#15 Deathscythe
「なに、ここ……」
私たちが五人飛ばされたのは、元来た第二層ではなかった。
周囲は先程よりはるかに明るい。けれどそれは、ダンジョン内に現地住民の設置した、魔法のたいまつや篝火などの類によるものではない。
――溶岩だ。
私たちの目の前には、さながら湖のように、赤く輝く溶岩が、ぐつぐつと煮えたぎっていた。
「二層じゃ……ない?」
「み、道は間違えてないぞ……!みんなだって、走ってる時に違和感はなかっただろ!?」
「じゃ……じゃあなんで……まったく別の場所じゃない……っ!」
「知らないって!そもそもほとんど道なりだったんだし、間違えるわけないだろっ!」
魔法陣から出た私の前で、ナギサと園崎君が、声を荒げて言い争っていた。
そこに、ホノカが割って入るように制止した。
「落ち着いてよ、ナギサ!今、喧嘩してる場合じゃないでしょっ!?」
真辺君も、ホノカの言葉に合わせて意見を出す。
「魔法陣で、ワープ先が変わるなんて話は聞いたことないけど……もしかしたら、あのPK髑髏が仕掛けた罠かもしれない。言い争って時間を使ってたら、アイツの思うツボだよ」
現状を察した二人は、言い争いをやめて黙り込み、こちらを向いた。
今はとにかく、もと来た場所に戻らなくちゃいけない。
ここは明らかに、地上に帰るための道とは違う。
「ひ……ひとまず、魔法陣でもと来た場所に戻ろうよ」
「……でも、そこに髑髏が待ち構えてるんじゃない?」
ナギサにそう言われて、私はウッと言葉に詰まる。
……確かに、もしHIMIZUさんが、あの髑髏にすぐ倒されてしまっていたら、私たちを追って追い着く可能性だってある。もしかしたら、出口の魔法陣の前で張り込んでいるかもしれない。
けれど、私たちが走った距離を考えれば、まだ残り時間はあるはずだ。
「今戻れば間に合うかもしれないし、無事に地上を目指すなら、ここから動かないってわけにも行かないんじゃ……ないかな……」
私の答えに、ナギサは不安げな表情をしている。
彼女も、ここにずっといるわけにはいかないこと、いくらここで悩んでいても、追い付かれるのは時間の問題だと。わかっているはずだ。
……けれど、不安はぬぐえない。
私だって……元来た道に戻るのは、正直怖い。
気まずい沈黙を破り、園崎君が口を開いた。
「……この場に居てもらちが明かないし、安全地帯ってわけでも無いんだ。無謀なのはわかるけど、時間が過ぎればもっとヤバい状況になるかもしれない」
皆は沈黙していた。
彼の言葉を肯定したい気持ちと、理屈ではない恐怖の間で、要領を得ない葛藤を繰り返していた。
彼は、震える声を絞り出し、話を続けた。
「俺が最初に行くから、みんなも着いてきて――」
――瞬間。
魔法陣が輝いた。そして、光る粒子は一人の男の身体を形作る。
黒いローブ。
黒い被り物。
樹脂製の……白い髑髏。
私たちの身の毛がよだち、背筋をびくりと伸ばしたのを見て、髑髏はケタケタと笑う。
なんで。どうして。
私たちがここまで来るのに、おそらく十数分程度の時間がかかった。
HIMIZUさんと戦って、仮にすぐ彼を倒して追いかけて来たにしても、あまりにも到着が早すぎる。
それに、あの距離を追いかけて来たにしては、まったく息が荒れていない。
姿勢は安定し、ただ平然と、こちらを見て、不気味に笑っている。
髑髏は、腰に挿した鉈を抜いた。
そして、ゆっくり、ゆっくりと、私たちの方に歩みを進める。
私たちは、「もと来た場所に戻ろう」という話も忘れ、ただ一目散に、後ろを振り返り、走り出していた。
怖い。殺される。逃げなきゃ。
少しでも遠くに逃げなきゃ。
「……きゃあぁっ!!」
「!」
背後から聞こえる高い悲鳴に私たちは後ろを振り向き、脚を止める。
ナギサが、髑髏に後ろ足を掴まれて、逆さ吊りに持ち上げられていた。
目の前の光景に、激昂した園崎君は、ロングソードを抜き、ナギサの足を掴む髑髏の左腕肘に斬りかかる。
「てめ……ッ!ナギサを……離せ……ッ!」
園崎君は、ナギサと同じく剣道の経験者で、級位を所持している。剣と竹刀の勝手は違うかもしれないが、それでも刃物を振るう動作に、ある程度の慣れはあるはず。
――が、彼はその剣を振り抜くことはなかった。
髑髏は掴んだナギサを盾にし、彼の躊躇を誘った。
その狙いにはまった園崎君は、ナギサを斬りつけてしまうと動揺し、慌てて剣を止めた。
それと同時に髑髏の握っていた鉈が、地面に落ちる。
代わりに、その黒い右手に握られていたのは……散弾銃だった。
破裂するような銃声とともに、園崎君の上半身が吹き飛んだ。
残った彼の半身は膝をつき、やがて、光の粒子となり地上に送還されていく。
それを見届けた髑髏は、手に持った金具に手を起点に、ぐるりと散弾銃を回し、薬莢を排出した。
「レ……ン…………?」
その光景を、ナギサは青ざめた顔で見つめていた。
彼女の声を聞き、髑髏はゆっくりと、その視線を逆さ吊りのナギサの顔へと下ろしていった。
そして、髑髏は半身を捻り、彼女の身体を勢いよく放り投げた。
――煮えたぎる溶岩の上へ。
彼女は溶岩の上に落下し、白い蒸気と音を上げ、溶岩の水面に波を立てる。
その体は沈むことはなかったが、溶岩に触れるよりも早く、彼女の衣服に火が付き、燃え上がる。
彼女は、全身を炎に包まれながらも、慌てて私たちの居る対岸に進もうともがく。
だが、そんな中で、「それ」は溶岩の中から現れた。
溶岩の中から島のように顔を出した、玄武岩のように黒い、巨大なモンスター。
それは、溶岩の糸を引きながら、水面から一メートルほどの巨大な大顎を広げ、ナギサに迫る。
「ら……溶岩鰐獣……っ!?」
真辺君が声を上げると同時に、その大鰐は、ナギサの頭と胸部を噛み砕いた。
溶岩に落ちた彼女の半身と両腕は、炎に包まれながら、光の粒子となり、地上に送還されていく。
巨大なワニは、私たちの方に視線を移し、溶岩の上に浮島のように顔を出し、ゆっくりと近づいてくる。
私たちは、何度もバランスを崩し、転びそうになりながら、髑髏と反対の方向に、無様に逃げ出していた。
つい数時間前まで、楽しげに談笑し、冒険に胸を膨らませていた、そんな二人への心配も浮かんでこないほどに、目の前の「危険」は、ただ恐ろしく、私たちは自分の命を守ることに必死だった。
――髑髏は、そんな姿を見て、満足そうにケタケタと笑いながら、私たちを嘲笑うように、ゆっくり、ゆっくりと、歩いて来ていた。




