#10 シークレット・ロード
「……準備してる時は興奮したけど、なんだか肩透かしだったかなぁ」
最奥部にたどり着いた後の帰路、ナギサの彼氏の園崎君が、鞘に込めた剣で掌をとんとんと叩きながらぼやく。
事前にわかっていたことではあったとはいえ、今回の探索は本当に何の危険に会うこともなく、最奥部の祭壇にたどり着いた。
「けど、スケールの大きな遺跡が見れたんだし、観光としては手軽でよかったんじゃない?」
「……そりゃ確かに新鮮だったけど、修学旅行の寺社巡りしたかったわけでもないしなぁ」
「これなら剣や杖も、準備することなかったよな……」
落ち込む男子を見て、ナギサとホノカはその小さく丸まった背中に軽く手を当て、慰めていた。……見せつけられてる感じがして、ちょっと妬ましい。
……ともあれ、最奥部の大広間には、ダンジョンの歴史を解説する立て看板や、顔ハメ撮影用のパネルが置かれ、ほぼほぼ観光地の様相を呈していた。
タブレット端末を埋め込んだ案内ボードをタップすると、ダンジョンの解説と探索マナー啓蒙の動画が流れたり。すっかり観光資源という感じだ。
もしかしたら、この駐車場も観光地として再開発されたりするのかもしれない。
しかし、いくら事前に知っていたこととはいえ、冒険のノリで潜ったダンジョンの最深部がコレとなると、興がそがれる気持ちは察するところもある。
大広間から帰る、おそらく私たちと近い年頃の他の探索者の顔も、どこか浮かない感じだった。男の子の冒険心は、綺麗に整備されたアトラクションで満たされるものではない、ということだと思う。
私的にはこれでも十分だけど、そうは言っても男子は、気持ちの落としどころに悩んでいる印象だ。思わぬハプニングで冒険が始まることを、どこかで期待したんだろうなぁ。
そんなわけで、私たちは売店で買ったアイスを食べ終え、螺旋階段を上って早々に帰路につくことにした。
……彼らにはちょっと気の毒だけど、逆にこれは私にとってはチャンスかもと思う所もあった。
彼らの不満ある終点は「友達の彼氏にダンジョン配信やりたいって子がいて~」とハル君に相談する建前になるかもしれない。ちゃんと実のある相談なら、ハル君だって私を避けたりせず、真摯に応えてくれる……はず。
そうなったら、今度こそ六人での冒険に言い訳も立つし、次の機会への布石が打てたと言える。
そんなわけで、浮かれる気持ちもあったけれど、トボトボと歩く男子たちにそれを察されるわけにも行かないので、変わらず私は後ろから四人を追う形で、動画撮影を続けていた。
……初冒険がこの終わりってなると、見せ場もないしお蔵入りになりそう。
* * *
「……っ!?」
ふと、前を歩くホノカの彼氏、真辺君がなにかを見て、身体をびくりと震わせた。
「どうした、ショウ?」
「ちょっ……あそこの壁で……っ!こっち!」
階段に向かっていく私たちをを先導する様に、真辺君は右手の袋小路に向かって駆けだした。何かあったのかと、私たちは彼を速足で追いかけた。
「……行き止まりじゃない」
「いや、それが……さっきこっちに歩いてきた男が、このあたりで……」
そう言って、彼は石れんがの壁に手をつき、壁面を伝うように、てのひらで壁を叩きながら、横に蟹歩きをする。みんなは、彼の謎の行動を、後ろから不思議そうに眺めていたが――
――真辺君の手が、石れんがの壁にめりこんだ。
壁が柔らかかったとかそういう話ではない。
さながら、まるで最初からそこに壁などないように、何の抵抗もなく、彼の右手は壁面をすり抜けたのだ。
「えっ……はっ?なんだこれ……?壁に手が……」
「そう、さっきこっち来た男がさ、この壁の中に入ってったんだよ!」
「……ってことは、空間投影のホログラム……みたいな?」
「そう、つまりこの壁の先には……」
園崎君と真辺君は、顔を見合わせ、手で壁の輪郭を掴み、上半身を壁面に押し付ける。
そして、意を決して、上半身を壁の向こうに突っ込んだ。
「お……おおっ!やっぱりコレ……」
「しっ……!他の探索者に聞こえる……っ!」
彼らは、上半身を壁から引き抜き、私たち三人を振り向いた。その顔は、先程までのガッカリ顔とは違い、目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。
「……隠し通路だよ、これ」
* * *
男子たちに続く形で、私たちは「壁の中」に歩みを進める。
外と変わらぬレンガ造り……だけど、その中には一切の人通りがないせいか、壁の外の空間より、静かで、仄暗く感じられる。
「ちょっと……これ本当に大丈夫なの?」
先へ進む男子に、ナギサは不安げに問いかける。ホノカや私も、同じような気持ちで周囲を見渡す。
「大丈夫だよ。帰還の指輪使ってるんだから、死ぬようなことはねぇって」
「そうそう。それにこのまま帰るってなったら、女子だって肩透かしだろ?」
「…………」
ナギサとホノカは、何とも言えない表情で顔を見合わせる。
……否定しない辺り、実際のところ物足りなさは感じていたんだろう。向こう見ずな冒険心は、別に男の子だけのものってわけじゃない。
何より、肝試しが今回の二人のデートの趣旨なら、吊り橋効果を期待したところはあったんだと思う。
……私だけ、怖がっても飛びつく男子居ないんだけど。
そこで、「じゃあ先に帰るね」とも言えないのが私なんだよね。
* * *
「そんなわけで、川郷市のダンジョンから配信してまーす」
「隠し通路に入って行った僕ら一行は、その通路の突き当りで、転移魔法陣を見つけちゃいました!」
真辺君と園崎君が、いかにも配信者って感じの語り口で、私に向かって話しかける。正確には「私の構えるスマホのカメラに向かって」だ。
現在、撮影は録画ではなく配信に切り替えている。テンションに任せて「ダンジョン配信」デビューをしちゃおうという算段らしい。
二人は、準備よく不織布マスクとかサングラスとかも持って来ていたみたいで、これは確かに、何も見つけず帰るっていうのは、収まり付かないかぁ……。
「この辺りは、マッピングされてなかったみたいで、前人未到のエリアみたいなんですよ~!」
「これが僕らのデビュー配信……もし面白いと思ってもらえればチャンネル登録お願いしまーす!」
……正直、同時接続数は微々たるもので、コメントもほとんどない。
チャンネルも、先週作ったばっかりだって聞くしね。それはそう。でも、まあ、無粋だし黙っておこう。
ともあれ、これから私たちは(多分)未探索のエリアに足を踏み入れる。
厳密に言うと、真辺君が「誰かが入って行くのを見た」と言ってる以上、実際は先行して足を踏み入れた人もいるってことだろう。
モンスターやトラップがあったら、その人に助けてもらえればいいなって気持ちと、あるいはその人とトラブルが起こらなければいいなって気持ちで、腰が引けながらも、私は四人のやり取りを撮影する。そして、いよいよ彼らの前口上が終わり、二人は魔法陣に向き合った。
「それでは……いざ探索へっ!」
男子二人が跳ねるように魔法陣に飛び乗った瞬間、彼らの身体は光の粒子になり、地下に吸い込まれていった。
「じゃあ、私たちも行きま~す」
それを追うようにホノカ、ナギサも魔法陣に歩いて入って行き、同じように地下へと送られる。
……怖いなぁ。正直帰りたい。
でもまあ、ここでカメラ持って一人で帰るのは、流石に人としてどうかと思う。
「この魔法陣の先も、既に観光開発されててくれないかなぁ……」なんて、男子の夢を壊すようなことを願いながら、私は魔法陣に足を踏み入れた。私の身体が光の粒子になり、地下へと送られていく。
秘密のルートから未開拓の第二階層へ、……探索継続だ。




