の罠にかけられて、ここまで飛ばされてしまったんです。僕はそれを追って救援に来たんですが……ここは第何層ですか?」
『第六層だよ』
「うわっ、深いなぁ。HIMIZUさんに探索は頼めないし、帰り結構遅くなっちゃうかも……」
ハル君は門限を心配しているみたい。余裕があるのかないのか……。
「……ん?」
ハル君は、何かに気付いたようにポケットからスマホを取り出した。ちらっと見えた感じ、ツブヤイターのDMの通知が映っていた。送り主は、HIMIZUさんのようだ。
……一瞬、駐車場の砂利の上で正座させられてる、元髑髏仮面の男性の写真が映った気がしたけど、見なかったことにした。
「……ああ、もしかすると何とかなりそうかも。HIMIZUさん、僕の親戚のおじさん夫婦にも連絡とってたみたいで、上階から降りてくる形で合流できるかも」
「ファミレスで話した、実家ダンジョンの攻略の指揮をしたっていう?」
「ああ、『カズヒロおじさん』の方じゃないね。『ミツキおじさん』と、『カナコおばさん』っていう、母さんの弟さんとその奥さん。ふたりも、運動公園ダンジョンの方で……」
「!」
コボルトの一団が、何かに気付いたようにざわめきだった。
『……カズヒロさんの知り合いなのか?』
「え、ええ。僕は『山神カズヒロ』の甥で……、あっ。そうだ、写真っと……」
ハル君は、スマホで家族写真と思しき集合写真を表示し、彼らに見せた。
「ほら、ここの小さいのが僕です。二年前なんでまだ背は低いですけど……いや、今もか」
……そこが可愛いんだから、気にしなくていいのに。
やがて、写真をじっくり見たコボルトは、表情を変えた……のかな?
人間感覚だとわかりづらいけど、多分、笑顔になった……んだと思う。
『なんだい!それなら話は別だよ!兄さんのおじさんには、他のダンジョンのコボルトやゴブリンも世話になってるからね!』
『疑って悪いね!ほら、村まで案内するからさ!着いておいでよ!』
『大変だっただろう?……というか、髑髏野郎を倒したって話、本当なのかい!?お礼にご飯出すからさ、ゆっくり話を聞かせておくれよ!』
すっかり上機嫌になったコボルトたちは、剣を収めて私たちに近づき、肩を叩く。
ハル君にとっても意外な対応だったようで、彼も当初はきょとんとしていたが、やがてコボルトたちにお礼を言って、彼らについていく形でダンジョンを進むことに決めた。
ハル君の親戚、顔が広いんだなぁ……。




