#18 デストラップ・オペレーション
――無線機を通して、HIMIZUさんの声が響きます。
『ハルト君、次の丁字路を左っ!』
「了解!」
『多分、設置トラップは手動発動から自動発動になってる、ノータイムで発動するから――』
「……はいっ!」
僕は、曲がり角の直前、扇さんを振り返って右手で制止しました。そして、携行型の魔導金庫から、手のひら大の藁人形を取り出し、曲がり角の先へ放り投げました。
――瞬間、床から生えてきた無数の槍のうちの一本が、その人形の脇腹を貫きました。
『……疑似標的の使い方も板について来たね』
「設置トラップ対策はHIMIZUさんに散々教えてもらいましたからね」
『……山神さんが引き金だったと考えると因果だなぁ。あっ、そうだ。魔導探知の発動時間そろそろ切れるから、次のやつ発動しときなよ』
「了解です」
僕が、スクロールを発動すると、通路の先に隠しトラップの魔法陣がくっきりと浮かび上がりました。床一面に並べて配置されていた魔導槍衾の魔法陣の先にも、所々に罠の設置が確認できます。
「……扇さん、僕の通った経路から外れないように着いて来て。少し外れると、罠があるかもしれない」
「……うん」
「………………」
僕は、彼女を巻き込んだことに申し訳なさや、すぐにでも謝りたい気持ちでいっぱいでした。悪意を持ったプレイヤーに、怖い目に合された彼女の気持ちを想えば、そこに謝罪や慰めの言葉をかけられない僕は、やはり薄情に思えます。
……けれど、今は、そうした会話をする余裕はありません。彼女を、一刻も早く、安全圏に移動させること。それが僕のやるべきことであり、その優先順位を誤ってはいけません。
僕は再び扇さんの手を引き、仄暗い通路を走り出しました。
* * *
――数分前。
僕は、東川郷の駐車場に到着して、自転車を飛び降りました。
市によって設置された簡易救護スペース。砂利の上に青いビニールシートの敷かれた一角には、胡坐をかいてスマートフォンとタブレットを確認するHIMIZUさんの姿がありました。
「……HIMIZUさんッ!」
「……っ!?」
僕は、救護スペースを確認しましたが、そこに扇さんの姿はありませんでした。
「ハルト君、ちょうどいい所に……」
「HIMIZUさんっ!ユウカちゃんは、彼女はここには居ないんですか?」
「なっ、ちょっ……」
僕に詰め寄られたHIMIZUさんは言葉に詰まったようですが、しばらく間を置き、なにかに納得したような表情で、カバンから水筒を取り出し、僕に手渡しました。
「……まずは、飲んで落ち着きなよ」
「そっ、そんな場合じゃ……」
「……息も絶え絶え、思考も乱れた状況で、同級生を助けられるの?」
「…………」
「状況はこれから説明する。落ち着いて聞けるように、まず、水分補給して息を整えな」
「……はい」
息を切らした胸に、冷たいお茶が染み込んでいき、荒くなっていた呼吸を、肩の上下を、少しずつ抑制していきました。
「……よし、じゃあ現状を共有するよ」
「はい」
HIMIZUさんの話は以下の通りだった。
隠し部屋の魔法陣の先。高校生の一団と遭遇し、これを護衛していたHIMIZUさんは、謎のPKである髑髏と遭遇し、足止めを行うも敗北。高校生は設置された転移魔法陣で、おそらく深層の危険地帯に送られている。
HIMIZUさんは送還後、地上で配信の状況を確認。高校生たちのものと見られる新設チャンネルと、PK配信チャンネル「|Deathscythe」を特定。
彼らの中の「撮影の子」のネックストラップにかけられたスマホの映像を参考に、学生の一団の通った経路はマッピングする予定。
髑髏の現れる箇所を照会し、明らかになっている移送魔法陣の箇所を推定して、対策を練り、手の空いた探索経験のある者の救援を待っていた。
「……って状況だよ。君の他にも黒栖くんやMOGURAさん、TONGARIさんなんかにも連絡は取っていたが、他のダンジョンに行ってたりで都合はつかなかった。君が丁度、タイミングよくここに来たわけだ」
「…………」
「というわけで、あの子たちの救援に協力してほしい。僕が無線でオペレーションする。装備品は大丈夫?」
「ある程度は持ってきました」
「じゃあ、僕の携行魔導金庫も追加で渡しておくよ。トラップ対策用のデコイやスクロールを詰めたものがある」
そう言って、彼は手のひら大の小箱を僕に手渡しました。それを受け取った僕は、持参の携行チェストから取り出した深緑のマントを羽織り、祠の魔法陣に向かって歩き出しました。
僕の身体の転送が始まり、激しい光とともに、周囲の景色が青空の元の駐車場から、石造りの遺跡へと姿を変えました。
僕は掌をグーとパーで動かして、仮想身体の動作を確認します。仮想身体は魔石の埋め込みによるカスタムが可能です。実家ダンジョンで拾得した魔石や、バイト代で強化した僕の仮想身体は、現実の僕の身体より遥かに高い身体能力が発揮できます。
今回僕が持ってきたのは、はじめて会った時の黒栖さんが、実家ダンジョンの攻略に使用したのを参考にしたカスタム。PKの毒牙にかかる前に救出に行くために持ち出した、移動速度特化の仮想身体です。
僕は、事前のHIMIZUさんのマッピングを参考に、二層の隠し部屋に向かって走り出しました。
『……ハルト君。先に一言、縁起でもない話をするよ。走りながら聞いてくれ』
無線に、HIMIZUさんからの声が届きました。
僕は、遺跡を見学する通行人を避けつつ、壁を走って大学生と思しき一団を飛び越え、先に進みます。
『敵は上級者、MOGURAさんや山神さんを想定してもらえばいい。君の到着までに皆が送還されない保証もないし、君が到着したとして、奴を倒せる保証も、逃げ切れる保証もない』
僕は、螺旋階段の中央を目掛けて、飛び降りました。マントの落下耐性効果により重力加速は減衰し、観光ベンチの横に、ゆっくりと着地しました。
『……だから、どんな結果になっても、君は落ち込む必要はないし、あの子たちに責められても僕から弁明する。大人である僕が、彼らを最後まで安全地帯にまで送れなかったことが原因なんだからね』
僕は、右手の通路に向かって走り出す。そして「隠し通路」の場所を確認し、その中に突入しました。
『……たった今、「レン君」がこちらに送還された。……「ナギサさん」も、配信映像を見る限り、時間差でこちらに送還されるだろう』
一瞬、止まりそうになった脚を、振り切るように、僕は脚に力をこめ、魔法陣に向かって走り出しました。
『撮影をしている子が、君の言う通り「扇ユウカ」さんなのか、確証はないけど、もし違ったとしても、どうか助けてやって欲しい。ダンジョンは恐ろしくて、孤独な世界だけど……それでも、その魅力を伝える配信者として、トラウマを抱える子には増えて欲しくないからね』
「……もちろんです」
僕は、魔法陣の上に脚を置きました。
下層に、僕の仮想身体が転送されていきます。
眼前には「半透明の壁」と魔法陣。
これが、高校生の一団の踏んだという「深層への転移魔法陣」でしょう。
その魔法陣は、まだ「撤去」されていませんでした。
……まだ追い付ける。僕は、眼前の魔法陣に脚をかけました。
『……というわけで、君に「責任」はないから、結果がどうなっても気に病むことはないけどね』
転送中の僕の無線に、HIMIZUさんの声が届きました。
『……それでも、だ。君は山神さんとの探索にも参加して、MOGURAさんや黒栖くん、それに僕が、探索についての手管を実地でレクチャーした、虎の子でもある』
転送が完了しました。
眼前には溶岩の海が広がる、さながら地獄のような景色。
この先は……かの髑髏PKの「腹の中」。何が起こるかもわからない、紛うことなき危険地帯。
『君は、ちゃんと一人でも戦える一人前の探索者だ。……だから、ね。期待してるよ「HAL君」』
HIMIZUさんの激励を受け取り、僕は、魔導探知を起動し、周囲を警戒しながら、石畳の通路へと走って行きました。
* * *
「で、出口……っ!」
扇さんが、先の景色の変化に、顔を上げました。
僕たちは、薄暗い遺跡を抜けて、再び溶岩によるオレンジの光の満たす、広い洞窟へと戻ってきました。
「……ちょっと待ってて、扇さん」
「……?」
僕は、遺跡の出口のすぐ近くでしゃがみ込みました。
……どうやら、ここに罠はありません。このまま通っても問題はなさそうです。
「……よし、行こう」
「うん」
僕と扇さんは駆け出しました。元来た「魔法陣」に向かって。
途中、こちらの様子を溶岩の中から伺う「溶岩鰐獣」が居ましたが、往路で襲い掛かってきた時に、「魔導対戦車擲弾発射筒」の威嚇射撃を行った結果、今では委縮しているようです。
おそらく、接近して襲い掛かることはないでしょう。
かくして、僕たちは入口の魔法陣が「あった地点」にたどり着きました。
しかし、それを見た扇さんは、愕然とした表情を浮かべていました。
「出口が、なくなってる……?」
「…………」
――そこに、第三層へと戻るための魔法陣は、既にありませんでした。




