#14 出遅れ少年
「御馳走さま……っと」
その日、僕は昼食を終えてキッチンに立っていました。
今日は、妹のチアキが小学校の部活に入るということで、必要な備品を買いに行くらしいです。そんなわけで、両親とチアキの三人は午前中に家を出て行きました。
……もちろん僕も誘われていたのですが、流石に親と出かけるのも恥ずかしいお年頃です。親としてはみんなで一緒に出掛けたい気持ちも理解できますが、妹の買い物に時間を拘束されるのは面倒というのも本音。
この歳になって、外で妹と大人げない喧嘩をしたらと考えると恥ずかしいですし、妹の嬉しい日に水を差したいとも思いません。また今度の機会でということで、僕は留守番を申し出て、家でゆっくりすることにしました。
僕は、近くのコンビニで買ったカップ麺と冷蔵の白米を食べ終え、食器を洗っていました。こういう、家では出されにくいジャンクな昼食を気兼ねなく食べられるのも、一人の休日の醍醐味でしょう。……有意義かと言われれば、微妙ですが。
ふと、食器かごに茶碗を刺したタイミングで、スマホに通知が入りました。
> @DarknessBlade9696 より メッセージ
> 新人の高校生パーティーの配信眺めてたら、ヒミズくん出てきて草
黒栖さんからのDMでした。
……そういえば、今日は東川郷の駐車場ダンジョンに潜るって言ってたましたね。
早速、他の配信者に見つかっちゃったのかぁ。これで企画倒れ……あの人、たいがい運が悪いんだよなぁ……。
えっと、返信は……うん、「草」と「見てみます」でいっか。
僕はソファで横になって、黒栖さんの貼ったURLを開き、同年代の少年たちの配信を、視聴開始しました。
HIMIZUさんに引き連れられた、不織布マスクの高校生の男女四人……撮影者もいるから五人かな?彼らの軽快な話しぶりからは「陽」のオーラを感じます。
……しかし、みんな剣と杖の装備かぁ。軽装でスクロールも用意してなさげだし、確かにこれは、放っておいたら即送還されそうで危なっかしい。面倒見のいいHIMIZUさんが世話を焼くのも納得です。
……それにしても、高校生パーティーで配信デビューかぁ。受験期は避けるとしたら、やっぱり一年か二年ですかね。
学校で友達が作れないのなら、HIMIZUさんに年頃の近い探索者を紹介してもらうっていうのも、交友を広げる手かもしれませんが、陽の配信者と話が合うのかは……何ともですね。
HIMIZUさん曰く、「『陰』だの『陽』だので括れるほど、人の気持ちって単純な物じゃない」とのことですが、そうは言ってもやっぱり話題や集まった時のノリって、陰と陽だとどうしても違ってきますからね。同年代だと、ヒエラルキーもあるのでなおさら。
……ん?
この女子二人、どこかで見たことあるような……あれ?
男子二人は知らない人ですが、どうにも引っかかりが……
……あっ
「小畑さんと、田辺さん……?」
僕の記憶が、二人のクラスメイトを連想します。
扇さんにカラオケに誘われたあの日、彼女の机の横に立っていた二人の女子。映像ではマスクをしているので確証はありませんが、一度そう見えてしまうと、そうであるように思えてなりません。
……僕は、ソファに座り直し、じっと画面を眺めていました。
そして、先日のファミレスでの会話を思い出し、心に浮かんだひとつの懸念と、それを振り払う気持ちの間で、揺れていました。
――じゃあ、私にも、詳しく教えてくれる?『ダンジョン配信』について
――カラオケの時に、みんな知ってたから、ちょっとだけ……ね
まさか、この配信を収録している、撮影者は――
僕が「その可能性」に思い至った時、突如画面が爆炎に包まれ、「髑髏」が姿を現しました。
* * *
気付けば、僕は自転車に乗って、隣町まで走り出していました。
実家ダンジョンの魔石や、MOGURAさんからのバイト代で揃えた装備を魔導金庫に詰め込んで。
突如現れた謎の仮面の探索者。HIMIZUさんへの襲撃。パーティーの分断。
そして、何より画面に映っていない、それでいて僕にとって心当たりのあった「撮影者」の存在。
……はっきり言って僕は薄情な人間だと思います。
今回も、その「心当たり」さえなければ、僕は自宅でゆっくりと過ごす休日の予定を変える気はありませんでした。
凶悪なPKによってパーティーが蹂躙され、夢いっぱいなダンジョン配信初心者の心にトラウマを残す結果になったとしても、それが知らない相手なら「ダンジョン配信界隈ではよくあること」と、切り捨てることだってできます。
僕は日陰者です。
楽しそうな同級生の毎日をうらやみながらも、趣味も、交友も、性癖も……何もかも、周囲とかみ合わない。
思えば、おじさんが自宅ダンジョンに潜るカップルに、愉快そうにヘッドショットする様にドン引きしていたあの日から、僕は段々と、当時の彼の気持ちが分かるようになっていました。
あるいは、今回の髑髏のPKにだって、「わかる」という気持ちを持ってしまう部分はあります。「陰」の世界に、「陽」の人々が入ってくることの違和感、自分の領分を護りたいという自己防衛と、招かれざる者を追い返す「ざまぁ」の感覚……。
けれど、それでも、僕が自転車を漕ぐ力を弱めることはありませんでした。
勘違いであればそれでもいいんです。
帰還の指輪をつけてるのに、過干渉と思われる可能性だってあります。
「呼んでもないのになんで来たの?」って顔をされたら……それはとてもしんどいけど、我慢します。
僕が楽しげに話してしまったせいで、彼女がダンジョンに挑む引き金になったかもしれない。
その責任を感じていたり、罪悪感によるところも、もちろんあります。
……けど、それ以上に、僕にとって彼女は、孤立していた僕に親切にしてくれた、大事な友人なんだと、そう感じていました。
だから、そんなやさしい人が、悪意を持った他人から、怖い目に合わされて欲しくなかったのです。
「扇さん……!」
大通りを右折し、僕は自転車を立ち漕ぎして速度をあげていきます。
東川郷の駐車場まで残すところ、数百メートルほどの距離に迫っていました。




