#3 ヤマガミ・リブート・キャンプ
「レイチェルちゃん、ひとまず濡れタオルで体拭いてあげて、寝かしつけて来たわ」
「おう、お疲れさん……大丈夫そうか?」
「……向こうの世界の話聞いたけど、猫の獣人が差別されたり、悪い魔法使いも暴れてて、ひどい目にあったんだって」
「……そうか」
……現代日本ってのは、なんだかんだ大分平和だ。国際情勢やダンジョン湧きなど、市民の平穏の脅かされかねない問題もあるが、それでも、日常の中に理不尽な「死」が入り込んでくることはそう多くない。
俺は、異世界の事情には明るくない。最近のニュースでは、調査のためにダンジョンを経由して異世界に視察団を送ったって話も聞く。
だが、社会体制からして、前近代的な王制や封建制を敷いているところも多いようで、技術面以外でも、現代的な価値観が共有できないことから、国交の樹立については難儀しているらしい。
そんな現実もあり、世間のフィクションのトレンドも、異世界転生より現実ダンジョンに傾いてきている。
……異世界より、ダンジョンのゴブリンの方が、たいがい文化的だなと思う。だが、なんだかんだ日本の地下ゴブリンは、魔石資源に恵まれたこともあり、社会は安定していて世界的に見ても大分温厚な部族らしい。逆に、異世界のゴブリンは資源の争奪戦で明確に人間と敵対している部族も少なくないようだ。
もちろん、個人レベルで見れば、日本ゴブリンに悪党も居るんだろうが、そんなのは人間と同じだ。他人様の敷地に不法侵入して、ゴブリン相手に強盗働いてるクソ配信者とかな。摘発もっと強化しろ。
……ともあれ、だ。
異世界という物は、得てして俺たちの住むこの現代日本より、大分生きづらい世界というのが現実らしい。
レイチェルさんは、そんな社会に翻弄された被害者の一人、ってことだ。
「オカンのお節介は、あの子にとっては逆に良かったのかもね」
「猫好きの暴走だろ……初対面の相手に、べたべた馴れ馴れしくねぇか?」
「……向こうでは、家族に恵まれなかったんだって」
「………………」
「黙り込んじゃったけど、『つらい目にあったんだね』って、オカンに抱きしめられてポロポロ泣いて……そのまま寝ちゃった」
「……そっか」
……家族に恵まれなかった、か。
思えば、俺たちは、別にベッタリ仲良し家族ってわけでも無い。用事が無ければ、年末年始と盆の時期ぐらいしか、顔を合わせないのもザラだ。だからこそ、そうしたタイミングでは、なるべく予定を合わせるようにしているが、フタバについては谷岡家の事情もある。ミツキも結婚するんだったら、自分の家庭を大事にするべきだろう。
それでも、やはり俺たちには「繋がり」があるんだと感じる部分は大きい。良い面ばかり見ているわけではないが、「二度と顔を合わせたくない」とまで、関係を拒絶することはなかった。
親兄弟の間の諍いも、思うにお互いに「甘え」が許されるからこその話だったのだろう。
だが、レイチェルさんにはそれが無い。異世界から現世に拉致されたから、というのもあるが、それ以前もきっと、上位存在の話を聞いた限り「保護が必要」なほど、彼女は向こうの世界で寂しい思いをしていたのだろう。俺のもとに招致する方がマシだと判断するぐらいに。
* * *
――俺は、親父の最期を思い出した。親父は古い人間で、特に長男の俺に対して押しつけがましい部分も多かった。だが、病気が進行して行くにつれ弱気になっていくのが目に見え、ガラにもなく俺の仕事を心配していたりもした。……ITは門外漢だから、的外れだったがな。
親父だって人間だ。衰えていく自分の体への悲観や絶望も、無いではなかっただろう。しかし、親父は何より、おふくろを残して逝くのが心配だったのだと、俺にはそう映った。だから俺は「後は任せろ」とだけ、親父に伝えた。
この時点で、未婚の長男ということもあり、一番動きやすいのは俺だった。
俺は、ガキの頃からの憧れだった東京を離れ、実家に戻ることにした。
パンデミックを契機にリモート業務も増えたこと、元々フリーランスを目指そうとコネを増やしていたこと、ECサイトや流通も発展したこと。この辺りが追い風になった。
ついでに、退職後はしばらく自動車学校に通い、免許も取得した。ショッピングモールへの径路も、何度も親父の買い出しに連れられて行ったし、もう頭に染みついている。万全の準備をもって戻った実家において、暮らしに不自由はない。
だから、俺は自分の選択を後悔していない……とまで、カッコつけたことは言えないか。 実際、レイチェルさんを現世に召還する経緯を見れば、後ろ髪引かれまくりだ。
――だが、それでも俺は、実家に戻ったことについて「間違った選択をした」とは思わない。
別に、今さら親父のことが好きになったわけではない。だが、親父の心残りを完全に無視してしまうほど、俺も親子の情は捨てきれなかったのだ。
誰が家族になるかなんて、所詮はサイコロ任せだ。自分で選ぶことはできないし、目も当てられない親兄弟になる人間もいるだろう。すべては巡り会わせだ。
だからこそ、自分の意思で家族を迎え入れる者は、相手に責任を持つべきだ。
……人間なんだ。迎えた者に多少の不満は持たれちまうかもしれない。けれど、過去を振り返った時に「悪くなかったな」と、思い出を振り返れる程度には頑張るべきだろう。俺にとっての親兄弟がそうであるように。
* * *
「……うん、そうだな。まずは足場を固めることからか」
「?」
「ひとまず、あの子が安心して暮らせるように環境を整える。最終的に巣立っていくことも想定して、まずはこの家を『帰ってこれる』拠点にしてやろう。それが第一目標だ」
フタバは腕を組み、なるほどと頷いた。
「変に気を使って、辛いことを思い出させるより、安心できる場所を作ってやるのが大事、なのかもね」
「発端は……まあ、アレなんだが。それでも、見知らぬ土地に呼び出した以上、責任をもって幸せに暮らしていける道筋を作ってやらんとな」
「そうね。……ダンジョンの時みたいに、下心出して台無しにしないでよ」
「出すかよ」
……前科が出来ちまった以上、信用を損なうのは仕方ないことだが、それでも、あの子がこれ以上かわいそうな目に合うなんてのは、俺のちっぽけな良心が許さない。
「……どこまで出来るかはわからないが……俺たちで、あの子の、レイチェルさんの『家族』になってやろうな」
「そうね」
フタバは返事をして、兄弟や息子たちを呼びに行った。
俺は、仏壇の親父の遺影を見た。ったく、何度見ても似合わねぇ笑顔しやがって。
……思わぬ形にはなってしまったが、新たな家族を加えた山神家、再始動だ。
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